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    karanoito

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    karanoito

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    仁×新

     君の知らない夏の泥濘

    「………夏休みは激戦区だからなー。貴文は塾だっけ?」
    「ああ、塾と学校の夏期講習に出る。部活もあるから当面暇はないな」
    「俺も部活の合宿~。どうしても融通効かなくてさー…橋本のようにはいかんわ」
    「おう、部活とバイトですげー忙しーぜ!」
    「お前はもう少し勉強に時間を割くべきだ。補習は免れたとはいえ……」
    「貴文は真面目だな」
    「オレは逢坂も大概だと思うけど。成績いいし文実委員長やってるし」
    「委員長って帰宅部? なら始め時だね、もうどこか決めたの?」
    「まだ」
     散り散りに教室に輪を作るクラスメイトたち。ムードメーカーの橋本を中心に集まった塊の中に新もいて、何やら熱心に話している。朝から楽しそうだなと気にはなるがそれだけだ。短く挨拶を交わして、仁は窓際の席に着いた。
     聞き取れたのは夏休みの部分と新が何か始めるってとこだけ。
     朝から夏特有の生ぬるい風がカーテンを揺らす。もう七月だし計画を立ててはしゃいでいい時期だ、休みまで一月もない。
     笑い声が上がる度、盛り上がってんなーと目を向けるが混ざろうとは思わない。自分には関係なさそうだし。やる気なく、カバンから携帯を取り出した所に新が戻ってきた。
     はよ、と片手を上げるとおはようと返ってくる。相変わらずの静かな口調が耳に心地いい。
    「今日も暑いなー、冷たいジュース飲みたい。な、ジャンケンしよう。負けた方が二人分買いに行くの」
    「一人で行ってこい」
     一蹴するとさっさとカバンを探り、雑誌を読み始めてしまった。ジョーダンだってのに。窓を背にもたれかかる。
    「……お前バイトすんの?」
     ああ、と伏せた目元は文字の羅列を端から追って頁を捲っていく。開いた雑誌にはズラリとバイト情報が並び、表紙にはこの夏オススメのバイト100選だかいうカラフルな文字が踊っている。バイト情報誌とか見るのか。何か買いたい物でもあんのかな。
     一緒に覗き込むといくつか見覚えがある募集が目に付いた。そうだ、高校入学前の春休み、手当たり次第に面接受けまくったんだっけ。決めないと学費払えないからって。
    「短期ならやっぱり引っ越しかな、現場ひどいけどあとは売れ残りもらえるコンビニ、賄い出るとこが基本だな」
    「君もバイトしてるんだったか」
    「まあな。あ、ここは止めとけよ、実際の時給低いから。こっちは客層悪いけど賄い出るからトントンかな。この店雰囲気よかったんだけど遠いんだよなー、交通費出ないと辛い」
    「ここが近いな」
    「でも時間短くないか それより……」
     指を差し、あーだこーだ口を出す俺に腹を立てる所か熱心に頷いてメモり始める新。ちょっとからかってやるつもりがかなり真剣に絞り込んでいる。夏休みの小遣い稼ぎとは明らかに違う眼差しに気付いても、それはわざわざ知らなくていいことだ。
     君の所は? と訊ねてくる新にギクリと肩を強張らせる。一気に舌が渇いて、心臓が跳ね上がった。
     頁を辿る指が止まり、伏せた睫毛が揺れて新の黒い目が上を向く。注意深く覗き込む丸い瞳と目がかち合うと、もう舌も固まって軽快には回ってくれない。
    「なに、俺と一緒に働きたいの?」
    「違う。参考になるかと思って橋本やクラスのみんなにも聞いたから」
     橋本が言ってた激戦区ってそのことか。夏休みならみんなバイトするもんな。
    「悪いけどお前には向かないよ、給料はいいけど色々キツいし。雑用多いわ人多いわ気疲れするわで……」
    「楽しくないのか」
    「お前ってそういう所直球だよな。嫌いじゃないけど」
    「すまない」
     いいよ、何たってホストクラブだし。飲酒はともかく、悪酔いする人溜まりの坩堝に新を近づかせたくない。裏側の汚い部分を知ってまで働くほど切羽詰まってないんだろ
     人が思ってる以上にコイツは物事に意欲的で情熱的で貪欲で。それが生真面目に映り、無口なせいか落ち着いて見えるだけで、中身はもっと熱い奴なんじゃないか。
    「客が多そうな所……コンビニ、ファミレス辺りか」
    「そんなところ」
     そういう事にしとこう、男子高校生はホストクラブでなんか働かない。都合の良さに乗っかって口は勝手に笑みを形作る。背もたれに肘を突いて、腕で顔を支えた。
     俺のバイト知ったらコイツどんな顔するかな。貼り付けた笑顔の裏に浮かんだ黒い提案をぶつけてみたくなる。
     すごく面白い反応が見れそうで、誘惑がヤバい。知られたくないと引きずり込みたいが拮抗してる。俺の破滅と引き換えに君を汚したくて堪らない。
     堕ちて来たらいいんだお前も。この泥濘に仲良く絶望しよう。
    「……俺のバイト先、見に来る?」
     囁いた悪魔の誘惑に覆い被さるように鳴り響く音。
     淀んだ発言は予鈴のチャイムにかき消され、彼の耳には届かなかった。
     バイト話はそれっきりで、結局新がバイトを始めたかどうかは知らずじまい。
     無垢な友人は泥濘に浸かることなく、夏休みはひっそりと終わりを迎え、秋が始まる。

    2016.7
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