その暖かさは、恋の暖かさ。さああ、と静かに雨が降り注ぐ。
一行に浮かばないアイデアに、ずっと宙に浮いたままのペンを置き、ため息を付く。
屋根に当たる雨音を聞きながら、ゆっくりと見つめた先には、自分では到底理解のできないような作業をし続ける、類の姿があった。
練習が休みで、授業も午前授業だった、ある日。
付き合ってからもお互いショーのことしか頭にないオレ達は、次に向けての話し合いも兼ねて類の家に遊びにきていた。
遅めのお昼を一緒に食べて、類から新作の機械の性能を見せてもらって。
そこまでは、よかったのだ。
どうも動きに不調があったらしく、オレに見せた後、すぐにメンテナンスを初めてしまったのだ。
完全に集中し始めたので最初はそのままにしていたが、1時間、2時間と作業は進んでいき、その間類は顔を上げることすらしなかった。
流石に飽きてきて色んな呼び方で類のことを呼んでみたり、脚本を書いたりしていたのだが。
…こうも、恋人に放置されるのは。少し、寂しい。
作業をし続ける類の背中に、そっと近づく。
覗きこんでも何をやっているのかわからない光景に、すぐ見るのをやめた。
その代わりに、類の真後ろに背を向ける形で座る。
…寂しいとは、面と向かって言えないから。
せめて、傍に居るのは、許してほしい。
我ながら、身勝手なお願いだが。
そんなことを考えながら後ろに座ったが、想像以上の安心感にゆっくりと息を吐いた。
類は作業をし続けていて、少しだけ背中が丸まっている。
だから、オレが後ろに座っても、類とくっついているのは、お尻辺りの部分だけだ。
それだけなのに。
とてもとても、暖かいと感じた。
(…そういえば、)
類は、今まで1人でゲリラショーを行っていた。
そのためなのか、類は見た目によらず、自分と同じくらいの筋肉、そして体力を持っている。
筋肉がついていることに加え、今は集中しているからなのだろう。
類の背中は、想像以上の暖かさになっていた。
「………………すまん」
小さくそう言うと、丸まっている類の背中に凭れかかる。
雨で少し冷えていた室内で、その暖かさは中毒になりそうなほどだった。
(ああ、暖かい。でもきっと、この暖かさは。)
筋肉だとか、集中してるからだとか、だけではない。
きっと。
(類、だから……暖かい、んだ……な………)
考えるうちに、思考がぼやけていき。
ぷつりと、意識が途切れた。
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「…こんなもん、かな」
漸く理想の動きをしてくれたそれに、ため息をつく。
折角司くんに見せたかった動きを見せられなかったので急いで直したが、体勢が悪かったのだろうか。
とても背中が重く感じ、上手く動かない。
これはあまりよくないかもな。移す前に司くんに謝って帰ってもらって、治さないと。
そう思いながら動こうとして、気づく。
不安定な重心。小さく聞こえる、息遣い。
…自分の背中に、司がいるのだと。
「……………………」
動くかどかすか、と考え、どちらも無理だと悟り、ため息をつく。
どう足掻いても司を倒してしまいそうなのだ。それだけは避けたい。
ごめん、と心の中で謝りながら、後ろ手で司くんの身体を軽く叩く。
「つーかーさーくーん。起きてー」
「ん………うぅ……」
ゆっくりとなくなった重みに息を吐きながら、司くんの方に向く。
まだしっかりと目覚めていないのか、目を擦りながら船を漕いでいた。
「司くん、危ないよ。寝るなら僕のソファで寝ていいから」
「…んー……ねる……」
いつもと違う舌足らずな司くんにきゅんとなりながらも、手を引いて誘導してあげる。
司くんがソファに座ったのを見計らい手を離そうとすると、司くんの方から握ってきた。
「……んん?」
「るい…いく、のか?」
首をこてんとしながら聞く司くんは宛ら子供のようで、見たことのない恋人の姿に思わず固まってしまう。
「……?るい?」
「っ、ああごめん!ええと、司くんは僕にここにいてほしいのかい?」
ハッとしながら声をかけると、司くんはゆっくりと頷いた。
「…さっき、さみしかった。ここに、いてほしい」
「……さっき?」
その言葉がわからず首を傾げたが、すぐにハッとなり、時計を確認する。
僕が司くんにそれを見せてから、ゆうに3時間以上が経過している。
……もしかして。
僕に寄りかかっていたのも、寂しかったから。なのだろうか。
僕の手を握っているそれが、小さく震えているのを感じる。
僕はその手に、更に僕の手を重ねた。
「大丈夫。僕はここにいるよ」
「…いる…?、るい…いる…」
嬉しかったのか、へにゃりと笑う姿は本当に可愛くて、
僕は本当に君に首ったけになっているのだなと、改めて感じた。
そっと司くんの隣に寝転び、その身体をぎゅ、と抱きしめる。
「ほら、ずっと傍にいるからね。一緒に寝よう?」
「…ん…るい…あったか…」
かなり耐えていたのか、あっさりと寝落ちした彼の頭を撫でる。
僕のことを暖かいと言っていた司くんだけれど、司くんも司くんで子供体温なのか、とてもとても暖かいのだ。
「…ずっと傍にいるから。もう、寂しくなんてさせないからね」
そう呟くと、司くんがへにゃりと笑った気がして。
それを確認して、僕もゆっくりと、瞼を閉じた。
はっきりと目が覚めた司くんによる、大音量の悲鳴が響くのは、この数時間後のお話。