分からなくていいんだよ
帝都ザーフィアス、の下町。
だけど、見知らぬ街を歩いてるような違和感がつきまとう。
それは歩き続けていると、すぐに現れた。
「……ユーリ」
思わず呟くと、その小さな人影は黒い髪を揺らして、こちらを振り向いた。
今より短い、肩までのボブカット。
ボクとそう変わらない背丈。
今より少しだけ円くて大きな瞳は、子供のものだった。
「誰だ、お前?」
一生聞く筈の無い、子供の高い声でボクを見据えた。
見たことが無くても、間違えるはずが無い。
姿は違っても、ユーリはユーリだった。
ボクの、大切な……
「……道に迷っちゃったみたいなんだ」
「ふうん、何処から来たんだ?」
この頃から世話焼きなのか、ぶっきらぼうな口調でもちゃんと相談に乗ってくれる。
「ダングレスト」
「きいた事ねぇな……遠いとこなのか」
「そうだね、ちょっと遠いかな」
すごく、すごく遠いよ。
なんたって未来のダングレストだからね。
ボクが案外平気そうにしているせいか、そっか。と彼は目元をゆるめて笑った。
「悪いな、役に立てなくて。オレ、下町から出たこと無くてさ。ちょっと待ってろ、ハンクスじいさんにでも訊いてくっから」
「迎えに来てくれるから大丈夫、心配いらないから。ごめんね、呼び止めちゃって」
「構わねぇよ、今度ははぐれんじゃねーぞ、ちゃんと手つないどけ」
「うん、仲間がいるから、向こうもきっと探してると思うんだ。だから、行くね。ありがとう」
これはきっと夢だから。
でも、君に逢えてよかった。
「また来いよな、今度いっしょに穴場の釣りポイント連れてってやるよ。お前、名前は?」
「ボクは──」
その時ユーリを呼ぶ声が聞こえ、遠くに子供が手を振っているのが見えたのを最後に。
ボクはその世界とお別れをした。
「──ロル? どうかしたのか。ボーっとしてないで、次いくぞ」
「……ううん、何でもないよ。行こっ、ユーリ」
頭の上にはセピア色のくすんだ風景が広がっている。ボクらはユルソレア大陸に出来た不思議なダンジョンの中を進んでいる所だった。
追憶が見せた、有り得ない気まぐれ。ただの幻。
でも、
「いっしょに遊んでみたかったなぁ」
「全くだ。再会すんのおせーんだよ」
独り言にふてぶてしい態度で相づちを打ったのはユーリだった。
え?
続いてデコピンが飛んできて、ますますボクは面食らった。
「え、え? 何?」
「何でもねー、行くぞ。ほら」
「もー意味分かんないよ! ユーリのバカ!」
「分からなくていいんだよ」
理不尽に加え、暴力的だ。
額をさするボクの手を、ユーリが引っ張って包み込んだ。
「今度ははぐれねぇように、しっかりと手つないどかないとな? カロル先生」
「何それ、子供扱いしないでよ!」
ボクの手を握って歩き出すユーリは満足そうに微笑むだけで、何も説明してくれそうにない。
頬を膨らませても、はぐらかされるだけでちっとも納得出来なかった。
2011.2