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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    遼と鬼の怪異

     紫煙に向かって進むのも悪くない気がして、遼はそれを目で追った。怪異と怪異の間を縫って進む。
    「ここ通るの初めてなんだけど人多いね。いつもこう?」
    「祭りだからね。お好み焼き食ってきな、美味いぜ」
    「悪いんだけど金持ってないんだよね」
     お好み焼き屋のオヤジと客が立ち話をしている。着物の男が両手を見せておどけた。着崩した着物から露出した腕は遼に劣らず逞しく、人懐こい口調は少年らしい。代金は要らないと知って、喜んでお好み焼きを受け取っている。
    「人間と怪異のカップルもいるんだな」
     遼と金魚に視線を止めた。かわいい彼女だね、と微笑んだ口元は言っちゃ悪いが軽薄そうだった。黒い目隠しに鬼と書かれているが、鬼らしくない。金魚が遼の背中に隠れる。
    「なんだよ」
    「このひと、ざわざわするからにがて。このこも、けいかいしてる」
    「俺? 大丈夫だって、君の彼女に手を出したりは……いや違うな、取り憑いてるだけでそっちも人間か……? 彼女じゃなくて彼氏?」
     ふーん、そういう趣味か。黒い目隠しの奥で勝手に納得して、お好み焼きを囓る。趣味でもねえし彼氏じゃねえ、と青筋を立てる遼を無視して、もう一度少年は笑う。
    「むこうへ行くならどっちでも一緒か」
     底冷えのする笑みだった。そこにあるのは人ならざる者。目隠しの“鬼”に相応しい笑み。
    「いく?」
    「知らねえよ。俺は一人になりたいだけだ」
    「俺、鳥居のむこうから来たんだけどいい所だよ? 辺りを照らす光も、姿を隠す闇もなくて、自分も他人も何もない」
     本当の一人になれる場所。迷いを揺さぶるように彼は囁く。今の遼には願ってもない逃げ場所に聞こえた。
     金魚が腕にしがみつく。まるで怯えている風に。
    「行ってほしくないのか?」
     落ち着かせるように金魚の頭をそっと撫でる。首を振るだけで遼から離れない。
    「そっちの子はともかく、彼氏の意見はちゃんと聞いた方がいいかもな。大事な相手なら行き先を選ばせたいだろうし」
     進むか戻るか。お好み焼きを咀嚼しながら、茶髪の鬼は楽しそうに決断を迫る。やっぱりこいつらは嫌いだ。
     目指した紫煙は鬼の頭上を通りすぎ、遼の知らない彼方へ流れようとしている。
     先輩は成り行きで隣にいるだけだ、目を覚ませば勝手に帰っていく。校舎に向かう背中を見送ったらそれでお役御免──
     ──遼。
     もし、振り返って声をかけられたら。見上げられたらどうする? 永遠に一人になるそんな場所に、先輩を一緒に連れて行きたくなったら……
     ぞっとする。
     行くぞ、と金魚の腕を掴む。
    「……そっち?」
    「あれ、帰るの?」
    「先輩(こいつ)を送ってくるだけだ。あと、お前の言う通りにはしたくねえ」
    「決めたならそれでいいけど、君は現世(そっち)より異界(こっち)の方が気に入りそうだけどな?」
    「うるせえ」
     口元をにやにやさせる鬼。人を食ったその態度が気に入らなくて、早足で祭りから離れていく。ごゆっくり、と手を振る鬼の怪異に二度と会わないように。

    2023.2.17
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