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    POIPOI 57

    いつか、その隣で笑えたなら/ディルガイ

    「猫の王国」パロ進捗(随時更新その1)。死ネタ前提のためご注意ください。
    色々都合よく変えてます。

    #ディルガイ
    luckae

    じわり、と優しいあたたかさに包まれて、ガイアは自分の体がひどく冷えていたことに気付いた。
    「……え、あ……」
     ここはどこだ。唐突に訪れた心地よさに、瞼を開くことすらなんとなく億劫で、けれどいつまでもそうしているわけにもいかなかった。
     ──そうして開いた視界の中、まず目に入ったのは白い天井だった。
    「ここ、は」
     言いかけてふと、褐色の肌が目に入る。どうやら自分が全裸であるらしいと、知覚した瞬間ガイアは体を強張らせた。
     だが特に重苦しいわけでも、痛むわけでも汚れているわけでもないことを知ってふう、と息をつく。そうしてようやく見回した室内は、雪原を思わせる白一色。ガイアが寝かされていたベッドは随分と質の良いもので、何が起こっているのかを彼が理解するよりも早く。
    「……ようこそ、猫の国へ」
    「ッ⁉︎」
     耳慣れた声、に感じた。けれどガイアが知っているものより少し低い。慌てて声のした方へと目をやれば、そこには壁にもたれた青髪の青年が1人。
    「……お前、は」
    「僕はラグ。どこにでもいる猫騎士だ」
    「何、言ってんだよ……?」
     意味が分からない。どこからツッコめばいいのかも、そもそもお前髪は赤かっただろ、というのも──ガイアを前に名乗るのがどうして、ラグなんて偽名なのか、とも。
    「お前ディルックの旦那、だろ? 色々なんの、冗談だ」
    「……知らないな。生憎僕には生前の記憶がない」
     は、とガイアが息を呑んだ。何を言っている。それではまるで俺たちは死んだみたいじゃないか、と。
     言いかけてふと、脳裏によぎったのは──まだ赤髪だった彼との、最後の記憶だ。
    「……あ、れ」
     冷や汗が頬をつたう。赤毛の猫が、悲痛な声で鳴いていたのを思い出した。
    「ここは少しばかり特殊な世界だ。生前『猫を助ける』ために命を落とした者が、その姿を少しばかり猫に寄せ……あるいは平和に、あるいは戦いに身を置く、いわゆる死後の世界だからな」
     震える手で、ガイアは自らの髪を手に取る。見慣れた長さと質のそれは、しかし今は目の醒めるような赤色に変わっていて──頭上でぺたんと垂れるものの感触も、腰辺りから何か、長いものが伸びていることも。全て今更、理解する。
    「……しんだのか、俺は」
    「言っただろう、ここは死後の世界だと。信じるも信じないも自由だが、事実としてそれは変わらない」
     ラグと名乗った彼の声色はあくまで平坦だった。あのディルックが死ぬはずはない、ならば今目の前にいるのはよく似た他人だ、と。ガイアは胸元を掻きむしるようにしながら、暴れる心臓を押さえつけた。
     ガイアと同じ時を歩んできたはずのディルックよりも、今ガイアの前にいるラグは少しばかり年齢を重ねたように見える。近くに置かれた鏡を見るに、ガイアの外見年齢は変わっていないから──ああ、やはり別人なのだ、と。
     安堵とも恐怖ともつかない感情が、ガイアの胸中を満たす。こんなにもよく似た他人がいていいのか、とも思うが、ともあれ彼はラグでありディルックではない。震えながらも息を整えるガイアに、「君の名前を教えてくれ」とラグは言う。
    「ああ、言っておくが本名は禁止だ。この世界では自分の生前について、誰かに話すことは禁じられているからな。
     つまるところ宗教などの違いから来る争いを避けるための措置だから、元の名前を少し変えた程度でいい」
    「……アル、だ」
     回らない頭で、それでもなんとかアルベリヒから取ってきた2文字を告げる。そうか、とだけ言って、どこからともなくラグが取り出したのは衣服のようだった。
    「2着ある。好きな方を選ぶといい」
    「……なんで、デザインが違うんだ」
    「片方は猫騎士を志願する者が着る用、もう片方は市井で楽に生きたい者用だ。だが何も考えずに選ぶのは愚策だぞ」
    「猫騎士、ってのはさっき、お前が名乗ったやつだったよな」
    「ああ、ざっくり言えばこの国には猫の魂の集合体……女王陛下と呼ばれる存在がいてな。彼女に仕え、騎士を志す気があるならばこちらを……おい、まだ話は終わっていないが」
     ガイアが制服ではなくラフな服を選ぼうとした瞬間、すいとラグの手が逃げる。選ばせる気あるのかよお前、と睨み上げても彼は動じず、「……続きがあるんだ」とだけ。
    「騎士になることを選んだ場合、君にはこの世界で暮らす権利が与えられる。そしてこちらの服を選ぶ者には、この世界で暮らす権利と……このまま消滅し、次の生へと向かうことを選ぶ権利も与えられる」
    「輪廻転生、ってやつか」
    「そうだ。ここはどちらかと言えば天国に近い部類だから、その辺りはきちんとしている。望む者には望む権利を与える、当たり前の話だろう」
    「ならやっぱり、俺は」
    「まだだ、聞いてくれ。
     ……騎士になるということは確かに、様々な制限や永劫の忠誠を意味する。だが訓練を積み、新たな騎士に選ばれた暁には……君には女王陛下から、ひとつだけ願いを叶える権利を与えられるんだ」
     もちろんそれは死者の願い、という範疇でだがな、と続くラグの言葉に、ガイアは静かに眉を寄せる。つまり生き返ることはできずとも、それ以外のことは大方叶えてもらえる、ということか。
    「……話は終わった。選択するといい。この機会をどう使うかは全て、君の自由だ」
     そうして差し出された服を、ほんの少しの逡巡の後選び取った。制服だ。
    「……そうか。ならば今日から、僕は君の担当となり……君が騎士を目指すためのサポートをさせてもらう」
     目を閉じたラグの表情はうまく読み取れない。癖のある髪から覗く青い猫耳も、ゆらゆら揺れる長い尻尾も──特にこれといった、激しい感情を伝える者ではないと分かっている。
    「……ちなみにチェンジとかはできないのか」
    「無理だ。他の騎士たちは忙しい。僕に与えられた最初の任務が、君のサポートであることも含めて……な」
    「え、お前新米かよ」
    「新米で何が悪い。史上最速での騎士入りだったんだぞ、これでも」
     それはまた立派なことで、とガイアは内心苦い顔をする。話を聞き、顔を見るほどディルックの影がチラつくが、本人ではないことなど明らかだ。そんな相手と共に過ごさなければいけないなんてと、赤くなった目を細める。
    「それならお前は、女王陛下に何を願ったんだ」
    「……本来ならばその質問はタブーなのだが……いいだろう。他言はするなよ」
    「もちろんだ。これでも口は堅い方なんだぜ」
    「そうか。
     ──生前の記憶を全て、消し去りたい。それが僕の願いだったよ、残念なことに」


     そうして服を着て、ラグと共に諸々の手続きを済ませてから、ガイアは与えられた部屋のベッドに倒れ込んだ。
    「……はは、は」
     彼が生前、最期に見た景色は凍りつく自分の体と──そんなガイアに手を伸ばすディルックの悲痛な表情だ。急凍樹の住処に迷い込んだ、赤毛の猫を助けようとして背後を取られるなど自分らしくもない、と思うけれど。
    (どことなくあいつに、似てたんだよなああの猫)
     だから助けた、ただそれだけの理由だった。そのために自分が死ぬなど馬鹿げた話だが、今となってはもう何もかもが遅い。
     だがそんなガイアを前に、ディルックがどうしてあんな顔をする必要があるのだろう。とっくに別れた道の先、嘲笑われたっておかしくはないはずだったのに。
    「……義兄さん……」
     もう二度と、会うことは叶わないのだ。そしてそう呼びかけて、嫌悪を明らかにされることももう、ない。
     部屋にある鏡へと歩み寄った。ディルックと同じ、赤い髪の青年が映っている。けれどそこからはふわふわの猫耳が生えていて、瞳もやはり燃えるような赤。振り返ってつかんだ尻尾にははっきりと感覚があり、そういえばと探った先には人間の耳は残っていない。
     ラグ曰く、感覚自体は人間のそれに準拠している上、不便にならない程度に身体能力も上がっているらしいが、神の目がない以上元素の力は扱えないだろう。それはダメ元であれ試す必要があるな、なんてことを考えながら、ガイアはふらふらとベッドに戻る。
     今ガイアがいるここは「クリソベリル・キャッツアイ」と呼ばれる騎士養成学校、の寮である。「明日からは訓練が始まる、今日は体を休めておけ」と去っていったラグを思い、こぼれたため息はシーツに吸い込まれた。
     泣くほどやわな神経はしていないけれど、いっそ泣くことができたら、とは思う。このモヤモヤした感情を抱えて、訓練になど打ち込めるものか。
    「……寝るかあ……」
     色々と話を聞かされて、混乱した頭は疲れ切っていた。閉じた目の向こうに広がる世界が、次に目を開けたときには見知った部屋であることを、ガイアはまだどこかで願っていた。


    「天国」2日目
     憂鬱だ、と内心呟くどころか、叫ぶ勢いだが顔には出せない。
    「そうじゃない、筋はいいのにやる気がないだろう君」
    「……なあラグ、お前ちょっと距離近くないか?」
     言われてラグは少しだけ、きょとんとした顔をして──けれどすぐ「なんのことだか分からないな」と、ガイアの腕と腰に回した手の力を強めた。
    「言っただろう、騎士として認められない限り願いは叶わないんだ。訓練には全力で挑んでもらうぞ」
    「いやまあ、それはそうなんだが……」
     死んでこのかた、感情を隠しきれないことが増えている自覚はある。見上げた空はこれ以上ないほどの快晴、見下ろした先は訓練所の固い床。逃げ場はなかった。
     ──この世界において、猫騎士たちが立ち向かうべきは「人間により殺害され、人間を恨む猫の魂」だ。それらは時折、この世界を覆い尽くさんと襲い来る。そんな魂の安息と、来世の幸福を願いながら──いわゆる「成仏」をさせるための存在が猫騎士である。
     つまりは戦う、というより浄化するという方が正しい。つまりそこに必要なのは戦闘力よりも「猫の幸せを願う気持ち」であり、それを具現化させた透明な刃で浄化に挑むらしいのだが。
    「……出ないな、グラスソード」
    「そ、そりゃあなあ……お前がもうちょい離れてくれりゃあマシかもしれんが……」
     自らの力で生み出さなければいけないそれは、ガイアが少し気を抜いただけで霧散してしまう儚いもので。本当ならばそのグラスソードを用いて、浄化の舞をするらしいのだがいまいち信じられない。
    「……どうして離れる必要がある。君は目を離したらすぐにサボり始めそうだから、こっちも仕方なくやっているんだ」
    「微妙に前後の文章が繋がってない気がするんだが……?」
     ガイアとしてはディルックによく似た姿で、あまり近付かれるとポーカーフェイスを保てないのだ。だって出会ってから死ぬまでずっと、ガイアが想い続けていた相手とラグはよく似ていたから。
    「……そういえば、君の願いは結局なんなんだ」
    「えぇ、タブーなんじゃないのかその質問」
    「僕は君に教えたのに?」
    「あー分かった、分かったからこれ以上近付くのやめろ!」
     本当のことは言いたくないが、ラグの透き通った瞳は何もかもを見抜いてくるようで。仕方なしに開いた唇は、いつもの軽薄な笑みをのせることができなかった。
    「……ざっくり言えば、義理の兄さんと笑って別れたかった、ってとこ、かな」
    「へえ?」
    「……これ以上は話さないぞ? もっと聞かせろとか言うなよ」
    「僕は君に教えたのに?」
    「いやそれ何度も通じると思うなよ……?」
    「僕は自分の持てる情報全てを話したが」
    「そりゃあお前は全部忘れてるもんな?」
     本当になんなんだよ、とため息をついたガイアに、「……君に興味があるんだ」と言いながらも身を引いたラグ。言動の不一致が先ほどから激しいが、それでもラグが切なげに目を伏せたのを、ガイアは見てしまった。
    「……それは、お前が生前のことを全て忘れちまったから……過去に縛られてる俺を面白がってる、とかいう話じゃないんだよな」
    「さては君人間不信だな?」
    「聞きたくないならいいんだぞ?」
    「……すまない、少し調子に乗った。だがその様子だと、話してくれるのか」
    「まあお前も、他に言わないって約束してくれるなら」
     言えばラグは「大丈夫だ、僕には友人はいない」と胸を張った。自慢げに言うことじゃないだろ、と思いつつ、ガイアはもう一度息をつく。
    「……俺の死に際にさ、義兄さんがひどく……悲しい顔で、こっちを見てたんだよ。つまりそれは、義兄さんの記憶にある最後の俺が、『俺』から魂なき肉塊に成り果てる瞬間のそれだ、ってことだろ」
    「……つまりそれを、君は望まないと」
    「そうだ、だってそんなのカッコ悪いだろ? だからいつもの通り、少なくとも俺だけは笑って……さよならを言いたいんだ。それだけだよ」
    「……そこまでしなくとも、その義兄とやらは……君のことを嫌わないだろうに」
    「元から嫌われてるからそこはいいんだよ。たださ、義兄さんにそんな顔……させたくなかったんだ」
     だからとガイアはラグから離れ、透明な刃を手の中に形成する。神経を極限まで研ぎ澄ませて、死ぬ前に助けたあの猫のことを思った。
    「……アル……」
     そうして静かに、陽の光を透かしながら。詳しいことを知らないなりに、しなやかに舞うガイアのことを、その時ラグがどんな顔で見つめていたのかガイアは知らない。
    「……ふう、こんなもんかね」
     その集中力が切れると同時に、消えた光の残滓を見送る。ちゃんと見てたか、と振り返るより先に、しかし伸びてきた手があった。
    「ふぎっ」
    「……ああ、すまない。そういえば尻尾は急所だったな」
    「お前にもあるだろうに……突然掴むなよビビるだろ……!」
     慌てて振り返った先、ラグに掴まれた尻尾は本物の猫のようにぶわっと広がっている。だがそれをなだめるように、爪先と手のひらで整えられるのは心地よくてどうしようもなかった。
    「僕たちは本物の猫のように、舌での毛繕いはできないからな。代わりにこうやって、ブラシや手でやると気分が落ち着くんだ」
    「へ、へえ……」
    「ああ、言っておくがこれは師弟だからいいんだぞ。他の者にやらせたら、あいつら恋人なんだなと思われるから気をつけることだな」
    「返事に困ること言うなよ」
    「だが必要な知識だろう?」
     そりゃそうだけども! と何度目かも分からない悲鳴を内心で上げつつ、ラグの手がひどく穏やかで優しいことに目を伏せる。
     生前のことを全て忘れたい、と願うほどだ。彼のかつての生が幸福なものでなかったことは容易に想像がついて、それでも最後に猫を救えたことを、ラグは誇りに思っているのだろうな、と。
     そう考えると同時に、だからこそラグは自分に優しいのだろうとも思う。記憶をなくし、友人もおらず、与えられた任務の対象として接する相手がガイア1人だ。それはもちろん優しくもなるだろう。
     ……だから、とガイアはひっそり唇を噛んだ。こいつはディルックじゃない。まだどこかでラグが義兄であればと願っている自分がいることに、自嘲の笑みがうっすら浮かんだ。
     だってディルックは、ガイアのことを嫌っていた。だから幼い頃以降、触れ合う機会なんて一度もなかったから。
    (……あーあー、俺も女々しくなったことで)
     好きだった。だから死に際を見られたくなかったのだ。きっと死に際の自分は、生への執着にひどく顔を歪めていただろう。そんな自分の姿を、彼の目になんて映したくなかった。
    「終わったぞ」
    「……どうも」
     だからラグが、ガイアの尻尾から顔を上げるまでに、いつもの笑顔を貼り付けるのは少々骨が折れた。いつかの自分の色をした、いつか愛した者の顔。ああなんて悪趣味な天国だろうな、ここは。



    「天国」3日目
     効率のいい訓練には充分な休息が不可欠だ、ということで、翌日は丸ごと休みになった。
    「昨日君は見事すぎるまでに力を操り、舞ってみせたからな。気分転換も必要だ」
    「だからって俺の休日に、お前がいる必要はあるのか?」
    「もちろんだ。君はまだこの世界について、知らないことも多いだろう? ならば僕がついていなければ」
     いつもの軍服めいた姿から、休日仕様らしいラフな姿になったラグは、まるで猫のようにだらりと伸びている。いくら弟子の部屋とはいえ、くつろぎすぎではないだろうか。
    「知っているか、この世界では恋愛と性行為を何よりの愉しみと考える者が多い」
    「……はあ」
    「聞こえなかったか、この世界では恋愛と性行為を……」
    「違う違う、繰り返せって言ったわけじゃない」
     ラグの口からそのような言葉がさらっと出てくるとは思わず、思わず真顔で訊き返してしまった。だがふざけている様子でもないので、「……ここ男子校で、在学中は敷地から出られないんだって聞いたが?」と苦い顔で問う。
    「僕たちは死人だからな、とうに生殖能力はない。だが元は人間だ、性欲が残っているというのも妙な話ではあるがな」
    「えっと」
    「加えてここは天国だ、一度死んだ身でもう一度死ねるわけもない。そして僕たちからは飲食や空腹という概念が取り除かれている。
     ……言いたいことが分かるな?」
    「嫌な予感がすることしか分からん」
    「要するに夜中はしっかり鍵をかけて、誰も部屋に入れるなということだ」
    「えぇ……」
     ガイアの問いに明確な答えは返らないまま、しかしラグの言わんとすることは理解できてしまった。まさか自分をそういう目で見る輩が、と一瞬考えたが、それならばラグの方がよほど「それらしい」のではないだろうか。
    「お前顔だけは可愛いもんな……」
    「君が何やら僕にとてつもなく失礼なことを考えていることは分かった」
    「あ、ああいや……え、でもそうなるとお前も、そういう相手いるのか?」
    「いない。友人はいないと言っただろう」
    「そういう意味でのフレンドまで友人枠にカウントするなよ……
     あれ、でもそうなるとこの世界には結婚制度とかないのか?」
    「それはある。いわゆる番という存在だな。男女でも男同士でも女同士でもなれるが、女王陛下に申請してペアリングをいただいたらそれ以降、他の誰かに手を出すことは厳禁。自由恋愛ができなくなる、という言い方をした方が分かりやすいか」
    「あー……」
     なるほど、と頷いた。要するに余程相手のことを好いている、というわけではない限り、自由恋愛を繰り返した方がいいと考える者の方が多いのだろう。愉しみの半分が消滅するもんな、と1人納得していれば、「……そういう君こそ」といつの間にかガイアのベッドに転がっていたラグが声を上げる。
    「いるのか、そういうことをしたい相手が」
    「えっいないが? というよりお前の圧が強すぎて、誰も俺に近寄ってこないんだよ」
    「つまり僕がいなければそういうことを……」
    「しないっての。その顔やめろ。
     ……生きてる頃に好きなやつがいたんだよ、そいつのことを忘れられないからそういうのはパス」
    「案外真面目だった……!」
    「お前こそ俺に失礼だよな?」
     どうして素で驚いた顔をするのか。もちろん飲食の概念がないなら酒もないし、何を楽しみに暮らすんだと言われたら──そういえば、とガイアはとある考えに至る。
    「俺、何を楽しみに今まで生きてたんだっけな……」
    「……君こそ生前の記憶を消してもらったらどうなんだ」
    「やだね。それがなくなったら俺は俺じゃなくなるだろ。なんとかして生きる楽しみってのを見つけるのもまあ、悪くないかもしれないなとは思ってるさ」
    「……そうか」
     なら、とラグが顔を上げる。猫のようなしなやかさでするり、とベッドから降りて、近付いてきたその瞳にはまっすぐにガイアが映っていた。
    「僕は君と、友人になりたい」
    「……念のため訊くがセックスフレンドとかいうやつじゃないよな?」
    「違う。純粋に、友人という存在になりたい」
    「友達から始めましょうとかいう下心ありきなやつでもないよな?」
    「どれだけ人間不信なんだ君は……」
     苦い顔で言うラグの声までもが妙に苦しそうで、どうしてかガイアは込み上げてくる笑いを噛み殺せなかった。
    「……はは、じゃあいいぜ。友人とやら、なろうじゃないか」
    「ありがとう。
     ……なあ、アル」
     言って伸びた手が、優しくガイアの頬を包む。嬉しそうなくせに寂しそうでもあり、結局お前は何が言いたかったんだ、と。
     問う前になぜか、唇を塞がれた。
    「お、おいおいおいおいおい」
    「挨拶だろう」
    「ああお前そういう国出身ですかそうですか……じゃなくて待てって心臓飛び出すかと」
     べり、と音がしそうなほどの勢いで引き剥がした。むっとした顔をされるが、そもそも挨拶で唇にキスする国なんかあるのか。いやこの様子だとあるんだろうけども。
    「言っておくが、僕が忘れたのは僕個人のことについてだけだ。生まれた国の風習や常識は憶えているぞ」
    「へ、へえ……そうかあ……」
     やはり別人だ、間違いなく別人だ。記憶があろうとなかろうとディルックはガイアにキスなんかしない。分かってはいるが心臓は暴れ回っている。
    「……あーもう、とにかくなんだ、そういう接触は控えてくれ。さっき言ったろ、好きなやつがいたって」
    「……そうか。分かった、すまないな」
     はっきりと拒絶すれば、ラグはそれ以上触れてこようとはしなかった。耳がぺたんと垂れている。
    (……言い方きつかったかねえ)
     だが自分たちは師弟であり友人だ。今しがたそう定義したばかりなのだから、少なくともしばらくはそういう態度でいてほしい。
     それにラグはきっと、記憶がなくて寂しいだけなのだ。忘れたくて忘れたのだろうが、忘れてしまえばそこには何も残らないわけで……唯一その鉄面皮を、少しだけ崩せる相手を見つけたとなればやはり、触れ合いたくなってしまうもの、なのだろう。
    (だからこれは、間違ったことじゃないし……俺が申し訳なく思う理由なんてない)
     見た目が同じであるというのは罪なことだ。赤の他人であるというのに、ディルックとラグを重ねてしまっている己がいることをガイアも理解している。
     ……それでももう二度と、ディルックには会えないのだと思うたびに、心のどこかで重暗いものが囁くのだ。ラグでもいいじゃないか、と。
     だからガイアは首を振り、その考えを振り払う。間違いなくそれは、ラグに対して失礼なことだ。それに騎士になるという目標に対してだって、きっと邪魔なものに違いない。
    (俺は、ディルック以外を好きになることなんかできない)
     だから胸に刻むようにして、深く息を吸っては吐く。自分がいなくなったモンドは、今どのように時を刻んでいるのだろうと少しだけ、苦い気持ちで。
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