その---に、鍵をしましょうこのオモイは、--にはあまりにも--すぎて。
いるだけで、--は---でなくなってしまう。
だから、--は。
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光と共にセカイに降り立ち、ふう。とため息を1つ。
出迎えてくれたレンくんに一声かけ、曇り模様のセカイを歩き始める。
昨日は、オーロラ方面に歩いてみたし。今日は観覧車方面に歩いてみようかな。
そう思いながら、足を進める。
……歩きながらも脳裏をよぎるそれに、密かにため息をついた。
僕は、ある悩みを抱えていた。
それは、司くんのスランプ。
司くんがスランプに陥ってしまったのは、ほんの少し前の話だった。
何日か、立ち位置を間違う、セリフを忘れる、歌の入りを誤るといったようなミスが非常に頻発したのだ。
僕の演出には全力で答えてくれてどれも成功していたのだが、普段からは考えられないほどのミスの多さに、最初は呆れていた寧々でさえも心配そうに声を掛けるほど、司くんの状態は酷かった。
司くん本人も上手くできないことに焦っていて、3日目には心配になったえむくんが無理やり休暇を取らせるほどだった。
休暇を挟んで帰ってきた司くんは、スランプとはなんだったのかと思うくらい、正常に戻っていた。
今までと比べ物にならないくらいの絶好調具合に、心配して損したと寧々がため息をつくレベルだ。
でも、スランプの理由だけは、どんなに聞いても「よくわからない」の一点張りだった。
あの司くんが起こしたスランプなのだ。波到底の理由ではないだろうと思ってのことだったが。
でも、僕はそれよりも、司くんに起きた変化に、焦りを感じていた。
司くんの僕に対しての態度に、少し変化があったのだ。
司くんはあるときから、僕に対するスキンシップの頻度が非常に多くなっていた。
距離はかなり近いし、声をかけてくる頻度も多い。
体育の授業なんかでも、僕と目が会うたびに、手を振ってくれて。
でも、そんなスキンシップが、前と同じものに戻ってしまっていた。
距離が近すぎることもないし、用事がなければ声をかけてくることもない。
「どうかしたのかい?」と声をかけても、「どうもしてないし、何時も通りだろう?」と返されてしまった。
他にも、司くんが僕に世話を焼かなくなった。
何かと僕の健康を心配していて、僕の分のおかずを用意してくれていたり、お昼ご飯の交換も渋々ながらやってくれていたのに。
僕が何時も通り「今日もあるのかい?」と聞くと、「何がだ?」と返されてしまった。
……まるで初めから、そんなことをしていなかったかのように。
試しにえむくんや寧々に、遠まわしに司くんの変化に関して聞いてみたが、本人達は心当たりがないといっていた。
つまり、僕に対してのものだけ、なのだろう。
……僕は、司くんが好きだ。
いつからなのかも、もうわからない。気づいたら、好きになっていた。
だからこそ、何かと世話を焼いてくれることが、距離が近くなったことが、とても嬉しかったのに。
それが、なかったことにされていることが、何よりも辛くて。
だからこそ、司くんのスランプ脱却の原因を探りたかった。
そこで選ばれたのがココ。セカイだった。
司くんのセカイであるならば、きっと克服の要因もわかるだろう。
いや、なんなら克服の要因はここにあるのかもしれない。
そんな、一抹の希望を胸に探索を開始して、早1週間。
当てもなくだた歩いていくだけだから、見つかりにくいとは思っていたが、想定していたよりもずっと、成果は上がっていなかった。
ため息が出そうになるのを堪えて、前を見据える。
それでも、少しだけだが、成果はあったのだ。
カイトさんやメイコさん曰く、司くんがスランプの間、矢張りセカイでもちょっとした変化はあったという。
そしてそれは司くんがスランプを脱却した際に元に戻ったというが、それは元に戻ったというより、スランプの元となったオモイが別に切り離されたためだという。
つまり、そのオモイを見つければ、あの司くんの変化の理由もわかるのだ。
でも同時に、少しだけ怖くなった。
司くんのスランプの原因は僕なのだと、そう言っているようなものだから。
でも、だからこそ。
切り離したものを知って、受け止めて。切り離さなくても大丈夫なのだと、そう教えてあげたい。
僕は、切り離したものも全部含めて、司くんが好きなのだから。
改めて決意を固めて、足を進める。
きっと見つかると、そう願いながら。
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「……相変わらず、綺麗だねえ。…………ん?」
結局見つからないまま、観覧車の下まで来てしまった。
現実とそう変わらない観覧車は、操縦者もいないままゆっくりと回っている。
しかし、その中の1つのゴンドラに、何かが乗っているものがあった。
高さが小さいのか、何がいるかはわからない。でも、何かが小さく発光しているのが視認できる。
息をのみ、ちょうど下に来たそのゴンドラを開き、乗り込む。
そこには、紫色に発光した、何かがあった。
そっと手を伸ばすと、強く発光すると共に、意識が薄れていく。
「見つかっちゃった」
そんな声が、聞こえた気がした。
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ハッと気づいた時には、そこは暗闇だった。
左右を向いても何も変わらない視界に、不安が募る。
そんな中、背後で聞こえだした音に、僕は思わず振り返った。
『どうして』
『なんで』
『心配かけて』
『もっと練習を』
『がんばらないと』
『こたえないと』
その声は、聞き覚えしかない。僕の大切な人。司くんの声だった。
責めるような、それで追い込むような言葉に、心が痛くなる。
声の方向に走っていくと、漸く先ほどと同じ発光したものを見つけた。
声の発生源はここからだろう。
目を閉じてそっと抱きしめると、声が変わっていった。
『気づいた』
『気づいてしまった』
『あったかい』
『いとしい』
『そばにいたい』
『くるしい』
『かなしい』
『つらい』
『いやだ』
『こんなのじゃ、』
「……っ」
初めは温かく、柔らかい声だったのに、後半にいくにつれて、どんどん苦しい、つらそうな声になっていく。
まさか、司くんは、好きな人が、
『こんなのじゃ、こたえられない』
『だいすきなひとに、こたえられない』
「………………え?」
その言葉に、思わず閉じていた目を開けた。
それは感情が乗せられたかのように、点滅を繰り返していた。
『こたえたいのに、こたえられない』
『すきなのに、こたえられない』
『すきなのに、げんめつさせてしまう』
『おれの、こんなかんじょうのせいで』
「…………まって、まさか、司くんは、」
思わず口に出してしまった。想定していなかった、予想。
まさか、彼が切り離してしまったものは、
『とてもおもくて、つらくて、まともにえんぎできなくて』
『あるだけで、オレはスターになれない』
『好きな人に、嫌われてしまう』
『でも、』
『大好きなんだ。捨てたくないんだ』
『だから、閉まってしまおう。鍵をかけてしまおう』
『類に、ちゃんと答えられるように』
その言葉に、涙が溢れた。
スランプの原因は、ずっと僕だったのだ。
僕に恋をして、その感情に振り回されて。
司くんは、何よりも僕に嫌われることに恐怖して、この感情に鍵をかけて、隠してしまった。
ああ、なんて。
なんて、愛しいんだろうか。
「……司くん。もう隠さなくていいよ」
光るそれ。……司くんのオモイの欠片を抱きしめながら、囁く。
「君のオモイは、僕が受け止めたから。……よかったら、直接会って、伝えたいな」
届くかはわからない。でもきっと、このオモイの鍵は、解けたのだろう。
ならきっと、届くことができるはず。
「君に、答えたいことがあるんだ」
その言葉とともに、また欠片が発光する。
閉じていた目を開けると、そこはセカイの観覧車の中だった。
流れていた涙を拭いながら、スマホで通話アプリを開く。
通話相手は、勿論。
「司くん、今いいかい?」
「す、すまん、今はちょっと。その、変な、夢を見て、」
「……その夢、夢じゃなかったとしたら、どうする?」
「………………え」
「セカイの、観覧車の下で待ってる。直接会って、話したいことがあるんだ」
通話を切り、空を見上げる。
どこか曇っていたその空は、いつしか晴れ間が見えていた。