紫煙に向かって進むのも悪くない気がして、遼はそれを目で追った。怪異と怪異の間を縫って進む。
「ここ通るの初めてなんだけど人多いね。いつもこう?」
「祭りだからね。お好み焼き食ってきな、美味いぜ」
「悪いんだけど金持ってないんだよね」
お好み焼き屋のオヤジと客が立ち話をしている。着物の男が両手を見せておどけた。着崩した着物から露出した腕は遼に劣らず逞しく、人懐こい口調は少年らしい。代金は要らないと知って、喜んでお好み焼きを受け取っている。
「人間と怪異のカップルもいるんだな」
遼と金魚に視線を止めた。かわいい彼女だね、と微笑んだ口元は言っちゃ悪いが軽薄そうだった。黒い目隠しに鬼と書かれているが、鬼らしくない。金魚が遼の背中に隠れる。
「なんだよ」
「このひと、ざわざわするからにがて。このこも、けいかいしてる」
「俺? 大丈夫だって、君の彼女に手を出したりは……いや違うな、取り憑いてるだけでそっちも人間か……? 彼女じゃなくて彼氏?」
ふーん、そういう趣味か。黒い目隠しの奥で勝手に納得して、お好み焼きを囓る。趣味でもねえし彼氏じゃねえ、と青筋を立てる遼を無視して、もう一度少年は笑う。
「むこうへ行くならどっちでも一緒か」
底冷えのする笑みだった。そこにあるのは人ならざる者。目隠しの“鬼”に相応しい笑み。
「いく?」
「知らねえよ。俺は一人になりたいだけだ」
「俺、鳥居のむこうから来たんだけどいい所だよ? 辺りを照らす光も、姿を隠す闇もなくて、自分も他人も何もない」
本当の一人になれる場所。迷いを揺さぶるように彼は囁く。今の遼には願ってもない逃げ場所に聞こえた。
金魚が腕にしがみつく。まるで怯えている風に。
「行ってほしくないのか?」
落ち着かせるように金魚の頭をそっと撫でる。首を振るだけで遼から離れない。
「そっちの子はともかく、彼氏の意見はちゃんと聞いた方がいいかもな。大事な相手なら行き先を選ばせたいだろうし」
進むか戻るか。お好み焼きを咀嚼しながら、茶髪の鬼は楽しそうに決断を迫る。やっぱりこいつらは嫌いだ。
目指した紫煙は鬼の頭上を通りすぎ、遼の知らない彼方へ流れようとしている。
先輩は成り行きで隣にいるだけだ、目を覚ませば勝手に帰っていく。校舎に向かう背中を見送ったらそれでお役御免──
──遼。
もし、振り返って声をかけられたら。見上げられたらどうする? 永遠に一人になるそんな場所に、先輩を一緒に連れて行きたくなったら……
ぞっとする。
行くぞ、と金魚の腕を掴む。
「……そっち?」
「あれ、帰るの?」
「先輩(こいつ)を送ってくるだけだ。あと、お前の言う通りにはしたくねえ」
「決めたならそれでいいけど、君は現世(そっち)より異界(こっち)の方が気に入りそうだけどな?」
「うるせえ」
口元をにやにやさせる鬼。人を食ったその態度が気に入らなくて、早足で祭りから離れていく。ごゆっくり、と手を振る鬼の怪異に二度と会わないように。
2023.2.17