習慣
入浴後の湿った髪を前にすると、ついドライヤーとブラシを構えてしまう。妹がいた頃の名残。十年近く経ってもこの手に残ってる。アイツと過ごした年月は多くないのに、習慣って怖いな。
「新」
こっち。呼び止める仁の前にちょこんと座って、新はコップを傾ける。慣れたもんだ。他人に髪を好きにさせるのが怖くないのか、面倒なだけか素直にさせてくれる。俺は絶対に嫌だけど、新は抵抗ないらしい。今日も湯上がりの髪に熱風を当てる。
ゆらゆら、艶々。風に揺れる黒い髪は幼少に失ったもの。それがまた目の前にあるなんて何の因果か。別に惜しくも取り戻したい気もなかったけど、梳くくらいはいいよな。
後ろから通した指をさらりと流れる髪、女の子と違って結べるほど長くない。うーん、こうか? 一筋一筋ブラシで整えながら、掬う指を変え、これも違うと考えあぐねて。
やっぱり、どう頑張ってもツインテールは無理だって。
「今度、髪切りにいくのいつだっけ?」
「そのうち。まだ一ヶ月しか経ってないから」
「切るのやめて、髪を伸ばしたりは」
「ないな」
「だよなー。あ、ヘアバンド着ける? 耳付いたやつ」
「君は髪で遊ぶのが好きだな」
そんなつもりは無いけど、指先は新の髪から離れようとしない。掬い上げては逃げていく黒を何とか束ねられないかと苦心する。これを遊んでるというのならこの上なく面倒だ。そんな追悼みたいな真似したら、寄ってこられるじゃんか。別れてから一度も思い返さなかった、ずっと忘れてきたのに。
離れていった二人がほら、過去から一歩近づいて――見られたところで振り返る気にもならない。こっちに用なんかないだろ、今更。
斜め下から覗き込む顔は欠片も似ていない。なのに髪を乾かし、世話を焼きたがる起因は間違いなく家族にあって――
いなくなっても厄介だな「家族」の呪縛って。
「もう少し長かったら色々出来たのに。もらったシュシュやヘアゴムたくさんあるから、それ着けたりしてさー」
「長髪にするなら、俺より君の方が似合いそうだ」
「ないない、俺の髪傷んでるからバッサバサだもん。お前の方がマシ」
未練がましく撫でていた頭からようやく手を放して笑う。
立ち上がる新の髪が短くてほっとした。
2017.10