出番待ち「ねえねえ、ユキぃ……」
くいくい、と服の裾を掴まれて振り返る。わざわざ少しだけ膝を曲げて僕との身長差を逆サバし、上目遣いをしているモモと目が合った。
「ユキぃ……」
「なに、モモ」
もう片方の手は顔の前にグーを作ってるっぽい。パーカーからは指の先しか出ていない。知ってるぞ、萌え袖というやつだ。そして僕を呼ぶ声はやたらと高く、仔犬のような愛らしさ。かわいい。
「モモちゃん、もう我慢できない……ユキぃ……」
僕を見上げながらふるふるとまつ毛を揺らす。零れそうな大きな瞳がとろりと濡れる。大人になってもまるい頬はほんのり赤くて、たまらず手を伸ばしてしまった。僕の指が輪郭にふれるとピクリと肩が揺れて、すでにハの字になっていた眉毛がさざなみのようにわなないた。僕のカーディガンをつまんでいた手は、裾から僕の胸元へと場所を移している。僕らの体の間を詰めるように、モモは曲げていた膝を伸ばすと、より顔が近寄った。ふんわりとしたモモの前髪が僕の鼻をくすぐると、先程からやたらとかわいい声を発する唇が近くに寄せられて。
「オレ、も、いっちゃっていい……?」
切なげにおねだりされたので、たまらずキスをした。
「むっ……!? ふ……んっ!? な、なにすんの!?」
──ら、怒られた。強い力で跳ね除けられる。傷つく。
「え? 違った?」
「ちちちちち違うよっ!? と、トイレ行くからって言ったじゃんっ!? こんなとこで誰か見てたらどーすんの!?」
「カメラこっち回ってないじゃない。バレてないよ。ここライト当たってないし」
セットの裏、出番を待ってる僕ら。随分押してるしスタッフも近くにいないけどまさかこんなところで誘われるとは思わなかったから嬉しかったのに。がっかりした。後で見てろ。
「オレ我慢出来ない……ねぇ、ダメ?」
「………………」
と、思ってたら。微笑む口元からはちらりと八重歯が覗く。モモ、わざとやってるだろ。たちが悪い。誰か見てない場所ならいいんだな?
「トイレ、僕も着いていくよ」
「えへ」
出番には間に合わせました。