想像以上の規模に、ここでやるものじゃないとツッコミが入ったのはここだけの話。ある日の休日。
新作のショーの公演終わりなのも相まって、しっかり休んで英気を養おうということで、練習はお休みになっていた。
僕はというと、新しい機械を作るのもいいが、一日くらいはしっかり休んでくれ!と
司くんに念を押されたのもあって、大きな図書館に来ていた。
以前青柳くんに教えてもらった、シェイクスピアの翻訳違いの蔵書を読んで以来、同様に翻訳違いのものを見るのが楽しくなってしまったので、それを発掘しに来たのだ。
読んでいる最中に演出を思いつくこともあって、その度にメモをとったりするけれど
どうもそんな僕の姿はあまりよく思われないらしく、人が離れることが多いから、最近は読みたい本を借りて、家で読むようにしている。
本当はもっと沢山の本に目を通したいけれど、こればかりは仕方ない。
(読んでいる最中に小さく笑い出したり、目がかっぴらいたりしているのが原因なのだが、そんなことは本人は知る由もなかった。閑話休題。)
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「……ふう。こんなものかな。……おや?」
目をつけていた本を見つけて、貸出期間中に読めそうな量を選定して、いざ借りようとカウンターに向かう途中。
見慣れた、金色のグラデーションを発見した。
ちょんちょん、と肩をつつくと、彼は此方を向き、パアと嬉しそうに笑った。
でもここが図書館だとわかってのことか、慌てて口元を抑えてから、内緒話のように手を添えて話しかけてきた。
「類、珍しいな。本でも探しにきていたのか?」
「うん、ちょっとね。……よかったら、隣、いいかな?」
「ああ、勿論」
絶対に静かにしていなくてはならない、という訳ではない階なので、内緒話のようにする必要はないのだが。
これも、教育の賜物、というやつなのかな。
そう思いながら椅子をひいて隣に座り、司くんが広げていたものに目をやる。
そこには、いくつかの本と、よく脚本のネタを纏めているノートと何かが書かれたルーズリーフ、そして筆記用具が広がっていた。
「おや、しっかり休めと言っていたのは何処の誰だい?」
「む、午前はしっかり休んだから問題ないぞ!それよりもネタや台本のストックを作っておきたくてな……」
「全く……」
思わずため息をつきながら、司くんが開いていた本に目をやる。
そこには。
「……祭り、かい?」
「ん?ああ!近々フェニランでもやるそうだし、それにちなんだものにすれば楽しめると思ってな!」
「なるほどね」
司くんの目の付け所に、思わず関心してしまった。
夏祭りの起源や、祭りにちなんで盆踊りを題材にしても、様々なものがかけるだろう。
以前ハロウィンショーの時にも活躍した、びっくり系の演出も映えそうだ。
そう考えていると、ふいに司くんが、「そうだ」と声をあげた。
「参考がてら教えてくれ。類は、夏祭りにいったことがあるのか?」
「ん?ああ、あるよ。小学生の時だけど、家族や寧々と一緒にね」
そう答えると、司くんは昔の僕を想像してなのか、嬉しそうに笑った。
「はは、そうか。その時は何が好きだったんだ?」
「んー……。水風船や金魚すくいを如何に効率よく取れるかを考えたり、くじ引きの確率を考えたりとかかな?」
「……概ね子供がやるようなことではないな……?」
「ふふ、確かにね。寧々にも、引くのが楽しいんだから確率は考えないでって言われたよ。」
「だろうな」
「あ、でも水風船と金魚すくいに関しては寧々の分も請け負うくらいには得意だったなあ」
その頃を思い出して、思わず笑みが溢れる。
外れる確率を考えてしまい、引くのを躊躇う僕の手を寧々が引っ張って、くじを一緒に引いたり。
大人も驚くほどに水風船をとってしまい、寧々と僕の2個分だけもらって他は全部返したり。
大きくなってからは自然と足が向かなくなってしまったけれど、楽しい思い出だったことには違いない。
「あ、司くんは?咲希くんと行ったりしたのかい?」
思い出して気分が上がったまま、そう声をかける。
あの家族のことだ。きっと沢山思い出があって、楽しんでいたんだろう。
そう、安直に考えていた、僕が馬鹿だった。
「……あー。ああ。あまり記憶にないが、確かあったと思う、な」
「…………??」
あまりの歯切れのなさに、思わず首を傾げる。
何か、嫌な思い出でもあるんだろうか?
そう僕が考えたのが伝わったのか、司くんは苦笑しながら口を開いた。
「……あまり、楽しくない話だぞ?」
「気にしないよ。……いいのであれば、聞かせてほしい」
「…………わかった。」
頷きながらそういうと、1つ深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
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「夏は、外に出れば暑いし、それを回避するために、部屋の中は涼しくするだろう」
「うん」
「咲希は、その寒暖差にやられやすくてな。寝込むことが多かったし、遊ぶのも家の中のことが多かった。」
「………………」
「……特に、日付が決まっている夏祭りは、行けない方が多かった」
「……司くんだけで行ったりは、しなかったのかい?お土産を買っていくとかは……」
そう聞くも、司くんは首を横に振った。
「ああいうの、大半が食べ物だしな。くじ引きだったりをやっていくことも考えたけれど、あれらはその場で体験して、楽しんだ上でもらうのが一番いいしな。」
「…………」
「というか、実際に言われたんだ」
「…………え」
「寝込んでた咲希に、夏祭りにいって水風船だけもらってきて、お土産だって、渡したんだ」
「………………」
「「自分で取りたかった」って、泣いちゃってな」
「………………!!!」
「勿論、泣き止まして、熱が下がった後に、咲希に謝られた。母さんからも、咲希の言葉は気にしなくていいからねと、言われた」
「………………」
「でも、あの時言った言葉がきっと、本心なんだろうなって考えたら…………行けなくなった」
寂しそうに笑う司くんの顔を見て、僕は何も言えなくなった。
……司くんは、僕の思い出話を、どんな気持ちで聞いていたんだろう。
そう思ったら、胸が痛くなった。
「だから、オレはあんまり行っていない。でも代わりに、自宅で夏祭りをしていたんだ」
………………………………ん???
「ごめん司くん、ワンモア」
「ん?オレは夏祭りには、」
「ううん、その後だよ」
「…………自宅で夏祭り、のことか?」
「うん、そう。何がどうしてそうなったのかなって」
そう聞くと、司くんは照れくさそうに笑いながら言った。
「オレが、咲希を置いて夏祭りに行けなくなって。咲希も、自分があんなこと言ったから、と気にしていたのを、父さんも母さんも悩んでいたらしくてな。
ならばと、自宅で夏祭りをやることになったんだ」
「…………具体的には?」
「まず、冷えたジュースだろ。父さんお手製の、ハズレなしくじ引き。母さんお手製の焼きそばに、自分達でデコレーションできるチョコバナナだな」
「へえ……」
想像しただけで楽しそうな光景に、思わず笑みが溢れる。
しかしその反面、司くんは言いづらそうに口を開いた。
「……父さんも母さんも、オレや咲希の思いを組んでやってくれた。それがとても、嬉しくて。」
「うん」
「オレは、家族でそれをできるのが楽しくて、毎年夏が楽しみになるくらいだった。」
「…………うん」
「でも、それを話すと、誂われることのほうが、多くてな……」
「…………!!」
「……本当の夏祭りに比べたら、ラインナップが少ないだとか。本物のほうがずっといい、だとかな……」
僕は、ハッとした。
もしかして、司くんが言いにくそうにしていたのは。
「類がそういうことを言うとは、思ってない」
「…………」
「……思って、ないんだが。……否定的であることが、多かったから。ちょっと、身構えてしまってな」
そう苦笑する司くんに、胸が締め付けられるようだった。
一体、どんなことを、どれだけ言われたんだろう。
つらい気持ちになりながらも、それでもなんとかと動いてくれた家族のためと。
いつでも幸せそうな家族の笑顔を守るために、どれだけ耐えてきたんだろう。
そう思っていたら、思わず司くんの手を握り締めていた。
「…………類……?」
不安そうに此方を見る司くんを、笑いかけながら見据える。
司くんが傷つき、それでも守りたかったものを。
僕も、一緒に守りたかった。
「……よかったら、司くんちで夏祭りを計画しないかい?」
「…………えっ」
「金魚すくいや射的は難しくても、水風船なら小さいプールを使ってやることはできる。」
「る、類?」
「そうだ。折角ならかき氷機を作っていこう。シロップは手作りできるだろうし」
「る、類。類。」
「そうだ、皆が夏祭りで好きだったものも聞いてみようよ。用意ができるかも、」
「類、ちょ、ストップ!!!」
いつもよりも小さめの声を上げながら、僕の口を抑えた司くんは、感情が綯交ぜになっているのか、顔が真っ赤に染まっている。
僕は、そんな司くんの手を、そっと握って話すを反対の手でそっと頭を撫でた。
「……ね。司くん。僕の大切な思い出も、司くんの思い出にお邪魔させてくれないかな」
「…………」
「司くんが抱えたもの、守りたかったもの。それを大切にして、その上でもっと凄いものを見せたいんだ」
「………………あ、あ」
涙声になっている司くんの頭から、手を離す。
場所が場所でなければキスしたかったし、抱きしめたかったけれど、仕方ない。
「折角なら、寧々やえむくんも誘わないかい?とくにえむくんはとても喜びそうだし」
「……う、ん。いいかもな。もしよければ、一歌達や冬弥を誘うのもいいかもしれん」
「ふふ。きっと大規模になるだろうけど、悪くないね。それなら、彼らにも思い出を聞いてみようか」
「そうだな!なあ類、他に再現できそうなものはあるのか?」
「ふむ、そうだね。綿あめなんかは難しいと思われるけど、もしかしたら……」
そう話す僕の言葉を、司くんはうんうんと、嬉しそうに聞いてくれる。
大切な人の笑顔を守れてよかったと、そう思いながら。
いずれやるであろう。
お世話になった人全員が集まった、天馬家主催の夏祭りに、思いを馳せた。