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    のくたの諸々倉庫

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    POIPOI 57

    いつか、その隣で笑えたなら/ディルガイ

    「猫の王国」パロ。1万字超えたのでその2です。前回に引き続き、死ネタ前提やら捏造やらにご注意ください。あと今回はちょっと背後注意かもしれない。
    その3に続きます。

    #ディルガイ
    luckae

    「天国」4日目
     ガイアの「そういうのはパス」発言により信頼を得たのか、あるいは距離を置かれてしまっているのか、ラグが少し離れて歩くようになった。
     故にようやく、ガイアはクリソベリル・キャッツアイの教室に顔を出すことを決める。昨日までは本当にラグがべったりで、これではどちらが弟子か分かったものではない、という状況だったため──ラグ以外のことは顔もまともに見ていない。
    「アルだ、よろしく頼むぜ」
     だがらしくもなく、緊張気味に告げたその挨拶以降、ガイアが周りと打ち解けるためにかけた時間は一瞬だった。
     相手の顔と名前を覚えるのは比較的得意だ。皆一様に、色とりどりの猫耳と尻尾が生えている以外は確かに顔つきも体格もバラバラで──中にはとても幼い姿のまま、学ぶ者までいたものだから。
    (……俺の半分も生きてないだろうなあ、こいつ)
     ここは仮にも天国で、老人や身体的不自由のある者が猫を助けて死亡した、などという場合は、その不自由を取り除かれて過ごすことができるらしい。つまりはあの少年の中身がとんでもない年寄りである可能性も否めないが、それでもどこか、クレーと重ねて見てしまっていることに気付いて苦笑した。
     案外自分にも、未練というものが存在したのだと嫌でも理解する。喪って初めて、その尊さを知るだなんてよく言ったものだが……ああ、そういうことかよと息をついた。
    「……遅かったな、アル」
    「うわ、なんで俺の部屋にいるんだよお前」
     そんな感傷を抱えたまま、授業を終えて戻った部屋にはなぜかラグがいた。聞けばこの部屋の合鍵を持っているらしい。
    「たまにいるんだ。狙った相手の部屋に忍び込んで帰りを待ち、無防備なところを丸め込んで抱こうとする輩がな」
    「……今日習ったが、この世界で誰かを傷つけた場合即刻『普通』の天国行きなんだろ? つまりは死刑みたいなもんだよな、そこまでして俺のことを害したいやつなんかいるのかよ」
    「言っただろう、害するのではなく『丸め込んで』だ。もちろん同意の上ではなかったと君が声高に主張すれば、相手は天国行きだろうが……女王陛下の心象は確実に悪くなる。
     加えてそれは、君がそいつに体を許したのだということを大声で触れ回ることと同義だからな」
    「嫌な抜け穴だなあおい……というかもうチェックは済んでるだろ、なんで居座ってるんだ」
    「僕は君の担当である以外、まだ何も仕事を与えられていないからな。暇なんだ」
    「……騎士の皆さんは忙しいんじゃないのか?」
    「僕は新米だとも言っただろう。色々と事情があるんだ、残念だが詳しいことは話せない」
    「ほーん……大変だなあお前も」
    「ようやく理解したか」
    「……昨日のこと、根に持ってるだろ?」
    「さて、なんのことだろうな」
     あーこれ絶対拗ねてるやつ、と軽く頭を抱えたガイアに、ラグはほんの少しだけ間を置いて──「それと」とガイアの正面に立った。
    「今日色々と見て回ったが、君はなかなか周りから人気があるらしい」
    「そりゃあなあ、友達だってできたからな」
    「それもあるが、性的対象としてもだ」
    「……まだそれ言うか?」
    「事実としてそうなのだから仕方ないだろう。僕がここにいた理由の半分もそれだ。
     ……僕が見るに、君のそれは生前の癖なのだろうが……他人との距離が少々近い。勘違いさせるようなことをするなよ」
    「お前は俺のお父さんか」
    「担当の騎士だが」
     いや分かってるけどよ、とガイアの表情が歪む。ポーカーフェイスの使い方を、ここ数日ですっかり忘れてしまった気がするけれどそれは、きっとこの青年のせいだ。
    「……別に俺が誰と何してたって、お前に害はない気がするがな?」
    「ある」
    「へえ? 理由は」
    「言えない」
    「なんでだよ……」
     別段表情を変えるわけでもなく、淡々と説明を拒否された。だがラグの瞳はブレることなくガイアを見据えていて──心配してくれていることだけは、分かった。
    「……僕は君のことを応援したいんだ。性に奔放なこの世界において、想い人への感情を大切に持ったまま……生きる楽しみを見つけたいと言った君のことを尊敬している。
     だからその願いが、誰かに害されるのを見ることはしたくない。理由は話せないがそれが、動機だ」
    「それ、半ば理由なんじゃないのか……?」
    「……そうかもしれないな。だからひとつ、提案があるのだが聞いてもらえるか」
    「ほう?」
    「僕と番になってくれないか」
     一瞬だけ呼吸を、忘れた。
    「……はは、ちなみにそっちの理由は話してくれるよな?」
    「もちろんだ。前も言った通り、この世界では番のいる相手に手を出すことはできない。それはどう弁明したところで天国行きに直結するからな、つまり番がいる、というだけで魔除けになるんだ」
    「だがお前は、それでいいのかよ」
    「いい。もちろん性行為などは望まないし、君が望まないことはしないと約束する。
     僕は唯一の友人と離れずに済むし、君は好いた相手との思い出を汚されることなく過ごす日々が約束される。悪い話ではないと思うが」
    「……もしもこれから、俺の想い人がこの世界に来たらどうするんだ」
    「叶う可能性のある、恋だったのか?」
    「……考えさせてくれ」
     深く、息をついた。好きになる必要はないのだ。この先もディルックへの想いを抱えて生きていくには、ひどく都合のいい話であることは確かだった。
     ラグのことは信頼している。テイワットにも恋愛感情を伴わない夫婦関係というものは存在した。ならばそれでいいのかもしれない、けれど最後に見えた、泣きそうな顔が忘れられないのも……事実だ。
    「……俺、は」
     どんな言葉で何を告げればいいか、慎重に選ぶ間も、ラグの瞳はそらされることなくガイアを見つめていた。それはディルックが決してしないこと。彼がディルックではない、証。
    「……なあ、ラグ──」
     だから自分でも、何を問おうとしているのかガイアは分からなかった。けれどその続きが、言葉になるよりも早く。
     ──ずがん、と激しく、地面が揺れた。



     ひどい雨が降っている。厚い雲に覆われた夜空から、重い猫の声が響き続けていた。
    「まさかこのタイミングで……魂が現れるとはな……!」
     まるで猫たちの涙のように、大粒の雨が絶え間なく注ぎ──その怒りや無念を示すかのように、雷までもが鳴り響いている。
     しかしそれ以上に場所が悪い。突如クリソベリル・キャッツアイの真上に現れ、怨念を撒き散らし始めたその黒雲に、ガイアは背筋がぞくりと震えるのを感じた。
    「……俺たちはもう、一度死んでるから……これ以上死ぬことはない、んだよな」
    「ああ、そうだが……怪我自体は負うし痛むぞ、君はここで──」
    「は、冗談! 黙って見てろだなんて言ったら怒るからな」
    「……もう既に怒っていないか」
     いいんだよ、と叫び、すらりと刃を取り出した。舞による浄化の他に、グラスソードによって怨念を断ち切るという方法があることを授業で耳にした。どうしてラグがそれを教えてくれなかったのか、ということは考えないようにする。
    「ッ君は! まだ実戦経験がないだろう、あれはいつになく巨大な魂だ! 危険、だ」
    「お優しいことで。けどなラグ、俺の過去をひとつ教えてやる。
     ──俺は生前、そこそこ戦えた方なんだぜ!」
     言うだけ言って地を蹴った。直前に見えたラグの不安げな顔が、ディルックに重なるのを振り払う。
     いくら死なない身になったとはいえ、剣先が鈍れば痛い目を見るのはこちらだ。すぐさま大剣を手に跳び上がってくるラグの気配。獲物まで、同じか。
     だが、それがどうした。跳べるが飛べないガイアたちの特性上、滞空時間はひどく短い。すぐさま前を向き直し、建造物を踏みつけながらジャンプして──見据えた先の黒雲には、どこか猫の顔があるようにすら思える。
    (ああ、確かにめちゃくちゃ怒ってるなこれは)
     戦闘経験、というよりは誰かに激しい憎悪を向けられたことがない者なら悪夢でも見そうな顔だ。それでもじっくりと観察する時間はない。遥か下で舞う者たちを一瞥し、ガイアは小さく笑みを浮かべた。
     宿舎の屋根へと着地する。そのまま駆けるガイアの背後を、雷の炸裂音が追った。
    「ひゅう、結構素早いなお前」
     遠くから「アル!」と自らを呼ぶ声がするけれど、一切そちらを向いてはやらない。おそらく今、あの黒雲はガイアに一点放火する形で雷を落とし続けている。となれば囮作戦だ、頑張れよラグ──なんて。
     その考えは届くはずもないが、おそらく意図は伝わっている。猫の悲鳴のようなものと、狙いが乱れ始める雷がその証拠だ。
     無意識に揺れる尻尾でバランスを取りつつ、駆けるうちに雨音も弱まってくる。案外楽だったな、と見上げた空には晴れ間も覗きかけていて──しかし刹那、ガイアは本能的にその場から飛び退いていた。
    「あ、ッぐ!」
     理由は分からない。ただ逃げろ、と全身の神経が叫んでいた。だから避けたが一瞬遅い。多少乱れつつあったが、比較的正確にガイアを狙っていた雷が、否。
     雷の形をした、猫の怨念が背中に、一撃。
     あまりに強い憎悪の念というものは、物理的な威力すら伴うらしく皮膚が裂け、血が噴き出るのを感じた。グラスソードを支えに倒れ込むことは回避したが、屋根には深い傷がついただろう。いや、それよりも。
    「アル、アル……っ!」
     遠くから悲痛な声がした。どうやら今の一撃は、ラグが加えた斬撃により霧散する怨念達の最後の一手だったらしい。真っ赤に染まる視界の中、にゃあ、にゃあと猫の鳴き声に囲まれるような錯覚。
    (……ああでもまだ、お前たち納得いってないだろ?)
     存在が猫に寄ったせいだろうか、鳴き声の微妙なニュアンスが伝わってくる。どうして、ぼくたちなにもわるくないのに。にんげんがこわい、いたい、きらい。
    「……ッ、はは……ごめん、な……俺たち人間のせいで、つらい、思いをさせた……」
     弁明はしない。だって彼ら彼女らの一生には、きっとおそろしい人間しかいなかっただろう。それしか知らないならば絶対に、その認識は書き換えられることはない。
    「……おいで」
     だから濁った黒が薄れかけた魂に、手を伸ばす。引っ掻かれようが噛まれようが構わない、とにかく抱きしめたいんだと。傷を恐れてしまうからこそ、猫だって人間を恐れるのだと。いつか聞いたその話を信じるならば、今俺はお前たちの最高の理解者になれるはずだ、と。
    「……はは、かわいいなあ……」
     だから1匹の猫の形に収束したそれが、おそるおそるといった様子で近付いてきて──伸ばした指先をふんふんとかいでいるのを、ガイアはただ動かずに見つめている。
     ──そして「にゃあ」と一声鳴いたそれが、ガイアの背後に回り込み、背中の傷を舐めるような動作をし始めるものだから。どうしてか今になって、妙に泣きそうになってしまった。
    「優しい子だな、お前たちは……」
     ごめんね、ごめんね。いたいよね、と声が聞こえる気がする。そんなのお前たちの方がよほど、そうだっただろうに。
    「……ごめん、な」
     だからのろのろと、グラスソードを消して座り込んだ。伸ばした腕の中に、静かに光を放ち始めた魂が飛び込んでくる。
    「きっと次は、幸せに生きてくれよ」
     自らの生まれる先を選べないのは人も猫も同じだ。それでも願わずにはいられなかった。
     実体がないせいか、ざらついた感触こそないものの頬を舐められている。ありがとう、ありがとう。さよなら。さよなら。
    「ああ、どうか……今は少しでも、安らかにな……」

     そうして腕の中の光が消え去った後、ガイアの意識もまた静かに途切れた。




    「天国」?日目
     ガイアはひどく、長い夢を見ていた。
     まだガイアもディルックも幼かった頃、ガイアが熱を出して寝込んだことがあった。あまりに長引くその症状に、「ガイアが死んじゃう」とディルックがクリプスにすがって泣くほどには──ひどい熱だったことをガイアは憶えている。
     ……否、それは後からクリプスから聞かされた話だ。ディルックが泣いていたんだよ、と。聞いた話と見たことが混濁するほど、意識が朦朧としていたその期間。それでも時折意識が浮上して、そのたびディルックがそばにいてくれたことを。あの頃のガイアはとても、嬉しく思っていた。
    「……ガイアが死んじゃうなら、僕も一緒に……」
    「だ、めだよ義兄さん……それだけは、だめ」
    (ああ、あれは治りかけの頃の風景だなあ)
     まるで神の視点のように、かつての2人を見下ろしながら思う。
    「だって! ガイアがいなくちゃ……さみしいよ……」
    「大丈夫、僕は死なない、から……泣かないで、義兄さん……」
    (まあ結構若いうちに死んじまったけどな)
    「……それじゃあ約束して、ガイア……僕のことひとりにしないって……」
    「……うん、約束、しようか……」
     微かに言い淀むガイアが、何を抱えていたかなんて当時のディルックは知らない。それと同時に、そんな約束もしたなあと今更の感傷が押し寄せた。
     約束は破られるものであり、初恋は叶わないものだなんてよく言ったものだ。確かにそうだったよ、といつかのディルックをよく見たくて近付けば、ふいに視点が低くなる。
    「……ガイア……」
     しかしどうしてか、視点はかつてのディルックのそれへと切り替わった。そこは「俺」じゃないのかよと思いながらも、再び寝息を立て始めた自分を見下ろすのは新鮮で。
    「……だいすき、だよ……」
    (……なんとまあ)
     これはなんと都合のいい夢だろうか。数度辺りを見回してから、意識のなくなったガイアの頬に、そっとキスをしたディルックが部屋を出たところで視界は黒く染まる。
    (……そうかあ、俺たち両想いだった、ってことも……あるいはあったのかね)
     まあどちらにせよ、いつかディルックに向けられた刃を思い出す。あの瞳に宿った憎悪は本物で、その時にはもうディルックは俺のことを嫌ってしまったのだろうが。
    (人間、五感が利かないと比較的すぐ狂うって聞いたが)
     上下左右のない闇の底で、ガイアはそっと膝を抱える。何が異常で何が正常か、既に分からない今となっては──それもアリかもな、なんて思い始めていた。
     けれど直後、一面の闇に光が差した。ガイアのそれかアルのそれかは分からないけれど、名前を呼ばれていることは理解できる。
    (起きなきゃな、そいつのためにも)
     光へと手を伸ばす。視界が白く、染まった。

     目が覚めれば、そこは「アル」の部屋だった。
    「……おはよう、アル」
     言いながら、瞼にキスを落とされる。不思議と嫌な気はしなかったから、受け入れていれば怪訝な顔をされた。
    「……なんだよ、嫌がられるの分かってるなら……やらないでほしいんだがな……」
     ひどく頭がぼんやりするが、既に体の痛みはない。起き上がり、苦笑すればラグはまた、ぺたんと耳を垂れさせた。
    「……すまない。僕がもっと完全に、浄化できていれば」
    「仕方ないな、あいつらほんとにしんどそうだったから……次は幸せに、生きられるといいが」
    「ああ、そう……だな……」
     言いながらも、居心地が悪そうに耳を伏せたままのラグがひどく可愛らしく思えた。夢の中のディルックのような、丸みを帯びた愛らしさではないのにどうしてだろうなあ、と。覚醒し切らない頭で見つめたラグは、「……吉報、だ」と。
    「なんの話だ?」
    「君の騎士入りが決まった」
    「……は」
    「女王陛下があの一件を全て見届けた上で、3日前そう決定した。史上最速なんて話ですらない。いっそ異常なほどだ」
    「そりゃまた凄まじいことで……って、おい俺何日寝てたんだ……?」
    「丸5日」
    「そんなに寝てたか……そりゃぼーっとするわけだ……
     だがまあラグ、お前随分男前になったな?」
    「僕は元から男前だ」
    「はいはい、目の下真っ黒にして言われても説得力ないぜ。
     ……寝ずの番してくれたんだな、ありがとう」
     腕を伸ばし、ラグの頭を抱え込んで背中を軽く叩いてやる。それだけでとろり、と瞼が落ちるものだから、よほど眠かったのだろうとベッドに招き入れた。もちろんそのまま、ガイアは起きるつもりでいたのだが。
    「……君は、このまま願いを叶えに、行くのか」
     ラグにパジャマの裾を掴まれる。ほとんど閉じかけているが、「ガイアが死ぬのならば自分も」と言っていた頃のディルックと同じ目だと思った。
    「……そうだな、俺は義兄さんとさよならをしなくちゃいけない」
    「……どうしても?」
    「どうしても」
     今じゃなきゃ駄目なのか、とぐずるような声。可愛い顔に似合わない、強い力で押さえ込まれてベッドから出るタイミングを失った。
    「……僕は、生前も死んだ、今も……罪を、犯し続けている、から」
    「そう、なのか」
    「行かせてしまったら……君が帰ってこない、気がして」
    「……どうしてだ?」
    「だって、僕は……あの猫にとっては、善人、だったのかもしれない、けど……天国にいる資格なんて、どこにも、ない……」
     一度静かに閉じられた目が、はっとしたように開かれる。それを数度繰り返して、「キスが、したい」と。
    「……俺の気持ちが、伴ってなくてもか」
    「僕が、したいんだ。君を、愛している……から」
     ガイアは拒絶しなかった。できなかった、という方が正しいだろうか。
     最初に唇を重ねた日のように、そろりと頬を包まれる。あの日と違うのは今からそうする、という意識があるところだ。
    「ん、ぅ」
     存外柔らかい唇が、ふに、と触れ、柔らかさを楽しむように数度くっついては離れる動きを繰り返した。
    「あけて、くれないか」
     そうして溶けた声と、優しい指先で頬をなぞられる。無言のまま薄く口を開いたガイアに、ラグは微かに目を細めて──
     そっと差し込まれた舌にびくり、とガイアの肩が跳ねる。まさか誰かとこうする日が来ようとは。とにかくラグの舌を噛まないように、と意識しているうちに、ぴちゃりと舌を絡め取られた。
     同時にラグの尻尾もまた、ガイアの脚に絡みつく。自らの尻尾が布団とシーツの間で、迷うように揺れたのが分かった。
    「んん、む……は、アル、アル」
     そうして不慣れな息継ぎの合間に、必死に名前を呼ばれることも。猫ほどではないがざらついた舌の感触も、頬から耳に移動し、塞がれたその場所によって脳へと響く音も、どこか遠い場所で起こっていることのように感じるのに。
    「ら、ぐ」
     この胸に灯るあたたかさはなんだ。どうしてこんなに満たされるのか、ガイアにはよく分からない。
    「好き、なんだ……」
     だから、その言葉と共にラグの手が、ガイアの尻尾の付け根に伸びたことにびくり、と体が跳ねる。猫はそこが性感帯であるといつか聞いた。
    「……ラグ、や、やめろ……っ」
     そのまま数度とんとん、と刺激されて声が裏返った。このまま流されては抱かれてしまう。やはりあの日のように無理やり引き剥がして、甘い感覚の残る体に鞭打ってベッドから出た。
    「……帰ってくるさ。もうここにしか、俺の居場所はないんだから」
     泣きそうな顔のラグを撫でてやる。そうして部屋を出る前に、「いってきます」と告げることも忘れずに。


     女王陛下の力により与えられた猶予は、1時間しかないらしい。久しぶりかつ最後になるテイワットの地を踏む、ただそれだけでひどく胸が痛んだ。
    「……さて、それじゃあまずはどうしたもんか……」
     あの日ガイアは、急凍樹の近くにいた猫を助けようとする以前に──ディルックと行動を共にしていたのだ。その理由は「伝えたいことがある」とやけに真剣な顔で、ディルックが詰め寄ってきていたのをかわし続けていた結果、同じ場所に着いただけなのだが。
    「……詰め寄られる前にワイナリー、行くしかないか……」
     時間を無駄にはしていられない。ワープポイントで大まかな移動を済ませ、アカツキワイナリーに駆け込む。そうすればおそらく出かける準備をしていたのだろう、ディルックが面食らったようにガイアを見た。
    「……突然どうしたんだ、驚いただろう」
    「なあ、ディルックの旦那……いや、義兄さん」
     びくり、と。跳ねるその肩は見ないふりをした。これでもかというほど嫌な顔をされると思っていたのだが、何か悪いことが起こる予感でもしたのか──「ガイ、ア?」と。
    「俺はテイワットを出ようと思う。もう多分、会うことはないだろうな」
    「何を、言って……」
    「……はは、なんでそんなに驚いた顔するんだよ。船の予約をしてあってな、すぐにでも行かなくちゃいけない。
     だから、さよならだ。昔のよしみもあるからな、最後にお前だけは──っと、そうだ。もしかしてお前、双子の兄とかいたか?」
    「次から次へとなんなんだ、それに僕のきょうだいは……ッ」
    「俺だけだって? はは、なんだ嬉しいこと言ってくれるなあ」
     泣くな、いつもの顔をしろ。ただそれだけを自分に言い聞かせているのに、ガイアの表情は、声はいつになく情けないものだった。
    「……ごめんな」
     だからそれだけ言うのがせいいっぱいで、逃げるように急凍樹近くまでワープする。あとはもう、猫を助けて消えるだけだ。笑って別れるという目的は叶わなかったが、死体を見られたくないという願いくらいは叶うだろう。
     そうして谷底へ落ちそうな猫をひょい、と抱え上げて、危ないところに行くんじゃないぞと離れた場所に逃がした。これで、終わりだ。
    「……結構ギリギリだったなあ。もう少し挨拶とか、回りたかったんだが」
     霧散する体を誰かに見られることは禁じられているから、そのまま海に身を投げた。着水の感覚なしに意識が消えるのを感じながら、ガイアはどこかで自分を呼ぶディルックの声を聞いていた。


     そうしてテイワットを離れ、自室に着いたときには既に、高い位置にあった太陽は沈んでいた。 
    「ただいまラグ……っておい、大丈夫か……」
    「う……ぐ、ぁ……」
     声をかけても鈍い呻きだけが返り、ラグが苦しんでいること以外何も分からない。慌てて駆け寄り、抱き起こせば「ガイア」とやや焦点の合わない目で──
    「い、いや待て……なんで、お前が俺の、名前……」
     全身から血の気が引く感覚。肩を掴んで揺さぶりたい衝動にかられたが、どうやら頭痛で苦しんでいるらしくそれもはばかられた。
    「……少し、待ってくれるか……眠ったからそこは、いいんだ」
    「待つさ、待つ! どれくらい待てばいい」
    「あと、5分……」
     明らかに5分では治らなさそうなほど、苦しそうに歪んだ顔でしかし、そう告げられて頷くことしかできない。全身の力をうまく抜けないのか、引き締まった体はひどく強張っていた。
     永遠のようにすら感じられる5分を経て、まだ青い顔をしながらもガイアの方を向いた彼に、今度はガイアが縮こまる番だった。
    「……僕の生前の名前は、ディルック・ラグヴィンド。だから、ラグだ」
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