冷たい体
両手を擦り合わせながらこの世の終わりみたいな顔をして部屋に入って来たレイヴン。その指先はとても冷たくて。
「少年、温めて〜」
すっぽりと羽織りの内側に捕らえられても無碍にする事は出来なかった。
(本当に、冷たい)
それは冷え切ってると言うより元から体温が無いみたいで。
──死んでたからね、俺は。
戦争に赴いて死人になったレイヴン。それはカロルにとって話にしか聞かないお伽話のように、程遠い出来事。
(十年もこんなに冷たかった?)
氷のように冷たく冷え切った腕に包まれ、十年前の戦争に思いを馳せる。騎士団として人々の為に戦ったシュヴァーンの事をカロルはほとんど知らなくて、英雄だったと聞いても、今のレイヴンと全然違う人にしか思えない。
でも、もっと早く会えてたら。
(もっとたくさん、温めてあげられたのに)
「……少年、寝ちゃった?」
酒臭い息と一緒にレイヴンの声が降ってくる。カロルの前ではほとんど飲まない酒を開けたくなるくらい冷え切って、辛抱堪らないのだろう。
起きてる、とカロルは首を振ってレイヴンを見上げた。
「レイヴン、もう──でね」
「少年?」
「……」
もう死なないでね。
死んだら温めてあげられないから。
甘えるように擦りよって目を閉じると、体温を僅かに取り戻した大きな手に頭をかき混ぜるように撫で上げられる。
「少年はあったかいねぇ」
「レイヴン、温かくなった?」
「モチロン。あったかいわよ〜」
(ボクには温める事しか出来ない)
助けられない無力な自分が悔しい。それでも、僅かでも助けになるなら、冷たい体を温められるなら傍にいよう。
(寒くないように、これからも温めてあげられるように)
羽織りの背中に回した手を固く、握りしめた。
2011.8