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    ロミオ

    成人女性(昭和生まれの年増オタク)。妄想を書き殴ってはアップします。愛され🎴くん大好き、🎴くん右固定。🔥さんは🎴の左にしか居ない。特に🔥🎴を愛好してます。家族にはオタ秘匿中のため、低浮上であります!

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    ロミオ

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    本当は第十回rntn ワンドロワンライお題: 『香水』の為に書いていたお話でしたが、時間的に間に合わず放置していた物を、今日のwebイベントの為に手直しして完成させました!

    大正謎時間 継子IFで煉獄さんも炭治郎も、大きな怪我なくピンピンしていて、しかも両思いです!

    そんな二人のちょっと色っぽい空気の話。こんなタイトルですが、雰囲気だけエッチなお話。キスなので一応、全年齢でございます。

    閨の香り「おはようございます、煉獄さん」
     炭治郎は障子の前に座し、師匠である煉獄杏寿郎に声を掛けた。鬼の噂を聞きつけて東京を離れ一週間、常陸宍戸まで探索に出掛けた煉獄とその継子である竈門炭治郎は、無事に任務を果たして明け方に屋敷へ帰り着いた。夜明け前の薄暮の中、師匠と共に湯で足を洗って下女の作り置いた粥を啜り、仮眠をとった炭治郎は、九時過ぎに起きだして風呂と昼餉の支度を始める。勿論、炎柱邸には家事を担う下男下女が居るのだが、炭治郎たっての希望で風呂の支度と炊事は主に彼が担当しているのだ。
     長い任務の後にはゆっくり湯に浸かり、美味い飯をたらふく食べて欲しい。それは炭治郎の真心であり、こだわりである。炎柱の稽古は噂に違わず厳しく、慣れないうちは稽古終わりに立ち上がれぬほど疲労困憊したものだが、それでも風呂と食事だけは弟子の務めと欠かした事はない。支度を済ませてきっかり十時半、炭治郎は障子越しに煉獄へ呼びかけて、いつもの様に返事を待った。

     しかし、返事はない。まだ寝ているのだろうか。
     否、煉獄に限ってそれは無いだろう。炭治郎の何倍も体力・持久力に優れた師匠が、この程度の任務で疲れて寝過ごす筈がない。

    「師匠……煉獄さん!」
     もう一度、声をかけてみる。しかし、やはり返事はない。いつもなら此方が一声かければ、すらりと障子を開け放って出てくるというのに。
    「……煉獄さん、お加減が悪いんですか?」
     ふと不安になって問いかけるも、返事がない。ひょっとしてもう起き出して、部屋に居ないのだろうか。炭治郎は膝立ちになって障子の向こうに再度声をかけた。

    「煉獄さん! 開けますよ!!」
     すい、と一尺ばかり障子を横に滑らせると、果たして饅頭の様に盛り上がった布団の端から金と赤の髪が覗いている。障子を開けても寝ているとは珍しい。炭治郎は足を忍ばせて布団に近寄り、手を添えて煉獄にそっと声をかけた。
    「煉獄さん、おはようございます」
    「……んん」
    「午後にはお館様のお屋敷へ、報告に行かれるんですよね? そろそろ起きませんか」
    「……だ」
     寝言だろうか?煉獄が何やらモゴモゴと言っている。炭治郎は何ですか?と煉獄の顔に耳を寄せて聞き返す。と……
    「わああっ!」
     突然、強く体を引かれて、あっという間に煉獄の布団の中へ引き摺り込まれた。
    「煉獄さん! やっぱり起きてたんですね!!」
     くつくつと喉の奥で笑いながら、煉獄は太い腕で炭治郎をすっぽりと抱き込む。煉獄の陽だまりの様な優しい匂いに包まれて、炭治郎の胸は高鳴った。
    「師匠……っ!」
    「おはよう、炭治郎」
     低めの声が頭の上から降ってくる。鍛え上げられた腕が柔らかく炭治郎の体を抱きしめ、炭治郎の額の傷に熱い唇が触れた。
    「だ、ダメです、煉獄さん!!」
     炭治郎は甘い縛めを解こうとジタバタと暴れるが、煉獄は構わず頬に耳元に口付けの雨を降らせる。炭治郎が身を捩るたび、耳飾りがカタカタと音を立てた。
    「師匠、んんん、ダメですって!  俺、風呂に入って無いので! く、臭いです」
    「君、閨で師匠と呼ぶのは不粋だろう?」
    「あっ、はい! そうでした! きっ……杏寿郎さん」
     慣れない呼び方に、炭治郎の耳まで赤くなる。と同時に呼び方一つで、数日前に旅先で共寝をした夜が生々しく甦った。まだ互いにぎこちなく触れ合うだけの拙い睦み合いだったが、それでも初心な炭治郎には十分過ぎる出来事だった。
    「あの、でも、本当にダメです!お館様に……」
    「報告に行くのは午後四時に変更だ。先程、屋敷の鴉が伝えに来てくれた。なので、君と少しゆっくりしようかと思うんだが」
    「ダメですーッ!!」
     炭治郎は煉獄の胸に両手をついて、両腕をぐっと突っ張る。だがそこには歴然とした力の差があり、炭治郎の必死の抵抗も虚しく再び煉獄の腕に引き戻されてしまった。かくなる上は……これしかない!
    「ふんっっ!」
     振りかぶった炭治郎の頭が頭突きとして繰り出される前に、煉獄は電光石火の早さでガッ! と片手でそれを止めた。
    「待て、炭治郎!」
    「わぁ、煉獄さん流石! 凄いです!!」
    「どうしたんだ、君。俺たちは枕を交わす仲になったのではなかったか!!?」
    「そ、それは、そうですけどっ!」
    「先日触れ合った時も……むぐ」
     煉獄の言葉が恥ずかしくて、炭治郎は慌てて恋人の口を塞ぐ。勿論、炭治郎とて触れ合いたい気持ちはある。出来れば、その先も。だが……
    「ダメなんです!俺、臭いですから」
    「!!」
     煉獄は首を振って炭治郎の手を外し、真剣な顔で炭治郎に詰め寄る。臭い、とは聞き捨てならない。
    「先程から臭い臭いと連呼するが、俺は君を臭いなどと思った事がない。汗をかこうが、泥を被ろうが君の事を好ましいと思うし、君の体臭も好ましい。大体それを言うなら君、俺だって臭かろう」
    「煉獄さんは臭くありません!すごく、いい匂いがします。俺だって煉……きょ、杏寿郎さんの、あ、汗の匂いも、好ましい、と、思います」
     ならば問題なかろう……と顔を寄せるも、やはり炭治郎はぎゅるりと身を捻って布団を被り丸まってしまう。
    「炭治郎……」
    「……はい」
     布団の小山をポンポンと叩いて、煉獄は眉を下げた。恋人が頑固であるのは承知の上だ。

    「君が俺を拒むのは、俺が嫌だからか?」
    「違います!!」
     布団越しにくぐもった声が、心外だとばかりに主張する。煉獄は少しばかり布団の端を捲って、巣穴に籠る野生動物に話しかけるが如く声を和らげた。
    「では臭いからか? 体臭が気になると?」
    「そうです! 俺は臭いので!!」
    「俺は臭く無いと言っている」
    「でも、臭いので! 俺が嫌なので!!」
     炭治郎はそう言って布団の端を巻き込み、更に布団の中へ篭った。ううむ、如何にしたものか。
     煉獄は半身を起こして襟元を直し、正座して布団の小山に相対した。筋骨逞しい上腕を組み、んん、と咳払いをして端正な顔を引き締める。
    「竈門少年! ここに直れ!!」
    「ハイッ!!」
     わざと上官風な物言いで命令すれば、反射的に炭治郎はぴょこんと布団から飛び出して正座をする。煉獄は歌舞伎役者の如く大きな目を見開き、金に縁取られた赤目でじいっと継子の少年を見下ろした。
    「……君を臭い、と言ったのは誰だ」
    「子供です……任務でお世話になった家の方の」
    「子供」
    「はい、五歳の辰坊です」
     辰坊、と聞いて煉獄も思い出した。今回の任務で世話になった藤の家紋の家に、腹掛けをした小さな子供が確かに居た。煉獄の容姿が怖いのか、母親の陰にいつも隠れていたが、炭治郎にはあんちゃん、あんちゃんと懐いていたのを思い出す。
    「子供の言葉だ」
    「子供は、正直です。皆は大人だから思ってても言わないだけで……俺は焦げ臭いんです」
    「焦げ……」
    「分かってるんです!」
     炭治郎はそう叫び、ガックリと項垂れて言葉を続けた。
    「剣を握って二年以上経ちますが、所詮、俺は炭焼きの息子です。体に染み付いた匂いは、一生取れません」
    「だが……」
    「良いんです! 俺は炭焼きの仕事に誇りを持ってます!! 焦げ臭いのも仕方ないです! でも……でも煉獄さんに、焦げ臭い俺の匂いを嗅いで欲しくないんです……」
     煉獄は顔を上げない炭治郎の旋毛を見つめる。
     一体、どうしたものか。確かに炭治郎を抱きしめると、焚き火をしている時の様な香ばしい匂いを感じる時がある。だがそれは煉獄にとって気になるものでは無く、むしろ寒い冬の日に母や弟と焚き火を囲んだ記憶が呼び覚まされ、気持ちが和むというのに。
    「もう一度言う。俺は君が好きだ。その焦げた匂いも、大好きだ。それでは駄目か」
    「……すみません。俺の問題です。臭いを取る方法が見つかるまで……少し、距離を置く事を許してください。決して稽古や任務を疎かには致しませんので!」
    「じゃあ、其れ迄は君との同衾はお預けか」
    「はい」
    「抱きしめるというのは……」
     食い下がる煉獄に三つ指をついて、炭治郎は頭を下げる。
    「申し訳ありません」
    「うむ……」
     言いだしたら聞かない恋人だ。煉獄は腕を組み頷いた。こうなったら押せば押すほど頑なになる。
    「仕方ないな……承知した。ところで、お館様へ報告の後はどうする。遠征の後だから、今夜と明日の夜は休みを下さるだろう。俺は生家に顔を出そうと思うのだが」
    「分かりました! それなら俺は、蝶屋敷に行こうと思います。善逸や伊之助が禰󠄀豆子に会いたがっていると思うので、一晩泊まってきますね!煉獄さんはいつお帰りになられますか」
    「明日の夕刻にはもどる」
     それまで暫しの別れだ。煉獄はそっと手を伸ばして、炭治郎の頬をするりと撫で、それから親指の腹で薄く色付いた唇を辿る。
    「接吻は……」
    「ダメです」
     にべもなく炭治郎は断り、さっさと立ち上がる。煉獄は指先に残る唇の感触に、深く溜息をついた。
    「先に湯浴みなさって下さい。俺は昼餉を整えておりますので」
     障子を閉める前に一礼して立ち去る炭治郎は、視線も寄越さずに去っていく。
     冷たい。数日前、鬼の妹が寝たのを見計らって、煉獄の布団に滑り込んできた彼は大層可愛かったというのに。
     煉獄はパン! と勢いよく両頬を手で打って、立ち上がった。考えても仕方ない事は、考えるな。だが、考えねばどうにもならない事もある。厄介だが、仕方あるまい。煉獄は浴衣の帯を正して、大股で風呂場へ向かった。

    ******

     その翌日。
     炭治郎は午後三時に蝶屋敷を辞して、炎柱邸に戻った。途中、魚屋で良い鯛が手に入ったので、うきうきしながら厨房で鱗を取って下拵えをする。今夜は鯛の塩焼きにしよう。鼻歌を歌いながら夕飯の支度をしていると、主が間もなく帰ってくる事を鴉が伝えに来た。

    「師匠、おかえりなさいませ!」
     新妻の様に玄関口で主を迎える炭治郎の姿に、煉獄は満面の笑みを浮かべる。
    「うむ!」
     煉獄から長物と羽織を預かり、炭治郎が廊下を戻ろうとすると、ふと腕を引かれた。
    「蝶屋敷はどうだった」
    「皆さん、お元気でしたよ。しのぶさんは少し、お疲れの様でしたけど。あ、善逸は今朝、遠方の任務から帰って来たので禰󠄀豆子に逢いたいと大騒ぎでした。仕方がないので、今夜一晩だけ禰󠄀豆子を向こうに置いて来ましたよ。逢わせてくれなきゃ死ぬって善逸がうるさいから」
     騒がしく泣き叫ぶ黄色い少年の顔を思い浮かべて、煉獄は頬を緩めた。今頃は蝶屋敷でさぞかし大騒ぎしている事だろう。先日も胡蝶が、根は良い子だが少し五月蝿過ぎると零していた。しかしこちらとしては願ってもいない果報だ。
     煉獄は炭治郎の頭に手をポン、と載せて幼子にする様に優しく撫でる。な、なんですか?と顔を赤らめながら戸惑う炭治郎に、煉獄は声を低めて囁いた。
    「後で君に土産がある。就寝の前に俺の部屋へ来てくれ」
    「えっ……は、はい! で、でもあの、そういうのは、まだ、ダメですけど?」
    「そういうのとは?」
     金朱の目が細く弧を描いて、何か意味ありげな笑みに変わる。まるで良からぬ企みを隠して、ニヤニヤ笑っている子供の顔だ。いつもは柱として年齢以上に堂々と落ち着いている煉獄だが、二人きりの時はこんな風に子供っぽい顔を覗かせる時があって、その度に炭治郎の胸は打ち抜かれる。
     ずるい人だ。そんな顔をしたって、絶対絆されないぞ!
     炭治郎はムン! と口元を引き締めて、煉獄を小さく睨んだ。
    「もう良いです! 兎に角、師匠が休まれる前に、お部屋に伺いますね」
     炭治郎は軽く頭を下げて煉獄から離れる。「ああ、待っているぞ」と後ろから掛けられた声に、ふんわりと甘酸っぱい色の香が漂った。

     絶対に何か企んでいる。

     だが夕飯の前に炭治郎へ稽古をつけてくれた時も、風呂で背中を流した時も、煉獄はいつも通りの師範の顔をしていて、むしろ炭治郎の方がそわそわと落ち着かない。膳を囲んで無邪気にうまいうまいと鯛の塩焼きに舌鼓を打ち、山盛り飯を五杯も食べた煉獄は、食後の茶を飲みながら、澄ました顔で先日の合同任務の振り返りなどを話している。帰宅時の色っぽい香りなぞどこ吹く風、あれは俺の勘違いだったろうかと炭治郎がボンヤリ考えていると、不意に額をつんと指で突かれる。
    「集中」
    「は、はい! すみません!!」

     馬鹿! 師範が大事な話をしていたのに、俺はなんて勿体無い事をしていたんだ!

     うわの空になっていた己を叱咤して、炭治郎は居住まいを正した。
    「君の使うヒノカミ神楽を見ていて思うのだが、本来の舞の所作では継ぎ目なく次の型へと移る際に、重心の移動を意識した事はあるか」
    「重心ですか……父からは舞の所作を手取り足取り教えて貰った訳では無いんです。父の動きを見様見真似で覚えたので……」
    「そうか。剣技の基本は腰だ。腰が入らねば芯の入った打ち込みが出来ない。君の神楽も剣技に応用できるという事は、腰の位置、つまり重心の位置が肝要なのかもしれんな。君は集中し過ぎると前傾するきらいがある。それでは呼吸の基となる肺も目一杯膨らむ事が出来ない。結果、全集中の呼吸が浅くなりやすいという訳だ」
    「はい!」
     背筋を伸ばして元気よく答える炭治郎に、煉獄はふと表情を柔らかくする。湯呑みを膳にコトリと置いて、煉獄は手を合わせた。
    「うむ! 実に美味い飯だった!! ご馳走様!」
    「ありがとうございます!!」
     炭治郎が手をついて頭を下げると、煉獄は席を立ち、襖に手を掛けて振り返る。肩越しに湿り気を帯びた赤い毛先が、さらりと肩から背に流れた。
    「ところで茶碗の始末は下女に任せて、早めに俺の部屋に来て貰いたいのだが……構わないだろうか」
     すい、と流れる瞳が眦でひたと炭治郎を捉える。今までおくびにも出さなかった色めいた炎が、金に縁取られた朱眼に燈った。その眼差しの熱さに、知らず炭治郎の体は震えてしまう。

    「は、はい! 承知しましたっ!!」
     畳にゴンと打ちつける勢いで頭を下げ、炭治郎は煉獄の視線を無理矢理うち切った。あんな強烈な視線をまともに受け止めたら、身が竦んでしまう。
     炭治郎は息を殺して煉獄が部屋を出て行くのを待った。襖がパタリと閉まり、煉獄の足音が遠ざかって行くのを耳にして、盛大に息を吐く。
     なんなんだ、あの緊張感。
     炭治郎は膳に載った茶碗を手早く重ねながら、焼き尽くす様な煉獄の視線を思い出して身震いする。

     体臭の件を解決するまでは、何もしないと師範は約束してくれていた筈だけれど……絶対、あの目は何か企んでいる。

     炭治郎は手を止めて、自分の荒れた手や指先を見つめた。女性のように白くて柔い肌じゃない、額にアザもある自分は、どう贔屓目に見ても綺麗じゃない。こんな自分をいつまで煉獄は、構ってくれるのだろうか。ある日やっぱり何かの気の迷いだったと、ポイと捨てられてもおかしくない。勿論、煉獄はそんな事があるものかと否定するだろうが、色恋の経験が少ない炭治郎は自分に全く自信が持てなかった。

     ……頭の固さなら自信があるんだけどな。

     頭突き自慢の額にそっと触れる。けれども頭突きがどんなに上手くたって、煉獄のような美丈夫に愛される謂れはない。炭治郎は煉獄に言われた事をすっかり忘れて、物思いに耽ったまま食器を洗い、厨を片付けた。忘れずに明日の朝食の仕込みをして……そこでふと、我に返る。

    「ああっ! しまった!!」

     炭治郎はいつの間にか身につけていた襷を慌てて外し、浴衣の裾を乱しながら煉獄の居室前の廊下に転がる様にして正座する。

    「師範! 夜分すみません!! っ、遅く、なりました!!」
     肩ではあはあと息をしながら呼びかけると、静かな声で「入りなさい」と中から声がする。炭治郎が障子を開けて一礼すれば、煉獄は文机で何やら書き物をしていた。
    「こちらへ」
     顔も上げずに煉獄が言う。炭治郎は言われた通り部屋に入り、障子をしめて煉獄の横に座した。

    「師範、大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした!!」
    そう言って頭を下げようとする炭治郎を制して、煉獄は筆を置く。そして文箱に筆や文鎮などをしまいながら、落ち着いた笑みを見せる。
    「気にするな。君には君の仕事がある。別段、急ぎの用があった訳ではないのだ。俺がただ君に、早く会いたいと思っただけで。つまり、単なる俺の我儘だ」
    「はぁ……でも、師範」
    「炭治郎」
     煉獄は炭治郎の方へ膝を向けて座り直し、後ろで纏めていた紙紐を解く。ぱさりと流れた髪が煉獄の耳や頬に被さり、雰囲気がガラリと気だるげに変わる。
    「この部屋では、師範と呼んでくれるな」
    「あ、はい! きょ……杏寿郎、さん」
     煉獄は浴衣の袂から小さな容器を取り出し、手の平に載せて差し出した。鈍く光る金属製の容器は、表面に植物の複雑な紋様の描かれた陶器が嵌め込まれ、鮮やかな彩色が施されている。
    「これは……?」
    「練香水という。母が生きていた頃から懇意にしていた、出入りの小間物屋に頼んでな。仏蘭西製だ」
    「綺麗ですね……禰󠄀豆子も喜びます」
     炭治郎が笑顔で答えると、煉獄は「違う」と言って強引に手を引く。あっ、と驚いて体勢を崩すと、煉獄は素早く炭治郎の体を己の膝に引き寄せた。そして小さな容器の蓋をパカッと開き、柔らかい蜜蝋のような物を指先にとる。
    「これは君の為に買ったんだ。練香水はこうして少量とり、耳の後ろやうなじに塗りこむ。すると体温で温まり仄かに香るんだ。普通の香水のように匂いがきつくないので、鼻の良い君でも大丈夫かと思ってな」
     炭治郎はおそるおそる煉獄の指先についた練香水の匂いを嗅ぐ。甘く柔らかく、それでいてどこか上品な香り。スズランのような清楚さの奥に、香辛料のように独特で官能的な匂いが潜んでいる。
    「嫌な匂いじゃないです。なんかこう、大人っぽいようないい香りで….…でも、香水なんて俺には分不相応じゃないですか?」
    「練香水の香りは長く続かない。持って三、四時間というところだ。なので翌朝の任務に支障が出ることもない。これは……君と俺だけの、閨の香りだ」
     煉獄はそう言って、膝に引き寄せた炭治郎の耳の後ろに香を塗り込む。甘く心を絡めとるような匂いは、香水なのか煉獄から立ち上る情欲の香りか。炭治郎が小さく「ひゃっ」と叫んで身を竦めるのも構わず、煉獄はしなやかな少年の体を抱き寄せて首筋に鼻を埋める。ばさりと長い金の髪が炭治郎の肩に広がり、煉獄の温もりと匂いにすっぽりとくるまれてしまった。浴衣一枚を隔てただけの体温がゆるゆると伝わり、二人の体の境を溶かしていくようだ。すうっと煉獄が炭治郎の首元で深呼吸する。
    「いい匂いだ。君が気にしていた焦げの匂いも分からない」
    「そ、そうです……か?」
    「ああ」
     炭治郎も鼻に意識を集中させてみるが、練香水のいい匂いと大好きな煉獄の匂いが重なって、頭の奥が痺れるような不思議な感覚に陥る。そして腰の底に何かウズウズとした違和感を感じて、もじもじと体をくねらせた。
    「どうした」
    「え、いえ……何でもありません!」
    「そうか」
     煉獄は熱い吐息を漏らして小さく笑い、唇でゆっくりとうなじをたどる。その柔らかく濡れた感触が、じわりと腰の奥を重くした。炭治郎のつま先がキュッと丸まるのを横目でみながら、煉獄は顎の下から頬をゆうるりと通って炭治郎の唇に辿り着く。そして甘い蜜に満ちた声音で、そっと掻き口説いた。
    「……この香水には麝香が含まれているそうだ。麝香には古くから、催淫効果があると言われている」
    「さいいんこうか?」
    「男を、その気にさせる匂いだ」
    「わわっ……!」
     煉獄が炭治郎の背を褥に倒して、あっという間に布団の奥へ引き込まれる。体中の力がトロトロと溶け出すように抜けていき、伸し掛かる煉獄の重みがなんだか心地良い。上から見下ろす煉獄の赤い毛先がぱさりぱさりと炭治郎の頬の周りに落ちてきて、世界が全て覆い尽くされる。煉獄は満面の笑みで炭治郎に覆い被さり、甘い夜の空気をたっぷりと孕んだ声で名前を呼んだ。
    「炭治郎.……これでもまだ、だめだろうか」

     ダメですなんて、言えるわけがない。
     炭治郎は答える代わりに、煉獄の首にしがみついた。

    (了)
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    Replies from the creator

    ロミオ

    DONE※パスワード外しました!教えて下さった方、ありがとうございます!!※

    B'zさんの名曲「Crazy Rendezvous」を煉炭で書きたい!!と前々から思っていたので、今回のWEBイベント合わせで書き下ろしました!
    炭治郎への片想いを拗らせて、真夜中のドライブに強引に連れ出した煉獄先生のお話です。
    Crazy Rendezvous「何考えてるんですか! わあっ、ちょっと!!」
    「少し揺れるぞ!」
     驚きに口をあんぐり開けている竈門炭治郎を横目に、煉獄杏寿郎は楽しそうな笑みを浮かべてハンドルを切る。
    「ちょ、ちょ、ちょ、れ、煉獄先生!?」
    「喋っていると、舌を噛む!」
    「わーーーっ!」
     土曜日の夜十時過ぎ。首都圏の県道とはいえ、この時間なら車の一台もすれ違わない田舎道だ。少し乱暴にハンドルを切り、アクセルを踏み込んでスピードを上げる。法定速度を順守して丁寧な運転を心掛ける「煉獄先生」とは真逆の、スリリングなハンドル捌きで夜を駆け抜ける。
    「先生! 一体どうしちゃったんですか!?」
     パン屋の仕事を終えて疲れの滲む炭治郎の片頬には、拭い忘れた小麦粉がついている。明日は店が休みだけれども、新商品を考える為にバックヤードに残っていた彼を、煉獄は強引に車へ引き摺り込んだのだ。そのため作業場で被るネットは辛うじて外したものの、右胸に「かまどパン」のロゴを刺繍した作業着は着たままだ。出掛ける心づもりなどまるでなかった為、温厚な彼にしては珍しく眉間に皺を寄せている。
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    ロミオ

    DONE本当は第十回rntn ワンドロワンライお題: 『香水』の為に書いていたお話でしたが、時間的に間に合わず放置していた物を、今日のwebイベントの為に手直しして完成させました!

    大正謎時間 継子IFで煉獄さんも炭治郎も、大きな怪我なくピンピンしていて、しかも両思いです!

    そんな二人のちょっと色っぽい空気の話。こんなタイトルですが、雰囲気だけエッチなお話。キスなので一応、全年齢でございます。
    閨の香り「おはようございます、煉獄さん」
     炭治郎は障子の前に座し、師匠である煉獄杏寿郎に声を掛けた。鬼の噂を聞きつけて東京を離れ一週間、常陸宍戸まで探索に出掛けた煉獄とその継子である竈門炭治郎は、無事に任務を果たして明け方に屋敷へ帰り着いた。夜明け前の薄暮の中、師匠と共に湯で足を洗って下女の作り置いた粥を啜り、仮眠をとった炭治郎は、九時過ぎに起きだして風呂と昼餉の支度を始める。勿論、炎柱邸には家事を担う下男下女が居るのだが、炭治郎たっての希望で風呂の支度と炊事は主に彼が担当しているのだ。
     長い任務の後にはゆっくり湯に浸かり、美味い飯をたらふく食べて欲しい。それは炭治郎の真心であり、こだわりである。炎柱の稽古は噂に違わず厳しく、慣れないうちは稽古終わりに立ち上がれぬほど疲労困憊したものだが、それでも風呂と食事だけは弟子の務めと欠かした事はない。支度を済ませてきっかり十時半、炭治郎は障子越しに煉獄へ呼びかけて、いつもの様に返事を待った。
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