りんご飴を手渡した途端、逢坂と名乗った少年の頬が膨らんだ。不機嫌そうに細めた目は割り箸を受け取って舐め始める。結局食べるのか。飴は好物だと聞いたが何かを間違えたらしい。
原因を探って小さな背丈とりんご飴を交互に視線をさ迷わせると、上目になった少年と目が合う。一ついいですか? と唇が動いた。
「何だ?」
「俺のこと子ども扱いしないでほしいんです」
言うに事欠いてそれか。りんご飴で喜ぶのは立派な子どもの証拠だろうに。
「しかし子どもだろう」
「先輩と一つしか違いません。俺が子どもなら先輩も子どもですからね」
「俺も子どもだと認めれば気は晴れるということか」
そういう問題じゃありませんとますます不貞腐れる。こんな風にからかわれてるようではまだまだだな。
祭りの中を歩きながら色々な怪異たちとすれ違う。高校生なぞまだまだひよっこで大人には程遠い。一つしか変わらなくても年上は年上だし、年下は年下。後輩は大人しく先輩に従っていればいい――ここでは先輩、後輩以前の問題だが。
「後輩として扱われるならまだ解ります。先輩からは一定の距離を感じるんです」
「俺は人間と親しく関わる気はない。前にも言ったはずだ、怪異なんぞに近づくものじゃないと。お前は異界に囚われたい自殺志願者か何かか?」
少年が唇を噤む。彼はあやふや過ぎて危険だった。線引きを明確にしておくのは保険を兼ねてだ。逢魔ヶ時の世界に残りたいと言い出したら嫌われても外に放り出す。それが俺の役目だ。
「居着くつもりはありません、あの女の子に会えたらそれでいい。あの子を思い出して外に帰すのがここに迷い込んだ俺の役目ですから」
「怪異に関わるものじゃない」
「あの子は帰りたいと願ってる。白くなってるけどまだ人間でしょう、俺が思い出せたらあの子は人の形を取り戻せるはずだから……助けられるなら手を伸ばします」
「駄目だ、近づくな」
「聞けません。俺にしか出来ないことなんです」
「危険な真似はやめろと言ってるんだ」
喉をついて出る怒鳴り声に近い何か。無表情な少年の目が僅かに見開いた。驚かせてしまったか……バツが悪くなって帽子の鍔を下げた。
苛立ったのは無性に嫌な予感がしたからだ。あの少女に近づくと少年にとって良くない何かが起こる。直感に近い警告が冷たく背中を撫でていった。
何故ここまで人間を気にする必要がある? 彼は自分を忘れないからか? もう一度先輩と呼んでもらってうれしかったとでも言うのか。それこそ子どもみたいだ。
立ち止まった体はたちまち人混みに飲まれて、少年との距離を離す。小さい体はすぐに見えなくなった。
2015.9