それは重くて、愛しい罪。流し見していたテレビは、21時前の短いニュース番組に切り替わった。
ちらりと横目でキッチンを見やる。
きっと、作ったシチューはもう冷めてしまっているだろう。
お気に入りのペガサスのクッションを抱きしめながら、深くため息をついた。
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将来、オレ達は何になりたいのか。
互いに目指すものはあったけれど、じゃあそのために高校卒業後、何をするか。
それを考えた結果。
オレは演技を中心に学べる専門学校、類は演出の幅を広げる為に機械工学の専門学校に進んだ。
カリキュラムを見て、その上で行きたいと決めた専門だった。
問題があるとしたら、実家からの距離がかなりあるという点だろうか。
ある日、それを類の前でぽつりと呟いたところ。
「実は僕も、専門までかなり距離があるんだよね。司くんさえよかったら、一緒に住まないかい?」
恋人同士だし、その申し出は願ったり叶ったりで。
互い両親に相談した上で、類とのシェアハウス……基、同棲は始まった。
最初は家事、特に料理に関してお互いにぶつかることは多かった。
オレは一通りやったことはあるけれど、類は元からからきしだったから。
ただでさえ野菜に関する問題も抱えていたのに、いつしかほとんどの家事をオレが賄っていて。
ある日、限界を迎えたオレはぶっ倒れてしまい。
心配してくれた類に反発して大喧嘩に発展してしまい、家を飛び出した。
今思えば、別れることになってもおかしくなかったそれだけど。
今もこうしてお付き合いが続いているのは、えむや寧々、互いの両親のおかげだ。
体調を崩したまま家を飛び出したオレを、えむが拾ってくれて。
そのまま家で療養している間に、類の家族や寧々が動いてくれた。
療養中にオレが零した愚痴を全て拾ってくれた上で、類に今の問題点を示唆してくれて。
その上で、体調を崩した原因が自分にあると知った類は、それはそれはもう凄い落ち込みようだったと、寧々は教えてくれた。
こうして、オレが復活して家に戻る間に、類はご両親や寧々に家事全般を叩き込まれたようで。
オレが帰ってきた瞬間、土下座してきたのは今でも忘れない。
類と改めて家事の話をして。
野菜に関しても、お互いにセーフゾーンを見つけていこうという話で落ち着いて。
こうして、数少ない類との最初の大喧嘩は、幕を閉じた。
(ちなみに類のご両親曰く、同棲する際に家事ができると豪語していたので承諾したらしい。
だが想像以上にできてなくて、類が迷惑をかけた、と後日菓子折り付きで謝られていたことは、類には秘密だ。)
そこからは、本当に順調で。
互いに余裕ができて、互いにしてほしいこともわかってくるようになって。
互いに、互いを存分に甘やかせるようにもなって。
今が一番、類のことが好きかもしれないと、そう思えるほどだった。
でも、それが。
こんな変わった形で、弊害を起こすなんて、思いもよらなかった。
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「……ない、か」
連絡がこない、既読もつかないスマホをテーブルの上に置き、ソファに座りながら天井を眺める。
学年が上がるにつれ、比例して増えていく課題に、オレも類も翻弄されており。
ここ暫くは、ご飯すらまともに作れなかった。
でも、オレの課題終わりに合わせ、類から連絡がきて。
『課題、もうすぐ終わりそうなんだ。もし大丈夫なら、司くんのシチューが食べたいなあ』
野菜嫌いの類でも食べられるよう、きのこや肉が多めのシチューを、類は甚く気に入っていて。
お互いに終わったことだし、甘やかすかとスマホに指を走らせた。
『わかった!でも、少しでいいから野菜は入れさせてくれ』
送ってすぐに『がんばるよ』の文字と一緒に送られてきた、青ざめた猫のガッツポーズスタンプに、思わず笑みが溢れた。
こうして、類のリクエスト通り、シチューを作って、待っていたのだけれど。
……一向に、類からの連絡がこない。
こういうことは、過去に何回かあった。
類が受けている授業のとある教授がとても変わり者で、気分で生徒を捕まえて実験の助手に任命するだとか、突然生徒に絡みにきて課題を一緒に考えたりとか、珍行動がとても多いらしく。
それで捕まるとずっと付き合わされて連絡すらままならないと、類が零していた気がする。
こればかりは類じゃなく、教授が悪いことだ。類が悪いわけではない。
……ただ。今回は少し、状況が悪かった。
お互い課題漬けで、声どころか、まともに顔を合わせることすら少なくて。
ただでさえ、類が足りないというのに。
……この同棲生活で。オレは、類に甘える心地よさを、知ってしまった。
前なら、スターたるもの、甘えなどいらないと、突っぱねていたけれど。
司くんが羽を休める場所に、僕がなりたいと類に言われたら、もう断れなくて。
最初はぎこちなかったそれも、次第にできるようになっていって。
初めてオレからした時は、それはそれはもう嬉しそうに抱きしめてくれて。
類へ甘えるのも、悪くないなと思っていたのに。
まさかそのせいで、類不足が我慢できなくなってしまうなんて、想定していなかった。
類からの連絡がこない。それだけで、胸がぎゅっと苦しくなって、涙が出そうになる。
目元を拭って、再度スマホを手に取る。
未だに既読がつかないのを確認してから、画像フォルダを開く。
そこには、ひっそりと隠し撮りした、類の真剣な表情の写真があった。
ショーの機材の調整中、気づかないのをいいことにこっそり撮った代物だ。
他にも何枚か、類の隠し撮りはフォルダに収まっている。
普段は我慢が効かなくなった時は、この写真をずっと眺めている。
こんな格好いい人が、オレに甘えていいんだと、言ってくれていることを、思い出して。
そうして、気分を切り替えるのだけど。
今日は流石に、写真も効果がないようだ。
写真を眺めていると、また視界がぼんやりと滲んでいく。
ああ。何時から、オレはこんなに弱くなってしまったのか。
(……全部、類のせいだ)
そんなことを思いながら、スマホを持った手を胸に下ろし、目を閉じた。
目尻から伝うそれに、気づかないふりをして。
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「……ん…………んぅ?」
頭を撫でられている感覚が心地よくて、擦り寄っている間に、意識がはっきりとしてくる。
ゆっくりと目を開けると、申し訳なさそうな顔をした類が、オレの頭を撫でていた。
「司くん、ただいま。……ごめん、起こしちゃったかな。」
「ん、いや……大丈夫……」
そう言いながら、そっと類に抱きつく。
ふわっと香る類の香りに、またじわりと涙が浮かんだ。
「ごめんね、僕から連絡したのに、凄く遅くなってしまった」
「ん……例の、教授だろ?仕方ないだろう」
「それでも、だよ」
一度強くぎゅっと抱きしめると、そっと離れて頭を撫でてくれる。
「あんな顔して待っていたのに、仕方ないで済ましたくはないんだ」
「……寝ていたときの、顔か?それは、オレが我慢できなかったからで、」
「違うよ、司くん」
頬に添えられた両手で、じっと見つめられる。
類の、真剣な目が、オレを射抜く。
「僕が、司くんに甘えてほしいと願ったんだ。僕が、司くんを我慢できなくしたんだ」
「…………」
「だからこそ、仕方ないで済ましたくないんだ。僕はもう、間違いたくないから」
「類……」
「司くん、僕に言いたいこと、全部言って?司くんを悲しませてしまった罪は、何よりも重いからね」
「………………」
甘やかすように、ずっと頭を撫でてくれる手。
ふわりと柔らかく、そして砂糖と煮詰めたように甘い顔で見つめてくる、瞳。
そう。オレはいつだって、それに弱いんだ。
「……明日、7時には起きたい」
「相変わらず健康だね」
「それで、類お手製の朝ごはん食べたい。ふわふわのフレンチトースト」
「ふふ、任せておくれ」
「午前に一緒に家事全部済まして……、お昼は、食べれなかったシチュー食べたい」
「いいね、明日は天気がいいらしいからね」
1つずつ、嬉しそうに肯定しながら、頭を撫でてくれる。
それに擦り寄りながら、言葉を紡いだ。
「午後は、鑑賞会したい。学校の先輩におすすめされたショーがあるんだ」
「へえ、それはとても楽しみだ」
「それから、夜は。……類の、夕飯が食べたい。しょうが焼き。」
「ふふ、腕によりをかけて作らせてもらうよ」
「あとは……夕飯を食べ終わったら。今度はオレが、類を甘やかすからな?」
「……!ふふ、望むところだよ。僕も、どろっどろに甘やかしてあげるから」
「あと、それから……」
ぐう。
ぐう。
言葉を遮るように、鳴り響いた2つのそれ。
思わず黙ってしまった後、お互いに見合わせて、吹き出した。
「っくく……。お腹すいたから、類のご飯が食べたい。消化にいいものがいいな」
「ふふふ、そうだね。先輩から、最中でできた茶漬けの素をいただいたんだ。食べないかい?」
「最中の?ほう、それは楽しみだ!」
2人で笑いあいながら、ベッドから降りて、リビングへ向かう。
向かいながら、類の背中に抱きついた。
「……最後に。……ご飯を食べ終わったら、久しぶりにシたい」
すぐさま身体をぱっと離し、類の前に移動する。
顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かすのを見て、してやったりと先にリビングに向かった。
すぐさま復活した類に追いかけられ、全力で抱きつかれて一緒に倒れるまで、あと。