巻き込まれる側になる男 こんなこと、百さんにしか聞けなくて。
かわいい後輩がオレを指名して誘ってくれたの、嬉しくってさ。サシ飲みするタイプじゃないのかな? なんて思っていたからウキウキして呼ばれていったの。かわいいじゃん。
「オレで良ければ聞くよん。こう見えて口も硬いのだ」
「でしょうね」
「だから何でも頼って……とか言うと負担になる? 吐き出せそうなことがあれば聞くから。甘えちゃいな〜? 気軽に話していいよ。だってオレのほうがお兄さんだからね!」
「……かなわねーなぁ……ほんと百さんて男前すよね」
「んも、かわいいって言って!」
「イケメンじゃないすか。てかそーゆーの言うとあの人に怒られるんで」
「あのヒトって誰よ!」
「あんたの“旦那”ですよ」
「きゃー!! ダーリンのことか〜!!!!」
「ハイハイ……」
大和が大人っぽく笑いながら網の上に乗ったタンをひっくり返した。目をあわせないところ、シャイでかわいいよね。鋭い目つきを眼鏡の奥に潜めているけど、最近は年相応の柔らかさを帯びている気がする。よく笑うようになったと思うし、オレも結構仲良くなったつもり。口調も砕けてくれたと思うんだけど……。
未だにオレよりもユキとの距離が近い。大和がユキに対してぞんざいな態度をとる度端々から感じる関係性に耳の奥がきぃんと痛む。雑なのではなく、大和もユキもパーソナルスペースが広いのを知っているからこそ、互いの領域に踏み込ませている事実が恐ろしいんだ。恐ろしいなんて、オレが思うこと自体何様なんだけどさ。この感情、昏くてやだな……。
映画部って眩しい。
ユキ、才能と華がある天性のアーティストだから、スクリーンの中のあの人はいつもオレの知らない誰かだ。
作品ごとの、監督や演出、脚本家さんの思い描いた架空のユキは、普段の雰囲気を活かして造られたキャラクターであったり、全く違う人物だったりする。何を演じさせてもユキでしかない━━訳ではなく、その世界で生活する、創り手が求める人物として存在している。馴染んでいるんだ。まるでマジック。オレが知ってるユキと、刑事さんや兄者は違う人だったもん。
そんなユキと、眼の前の後輩と楽は同じ目線で世界を見ている。才能の差って、あるんだよね。でもさ、オレは羨ましいなんて思っちゃいけなくて、自分にしか出来ないこと、自分の強みを何か知ってそこで勝負していくしかないからさ。でも、眩しさは感じてしまうよね。
ユキにとって恩師の息子で、オレがユキの隣に立てる前からの知り合いだし。ユキは大和のことをとてもかわいがって、今はバンさんからもかわいがられている。すごく繊細で不器用で、かわいくてかっこ良くて才能のある子だと知ってるからオレも大好き。苦しんでいたら力になりたいと思う。人に言えない弱さを内に閉じ込める苦しみは共感しちゃうしね。だから誘ってくれて嬉しかったな。
モモちゃんスペシャルの焼け具合になったカルビを大和のお皿に入れてあげて、ウインクを投げた。余程言いづらいことなのかな。
「食べなよ〜?」
「っす」
「あはは、緊張してるの? 大和かわい〜! もーちょい飲むか! はい、かんぱーい!!」
「あの」
「どしたどした??」
ビールのジョッキをわざとごちんと鳴らす。お互い同じ高さでラフにね。先輩だとかあまり気負わないでほしい。オレも大和と仲良くなりたいもん。しゅわしゅわした苦い泡が喉を潤してくれる。ジョッキに少しだけ口をつけて視線を彷徨わせていた大和は言いづらそうにぼそっと呟く。
「男同士って、きもちいんすか」
「ぶはっ」
リアクションでも今どきこんなに吹き出さないってレベルでビールを口から噴射した。
「うわ!? 大丈夫すか!?!?」
「だ、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫! そっち系の話か〜!!!!」
「おしぼり、貰いましょう」
「あ、はは、ありがとっ!」
大和は慌てて個室を出て直接おしぼりをもらいに行った。頼むより早いし、気まずさを感じ取ったのもあるんだろう。折角オレに聞きづらいことを聞いてきたんだから、力になってあげなきゃいけない。
びちょびちょになったおしぼりで盛大にこぼした苦い液体を拭きつつ、必死に頭を回転させる。じゅわじゅわ、空気に溶けてくビールの泡。焦げ臭い匂いがして慌てて焼けてる肉を皿に移す。
オレに聞くってことは、オレが同性で経験済みだと思ってる……ってことだよな。年頃の男の子だし、そういうの知りたいよね。
でも、オレ……男相手にしたことないんだけど。
急に売れた時、接待してるって噂流されたことあるから、それかな。いや、そんな悪い噂を本人に聞くような子じゃない……よね。焦げた肉にごめんなさいをしながら、まだ救えそうな子を自分のタレに漬けていく。
服も少し濡れたかなあ、リアクションおっきいの癖になっててよくない。
ガチャリとドアが開いて大和が戻ってくる。
スラリとした長身で、真意が読めない長い前髪と、切れ長の目を少しだけ優しく見せるレンズ。どっか少年の危うさみたいなものが残る、陰があって、ナイフと言うより日本刀みたいな切れ味と鈍色の沼を感じるセクシーなイケメンだ。こんな魅力的な子なんだから、色っぽい悩みもありますよ。
「わ〜! ありがとね!」
立ち上がって大和に駆け寄る。
オレより少しだけ背が高い。見上げるほどの差ではないけど、少しだけ首を傾げて腰を落とせば作れる。
動揺を隠すためにできるだけ明るくにっこりと、“かわいいモモちゃん”で返した。普段聞きにくいことをオレなら答えてくれるって思ったのに、大和に恥をかかせたままにできない。芸能界は古い慣習もあるけど性的な観点からいけば先進的というか、多種多様な愛に溢れているから、色んな人に出会ったオレも知識はある方だと思う。だから相談には乗れると思う。
「あははっ、大和も男の子だねえ〜、くふふ、恥ずかしいけどぉ……オレの知ってることで良ければ教えてあげる!」
「……なんつうか、すんません」
「ん?」
「本来なら、千さんに聞くべきなんでしょうけど……あの人にこんな話、持ちかけたら一生イジられそうだし」
「ユキに……」
眼鏡の奥、薄い目元にほんのり赤さが乗った。
照れてるっぽい、かわいい。じっと見上げていると視線を反らされた。こういう話あまりしそうにない印象あったし、勇気出して聞いてくれたのかな。
大和の手から大量のおしぼりを受け取ってテーブルに移し、ほかほかになってた手を両手で包んだ。しっとりして、少しだけ震えている。緊張もしてるのかな。
「割とマジな感じ?」
「……っす、けっこー、……困ってます」
「うんうん、じゃ、お店変えてさ、落ち着けるとこで話そうか。今夜は時間あるから付き合うよ。焼き肉もいいけど、VIPあるバーとかいいかも。オレももーちょいお酒入れたらさ、今夜のこと忘れると思うし、安心して話してね」
恋してるのかな。
眩しいな。
応援してあげたいな。
最初に浮かんだのはその気持ちで間違いではなかったんだけど、心臓がギュッと縮んだのは。
「ユキにもナイショにしとくね!」
もしかして、大和の相手ってさ…………。
***
めちゃくちゃこじれまくった後日。
「ミツですよ!!!!!! てかなんなの、あんたら付き合ってないんすか!?!?」