トプステ35無配「虎於、傘」
にわか雨に見舞われた俺を迎えに来たのはまたしても悠だった。
前と違うのはロケ終わりなのと、俺と悠は恋人になったのと、悠の持っている傘が一本だけなこと。両手で傘を持ってるから隠しているわけでもないんだろう。うっかり忘れた、なんてミスはしないはずだけどな。
「……俺の分は?」
「ない。これだけ」
「じゃあなんでここまで来たんだよ。忘れたのか?」
「違うよ! 一緒に入れってこと!」
ぎゅっと持ち手を握りしめて悠は叫ぶ。そういえばやたらでかいビニール傘だな。片手で支えるのは難しいから両手で持っているのか。とはいえ、悠の身体を覆うには十分でも、二人をカバーするのは難しそうに見える。
「俺は後でいい。二人で入ったら肩が濡れるだろ」
「えっ……。も、もう傘これしかないんだって。だから、二人で使ってって言われて」
「今頃誰かが戻ってるだろう。それを貸してもらえばいいさ」
「え、でも……」
「面倒か? それなら今度は俺が傘を持ってきて……」
「うるさい‼︎」
傘を差したまま悠が俺の手を引く。ぽたぽたと落ちる雫が袖を濡らした。あーあ、せっかくの衣装が。今日のはなかなか気に入ったから買い取ろうと思っていたのに。いや、それなら多少濡れてもいいのか? そんなことを考えている間もずっと悠は俺の手を引っ張り続けていて、このままだと目に傘の骨が刺さりそうだ。ぐっと脚に力を入れて抵抗すると、怒りを含んだ怒号が響く。
「相合傘したいんだよ! わかれよ!」
「っ!」
雨粒に塗れたビニールから悠の真っ赤な顔が透けて見える。目に雫が浮かんでいるように見えるのは雨のせいだろうか。ふっと思わず笑いを漏らすと、頬の膨らみがより大きくなった。
「悪かった。それなら一緒に行くか」
「ふん。じゃあさっさと入って」
精一杯上に伸ばした傘に屈んで入る。やはり二人で入るには狭く、ギリギリまで身体を寄せても俺の肩が出てしまう。だが、それよりも傘を持つ悠の腕が震えている方が気がかりだった。この高さなら俺は背を伸ばしたままでいられるが、悠の持ちやすい高さでは屈んだまま歩かなければならないだろう。
「悠、貸せ」
「えっ、何を?」
「傘以外にあるか。持ちにくいだろ」
「いいの! オレが持つ!」
自信満々に言って悠は歩き出した。傘から出ないように歩幅を合わせて、俺も同じように歩く。それでも一つの傘を共有するのは狭いし、ふらふらと揺れる傘から落ちる雫が俺と悠、どちらの肩も濡らしていった。やっぱり俺が持った方がいいんじゃないか?
もう一度声をかけようと顔を覗き込む。ふんふんといつもより荒い鼻息が漏れていて、必死に前を見ている。口元は少し緩んで楽しそうにも見えた。この顔を見てもういいなんて言えない。それに、何を言っても貸してくれないと容易に想像できる。
それならまあ、いいか。多少濡れるくらい、悠の表情を曇らせるのに比べれば安いもんだ。
「皆、今はどこにいるんだ?」
「ロケバスの中にいるよ。あとは確認だけして解散だって」
「そうか。思ったより早く帰れそうだな」
そう言いながら距離を近くするために悠の肩を抱く。びくっと大きく身体が跳ねて、斜めになった傘からざーっと音を立てて雫が流れ落ちた。それを受け止めた悠の肩と俺の手は一瞬でびしょ濡れだ。バツの悪そうな顔をしたから大声で笑い飛ばした。
「ははっ、あっちに着いたらタオルを借りないとな」
「う……ごめん……」
「しっかり持てよ。相合傘したかったんだろ」
「お、おう!」
もう一度両手をぎゅっと握りしめる。俺もまた肩を抱き寄せた。もう傘はふらつかない。必死な顔は変わらないが、そんなところが愛おしかった。風邪をひかないように早く濡れた肩を拭かなくては。でも、この時間が終わるのは名残惜しい。
相反する気持ちが歩幅を小さくする。ゆっくり歩きすぎた俺たちがトウマと巳波から追及されるまで、あと五分。