黒い鳥の旋律
「あー言うタイプは悲しくても泣かないのよね」
後ろから聞こえてきた独白にユーリが振り返るとレイヴンがおどけた格好で立っていた。顎を向けた先にはカロルがいる。
「そうか? いつも“虫〜!?”って泣いて逃げ回ってないか」
「それは青年のイメージで実際の少年は違うんじゃないかなーってさ。おっさんはよく知らないけど、あの年でギルド渡り歩いてきたって、相当年季入ってると思うのよ。それこそ物心付いた頃からなんて言われても不思議じゃないわ」
カロルはギルドに入っては上手く行かず逃げての繰り返しだったらしい。
そんな昔からと言われても納得出来る確かさがレイヴンの口調に表れていた。
「それで、ギルドを昔から転々としてたってのがどうして泣かないに繋がるんだ?」
「そっちじゃなくて天涯孤独の方かね。あんちゃんも親いないわよね、だったらおっさんよりも解るんじゃない? 少年のことがさ」
悲しくても泣かない。いや……
泣きたくても泣けない。
ユーリは素直じゃない性格も手伝って泣きたい時でも泣かずにやり過ごしてきた。そしてそれがいつの間にか当たり前になっていた。
素直の塊であるカロルがそんなユーリと似ている部分があるとは信じ難いが、レイヴンは確信しているようだ。
「意外だった? 正反対だって思ってた子と共通点あるってのは。おっさんから見たら歪なトコロそっくりよ、おたくら。親の愛情受けれてない子ってやっぱり何処か捻れてるよ。あんちゃんは判りやすく表面上で捻くれ、カロル少年は判り難く表面下で笑ってる」
「怯えてる、じゃなくて?」
「怯えてるのもあるけどね。それより多分笑って誤魔化してる部分大きいんじゃない? 厄介な事に。ある意味リタっちのがずうっと素直ね。少年は素直なイイコだけど、何処か不安定な気がするのよ」
カロルの方を見るとこっちの事は何も知らずに、エステルたちと楽しそうに笑っている。
無邪気な子供の横顔にレイヴンが言う不安定さは感じられない。
「不安定ね……オレにはよく判んねぇけど、子供ならではの未熟さってヤツじゃないのか? フツーに泣いてたぜ、カロル先生」
ドンが亡くなった後、憔悴して酒場の前にうずくまっていたカロルは真っ赤に目を腫らしていた。痛々しくて見ていられないほどに。
泣けない子供なんていない。
良い意味でまっすぐのカロルなら尚更だ。
「……そうね、おっさん勘ぐりが過ぎたわ。今言ってた事忘れて」
レイヴンは肩を竦め、腰に差した小刀に手を携えた。
この話はおしまい、と手を振って背中を向ける。
「……おっさん」
おどけたまま離れていく前にユーリの硬い声が呼び止める。
体を傾けて首を傾げたレイヴンはいつも通り、胡散臭くおどけて見せた。
筈なのに、
いつもの表情なのにどこか違う、深緑の瞳も暗く澱んだ沼のようで不穏に満ちていた。
「──何でもない」
「そ? 何か青年顔色悪くなーい? ホラ笑って笑って〜、美形が台無しよ」
「あのなぁ……」
「人間笑うのが一番。逃げてった幸せは易々と取り戻せないからね、しっかり掴んどかないと。逃げられないように、見とかないと駄目よ〜? 泣いてる時は見ててあげてちょうだい、おっさんの代わりに」
じょうだん、と言いたかったが暗い沼を覗きこんでいるような感覚に囚われる。ユーリが立ち竦んでいると、
「少年見てると息子が出来たみたいで可愛くてさ、出来れば泣かないで笑っててほしいなんて思ったりしてね。自分じゃ甘やかして見てらんないのよ。……だから頼むわ、少年の力になってやって?」
「……言われなくてもそうするよ、カロルはオレらの首領だからな」
ありがとね、とレイヴンが肩に触れてようやく取り巻いていた空気が軽くなり、気づいた頃にはもう紫の羽織は遠くなっていた。
……まるで、
自分がいなくなる、みたいな。
「……まさか、な」
馬鹿馬鹿しい、そう言い聞かせても一度過ぎった不吉な影は簡単に消えてはくれなかった。
2011.3