隠れた花火は遠くに躍る
「ちょっと遠かったなー」
空に上がった花火を見上げて仁は目を細める。隣に立つ新は背が低いこともあって最初から諦めモードに入っていた。何せ見上げても周りの人の背中ばかりで一向に光輝く空は見えてこない。背伸びをしたところで他人のうなじに視線が近づくだけ。
祭りに花火の相乗効果で川岸は人でごった返している。仁に誘われるままに来てみたがこうなるのは目に見えていた。てらてらと光が乱反射する真っ赤なりんご飴に舌を伸ばす。飴の甘みで幾分気が紛れたが花火が見えないのなら人波にもまれる必要もない。離れて、一足先に祭りの屋台に戻って待っていよう。彼の浴衣の裾を引く。
「俺は先に戻って……」
振り向いた仁の後ろで光が弾ける。大輪の陰になった彼の目は三日月のように細く。
肩を引き寄せられたのが先か、彼の顔が近づいたのが先か、新の唇を掠めていく。直前まで食べていたかき氷の冷たさが触れた端から伝わり解けていく。途切れることのない花火の怒号が耳を揺らす。
目蓋を揺らしたらそれはすぐに離れていった。一瞬に思えた。
そのまま手を引かれ川岸を後にしながら見えない天を振り仰ぐ。人垣に赤や黄色の乱反射が躍って見えた。
「仁」
二つの背中はすでに光に溢れた川岸より遠く、人が退いた祭りの中。新の呼びかけに仮面のような薄っぺらい笑みで静かに微笑む。
「さっきのは……」
「花火、綺麗だったな」
楽しい祭りの中で彼は笑う。甚平の胸元を握り締める手が冷たい。かき氷の味が解けない。
遠すぎて花火は見えない。君の笑顔すら遠くて、泣きそうになる唇の端を持ち上げる。
「……ああ、そうだな」
笑顔を前にどうして泣きたくなったのだろう。この胸が苦しい理由を君は聞かせてくれない。
2015.8