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    さかえ

    @sakae2sakae

    姜禅 雑伊 土井利

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    さかえ

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    趙(→)←禅前提の姜禅、趙(→)禅の部分です。

    #趙禅
    zhaoZen

    わたしの男/あなたの眼 探し人は思いのほか早く見つかった。やわらかな笑い声が聞こえる方を、趙雲は物言わずじっと見つめる。そういえば、あのような笑い方をするお方であった、と思い出しながら。今ではそんな素振りはまるで見せず、化粧のように塗り固めた笑みを口元に貼り付けるばかりの後主であるが、幼い頃は確かにこの趙雲の前では声を上げて笑ったことだってあったのだ。そう思えば、後主からその笑顔を引き出した相手への感謝も自ずと湧き出てこようはずだが、なぜか趙雲の胸はすっかりと冷え切って、代わりに腹の奥底からは黒々とした何かが迫り上がってくるのであった。



     若武者が後主へ向ける関心は、思えば最初から並々ならぬものであったと記憶している。
     天水での降伏後、その扱いをどうするかがはっきりとするまで、姜維の身柄を扱ったのは他ならぬ趙雲であった。こちらが望んで迎え入れたとは言え、相手は帰順したばかりの身である。本来ならばせめて夜ぐらいは縛してもよいものだろうが、そうはならなかったのは、「姜維ならば大丈夫だろう」という後主の一言があったためである。己が名を呼ばれた途端にぱっと顔を上げた姜維が、熱に浮かされたような目で後主をじっと見つめていたのを趙雲は確かにこの目で見た。まるで夢を見る少女のようにうっとりと、一瞬視線を逸らすのさえももったいないと言わんばかりに、一心に新たな主だけをそのきらめく瞳におさめる姿を。それは先程見た光景を趙雲に思い起こさせた。稀代の軍師からの掛け値無しの賞賛にすら耳を貸さなかったこの青年が、後主の素朴な語りかけに一瞬にして心を溶かされた、あの時のことを。
    「それに、万が一の時にも趙雲がいる。私たちに何を憂えることがあるだろう?」
     鶴の一声に皆が頷いて、諸葛亮がそれぞれに指示を出す。その間も姜維はどこかふわふわした様子のままであった。
     そんな姜維であるから、彼を自身の天幕に迎え入れた夜、真っ先に尋ねてきたのも後主のことであった。
    「先のお言葉から察するに、劉禅様は、すっかり趙雲殿に心を預けていらっしゃるように存じます」
    「そのような言い方ではこの身に余るが、古参故、馴染み深くは思っていただいているかもしれないな」
     天幕の中を一通り確認し、姜維に座すよう勧める。無駄のない動きで腰を下ろした姜維は、ずいと身を乗り出して言った。
    「ならば趙雲殿はよくご存じでしょう。あの方は――劉禅様は、どのようなお方でしょうか」
    「お前も知っての通りだ。慈悲深く、常に他者の心を汲み取ろうとなさる。視野も広い御方であるから、幼い頃より我々には見えぬものを見ておられる方だった」
    「幼い頃から、見えぬものを?」
     普段の趙雲であれば、そこで切り上げてしまいそうな話題であった。何せ、戴くべき主を話のタネにするような真似だ。あまりに不遜である。けれども趙雲がそうしなかったのは、姜維の目があまりに無垢な、まるで英雄譚の続きをねだる子どものようであったためだった。これは今現在に至るまで変わらないことだが、この若武者には、思いがけず周囲の人間をハッとさせるような、頑なになった心さえも打ち震わしてしまうような、そんな直向きさがある。この時の趙雲も、思えばその視線にやられてしまったのだ。そうして「先主がまだご健勝であらせられた時に、こんなことがあった」と目を細めて、静かに過去に思いを馳せた。



    「邪魔をしないから、少しばかり見学をさせてほしい」
     そんなことを言いながら、まるで市場の野菜でも覗き込むような気負わなさで主が姿を見せたのは、趙雲が新兵の調練を行っている時のことであった。突然現れた君主の姿に兵達がにわかに浮き足立つが、趙雲はすぐさま鋭く発声してそれを留める。趙雲が拱手をすると、主は満足そうに趙雲に頷いて見せた。
    「しりゅう・・・・・・」
     その背からおずおずと顔を覗かせたのは、主と似た似た面差しの公子であった。けれどもその表情は明るくない。時折兵達から発せられる雄叫びに、びくりと肩を震わせては、助けを求めるように父と趙雲とを交互に見やるのだった。その姿を見て主は趙雲だけに分かるように嘆息し、「これにも兵達の様子を見せてやりたかったのだ」と言った。それから身軽にかがむと、逃げるように背後に戻ろうとする幼子の背を押し出して語りかける。
    「よく見ておくのだ、阿斗よ。決して恐れてはいけない。恐れる必要などないのだから」
    「けれども、父上」
    「よいか。彼らこそ我が蜀を希望に導く力、我らの明日を切り開く刃なのだ」
     重ねて説かれて、幼子は不安と恐れに表情を曇らせながらも前を見た。訓練のため、兵達が用いているのは木製の得物である。ぶつかり合って奏でる音はくぐもって鈍い。これよりもずっと鋭く高いはがねの音を、この幼子は確かに聞いて育ってきたというのに。
    「長坂でお前の腕に抱かれて眠っていた時には、我が子ながらなんと豪胆なものかと驚いたものだったが」
     同じことを思い出していたらしい主は、立ち上がると趙雲と視線をからめてにこりと笑った。呟きとも囁きともつかぬ声に、返す趙雲の言葉もひそめられたものとなる。
    「阿斗さまはお心がお優しくていらっしゃいますから」
    「そうだな。優しさは確かにこの子の徳だろう。だが、それだけではきっとそのうちに阿斗自身がつらくなる。私の後を継げば、いずれは嫌でもその優しさを裏切る決断をしなくてはならなくなるのだから」
     だからこうしていくさ場の雰囲気に慣らそうとここへ連れてきたのだが。
     再び見下ろす幼子の表情はやはり硬い。引きつった口元があまりにいたいけで、趙雲は身が切られるような思いになる。けれども主の言葉は正しく、したがって、その場に流れるのは剣戟の他には沈黙しかないのであった。
    「しりゅう」
     ふと、停滞しようとする空気を動かす声があった。幼子特有のあまやかなそれに、趙雲は膝をついて答える。
    「いかがなさいましたか」
    「あのひと、うごきが変なの」
     大人からすれば信じられないほどに小さな人差し指を精一杯に伸ばして示す先では、幼子の言う通り、一人の新兵が足下をふらつかせていた。攻撃を受け損ねたか、それとも体力が尽きたか。先程まではそんな素振りを見せていなかったのだが。なんにせよ、あのままではいけない。
    「劉備殿、阿斗さま。しばし失礼つかまつります」
    「ああ」
     素早く身を翻すと、趙雲は兵達の中へと入っていった。

    「結局は疲労で倒れたのだったな」
    「新兵ならばなおさら、体力の配分は難しいものですからね」
    「ああ。劉禅様がお気づきにならなかったら、下手をすれば命にも関わっていたかもしれない」

    『阿斗さまは、まことよい眼をお持ちです』
     この眼は天子の目だ、と、あの時趙雲は直感的に理解した。広く遍くこの世を見通す慧眼を、この幼子は確かに持っている。報告後に先主へとそう伝えた時、蜀が戴く偉大なる大徳、翳りなき光輝は意表を突かれたように瞠目した後、悲しみでも飲み込むかのように『そうか』と呟いた。

    「先程の趙雲の言葉の意味が分かりました。劉禅さまは本質を見抜く、素晴らしい眼をお持ちなのですね」
    「そうだな――」
     幸か不幸か、とまでは続けずに趙雲は頷いた。これがもしも、愚鈍な者どもが言うように本当に暗愚であったならば話は違ったのだ。後主は何も憂えることなく、ただただ『幸せに』生きることができた。けれども後主はあの頃のまま聡明に成長し、己が背に乗せられたものの重さを、既に誰よりもきちんと理解してしまっている。共に背負うことはできなくとも、せめてその華奢な身体を支えてやりたいと心底から願うものの、趙雲にはもはやその時間がほとんど残されてはいないのだった。
     趙雲は黙って姜維を見る。この若武者と槍を合わせた時、趙雲は己に老いが間近に迫っていることをまざまざと見せつけられた気がした。若い頃であれば真正面から受け止めた上で返すことができたはずの一撃をいなすことしかできなかった事実は、趙雲の心にひどい衝撃を与えた。いつだって最前線を駆けてきたつもりだったが、やはり寄る年波には勝てないのかもしれない。
     いつとは言わないが、いつか自分は後主を置いて逝くだろう。多くの者たちが彼を置き去ったように。その時、その傍には誰がいるのだろうか。――それはやはり、後主が自ら手を差し伸べた、この男なのであろうか。
     胃の腑の辺りがすうっと冷える感覚に、趙雲は思わず目を閉じた。
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    さかえ

    MAIKING趙備、及び趙(→)←←禅前提の姜禅。ややこしい。
    わたしの男/あなたの眼「もう大丈夫のようですよ」
     足音が完全に消えるまで待ち、念のために扉まで閉めると、姜維は書棚の陰に声をかけた。それですぐに姿を現すだろう。そう思っていたのに、予想は外れてかえりごとひとつない。訝しく思って棚の裏を覗き込むと、主は開け放った窓から吹き寄せる風に濡れ羽の御髪を揺らしながら、どこか遠くを眺めているようだった。
    「劉禅様? いかがなさいましたか」
     それでも近寄る間にこちらの存在に気がついたらしい。見上げてくる主の目は常の通り薄曇りの空のように静かで、感情が今どこにあるのかをおよそ気取らせない。
    「ああ、姜維」
    この目に見つめられ、ゆったりとした口調で名を呼ばれると、姜維はいつも己の矮小さを全て見透かされているような心持ちになる。魏に属していた頃には蜀の新帝は暗愚だという噂ばかりを耳にしていたが、実際にこの方の前に立てばそれがどれほど馬鹿げた戯言であったかが分かった。音に聞く、皆を導く太陽のようだったという先主のような目眩く光輝こそ無けれども、泰然と振る舞うそのたたずまいからは風格が香気のようにかぐわしく立ち上った。また天水にて姜維を諭し導いた声はいかなる時にも荒ぶることなく、凪いだ水面のように透明である。その在り方は先主とは違えども、この主は確かに生まれながらにしての王者であった。
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