十月某日、街で仮装行列が行われると知った仁に丸め込まれ一緒に参加した。お菓子が貰えるならいいか。吸血鬼に扮した彼は羽織ったマントを上機嫌で靡かせ、俺はカボチャの面を付け、ランタンを手に掲げる。
「お菓子をくれない奴にはイタズラするぞ~」
「お化け(こっち)に集っても何も貰えないぞ」
「じゃトリックだ」
「横暴だ」
「そういう祭りだし? お前が何を言おうとお菓子持ってる方が正義だからな」
ほら、と頭上に掲げた仁の手から降り注いだ色とりどりの飴、飴、飴……地面に落ちるのにもお構いなしにバラまいた後、彼は満面の笑顔で覗き込んできた。
「はい。お菓子あげたからイタズラさせて?」
「イタズラならお化け以外にすればいいのに」
「誰にイタズラしたっていいだろ。嫌ならお菓子寄越せよ」
「分かった、返す」
「一度受け取った物はダーメ」
そう言われても何も持ち合わせはない。妙なことはするな、変なことをしたら殴るからなと念を押して渋々了承した俺に、待ってましたと言わんばかりに仁の瞳が爛々と輝いて……しまった、これは面白い玩具を見つけた子供の瞳だ。
……何をされるんだろう、嫌な予感しかしない。
列を離れて、物陰に二人になった途端、首筋に走った鈍痛と濡れた感触にギョッとする。邪魔だからコレ外すよ、と立て襟に結んでいたリボンを解いた指は、シャツのボタンを外して襟を開いていく。
まさか本当に噛みついてるなんて事は……
「……っ、仁……?」
返事の代わりにちろり、と覗かせた赤い舌が首を一舐めする。軽く食い込んだ歯の感触と一緒に伝わる息遣いは本物か? 早く殴らないと……。拳を固めて振り上げようとしても肩が震えて上手く行かない。外側から腕を捕らえた仁の両腕が、掴む指が袖に食い込んで。
くわえた唇が首を熱くする。
強く吸ったかと思えば弱めてからまた強くくわえて、時々ゴクンと喉を鳴らす。味を確かめるように。血なんか啜って大丈夫なんだろうか……と立ち尽くし、ぼんやり考える程度には頭はイカレて。
近過ぎて不安になる、この心臓の音が彼に聞こえやしないかと。
痒いような痛いような、くすぐったいような夢心地の中でのぼせた頭では、彼の背中のマントを掴むのが精一杯で。サスペンダーが肩から外れようが、シャツがずれ落ちようが、全てもうどうでもよくなって……
噛みつかれた熱だけが本物。
「……くすぐった……っ、ん……」
首から鎖骨、肩へじわじわと広がり伝染する。震えた唇が吐き出した熱と譫言は仁の耳に届いたのだろうか。
そんなことどうでもいいか……とゆっくりと瞼を伏せた瞬間、もたれかかっていた仁の肩が震え出した笑いを堪えているみたいに。
ぼんやりと瞼を上げるとようやく顔を上げた君がくしゃりと笑った所だった。
「どう? 吸血鬼っぽかった?」
何を言ってるのか解らない俺の前で、口から何かを取り外してみせる。八重歯の尖ったマウスピースに手のひらに乗せた果実が詰まった小瓶。首を手のひらで拭うと付いたのは赤いジャム。吸血鬼になりきった彼の手の込んだイタズラ。
首を濡らしたのは甘いジャムで、噛みついた八重歯は造り物のマウスピース。感じた熱も噛みつかれた痛みも全部、全部まやかし。
全部、演出だったのか。自慢げに披露された種明かしにもう怒っていいのか泣いていいのか分からない。
「な、な、ビックリしただろ イタズラ成功!」
「……」
「やっぱりリアクション薄いなー、もっとこう何か……新?」
ぼんやりと見上げるだけの視線に気づいた仁が首を傾げる。視線がぶつかり、はしゃいでいた目が俺の顔から首、さらにその下へと視線を移す度に困惑が広がっていくのが分かった。
自分の姿は見えないが想像することは出来る。襟元を大きく開いたシャツは肩から大きくずれ落ち、吸い付かれた首筋は赤く腫れて、おまけに額から頬は染め上げたような夕日色。
彼がどういうつもりであれ、吸血鬼に襲われたジャック・オ・ランタンの格好は散々。シャツの胸元を握り締め、ちょっと顔を俯かせただけで面白いくらいに狼狽えてくれる。
「あっ、ええとその、何つーか……ずいぶんとアレな格好で」
「…………」
「違うんだよ、いや違わないけど、俺がしたかったのはこうじゃなくて……怒ってる? 新」
肩を震わせる俺に慌てて取り繕う顔を見れないのが残念だ。同じくらい顔を赤くして、きっと叱られた犬みたいにしょげていることだろう。
イタズラにはまんまと引っかかったけど別に怒ったりしないのに。慌てふためく君がおかしくて。
かみ殺した笑い声に君が気づくまで、もうしばらくこのままにしておこう。
2016.10