一人じゃないよ
下町は眠りについていた。
トイレに行く、と言ってこっそり抜け出して来たもののどうやって帰ろうかカロルはあぐねていた。
幼少の二人に絆されて泊まっていく約束をしたはいいが、いつ"戻る"のか気がかりで落ち着かない。
ふとした拍子にカロルは追憶のザーフィアスに迷い込む。いつ入り、出て行くのか法則は掴めないからただその時が来るのを待つしかなかった。
フラフラしている間に戻ってればいいのに、と適当に選んだ路地を曲がる。
「……」
人がいる。血生臭い空気を纏い、ゆっくりとこちらを振り返った顔は、よく知ったレイヴンだった。
「レイヴン……」
「……?」
緑眼の片側が隠れ、濁った瞳が不可解に細められた。ザーフィアスにいるのは騎士のシュヴァーンで、レイヴンだけど違う。
カロルにとっては同じだからつい呼んでしまった。
「何者だ」
暗闇から問いかける声は夜風のように冷たく突き抜ける。手にした剣を払い、鞘に収める。近寄るな、と物腰がそう言っている。
威嚇されては、カロルは答えられない。十年後から来た仲間だと言える筈もない。
「……そこで何してるの?」
今度はシュヴァーンが口を噤む。お互い訳ありで、話せる事は無いようだ。
それなら、と別れる前にカロルが口を開いた。
「…………一人じゃないよ」
「……」
「仲間がちゃんと傍にいるから安心して。……夢を諦めなくていいからね、レイヴン」
見る見るうちに目元に皺が寄っていく。
カロルーと呼ぶ声が近づいてくる。帰りが遅いから探しに来たユーリと鉢合わせるのはマズイ。
背を向けたカロルはそのまま夜闇に溶けて、帰還した。
*
「……カロル君」
「どうしたの、レイヴン?」
「んー、あの時はごめんね。怖かったでしょ?」
「あの時?」
「……やっぱりいーわ。忘れて」
変なの、と下から覗き込んだカロルは目をしばたかせ、離れていった。忘れてるならそっちの方が有り難い。蒸し返されると顔から火が出そうになる。
「不思議な事もあるもんねぇ」
ボサボサ頭を掻き、レイヴンは年寄り臭く呟いた。
2013.2