君と過ごした約束を
掴む指を振り解く気にはならなかった。立ち止まった小さな影に長身の影が重なり合って、そして離れる。
「お前の事、ずっと気になってたんだ」
夕焼け空を背にした顔は影がかかって、その微笑みは歪んで見える。掴まれた指先は繋がったままだ。
「それで君はどうしたいんだ?」
手を繋いで抱き締めて、口づけを交わしたら満足なのか。恋人ごっこでもしたいのかと無表情に見える新の瞳は雄弁に語って反応を窺う。そんな事を望んだ告白じゃないと解ってはいても目的を知りたかった。
「俺の傍にいてくれないかなって」
「それだけか?」
「そうだよ、傍から離れないで俺を見てくれたらそれでいい」
「それは今までと何が違うんだ」
全然違う、と握った手を引いて歩き出した彼に付いて歩き始めて気が付いた。
これは一体誰だろう。夕焼けの帰り道を共にして、神社に立ち寄ったり寄り道をした事は覚えてるのに、その相手が誰だか分からない。手を握って一緒に祭りの中を駆け抜けた相手を新はどうしても思い出せなくて、ただ目の前の背中を追いかけるだけ。
「待ってくれ、君は……」
「やっぱり分からない?」
応えられない自分がもどかしく下唇を噛む。
「俺の事を知ってるのか」
「よーく知ってるよ。一緒に遊んでからかって、身長の話出したらお前すぐ怒ってたよな。覚えてない?」
「ああ」
「じゃあ思い出して。約束」
振り向いた長身の影は霞のように消えて、一人、祭りの中で立ち竦む。手を引かれて走った後の息切れに肩が上下する。
迷い込んだ逢魔ヶ時の世界で、繋いだ手だけが離れてしまった喪失感。呼びたくても君の名前すら出て来ない。
覚えてるのに思い出せない事が悔しい。
「よ、迎えに来たぜ」
「……」
「一緒に来てくれるって言ったよな?」
振り向いた先にいた怪異の顔に見覚えはなかった。
いる筈のない少年と同じ笑みを湛えて、新の指を掴む。その指先を懐かしく握り返した。
「君が来るのをずっと待ってた気がする」
「へえ? お互いの顔すら知らないけどな」
「そうだな。でも覚えてるから」
君と過ごした時間を覚えてるから。だからあの時の約束を今叶えよう。
「『君』の傍をずっと離れないって約束したから」
2015.6