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楽屋でモモとふたりきり。出番を待ちながら思い出したようにラビチャを開く。あいつに連絡しよう。今度飲みにでも行こう……とかでいいかな。既読スルーされまくってるけど。
「バンさんの顔アイコン……」
「やっと撮らせてくれたんだ」
「オレの顔は撮ってないのに、バンさんばっかりじゃん」
「撮る撮る、ハイ、モモこっち向いて“あざとい”して~」
「そんな適当に言われてもできないよっ ユキのスマホに残る写真はめちゃくちゃカワイイ~ッ! のにしたいの!」
「じゃあこの前撮った寝顔でいい?」
「絶対やめて もっとあるでしょ てかいつ撮ったのそんなの、消して!」
ゼロアリーナのこけら落とし公演が成功し、僕のラビチャに髪の伸びた元相方のアイコンが登録された。今まで連絡取れなかった分、嫌がらせしてやろうと思ってる。あ、こういう気持ちで送るから返信来ないのか。甘えてるんだけどなあ。とりあえずスタンプ送っとこう。モモが良く使うプリンのやつ。意味はわかんないけど。
にしても、万のやつ。それなりに写真慣れしてる筈なのにどう考えても写りが酷い。わざと不細工に写ったな。そんなつまらない写真なのにモモが拗ねる。頬が膨らんで“たこやき”ができそうになってて、いじらしくてかわいい。モモは万の話題が出ると様子をおかしくする。元ファン心理が働くのかもしれない。局とかであいつに会うようになると(あいつも堂々と僕たちの前に顔を出し始めるし)、いつもキラキラしてるモモの瞳に花が咲くのだ。ぶわっと。綺麗な色をした瞳が、輝いてさらに美しく光る。見惚れるくらい。僕の引き出しからメロディが飛び出しそうなくらいのきらめきだよ。
モモは──モモくんは、僕と万のRe:valeファンだった。僕は音楽が楽しいからやってただけで、正直ファンとかよくわかんなかったんだけど、モモくんは特別だった。モモくんの書いてくれる手紙は僕に他者からの評価みたいなものを認識させて、希望や未来を想起させた。万も珍しく一人のファンを意識した。あのキャプテンくんが来るかもしれないしね。みたいに、僕たちのモチベーションをあげてくれる、不思議な存在だった。
実際に会ったときも、返り血を浴びるって今時考えられないバイオレンスな状況なのに、振り向いた顔がピュアで。そんなギャップに、僕ら二人はノックアウトされたんだよな。ハチャメチャなのに照れて笑ったり焦ってたりするとき、ちらりと見える八重歯がチャーミング。たまに見せる表情に憂いみたいなものがあって、そういうとこと相まって悪魔みたいに蠱惑的だった。かわいいのに変な子でエネルギッシュなくせにうぶで。
見たことある子だなって気づいたのは何度目かのライブの時だったか。僕は確かに会場にいるモモと視線を交わしてた。薄暗い客席で、あの子の大きな瞳はキラキラしていて、遠くからでも吸い込まれるようだった。目が合った、そう思った。不思議な引力を持つ大きな目。間近で見るときれいな色で、僕が見つめるとふるふる揺れていじらしくて、宝石箱に閉じ込めたくなった。宝石箱とか持ってないけど。なんかそういう詩的な気分になるわけ。
モモの、モモくんの全てが面白くて、綺麗で、かわいくて。初めて会ってから、そしてRe:valeとして隣に立ってからの五年間も、目が離せないでいる。何をしでかすかわからない存在で、僕の既成概念を、世界を引っ掻き回してくれる。モモのことを想うだけで、僕は毎日が忙しくて楽しい。苦しいこともあるけれど、それすらも過ぎれば“大切な想い出”ってやつだよ。
「モモ、モーモ」
「なーーに! 寝顔隠し撮りは事務所NGですぞ!」
「事務所より僕の方が力強いから大丈夫」
「権力を振りかざす王者Re:vale恐い! あっ、オレもじゃんか、じゃあオレ権限でNGだし」
「王者Re:valeコワーイ」
「コワーイってテキトーに言うユキ、超キュート……だけど、ダメッ」
五周年のいろいろを越えて僕は浮かれているというのに、モモはなぜか機嫌が悪い。万に会ったときはウキウキしてるくせに、僕と二人きりになると拗ねる。拗ねて、るんだとおもう。まだ不安が残ってるのか?
万との再会で自分の立場が……みたいなことであればちょっと許せないかも。モモは僕の隣でRe:valeをやるって腹をくくってくれたんじゃないのか。解決したはずだろ。顔をのぞきこむと、プイってそらされた。たこやきはまだ焼けている。食べていいなら食べるんだけど。ふっくらしてておいしそうだし、モモのたこやきにはタコが入ってないしね。僕向きのたべものだ。
「モモ、僕何かしたっけ?」
膨れてるのはかわいいんだけど、続きすぎると僕も飽きるし、笑ってるモモに会いたい。だから答え教えてくれたら嬉しいんだけど。優しい声色を意識して肩に手を掛ける。黒くてふんわりしたジャケット似合うよ、モモ。
「ユキ、ちょう嬉しそうじゃん」
「ん? ああまあ、無事終ったからね」
「終わった」
モモが一瞬眉をひそめた。ポーカーフェイス(モモの場合クールではなく、かわいいので質が悪い)が得意なくせに、隠すのが下手。僕相手にはってところが、信頼されてるみたいで嬉しいけど。終わるってワードチョイスはNGだったようだ。モモっておおらかなようでいてめちゃくちゃ繊細で面倒な子だからムカつくしかわいい。
「嬉しいのは、モモの歌声が聞けたからだ」
拗ねるモモに、効果があるらしい顔を意識して作る。語りかけるときは息を含んだ少し低めの発声で、瞳を覗き込みながら逸らさないまま目を細め、口の端をギュッと上げる。モモは僕のこういう感じが好きらしい。他にもいくつか好きなパターンがあるようだけど、この前違うやつやったから今日はこれにした。
モモの歌声が消えていた日々が終わったからこんなに機嫌がいいんだと、どうして伝わらないんだろう。
「わかるだろ?」
「っ……ユキィ~~……」
「なーに、モーモ」
ご機嫌とりのパターンは“当たり”だ、まあそれは良かった。モモの頬と耳があかく熟れてきた。瞳もまつげも震えて、フニャフニャの甘ったるい声で鳴く。まったく、かわいいな。こんなに簡単に絆されて大丈夫なのか? 心配になるんだけど。あと、聞いてたかなこれ。こいつ、顔しか見てないんじゃないか。
「ユキ、イケメン……ズルいよぉ~……」
「知ってる。モモ、機嫌直してくれた?」
「顔の圧がひどいよぉ、ユキィ……」
「くっく、なんだそれ」
「こえも……イケボ……」
よしよし、と微笑みながら頭を撫でる。ぷくぷく焼けてたたこやきはどこかへ消えてくれたようだ。僕の外見とか声とか気に入ってくれてるのは嬉しいんだけど、こうも簡単に目の中にハートを浮かばせるのはいかがなものか。眉なんてハの字に下がってるし、蕩けきった顔しやがって。かわいすぎるだろう。キスするぞ。腹が立ってきた。モモって面食いだからな……そういえば楽くんやナギくんと会った時もイケメーンとか言って喜んでたよな。万の時もそうか。あいつも顔は整ってるみたいだし。というか、芸能人って顔がいいやつばっかりじゃないか。大体、モモの顔だってこんなにきれいでかわいいんだから鏡見ても喜んでるんじゃないのか? 僕がモモならずっと喜んでられるな。
「今の顔登録してもいい?」
「えっ ダメだってば オレ今真っ赤でしょ」
「うん、すごく赤くてかわ」
「ダメだってば なんでバンさんの写真はあんなにイケメンなの登録してんのにオレのは変なのにしようとすんの」
「は? 万の写真どこがイケメンだよ」
「はぁ あんなオフショのバンさん超貴重だよ! めちゃくちゃイケメンじゃん! ユキだから見せる顔って感じで、ナチュラルでかっこいいじゃんか!」
「どこがだよ! モモやっぱり万推しだな おまえ騙したな!」
「はぁ 何いってんの」
「はいはい、千くん百くん喧嘩しないでください楽屋の外まで聞こえますよ」
怒鳴り合いになりはじめて、おかりんがタオルを投げに来てくれた。モモの奴、僕の顔が好きだとか、僕とのRe:valeが好きだって言ってくれてたのに万ばっかりじゃないか。くそ、さっきキスしとけばよかった。ムカつく。
(ん? さすがにキスはだめか?)
モモにイライラすると、なんか手を出したくなってしまう。フニャフニャしてるかわいい顔をもっとふやけさせてとろとろにしてやりたくなる。ユキが好きですって言わせたくなる。ユキじゃなきゃダメだって。あのかわいい憎たらしい口から言わせたくなる。素直じゃないあのクチから。
「おはようございます、MEZZO”です。千、百くん、岡崎さん、今日はよろしくお願いしますね」
「ゆきりん、ももりん、あ、おかりんもいるーおはようございます!」
「Re:valeさん、岡崎さん、おはようございます!」
楽屋がノックされ、今一番顔を見たくない男がかわいい後輩二人を連れて入ってきて、こっちを見てバチンとウインクしてきた。最悪。
「バンさんのウインク……! イケメンです……! はっ、環と壮五よろしくねっ」
「モモまた浮気」
「おはようございます! 大神さん、MEZZO”さん、Re:valeをよろしくお願い致します」
モモのやつ、万にも顔を赤くしてかわいくなってる。信じられない。僕はこんなにモモのことを考えてるのに。どうして伝わらないんだろう。僕ばかりモモの事を考えてるのかよ。モモ、おまえはいったい何を考えてるんだ。教えてくれ。
****
翌朝、やけに気持ち良く目が覚めた。寝起きがいい。昨日の仕事はイライラしてしまっていたけど、僕は演技派で通ってるのでうまくやれたはずだ。モモもかわいかったし。何時だろう、目をこすりながら枕元の時計を見ようとして──。
(あれ、これモモのベッドだな)
違和感に気づいた。
昨夜記憶をなくすほど飲んだっけ? 仕事終わりに自分の家に帰って軽く飲んだけどそこまで深くはなかったはずだ。でもいまモモの部屋のモモのベッドで寝ているということは、そしてこの爽快な目覚め。
(僕、モモに手を出した……)
うっそでしょ、記憶をなくすなんてなんでだよ。それなら鮮明に覚えていたかったのに。
「うう……」
モモの声。辛そうにひねり出されてる。同意じゃなかったのか、もしかして。
「モモ!」
(モモ!)
僕が名前を呼ぼうとするとモモが自分の名前を……ん? なんか変じゃない。僕の声が聞こえないんだけど。え、僕声が出なくなった……?
「モモ、僕声が」
(モモ、僕声が)
おかしい。僕が喋るとモモの声が出る。そんなことってある? え、でもこれラッキーなのかな。
「ゆきいけめーん」
あれ、かわいくない。難しいな。もっとモモらしく発声しよう。モモの真似じゃなくて、モモを演じてみよう。
「ユキ~! イケメンッ!」
そうそうそれ、かわいい。僕うまいな。似てる。でもなんかむなしい。自分で自分を褒めてもなぁ。モモに言って貰いたい。モモはどこにいるんだ? ベッドでからだを起こすと、すごい勢いで上半身が反応した。シュッてかんじ。え、なにすばやい。あれ、それに後ろ髪の感覚がないな。頭も軽い。纏め髪したかなって頭をさわると、やたら知ったふわふわの短い毛があっちこっち跳ねている。あれ? これ自分の頭だよな? いつこんなモモみたいな髪型に。ふと気付いて手のひらを見る。あれ、この少し筋肉のついた健康的な指は。くるりと返して手の甲側を見る。
「赤のネイル……?」
グーパーしてみる。モモの手が生えてる。両手ともモモの手。自由自在に動くし、よく見ればモモのパンツ履いてる。ん、んん~? 僕の股間じゃないな。からだを見下ろすと、少し日に焼けた肌に見慣れない乳首もついてる。いや、見たことはある。このかわいいおっぱい、モモのじゃない? ムニムニ触った。モモの赤い爪のついた手がおっぱい揉んでる。自分のだけど僕のじゃない。倒錯的だな……。
「…………」
飛び起きたら飛び起きられた。この身のこなしもおかしい。走ったら早かった。姿見の前まで行くと、へんな表情のモモが映っている。僕のからだが手を振れば、鏡の中のモモも手を振った。にっこり笑うと、鏡の中のモモは可愛くない笑顔になった。
「ユキ~ッ!」
モモの演技をしたら、鏡の中のモモはそれっぽくなったけど、全然可愛くない。なるほどねぇ。どんな夢を見てるのかわからないが、僕、モモになってるみたいだ。
「モモの体、かわいいな」
上半身むき出しで、パンツだけ。好きなだけ触っていいってこと? 自分の体なわけだし。
「やったね」
声に出して喜ぶと、モモの声がしてかわいい。いつも聞く声とはすこしちがうけど、自分で発する声ってこんなふうに響くんだなって面白かった。モモの地声思ったより低い。意識しないと本当に成人男性って感じなんだな。
歌うとあんなに高音綺麗だし、僕の前でかわいい感じにしてると鈴の音みたいにころころ言うんだよね。
「~♪」
好きなフレーズを口ずさんでみる。高い音出しやすいな。声帯が広がってる。腹式呼吸もめちゃくちゃやりやすい。腹筋も鍛えてあるし、ボイトレもちゃんとしてるんだな。夢にしてはリアルな再現度だな。モモの体、ちゃんとプロ仕様に仕上がってる。努力してていじらしいな。
「~♪♪」
すごいな、音域広い。ブレスも長いし、ビブラートもかけやすい。うっとりしてしまう。この楽器は手入れがきちんとされている。ただ、酒があんまり良くないかな。焼けたら嫌だな、この喉。いいなぁモモの声。僕の声とは全然違う。もっとたくさん僕の曲を奏でてほしい。
いろんな曲を口ずさんでると、鏡にうつるモモは楽しそうに見えた。口を開けたらかわいい八重歯が見える。あーん、と大きく開いて指で触れてみた。くすぐったい。指先も歯の先もこそばゆいな。
(んー、これって、モモ、口の中感じやすいのかも)
くすぐったさがある場所って敏感な場所だから快感を拾いやすい。育てる価値がある……ってモモの体に悪いことしたらよくないね。まあでもこんな非現実なこと、夢だろうし堪能するのも有りかなあ。