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    liet_ansuta

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    【1月28日ブリデサンプル】夜半のSweet stuff/ひめ巽

    ※1月28日ブリデで発行予定のひめ巽本のサンプルとなります。
    ※未来捏造で、両片想いくらいで、ゆったりまったり食べたりしゃべったりなオムニバスラブコメ。HiMERUは毎回通りの『俺』の方。日和くんや嵐ちゃんなどなど沢山出てきますが、カップリング要素はひめ巽のみ。
    ※オブリガート後に執筆した話となりますので、オブリガート未読の方はご注意下さい







    『夜半のSweet stuff』





    ◇始まりのシフォンケーキ




     海沿いのカフェの扉を出ると、外には深々とした夜闇が広がっていた。
     寄せては引く波の音と、高く響く海鳥の声。
     年明けを迎えたばかりの夜空に浮かんだ、冴え冴えとした満月を眺めながら、巽はゆったりとした気持ちで息を吐いた。
     今日は以前企画されたシャッフルユニット『月都スペクタクル』のメンバーとの、久しぶりの懇親会だった。
     各自が仕事の後に、リーダーの巴日和がお気に入りだというこのカフェへ集合とのざっくりとした待ち合わせは、概ねおおらかなメンバー揃いの『月都スペクタクル』らしいといえばらしかったが、そのおおらかさがたたってか、全員が揃う頃には午後八時を過ぎていた。一番乗りの巽が到着したのは午後六時少し前だから、二時間ほどかけて集合したことになる。もっとも、巽は一人で静かに過ごす時間も嫌いではなかったし、さほど待つ事なく日和が到着してくれたから、退屈する暇は無かったけれど。
     徐々に揃っていくメンバーたちと、美味しい紅茶とお菓子を口にしながら、取り止めのない会話を交わす。和やかな空気を楽しんでいるうち、気づけば閉店時間を迎えていた。店主に長居を侘びつつ店を出れば、時刻はすでに午後十時。人足も随分少なくなっていた。
    「うん! ケーキも紅茶も美味しかったし満足だね!」
     軽やかに響く日和の声に、巽は「はい、美味しいお店をご紹介いただきありがとうございます」と笑顔を向ける。
    「さすが巴センパイの選んだお店よね」
     ちゃめっ気たっぷりにウィンクする鳴上嵐の隣では、氷鷹北斗が「ああ。パフェには星をイメージした金平糖が乗っていたし、見栄えも楽しめるように工夫されていたな」と、神妙な顔で頷いていた。
    「そうですね〜。おさかなのかたちの『ぱい』もおいしかったです〜! なかがおさかなではなくてざんねんでしたが、『あまいもの』もたまにはいいですね〜」
     ぷかぷかふわふわ舞う深海奏汰に、日和は得意げに胸を張ってみせる。
    「そうそう。甘いものは疲れが取れるからねえ。まあ今度は、奏汰くんが大好きなお魚の入ったキッシュのお店もいいね」
    「そうですな。日和さんおすすめのキッシュのお店もぜひ伺いたいです」
    「ふふん。期待してくれて構わないね!」
     尽きない会話を交わしながら、ゆったりとした足取りで帰路へ着く。門松が残る住宅街を抜け、冬木の立ち並ぶ大通りから比較的賑やかな駅前へ。
     流石に使い慣れたICカードで改札を潜ると、巽は寮のあるES方面へのホームと続く、階段の手前で足を止めた。
    「それではみなさん。俺はここで」
     声をかければ、メンバーは慣れた様子で振り返る。
    「ああ、巽くん今日はマンションの方なんだね!」
    「そうか。もうこんな時間だ。油断せず、道中は気をつけてくれ」
    「はい〜。たつみ、またあした『いーえす』であいましょ〜」
    「あらあら、そうなの? 遅いのに大変ね」
     思い思いの反応を見せるメンバーに巽は笑顔を向ける。
     こうして日々の予定のあと、巽が一人で別の場所へと向かう理由は、すでに周知のものだ。疑問を投げかけてくる人物はいないし、それどころか当然のように気遣ってくれるメンバーの気持ちを、巽はありがたく受け取った。
    「ふふ、いえいえ。みなさん今日はありがとうございました。良い夜を。Amen」
     自分の胸元に指先をつけ、軽く会釈する。
     見送るメンバーに手を振ってから踵を返した巽が目指すのは、ESとは逆の方面へ向かうホームだ。
     時刻は十時半を回っているものの、特に急ぐ必要も無い。
     普段よりひとの少ない構内を、のんびりと移動していると、不意に「風早先輩!」と呼び止められた。
     振り向けば今別れたばかりの嵐が、ひらひら手を振って近づいてくるのが見える。
    「おや、嵐さん。どうされましたか?」
     目を瞬かせて問えば、嵐は華やかなかんばせに笑顔を乗せて、クラフト紙で出来た袋を差し出してきた。
     隅に入ったロゴマークから、先程まで滞在していたカフェのものであることが伺える。
    「えぇっと? これは……」
    「鉄虎ちゃんへのお土産に買ったんだけど、鉄虎ちゃん、今夜は打ち上げが長引くらしいのよねェ。良かったら受け取ってもらえないかしら?」
     朗らかな声に促され、紙袋の中へ視線を落とせば、白い箱が一つ入っていた。そういえば、カフェを出る時に、嵐がレジで何か購入していた記憶がある。
    「いえいえ、お気持ちはありがたいのですが、でしたら嵐さんが召し上がられたほうが」
    「いいのよ。アタシは今日、ちょっとカロリーを摂りすぎちゃったから。風早先輩はあんまり食べてなかったでしょう? 良かったらあっちで『二人』で食べて」
    『二人』
     向かう場所と理由だけでなく、そこにいる人物も身近な人たちには把握されている。理解はありがたいが、指摘されるとなにやら気恥ずかしかった。
    「いえ、あの、しかし……」
     巽が内心で動揺している内に、嵐は「じゃ、またね」と軽い足取りで身を翻す。
     咄嗟に追おうと足を踏み出しはするものの、好意を無碍にするのも失礼かも知れないと考え直す。それにこれは、巽にだけ贈られたものではない。巽の向かう先にいる、嵐も縁がある『彼』にも贈られたものだ。
    「ありがとう、嵐さん」
     すんなりした背中に感謝を告げると、嵐は緩く巽を振り返って手を振った。


                ※


     カフェのある駅から二つ目。閑静な住宅街の隅に、巽の目指すマンションがある。駅から離れており、交通手段も商業施設も少ない。便利とは言い難い立地だけれど、側に総合病院があるのは大きな利点だ。
    「鍵は……ああ、あった」
     マンションの前でぽそぽそと独言ながら、コートのポケットを探る。指先に触れる冷たい鉄の感触。確認するように握りしめてからエントランスをくぐると、エレベーターを素通りして、外階段で五階まで登る。冬とはいえ……いや、冬だからこそ、病んだ足をしっかり動かしておいたほうが良いだろうと思ってのことだ。
     階段を上がってすぐのその部屋には、いまだ表札がかかっていなかった。
     少し迷ってから、一応インターフォンを鳴らすが返事はない。今日は帰りが遅くなると聞いているから当然だけれど。巽はポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで捻った。僅かなカチリという音がすると、受け入れられたという安堵感をいまだ覚える。
     遠慮がちに扉を開いて体を滑り込ませれば、部屋は静まりかえって暗く、外よりも寒いように感じられた。
    「……お邪魔します」
     部屋の奥へと声をかけてから靴を脱ぐ。
     リビングに灯をつけると、まだ新しい白い壁紙が眩しかった。巽は部屋を見渡しながら、マフラーとコートを外すと、慣れた動作で壁際のハンガーへとかける。
     二、三人ほどが何とか共同生活を送れる広さの部屋は、まだ築一年ほどで、賃貸ではなくやや無理をして購入したらしい『彼』の持ち家だった。築浅である上、物が少ないこともあり、普段はモデルルームのように整然とした部屋だが、今日はと所々に綻びが見える。テーブルやソファに置かれた日用品や服。絨毯や棚の埃やシンクの洗い物。
     そんなに大袈裟に散らかっているわけではないが、神経質な彼には珍しい。クリスマスから年末年始にかけての繁忙期で、きっと疲れ果てているのだろう。もっともそれは巽も同じだったから、暫くここを訪れることができず、それもまた、原因の一つかも知れない。
     巽はその場にしゃがみ込むと、足元に落ちているシャツとセーターを拾い上げ、洗濯機に向かった。
     

     元々この近所に別にアパートを借りていたという彼が、ESアイドル用の寮『星奏館』に移住し、更にその後、わざわざこのマンションへ住居を移したのは、病院で眠ったままだった彼の『弟』が目を覚ましたのが理由だった。
     彼の弟がこれからどうするのかはまだ決まっていない。と、言うよりは、まだ決められるような段階にはないらしい。
    巽も様子を見に行きたいと願ってはいるが、唯一の身内である彼の許可が降りないので、実際の状況は計りかねている。
    いずれにしても弟の退院後、彼は弟と暮らすことを望んでおり、そのため、比較的広いこのマンションを用意したようだ。
     巽と彼の弟とには浅からぬ縁があり、その縁を巡って巽と彼自身の間にもある種の縁ができた。複雑で入り組んではいたけれど、時に傷つけ合いながら育んだそれらの縁は、今ここにいる巽の基盤となっている。巽は少し前まで尊んでいた博愛では無く、特別な思いを持って彼の弟を愛していたし、彼には、生まれてこの方感じたことのなかった想いを抱いていた。
     だからこそ、彼の弟が目覚めたと知った時に、彼らの力になりたいと思ったのは、巽にとって当然のことで。
     彼へと手伝いを申し出た時、最初は素気無く断られた。必要ない、関わるなと不愉快げに繰り返され、さしもの巽も寂しい思いをしたものだ。
     それでも諦めずに根気強く説得を続ければ、やがて彼は観念した。
    実際、今まで無かった住宅ローンや、目覚めたことによって増した弟の医療費を稼ぐのに仕事を増やし、引っ越し荷物の荷解きさえできていない状態だったらしい。
     許可を得た巽は、水を得た魚のように生き生きと、彼のマンションを尋ねては荷解きや家事を手伝った。
    最初こそ鬱陶しそうにしていた彼も、日が経つにつれ慣れたのか、もしくは諦めたのか。とにかく巽の行動を容認してくれるようになり、合鍵まで預けてくれた。
     巽に対して友好的とはいえなかった彼が示してくれたそれは、彼からの『信用』の形のようで、巽を喜ばせた。
     以来、彼が留守の際も、通い妻よろしく通う巽を、彼は呆れ半分受け入れてくれているし、何故だか気づいている近しい人々も、好意的に見守ってくれている。


     洗濯機を回すには遅い時間だからと、シャツとセーターはひとまず洗濯かごへと入れ、リビングへと戻った。日用品を記憶にある元の位置に戻し、静音の掃除機を音に気をつけながらかける。
     シンクを片付け、風呂を洗い終えれば、すでに午後十一時を過ぎていた。他に何かないかと確認してから、巽は小さく頷くと、ソファの隅に腰を下ろす。
     もうそろそろ帰ってくるだろうか。
     今夜は随分冷えるし、浴槽に湯を張っておいた方が良いだろうか。夕飯はきちんと食べただろうか。
     つらつら考えていると、玄関から扉の開く音がした。
    「おかえりなさい、HiMERUさん」
     ふっと浮かび上がる心のままに、素早く玄関に向かうと『HiMERU』と名乗っている『彼』の、不機嫌そうな蜜色の瞳と目が合った。
    「――やはり来ていたのですね」
     うんざりとした声と胡乱な視線。
    『HiMERU』は理知的で紳士なイメージらしいが、巽に対しては、常日頃からつれない態度をみせることが多い。
     巽としては、以前のように憎まれているわけではないようなので、別段気にならないのだけれど。とはいえ、普段にも増して不機嫌だから、相当疲れているのだろう。
    「すいません、またお邪魔していました。お疲れでしょうし、お風呂を沸かしましょうか?」
    「シャワーで結構です。それよりこんな時間まで居座って、こちらの迷惑は考えないのですか?」
    「失敬。君の顔が見たくて。ご迷惑でしたらそろそろお暇するとしましょう」
    「――巽の帰りがけに何かあれば『俺』の寝覚めが悪いのです。今夜はうちで適当に休んでいってください」
     腹立たしげにそういって、HiMERUは深くため息をついた。もしかしたら、初めから泊まるつもりでいたのがバレたのかも知れない。
     巽は誤魔化すように笑うと、HiMERUの手からコートを受け取った。
    「お腹は空いていませんか? 簡単なものでしたら作れますが」
    「結構です。夕食は済ませてきましたので」
     HiMERUはリビングに入ると、視線で部屋を見回し「片付いていますね。感謝します」と小さく礼を口にした。
     家事などの奉仕は、巽が望んでしていることであり、感謝されようと望んではいないのだけれど、律儀に気づいて謝辞を述べてくれる辺り、HiMERUは優しいひとだとしみじみ思う。
     胸の奥で膨れる温かな想いに目を細めると、HiMERUは巽に物言いたげな視線を向けてから、ソファに腰を下ろした。それを横目に、巽はHiMERUのコートをハンガーにかけ、軽くブラッシングする。夜風でやや湿っているから、暖房のそばに吊るした方が良いかも知れない。思案していると「巽」とHiMERUから声がかけられた。
    「これは?」
    「これ?」
     振り返ればHiMERUが指す先に、嵐から贈られた紙袋があった。
     リビングに入ってすぐにソファテーブルに置き、そのままにしてしまっていたらしい。
     巽はコートから一旦手を離すと、紙袋へ歩み寄る。
    「こちらは嵐さんからいただきました。まだ俺も、中身を確認していませんでしたな」
     HiMERUの諌めるような視線を感じながら、慌てて紙袋から箱を取り出して開いてみる。
     中にはおおぶりなシフォンケーキが二つ、ちょこんと鎮座していた。
     見るからにふかふかで、やや茶味の強いシフォンケーキからは、甘い匂いと共に紅茶の芳醇な香りも漂ってくる。
     しっかり保冷された箱の隅には、生クリームの入ったカップも入れられていた。
    「――シフォンケーキですか」
    「はい。そのようです。まだ箱の中は冷えていますので、品質に問題はないと思います」
     箱の外側をよく見れば、賞味期限が書かれたシールが貼られている。
     書かれた日付は今日。
     巽は、壁掛けの時計に視線を投げる。今は十一時五十分を少し過ぎたところだ。今日は後十分もすれば終わってしまう。HiMERUは先程、夕食を食べてきたと言っていたし、今すぐに食べるのは難しいかも知れない。
     どうしようかと悩みながら「頂きますか?」と、一応声をかけてみると、意外にもすぐに「ええ」と返事があった。
     きょとりとしてHiMERUをみれば、HiMERUは別段変わった様子もなく、怪訝な眼差しで巽を見つめ返してくる。
    「え? ああ、はい。では頂きましょう。あの、飲み物はどうされますか?」
    「珈琲を。先日椎名に譲っていただいたドリップバッグがある筈です。HiMERUは先にシャワーを浴びてきますので、後はお願いします」
     HiMERUはソファから腰を上げると、ぐっと体を伸ばしてから、いつも通り背筋を伸ばして浴室へ歩いていく。
    『HiMERU』は、甘党でスイーツ会に入会しているが、『彼』自身は、然程甘いものに関心が無かったはずだ。それに、日ごろからストイックで、こんな時間に何かを口にするなんて提案に、同意するひとではない。珍しいなと不思議に思いつつ、巽は電気ケトルのスイッチを入れる。
     食器棚から珈琲と、シフォンケーキが映えそうな白いお皿を二枚。シフォンケーキを中央に配置し、生クリームを添える。少し見た目が寂しい気がしたので、今朝ミントティー用にと摘んできたミントを取り出して、よく洗ってから生クリームの上にちょこんと乗せた。
     今日みんなと訪れたカフェのようにはいかないが、中々の見栄えになった気がする。
     巽は食べ物の見栄えは気にならないけれど、HiMERUが『自分は物へのこだわりはない』といいながら、綺麗なものやオシャレなものを見るたびに、少しだけ表情を明るくするのに気づいていた。
     疲れたHiMERUが少しでも喜んでくれたら嬉しい。
     珈琲カップも、並べた時に映えそうな、薄いベージュで厚みのある美濃焼のものを選ぶ。
     見た目もさることながら、これはHiMERUが仕事で縁のあったデザイナーがプレゼントしてくれた物らしいから、きっと良い物だろう。
     ソファテーブルにカップを並べ、珈琲を淹れていると、シンプルなジーンズとセーターといった出立ちのHiMERUがリビングに戻ってきた。
     髪を整え、薄化粧をほどこさない限り、人前に出てこないHiMERUなのに、髪は湿ったままで化粧もしていない。彼は、しっかりした足取りでソファに腰を下ろすと「どうかしましたか?」と眉をしかめる。どうやら執拗に眺めていたらしい。
    「失敬。そんなにリラックスした姿の君を見る機会はなかなかないので、つい」
    「――こんな時間ですしね。巽に取り繕う必要もないでしょう」
    「そうですか? ふふ、気を許していただいて光栄です。しかし髪は乾かさないと風邪を引きます。どれ、俺が……」
    「結構です! 勝手に都合の良い解釈は止めてください。――それよりケーキを頂きましょう」
     HiMERUは不愛想に告げると、フォークを手に取る。
     ケーキと珈琲をみた瞬間、僅かに表情が穏やかになったので、盛り付けや並べ方は彼のお目に叶ったらしい。
     HiMERUはケーキを一口フォークで切り分けると、ぼんやり見守っている巽に「巽も召し上がっては?」と告げ、クリームを乗せたケーキを口へと運んだ。
     すぐに、上品に咀嚼する口元は、緩やかな三日月を描く。
     僅かに安らいだHiMERUの表情に惹きつけられながら、巽はHiMERUの正面に腰を下ろした。ソファの正面はテレビで当然椅子はない。古傷のある足を庇って横座りすると、HiMERUが自分自身の隣を指差した。
    「――床に座ると冷えるでしょう。どうぞ」
    「おや、ありがとう。ではお隣に失礼します」
     HiMERUが隣を勧めてくれた。それだけで驚くくらい胸が弾む。巽はのそりとHiMERUの隣へと移動すると、自分の分のケーキと珈琲を手元に寄せた。
    「えぇっと、美味しいですか?」
     何か会話をしたくて問いかけると、HiMERUは「ええ」と素っ気なく頷く。口調は淡々としているが、その表情はやはりどこか嬉しそうだ。
     巽は破顔してフォークを手に取ると、自分もシフォンケーキを口に運んだ。途端紅茶の芳しい香りと、甘い卵の風味が口いっぱいに広がる。しゅわしゅわふんわりした感触だが、舌に触れる生地はしっとりとしていた。
    「ん。ああ、これは美味ですな」
    「ええ。さすがは鳴上さん。何事にもセンスがよいですね」
    「はい。しかしこのケーキを購入したカフェは、日和さんの勧めでして。今日『月都スペクタル』のみなさんと、伺ったんです」
    「そうですか。『月都スペクタル』のみなさんは、仲がよろしいようで」
    「ええ。定期的に懇談会を開くなど、親しくさせていただいています。HiMERUさんたちは?」
    「HiMERUたち『XXVeil』は、私生活でまで慣れあうことはないですね。一人この国にいらっしゃらない方もいますし」
     HiMERUはもう一口シフォンケーキを口に運ぶと「ああ、とはいえ」と、続けて口を開く。
    「ほかのメンバーの方とは、現場が合えば、食事をご一緒することもあります。神崎さんたちは善良な方ですので」
    「ふふ。それは結構ですね」
     気のせいだろうか。
     平静を装いつつも、巽は内心で首を傾げる。いつもよりもHiMERUの口数が多い気がする。HiMERUは無口というわけではないけれど、本人が余計だとみなしている物事について、触れることを好まないのだ。
    「今度、『月都スペクタル』と『XXVeil』合同の懇親会もよいですな」
    「それは遠慮こうむります」
     さっくり断られるが、その口調は厳しいものではない。
     HiMERUは、尚もシフォンケーキを切り分け、口へと運んでいる。もしかしたら、ケーキが彼の口を軽くしているのかも知れない。
    「あのぉ……もしかして『HiMERU』さんだけでなく、『君』も、甘いものがお好きでしたか?」
    「――『俺』自身に好みはないので、特にそういった訳でもありませんが。……まあ、疲れているときに甘いものはほっとしますね。
     そういってHiMERUは、僅かに微笑んだ。
     

    『甘いものは疲れが取れるからねえ』


     日和の言葉を思い出しながら、巽は思案する。
     もしも、甘いものを食べたことで、目の前の想い人の疲れが本当に癒えるのであれば。
     巽は一つ、心に決めことをして、大きく切り分けたシフォンケーキを頬張った。









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