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    mono_gmg

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    mono_gmg

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     耳は何処からか聞こえるチャイムの音と賑やかな学生の声を拾い、視界は雑草が垣間見えるコンクリートの地面と見慣れないスニーカーを映した。今ではすっかり朧気になってしまった遠い記憶が刺激され、閉じた瞼の裏に少しずつよみがえる。こんなありふれた日常の一瞬が、確かにあったのだと。
    「聖杯、今日も見つかんなかったっすね……」
    「そうだね……何か条件をクリアしないと現れないのかなぁ」
     そんなありふれた日常は今ではないのだ、と立香は心の中で首を横に振る。身に纏ったスニーカーや学ランは昔の記憶には無いものだし、隣で一緒に頭を悩ませているのはクラスメイトではなく英雄の影法師。先程後にしたばかりの学び舎には勉学や部活に励むのではなく、この世界を創ってしまった願望器を探しに通っていた。
    「あれって優勝トロフィーみたいな形してるし、何かの大会で優勝する必要があるとか……」
    「ソツギョウとやらまでに間に合いますかね……」
     詰め込みで覚えた慣れない単語を呟く彼を見て苦笑いをこぼす。学生でいられる期間というのは振り返ってみれば案外短い。幼い頃は早く大人になりたいなんて思っていたけれど、結局は無いものねだりなんだろう。それはともかくとして、この予想は外れて欲しいなと思いながら今後の行動についてマスターとサーヴァントは話し合う。立ち入り禁止込みで学校にある全ての部屋は見て回ったが魔力の気配は感じられなかった。やはり何かしらの顕現条件か、誰かが所持している可能性も否定し切れない。
    「あとは、ガッコウの周りにも入れる所があったような」
    「あー……公園とかスーパーとかもあったよね。せめて聖杯の具体的な場所が分かればな……」
     特異点の地を踏んだ瞬間、カルデアとの通信が途切れるなんて事象は日常茶飯事だと立香は数日前を思い返す。もちろん非難しているのではなく、特異点とはそういうものだと今までの経験で理解しているからであって、常時通信が安定して繋がる特異点の方が珍しい。とは言え頼れる意見や応援、または突っ込みが恋しく思うのは仕方のないのことだ。
    「ま、地道に探すしかないっすね。この前コンビニ、って店には行ったんでそこは無さそうでしたけど。……あ、そこで肉まん、ってやつを戴いたんすけど美味かったっすよ。よければマスターも一緒に……って、現代に近い特異点ならマスターは当然知ってるよな……すんません、今のは聞かなかったことに……っ!?」
    「勝手に反省会しなーい」
     頼れる英霊から謎の陰キャモードに切り替わってしまう前に軽く鼻を摘む。声に出して現在の心境を報せてくれるだけでもだいぶ緩和されたと思っているけれど、彼の心の内のモノローグがけっこう長く、ずっと懸命に思案してくれているのだと知ったのはそれなりに付き合いを経た最近で。自分が彼の人柄を把握していくと同時に彼も立香というマスターを理解し、心を許してくれた結果なのだろう。サーヴァントという身でありながら気安く鼻を摘ませてもらったことも含めて。
    「君の言う通り、肉まんは食べたことあるけど、マンドリカルドと食べるのは初めてじゃん。だから今度一緒に行こうよ」
    「……っす! 俺、奢るんで!」
     落ち込んでいた数秒前から一転、嬉しそうな笑みが向けられる。傍から見れば主人が騎士を窘めたような状況だけれど、本当は目の前の騎士に負けないくらい嬉しくて今にも頬が緩んでしまいそうなのは、ここでは伏せておこう。

     放課後の時間に買い食いの約束を取り付けて、適度に肩の力を抜きながら二人だけの会議を続ける。マンドリカルドの言う通り、聖杯の所在が学校にあるとは限らない。全ての場所を探索することが所謂フラグに繋がるかもしれない、と周りの施設を軽く見て回ることになった。この特異点では入れる場所と入れない場所が明確になっていて、入れない場所は扉等の境界の先に文字通り何も無い。人の気配があったり窓から中の様子が伺える店は入れる場所となっている。
    「ここのカフェは入れない場所か……」
     OPENと書かれた看板が立て掛けてある店は白を基調としたデザインの可愛らしいカフェのようだ。けれど透明なガラス扉の向こう側は不自然に真っ暗で、この先は何も無いのだと知る。諦めて別の場所に視線を向けると心做しか顔色の悪い騎士が歩み寄ってきた。何かあったのかと立香が聞くと中に入れそうな店を見つけたのだと抑揚の無い声が返ってくる。ひとまず危険は無さそうだと補足した彼の案内でその場所に向かった。
    「……なるほどゲーセン…… 」
    「どっからどう見ても陽キャの溜まり場っすよ……」
     敷地内で稼働する複数のクレーンゲームから陽気な音楽が流れ、自校の学生や大学生くらいの若者達が多く施設を出入りしている。自動ドアが開かれるたび店の中からさらに賑やかな音が外へと漏れているようだ。
    「音で耳痛くない? オレ、ぐるっと中見てくるよ」
     客層や環境音を考えればマンドリカルドが尻込みしてしまう気持ちは察せる。穏やかな草原を思わせる時代で生きた彼よりも、生まれた時から見慣れていて躊躇いが無い自分の方が適任だろう、と思ったのだけれど。
    「耳は、大丈夫っす……こういうトコって中入り組んでるんすよね。なら、俺も着いていきます」
     一度決めたことはなかなか揺るがない騎士の顔を見て、頷かない訳にはいかなかった。この特異点を訪れてから今のところ身の危険を感じてはいないが、それは油断の言い訳にはならないし、してはいけない。よし、と形だけでも気合いを入れて二人は入口の境界を跨ぐ。雑多な電子音のオーケストラに迎えられるが敵意は感じないし怪しい魔力の気配も無い、と思う。ちらりと騎士の様子を窺っても警戒した様子のままで、マスターと目が合っても気になることはないと首を横に振る。特異点の住人はみんな思い思いに遊戯を楽しんでいるらしく景色は平和そのもの。景品に金色の杯が飾られているなんてベタな展開もなく、探索自体は数分で完了した。

    「……特に何も無かったね……」
    「……無かったっすね……」
     すんません、と落ち込む彼をまぁまぁと宥めつつ、自身も呆気なく終わった探索に物足りなさを感じたのか。入口の外にあるクレーンゲームの一つに目をつけ吸い寄せられるように足を伸ばす。鞄から財布を取り出し、一回分として硬貨を一枚投入。主人の唐突な行動を見ても騎士は首を傾げながらその様子を見守っていた。
    「……うーん、この辺り……」
     透明なボックスの中にあるアームをボタンで操作し、積まれている景品を引っ掛けようとする。けれど目的の景品に触れることはなかった。再び財布から硬貨を取り出し再チャレンジするも、アームは空振りに終わってしまう。
    「あの灰色のやつ狙ってるんすか?」
    「うん」
     探索中なのに何をしているんだろう、と思わなくもないけれど視線はクレーンゲーム機から逸らせない。マンドリカルドにも申し訳ないと思うけれど、当の本人は物珍しさのおかげかアクリル板の向こうに釘付けになっていて、どこかで見覚えが、などと呟いている。夢中になり過ぎればきっと彼が止めてくれるだろう、と懲りずに機械へコインを追加した。ようやくアームは景品の真ん中を捉えるが持ち上がる様子はなく。見た目ほど掴む力は強くないのかもしれない、と判断して開いたり閉じたりするアームの力を利用する方針に切り替えた。景品を受け取るための開口部に狙って対象を転がして落とす作戦だ。
    「あ、」
     狙いを定めて降下したアームが閉じた瞬間、バランスを崩した目的のものはあっさりと開口部から下の取り出し口に転がり落ちた。しゃがんでそれを手に取ると、一部始終を見ていた騎士から良かったっすね、と声をかけられる。
    「うん、取れて良かった。……はい!」
    「……はい?」
     同じ言葉でもイントネーションが違うとこうも印象が異なるらしい。立香が手に入れたばかりのキーホルダーを差し出すと、マンドリカルドからは見えない疑問符が飛び散った。
    「君にあげたかったんだ。これ、マンドリカルドが装備してる盾に見えない?」
    「……あ! 確かに、見覚えあると思ったら……九偉人の鎧なのに何でこんなところに……?」
     その疑問はごもっともだけれど、こういう首を傾げてしまう現象は特異点ではよくあることである。戸惑いながらも差し出したキーホルダーを受け取るサーヴァントの姿を見て、マスターはほんの少しだけ瞼の裏に夢を見た。――目の前の騎士と本当に学校生活を送る日々を。クラスメイトとして寄り道しながら帰路に着く日常を。
    「ありがたくいただくっす。さっそくカバンに……マスター?」
    「……ううん、なんでもない。気を取り直して、さっき道の途中にあった眼鏡屋を確認しに行こう。ちなみにマンドリカルドには黒縁が似合うと思うんだよね」
    「遊ぶ気満々じゃねえっすか……ま、いつもと違う格好だし、どこまでも付き合うっすよ」
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    Replies from the creator

    mono_gmg

    DONE大学生ぐだ×バーの店員マンドリカルドな現代パロディ。まだ続く予定
    色々ふわふわしてますがご容赦ください


     一般的な夕食の時間は過ぎ去り、夜の都内が賑わいを見せ始めた頃。中心地から少し外れ、とある物静かな人気の無い通りを一人の若者が歩いていた。その足取りは酒に呑まれた者特有の不安定さは見られなかったが、どことなくふらふらとしていて覚束無い。俯きがちなその背中には彼だけが知っている寂しさが漂っている。
     青年は少し前までは大切な人と親密な時間を過ごしていたけれど、その大切な人と歩む道は今や違えてしまった。互い以上に想いを寄せる恋人が出来た訳ではなく、双方の間にある恋心が冷めた訳でもない。二人の関係に幕を下ろしたのは彼女が静かに呟いた別れよう、の五文字。相手を試すような冗談を告げるような人ではなかった。慌てて表情を窺えば眉を八の字にしながらもしっかりとこちらを見据えていて、長い時間を共にしてきた人の決意を覚ってしまった。切り出されてからたっぷり間を置いてゆっくりと頷く。未練は無い、と言えば嘘になるけれど。提案も憂いも拭い去って彼女を説得出来る自分の姿が思い描けなかったのだ。関係性が一つ消えても大事な友人であることは変わらないから、彼女にほんの少しの罪悪感も残したくなくてなるべく穏やかに笑 8950