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    こーだ

    @966trrrrkmb

    リンぐだ♀大好きアカウント
    普段はpixivを中心に活動しています
    のそのそと短編小説を書いています
    @trrkmb1011

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    こーだ

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    執筆中のロマぐだ♀両片想い前提リンぐだ♀小説の前半部分にあたります。細かい修正はありますが、以前Twitterに投げたものと同じです。ほんの少しだけゴア表現がありますのでご注意ください。
    夏イベ後に解釈違いが出てきてしまったので2022年1月の公開当時のものからちょいちょい修正してます。

    #リンぐだ
    linenGadget

    げに恐ろしきは獣の情 月よ、星よ 蓮の国で 月よ、星よ ちゃん……
     
     カちゃん……
     
     リッカ・・・ちゃん……
     
     ――誰かが私の名を呼んでいる。
     記憶の海の底から。
     
     私は知っている。
     その声の主を。

     私は知っている。
     その懐かしい響きを。
     私は知っている。
     その愛おしい響きを。
     私は知っている。
     彼をもうここ・・にしかとどめておけないことを――。

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

    立香リッカちゃん、どうしたの」
     リッカ・・・と呼ばれた少女は我にかえった。
    「何かボクに訊きたいことがあったんじゃ?」
     オレンジ・ブロンドのポニーテールの青年がきょとんとした顔で少女の顔を見つめる。
    「あ、えと……ド、ドクターは、その、恋人とか……好きな人とか……いるの……でしょう……か……」
     フィニス・カルデアの医務室で、ティーンエイジャーらしいあどけなさを残した赤毛の少女のマスター――藤丸フジマル立香リツカはやっとの思いで問いを発した。湿った両の手指を膝の上でもぞもぞと交差させ、ぎこちなく泳ぐ琥珀色の瞳は緊張と恥ずかしさから少し潤んでいる。彼女の腰かけた椅子がギイ、と少し軋んだ。
     ドクターと呼ばれた青年――ロマニ・アーキマン、通称ドクター・ロマン。今日は彼が行う定期メディカルチェックの日だ。本題が終わった後は他愛もない雑談を交わすことが、立香の一番の楽しみだった。
     幾度かの人理修復を経て、あるとき立香は自分がこの青年を好いていることに気づいた。
     ムードメーカー的性格も手伝ってか、周りのサーヴァント達からは軟弱者扱いされることも多かったが、立香にとってロマニは十分過ぎるほど、立派な一人の――家族や学校の教師など、日常の枠組みから外れた場所に位置する――初めての大人だった。実際、彼の精神的支えがなければ、今の自分はなかったと彼女は考えていた。また、彼がここぞという時に見せる意志の塊のような鋭い眼差しを見逃さなかった。普段の能天気さからは伺えないような悲痛な表情を、図らずも盗み見てしまったこともあった。
     綿菓子のような笑顔を絶やすことのないロマニが、決して見せない顔。立香はそれに驚くと同時に、心臓が普段とは異なる妙音を奏でるのを聴いた。胸の奥で、どこか異次元からふと湧き出たような、血潮の迸り。これが恋と知るまで、さほど時間はかからなかった。
     甘い物が好き。特に和菓子が大好物で、こし餡派。誰に対しても腰が低いが、なぜかダビデには横柄。非番の日の私服はTシャツにデニムなどカジュアルな服装が多い。ネットアイドル「マギ☆マリ」の更新はどんなに疲れていても一日二回はチェックする。恋は盲目と言うが、ロマニに関することであれば、立香はどんなことでも貪欲に恋の種火に変えていった。
     そして、その集大成が、今日のこの質問のはずだった。恋人がいたら、いや、実はもう結婚してる、とかだったらどうしよう、などと益体もないことを考えながら、恥ずかしさに伏せていた目線を上げると、男の纏う空気が一変していた。
    「ボクには、そんな資格なんてないから」
     ロマニは独り言のように告げた。普段ならば、体はデスクに向かっていても、顔だけは必ず立香の方へ向けて話す彼が、この時はモニタの方へと反らし、立香の方は一瞥だにしなかった。
    「え……し、しかく……?」
     無機質な単語と、ロマニの瞳孔に宿る憤怒の炎に――それがほかならぬ彼自身へと向けられていることだけは解し――立香は怯えた。これなら、子供がしょうもないことを訊くんじゃない、と窘められるか、ニコニコと恋人のことを惚気られる方が何百倍もましだと思った。
     そんな立香の様子に気づいたロマニは、しまったと思ったのか、幼な子をあやすかのように慌てて付け足した。
    「あっ、ほらほら?! ボクってば自他共に認める重度のマギ☆マリオタクだし? 三十路だし? 弱肉強食な恋愛市場の土俵にすら立てないっていうかさ。ふええ、ボクだって本当は恋したいよぅ~」
     打って変わって饒舌に畳み掛け、さめざめと嘘泣きをするロマニ。立香はアハハと曖昧な作り笑いを浮かべるしかなかった。
     自分がロマニの眼中に全くなかったことなど、今となっては些事だった。彼が何か途方もないものを抱え、それに苛まれているという推測は、立香を悲しませるに十分で――それでも、彼女の胸の奥に灯る炎は消えぬまま、いっそう激しく煌めくのだった。

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

    「ダ・ヴィンチちゃん! 先輩の容態は?!」
     ノウム・カルデア内の集中治療室のドアが開くやいなや、シールダー、マシュ・キリエライトが慌ただしく駆け込んできた。
    「やあ、マシュ。ついさっきアスクレピオスの診察が終わったところだよ。立香リツカちゃんのバイタルサインは落ち着いてる。脳波も問題なし。万一昏睡状態が長く続けば、衰弱の危険もあるから、慎重に様子見、といったところだけどね」
     ライダー、レオナルド・ダ・ヴィンチが状況を伝える。マシュを落ち着かせるためなのか、いつもにも増して朗々とした穏やかなトーンだった。
    「そうですか……」
     しかし、そんなダ・ヴィンチの言葉も――マスターの一応の無事を知らせる内容にも関わらず――マシュの張りつめた表情を緩めるには至らなかった。
     異星の神の干渉? それともまた新たな特異点の影響――? マシュは次第にうなだれてゆく。だが、ふいに違和感を感じ、はっと頭を上げる。彼女のラベンダー色の瞳が、部屋の隅に巨木のように佇む怪僧の姿を捉えた。
    「道満さん……」
     何となく気まずさを感じ、マシュは口籠った。
    「おや、マシュ・キリエライト殿。拙僧がここにいるのは意外ですかな? それとも――拙僧を疑っておられる?」
    「いえっ! 決して、そういうわけでは……」
    「ええ、ええ、構いませんとも。疑われるのには慣れております」
     道化師のような異様な出立ちの怪僧――アルターエゴ、蘆屋道満は、ゆっくりとマシュとダ・ヴィンチの方へ歩み寄りなから、大袈裟に嘆いてみせた。彼は、マシュの反応を面白がっているようだった。
    「あの、そうではなくて。以前、道満さんの亜種特異点に呼び寄せられた時も、先輩は同じようにずっと眠り続けていて……。道満さんの陰陽術や、これまでに特異点や異聞帯でしでかしてきたことを考えますと、既に解決の糸口をご存知なのではないかと」
     ダ・ヴィンチは吹き出した。
    「マシュ、それ、道満が犯人って言いたいわけじゃないんだよね?」
    「慇懃無礼。拙僧のためにあるかのような言葉ですが、今日は貴方に捧げましょうかね、マシュ殿」
     道満もニヤリと笑う。
    「あの、そんなつもりでは!」
     マシュがあたふたするのを尻目に、道満は飄々と話を続けた。
    「マシュ殿の斯様な性質にも慣れてまいりましたので、お気に召されませぬよう。して、マスターの件ですが、まさに貴方のお見込み通りでして。拙僧は、レオナルド・ダ・ヴィンチ殿とシオン・エルトナム・ソカリス殿から依頼を受けて、こちらへ参じたのですよ」
    「今回のソリューションには蘆屋道満が適任だと、トリスメギストスⅡが言ってるのさ」
     ダ・ヴィンチが口を挟んだ。
    「ええ。もう八割方は解決しておりますがね」
    「流石、仕事が早いね! で、何が分かったんだい?」
    「此度は外敵の仕業ではなく、マスター自身の中に巣食っているものが原因でした」
     マシュは目を見開いた。
    「先輩の中に……ですか?」
    「左様で」
     いつでも潑剌として勇気づけてくれていた先輩が――。マシュは驚くとともに、最も長く苦楽を共にしながら、その予兆に気づけなかった自身を恥じるかのように、肩を落とし俯いた。
     ダ・ヴィンチはポンポンとマシュの肩を優しく叩くと、道満へ問うた。
    「その“巣食っているもの”とやらの目星は、もうついているのかい?」
    「はい。これからマスターの深層世界に潜り込み、それを取り除いて参りますが、その前に――いくつかお尋ねしたいことが」
     道満はそう言うと、視線をダ・ヴィンチの隣りへと滑らせた。
    「マシュ・キリエライト殿」
    「わ、わたし……ですか?」
     マシュが何度も目を瞬かせると、道満はにっこりと笑った。
    「ええ、貴方に」

        ◇     ◇     ◇

    「マシュ殿はロイヤルミルクティーで宜しいですかな」
     道満はテーブルに二つマグカップを置くと、マシュの向かいに座った。彼が持つと子ども用を通り越してままごと用の小さなカップにしか見えず、今更ながら彼の手の大きさに驚かされた。
    「はい、ありがとうございます」
     食堂は昼食時のピークを過ぎてはいたが、喫茶利用の職員やサーヴァントでそれなりの賑わいを見せていた。
    「あの、道満さん」
    「はい?」
    「その、わたしは構わないのですが……もっと人気のない場所でなくてよかったのでしょうか?」
     マシュが意味ありげに二つ離れたテーブルへと視線を送る。アーチャー、清少納言と、その向かいにはセイバー、鈴鹿御前が座り、二人して遅い昼食を取っていた。普段よりも騒々しさや明るさに欠けるのは、マスターが昏睡状態となった知らせを受けてのことだろう。道満は苦笑した。
    「こちらには人避けの結界を張っておりまする。会話を聞かれることもなければ、かまびすしい連中が近寄ってくることもありませぬ。どうぞ、安心召されよ。
     まあ、拙僧としては、もっと静かな場所の方が良かったのですが。ンフフ、貴方に怖がられてもいけませんから。何故かはとんと分かりませぬが、ダ・ヴィンチ殿から『くれぐれも変な真似をしないように』と、釘を刺されてしまいましたからねェ」
    「いえ、怖いわけではないんです! 何を考えていらっしゃるのか、分からないだけで」
     マシュは慌てて弁解した。彼女のことをよく知らない者が聞いたなら、単なる嫌味にしか聞こえなかっただろう。
    「ンンン、貴方のその、見た目とは裏腹に歯に絹着せぬ、いえ、物怖じせぬ処、実にいいですね。そう。そう! まるで――我らが主のよう。付き合いが長いと、自ずと似てくるものなのでしょうかね?」
     道満はマグカップの中の抹茶ラテに息を吹きかけながら一口飲むと「ささ、マシュ殿も冷めない内に」と促した。
     マシュは「いただきます」とマグカップを手に取った。アッサムの濃厚な香りが鼻腔をくすぐり、ミルクと砂糖の穏やかな甘味が味蕾を優しく刺激する。エミヤ特製ロイヤルミルクティーの普段と変わらぬ味わいに、疲労感と緊張が少し解れた。道満の問いに何と答えたら良いのか考えあぐね、マシュは少しの間沈黙を守っていたが、やがて口を開いた。
    「わたしは本当は、人一倍臆病なんです。でも……もしわたしたちが似ているのだとしたら――先輩がわたしを、今立っている場所まで引き上げてくださったからです」
     そう口にすると、マシュは俯いた。
     なのに、わたしはまだ何も恩返しできていない。そればかりか、先輩が苦しんでいたことに気付きもしないで――。
    「マシュ殿」
     道満の呼び掛けにハッとし、マシュは顔を上げた。
    「そう気落ちせずともよろしい。ちかしいからこそ、伝えられぬこともありますれば」
     マシュは目を丸くして道満の顔を穴が空くほど見つめた。
    「ンン、何か?」
    「いえ……」
    「拙僧がこのようなことを言うのは意外、ですかな?」
    「……はい、大変失礼ですが。カルデアへ召喚された道満さんから、わたしが直接実害を被ったことはまだありませんが、今年のバレンタインデー、先輩は道満さんのお返しに非常にご立腹でしたので」
    「フフ、そうですか」
     道満は満足そうな笑みを浮かべた。
    「ですが、ご安心ください。先輩は『こんな悲しい思いをするくらいなら、来年はあげるのやめよっかな〜?』と言っていましたので。今後はお互い、不愉快な思いをすることはないかと!」
     マシュはニッコリ微笑むと、やたら得意げに告げた。
    「ンン、そうですか……」
     道満は相変わらずニヤニヤと笑っている。意趣返しが含まれるとはいえ、立香の怒りや発言が本気でないことは明らかで、道満の反応もそのあたりを汲みとってのものであることは明らかだ。ただ、二度目の「そうですか」が少し寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか、とマシュは一瞬穿った。だが、他人の機微にとんと疎いことを思い出し、深く考えるのをやめた。
    「ちょうどバレンタインの話が出たので伺いますが、マスターには意中の方が?」
    「いえ。先輩に言い寄るサーヴァントは何人もいますが、先輩が特別な想いを寄せる方はいないはずです」
    「ふむ……そうですか」
    「もしいらっしゃったとして、その方に、今回の件と関係が?」
    「懸想する相手とは限りませんがね。家族、友人、なども考えられますので。平たく申し上げますと、マスターが御自身の夢の中で、その方の分身のようなモノを作り上げ、そうですねェ――現実逃避している状態、と申しましょうか。普通は、“外”からでもある程度様子が分かるものなのですが、これまた、意外にガードが固く、相手が誰なのか――ンン、マシュ殿?」
     マシュは蒼白な顔で少し冷めてしまったロイヤルミルクティーを見つめていた。そんな、まさか、でも――。
    「道満さん」
     マシュは急に前のめりになり、道満へと顔を近づけると、黒曜石を真っ直ぐに見据えた。さしもの道満も、彼女の思わぬ行動に少々面食らったようだった。
    「それは、“この世界のどこにも存在しなくなった人”でも、起こり得ますか?」
     道満は、これは面白くなってきた、とでも言わんばかりに、ニタリと笑った。
    「無論ですとも。極端な話、マスターの中だけの想像上の人物だとしても、理論的には可能ですので」
     震える声で、マシュは彼の人の名を告げた。
    「…………ドクター・ロマン――ロマニ・アーキマン。カルデアの医療部門のトップで、オルガマリー前所長の代理を勤めていた方です」

        ◇     ◇     ◇

    「成る程。そう言えば以前、医務室前で『ロマン、帰ってきてくれ!』と誰かの大層愉快な、ンン、失礼、悲痛な叫び声が聞こえてきたことがありましたな。その時は何のことやらと思いましたが……まさか、そのロマン殿が魔術王ソロモンだったとは。しかし、わざわざ聖杯にこいねがってまでただのヒトに成り下がった挙句、天寿を全うすることなく、存在のすべて、その記録を自ら無に帰したとは――何とも酔狂なことで」
     マシュから顛末を聞いた道満は、辟易とした表情で感想を述べると、抹茶ラテの残りを飲み干した。
    「わたしには一人の人間として人生をやり直したいと願ったドクターの気持ち、分かる気がします。たとえ、その命が瞬きの後に終わると知っていたとしても――ドクターは同じことを願ったでしょう」
     マシュはかつて対峙したもうひとりの獣を思い出し、目を細めた――彼女の“選択”を残念に思いながらも、否定することなく受け入れた、一匹のビーストのことを。そして、眼前の苦虫を噛み潰したような肉食獣けものの苦笑に気づくと、意地悪っぽく微笑みながら付け加えた。
    「人類愛がない道満さんには、理解できない話かもしれませんが」
     道満は大仰に溜め息をつくと、投げやりに嘲笑った。
    「はあ。そうですか。それはよかった。はいはいよかった。マスターもマシュ殿も、全く物好きなことで」
     マシュはむっと顔で反論した。
    「いえ、物好きなのは先輩だけです! 確かにドクターは素晴らしい方なだったのですが……先輩は美化し過ぎなんです」
    「恋は盲目。そう珍しいことでもないでしょう」
    「それはそうなのですが……」
     言葉を濁すマシュに、道満が続きを促した。
    「まだ何か気掛かりなことがおありで?」
    「……先輩はドクターのこととなると、冷静さに欠けますし、思っていることがすぐ顔に出るんです」
    「察しの悪そうなマシュ殿から見てもそう映るとは、余程なのでしょうね」
    「わたしは……先輩の考えていることだけは何となく分かる、というか……感じるんです。だからこそ―― 何の予兆も・・・・・ 感じ取れ・・・・ なかったこと・・・・・・が、不安なんです」
     マシュは完全に冷めてしまったロイヤルミルクティーを口に含んだ。思いのほか冷たくなった液体に身体中の熱をごっそり奪われたような気がして、彼女は小さく身を震わせた。
    「お任せくだされ。この道満、マスターに傷一つ付けることなく、貴方の元へ取り戻すと約束いたしましょう」
     そんな不安を取り除くかのように、いつになく落ち着いた声色で道満は告げた。マシュは再び目を丸くし、二度ほど瞬かせた。常日頃から彼の芝居がかったイントネーションに慣れきっていたせいで、まるで別人のように感じたのだ。
    「ンンン、まぁた、豆鉄砲を食った鳩のような顔をされて……」
     ああ、そうだ。道満さんがこんな風に優しげに話すのを、一度だけ聞いたことがある。マシュはゆっくりと記憶を呼び覚ました。
     クリスマス・イヴの夜、ナーサリーら子供達にせがまれたのか、彼が絵本の読み聞かせをしているところを偶然見かけたのだ。漏れ聞こえてきた物語が――誰が選んだのかはともかく、よりによって――アンデルセンの『もみの木』だったというのが、実に彼らしいのではあるが。
    「いえ……。先輩を……マスターを、どうか、よろしくお願いします」
     マシュが日本風にペコリと――おそらくはマスターである立香の癖が移ったのだろう――頭を下げると、道満は伏し目がちに微笑んだ。
    「ええ、ええ。拙僧もカルデアの影法師なれば。マシュ殿の主は、拙僧にとっても大切な主にございまする。マスターの為に、粉骨砕身いたしましょうぞ」

        ◇     ◇     ◇

     二人が食堂を出ると、背丈の半分ほどある花束を抱えて歩く、金髪の小柄な少年に出くわした。無垢の象徴とも言える白い衣装に身を包み、天の川のようなスカーフを首元で揺らめかせている。フォーリナー、ボイジャー。同名の宇宙探査機の英霊である。
    「やあ。ましゅ、ドウマン」
    「ご機嫌よう、ボイジャー殿」
    「こんにちは、ボイジャーさん。綺麗な花束ですね」
     ボイジャーは少しはにかんで言った。
    「これはね……ますたーへの、おみまい」
     道満は、ボイジャーの腕の中の溢れんばかりの青紫を一瞥した。先ほど摘まれたばかりと思わしきそれらは、瑞々しくも均整の取れた五芒星を描いている。
    「桔梗、ですか……」
    「ますたーがね、すきなんだ」
    「そうですか、そうですか」
     隣りに立つ男を取り巻く空気がにわかに変わったような気がして、マシュは横目でそれとなく様子を窺った。彼の微笑は、嵐の直前の太陽のぎらつきにどこか似ていた。マシュにはそれが――敵対していた頃には遠く及ばないものの――普段よりも遥かに棘のある、皮相なものに感じた。
     ボイジャーもマシュと同じものを感じたのか、悲しそうな顔で道満を見上げた。
    「ますたーがすきな、おほしさまのかたちだから、これにしたの。……いけなかった?」
    「あぁ!」
     二つの黒曜石を見開き、パチンと手を打ち鳴らすと、道満は声を上げた。次の瞬間にはもう、子供達に接する時によく見せる、人当たりの良い笑顔に戻っていた。
    「マスターはお星様がお好きなのですね。ええ、ええ。悪いことなど何もありませんとも! きっと喜ばれると思いますよ」
     道満はボイジャーの高さまでしゃがみ込むと、綿毛のような金髪を優しく撫でた。
    「そうかい。よかった」
    「拙僧らも今からお見舞いに伺う処だったのですよ。ささ、一緒に参りましょう」
    「うん、いっしょにいこう」
    「ボイジャー殿。ここから病室までは少し距離がありますから、今日は久しぶりに肩車などして差し上げましょう」
    「わぁ……ほんとうかい?」
     ボイジャーが目を輝かせると、道満は長い髪を左側で纏めた。肩車の邪魔にならないようバサリと前へ流すと、髪に結びつけられた鈴の音がころころと鳴った。
    「勿論ですとも。ささ」
     道満はそう言うと背中を差し出した。
    「良かったですね、ボイジャーさん。花束は私が預かりますね」
     ボイジャーは花束をマシュに渡すと、道満の大きな背中を手慣れた様子でよじ登り、両肩に跨った。
    「では、立ちますよ」
     合図とともに道満がゆっくり立ち上がると、ボイジャーからはうわぁ、と感嘆の声が漏れた。
     象のようにゆったりと歩みを進める道満へ、ボイジャーが話し掛ける。
    「ドウマンは、ほんとうにせがたかいね。まるで、せいそうけんから、ちじょうをみおろしているみたいだ」
    「ボイジャー殿は、もっと高い処におられたのでしょう?」
     「うん……だけど、さーゔぁんとのぼくは、とてもちっぽけだ。うちゅうにいたぼくも、うちゅうからみたら、もっとちっぽけだ」
    「拙僧も宇宙に行けば、塵芥の如き小さな存在でしょうな」
    「ドウマンは、ちいさくなんかないよ」
     一呼吸あいだを置いてから、ボイジャーは続けた。
    「ずっと、ずっと。ほしにてをのばしつづけたから、こんなにおおきくなったんでしょう?」
     等間隔だった道満の歩調が僅かに揺らいだ気がして、マシュはちらりと道満の顔を盗み見た。しかし、肩から垂れ下がるボイジャーの足が死角となり、その表情を知ることはできなかった。
    「さぁて、どうでしょう」
    「……ますたーもね。ほしにてをのばしつづけてたんだ」
    「……彼女は――手に入れられたのですか?」
    「ううん。すごく、ざんねんだけど」
    「……ボイジャー殿は、何故このような話を拙僧に?」
    「にてるなあって、おもったんだ」
    「似ている? 誰と誰がです?」
    「ますたーと、ドウマン」
     道満の歩みが完全に止まり、ふっと、生温い風のような、薄気味悪い静けさが辺りを通り抜けた。次の瞬間、道満はけたたましい嘲笑を上げていた。
    「ハハハハ、ハハハハハ! ボイジャー殿の慧眼には常々一目置いておりますが、ンンンンッ! いくらそのボイジャー殿と言えども、是には流石に同意しかねますなァ!」
     痛ましそうに眉尻を下げ戸惑うボイジャーと、獣の咆哮のように嗤い続ける道満。マシュはどうしてか、彼が笑っているのではなく泣いているような気がして、心臓を締めつけられる心地がした。そして、それに追い打ちをかけるかのように、嗤うのに飽いた道満が先ほどとは打って変わって穏やかな声色で、彼らに言い含めるように告げるのだった。
    「そう悲しそうな顔をなさるな。いくらカルデアのサーヴァントとして人理を守る働きをした処で、拙僧が悪性の化身であることに変わりはありませぬ。善性の象徴のようなマスターとは、重なる処など一つもないのが、道理なのですよ」

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇ 蓮の国で ちゃん……
     
     カちゃん……
     
     リッカ・・・ちゃん……
     
     ――誰かが私の名を呼んでいる。
     記憶の海の底から。
     
     私は忘れない。
     彼を失った悲しみを。
     私は忘れない。
     彼を失った苦しみを。
     私は忘れない。
     彼が残した痕跡のすべてを。

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

    立香リッカちゃん。今まで黙ってて、ゴメンね」
     冠位時間神殿の最奥で、ロマニ・アーキマン――魔術王ソロモンだった一人の人間は、大人に悪戯を見つけられてしまった少年のように笑った。
     指輪の返還の再現でソロモンが英霊の座から消滅したことにより、人間としての本体であるロマニの存在もまた、今にも無に帰されようとしていた。
     立香は目に溜まった涙を振り払うように首を左右に振った。伝えたいことは山ほどあるはずなのに、嗚咽で言葉にできない。
    「許してくれなんて言わない。ただ、これだけは言わせてほしい――ありがとう」
     ロマニは壊れ物を包むように立香を優しく抱き寄せると、擦り傷と土埃にまみれた額にそっと口づけをした。
    「さあ、行ってきなさい。これはキミとマシュが辿り着いた、ただ一つの旅の終わりだ」
     存在が無になろうとしている男の僅かな温もりを感じ、立香はまた涙腺が決壊しそうになる。しかし、これ以上泣いて彼を困らせてはいけないと、彼女は歯を食いしばり、暫し目を瞑る。これは永遠の別れではない。ドクターには絶対にまたいつか会える。その時まで、泣いちゃだめだ。そう言い聞かせて、自分に出来る最高の、ありったけの笑顔を作った。
    「はい――ドクター・ロマン――ロマニ・アーキマン! 藤丸立香、行ってきます!」
    「行ってらっしゃい、立香ちゃん」
     ロマニも負けじとくしゃくしゃの笑顔で応えた。

     ゲーティアの元へと向かう立香の背中を見届け――自身にも聞き取れないくらいの声でロマニは呟いた。
    「愛してるよ、立香ちゃん」
     その空気の僅かな振動は、誰の耳に届くこともないまま、声の主とともに世界から消滅した。

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

        ◇     ◇     ◇

     右も左も、前も後ろも分からない。
     少女は暗闇の中にいた。身に纏わりつくそれと、自分自身との境界がどこにあるのかさえ分からないほどの、完全な闇。怖くはなかった。むしろ、この闇と溶け合って一つになれたら、どんなに心地良いだろうと、少女はうっそり思った。
     ふと、どこからともなく甘い匂いが漂い始める。嗅いだことのあるような、ないような――花の香りのようだが、どこか人の手で甘やかに整えられた香りだった。
    「お香……?」
     香気の中に、覚えのある薫香――白檀の香が混じっていた。
    「誰か、いるの……?」
     暗闇の中、匂いがより強まる方へと少女は近づいてゆく。暗闇自体に恐怖は感じないものの、歩くとなると話は別だ。何しろ、自分が立っているという感覚も危ぶまれるくらいなのだ。一歩一歩慎重に踏みしめながら前に進む。長い時間をかけて、いよいよその芳香がこれ以上ないほどに立ち上る場所へと辿り着く。その瞬間、ぽすん、と柔らかい壁のようなものにぶつかった。
    「何だろう、これ……」
     壁をぺたぺたと触ってみる。少し温もりを感じる。それに、布地のような手触りと、しっとりした人肌のような――
    「やっと見つけましたぞ、リツカ立香。それとも、リッカ立香とお呼びした方がよろしいか、我が主?」
     少女の頭上から声が降ってきた。思わず手を引っ込め一歩飛び退く。男の、少し高めでよく通る声だった。彼女を知っているらしいが、当の本人はその声に聞き覚えがないようだった。
    「あなたは……誰?」
     何も見えないのを承知で、少女は声のする方を見上げた。
    「ンンン! 何たる、何たるゥ! えにし深き拙僧を、こうもあっさりお忘れになるとは。全く、むごいお方だ」
     男は舞台俳優のように朗々と、大袈裟な口調で嘆いた。そう言われても、こんな独特な喋り方の男を忘れる筈がなさそうなものだが、と少女は思った。“拙僧”というからには僧侶の類なのだろうが、少なくとも名前を呼び捨てで――“リッカ”と愛称で呼ばれるような親しい間柄にそのような人はいない。それに、聞き間違いでなければ彼は自分を“我が主”とも呼んだが、こちらはさらに心当たりがない。
    「ごめんなさい。もしここに明かりがあって、あなたの顔を少しでも見られれば、何か思い出せるかもしれないんだけど」
    「此処に灯せるあかりなどありはしませぬ。この闇は全てを――この全て・・というのには、勿論立香も含まれる訳ですが――無に打ち消す性質たちのモノなれば」
     男はさらりと怖いことを言ってのける。闇との境界の曖昧さをつい心地良いと感じてしまったのも、男の言うことと関係があるのだろうかと、少女は身体を震わせた。
    「そ、そうなんだ」
    「斯様な処からは疾く立ち去るに限りまする。ささ、拙僧に掴まるが宜しい」
     そう促され、少女がおずおずと両手を前に差し出すと、間髪入れず男の両手がそれを捕らえた。そのまま、ぐん、と男の胸元へと引き寄せられる。掴まれと言われたが、これでは捕まえられたも同然である。だが、不思議なことに少女の胸に警戒心や嫌悪感が起きることはなかった。
     少女の頭は、漆黒の中でもそうと分かるほど逞しくも広い胸板に押し付けられ、全身が彼と密着する状態になった。男の着衣からは、先ほど辿ってきた馨香がむせ返るほどに匂い立ち、嗅覚をこれでもかと刺激する。その女性的な――いや、母性的と言ってもいいかもしれない――香りに少女は妙な安心感を覚え、無意識のうちに深く息を吸い込んでいた。
    「この香りは、何の花?」
    はちすにございます」
    「……こんなに優しい香りがするんだね。知らなかった」
    「思わぬ横槍が入りましてな。いやはや、屈託なき善意というのは……ウオッホン。少々気分が優れませんでしたので、臭い消し・・・・も兼ねて急ぎ貴方を呼び寄せるために用いただけですが、お気に召していただけたならば恐悦至極」
     男の言うことは半分も分からなかったが、声の調子から彼が気を良くした様子は伺えた。
    「私ね、この香りが気になって、発生源を探してたらあなたを見つけたんだ。てっきり女の人かと思ったから、ビックリしちゃったけど……。って、気を悪くしたらごめんね」
    「ンンン! 気を悪くするも何も。これなる香は立香、貴方を象徴するものにて」
    「……私?」
     思いもよらぬ単語が飛び出し、少女の心に驚きとともに気恥ずかしさが湧き起こる。男は両手を少女のそれへと重ね合わせると、互いの指を絡ませ始めた。大柄な男とは感じていたが、手も人間とは思えないほど大きい。指も大型の猛禽類のように太く節榑立ち、少女の指の付け根は今にも悲鳴を上げそうになっている。
    「左様。泥中より生まれ出づる蓮の花、清濁併せ呑む立香にまこと相応しいかと」
     そのような大層な人間性を持ち合わせた覚えは少女には全くなかったが、男がおべっかを使っている様子もなかった。
    「買い被り過ぎな気もするけど、ありがとう。ところで、一つお願いがあるんだけど――」
    「はい?」
    「そろそろ、少し離れてくれないかな?」
    「何故です?」
    「なんでって……ここから出るんでしょ? これじゃ歩けないよ」
    徒歩かちなどと申した覚えはありませぬが」
    「え? じゃあどうやっ――」
     両手の拘束が外れ、男が少し距離をとったかと思いきや、ずぶりという鈍い音とともに少女の鳩尾のあたりに信じられないほどの激痛が走った。
    っ……っ!!」
    「おや、痛覚は健在でしたか。申し訳ありませぬ、当てが外れたようで」
     とても謝罪する者の言葉つきとは思えぬ、笑いを噛み殺したような声が降ってきた。
    「な、に……を……」
    「開いておりまする」
    「は……?」
    「ええ、ですから。立香、貴方の閉ざされし心を開いておりまする」
     男はそう言うと、少女の胸に突き立てた二つの何かを――彼女には何故かそれが男の素手であるという確信があった――左右に掻き分けた。
    「っ! ……ぐぅ……あああああ!!」
     肉の裂ける音、骨の砕ける音、内臓の破裂する音――今まで聞いたことのない悲鳴が自分の身体奥深くから発せられるのを聞きながら、少女は激痛に喘いだ。
    「ンンン! 斯様な好い声で啼かれては……拙僧、昂ってしまいまする。惜しむらくは、この闇の帷の中では苦痛に悶え歪むかんばせが拝めぬことか」
     呑気な男の声に、少女には死の恐怖を通り越して怒りが込み上げてきた。僅かに残った気力を振り絞って叫ぶ。
    「……こ……のっ……人殺し……変態!!」
    「ハハハハハ! これまた人聞きの悪い……まあ、否定はしませぬが」
     罵声は逆効果だったようで、男は心地良さげに嗤うばかりである。
    「そこは、否定して、よ……っ」
    「立香、落ち着きなされ。これで死ぬなら、貴方はとうに死んでおられる。今感じておられる痛みも、貴方が想像し作り上げただけのこと」
     確かに、本来なら会話もままならないほどの致命傷の筈だが、この不可思議な状況である。言われてみればそうかもしれない。だが、だからと言って冷静になれるものでもない。
    「そんなこと……言ったって……」
    「先ずは、身体を楽にしなされ」
     この苦痛のさなかに“楽に”とは、無茶苦茶を言う男だと少女は思った。だが、出来ないと返すのも癪だった。
    「……やって、みるよ」
     激痛で噛み締めていた歯を少し緩め、強張っていた肩の力をできる限り抜いてみる。
    「そう。そのまま、深く息を吸ってみなされ」
     少女は言われるがままに肺へ――肺があったところへと――深々と空気を流し込む。元型を留めていない筈の肺が、砕けた筈の肋骨を押し上げるのを感じた。深呼吸で余分に激痛が走るかと思いきや特に変化がなかったので、少しだけほっとする。
    「うむ、その調子ですぞ。息遣いだけに意識を集中させて、幾度も繰り返すのです」
     ゆっくりと肺の中の空気を外へ押し出す。肺の中を空気で満たす。押し出す。満たす。押し出す――。頭の中までも空っぽにして、吸い込んだ空気で満たすように――。
    「少しは楽になりましたかな」
     違和感だけは拭えないものの、気付けばあの悍ましいほどの痛みは消えていた。
    「うん……。全身麻酔なのに意識だけはっきりしたまま手術受けてる人みたいな感じで気持ち悪いけど。ねえ――あなたは少しも説明してくれないけど、これ・・には何か理由があって、私をここから脱出させるためにやってくれてる、って思っていいんだよね?」
    「仰せの通りにございまする。下手に説明すると、かえってそれが枷となる事もあります故、拙僧の独断で省略をば」
    「……最もらしいこと言ってるけど、私が苦しんでる所を見たかっただけでしょ」
    「ンンン! 流石は我が主、ご名答!」
    「……馬鹿にしてる? ほんと、あなたといい、酒呑といい、英霊剣豪って物騒な人ばっか――」
     自分で発した言葉のはずなのに、少女の頭の中に疑問符が浮かぶ。シュテン? エイレイケンゴウ? 何、それ――。
    「はあァ。全く、我が主はつれないお方だ。酒呑童子殿の名は思い出しても、拙僧の事はとんと思い出さぬとは」
    「ご、ごめん……。私もまだよく分かってなくて。取り敢えず、あなたとシュテンって人がエイレイケンゴウ? だって事は、思い出したみたい。シュテンって人がどんな人なのか、エイレイケンゴウが何なのかは分かんないけど」
    「……それは何も思い出しておられぬのと同じでは」
     男は小馬鹿にしたように大きな溜め息をついた。
    「まあいいでしょう。準備もできましたし、そろそろ行きましょうかね」
     嫌な予感がした。
    「――まさか」
     先ほどまで上から降り注いでいた声が、いつの間にか真正面から聞こえるようになっていた。
    「流石は我が主、記憶を失われても慧眼でいらっしゃる。そのまさかにございます。まァ、今更遅うございますが」
    「ちょっと待って! やだやだやだ――!!」
     静止もむなしく、男は少女の中へ――文字通り、彼がその手で裂き開いた胸の中へと――入った。
     身体の裏側で、上半身だけそこへ突っ込ませた男が、もぞもぞと何かを――それが何かなんて考えたくもなかったが――掻き分け進む感触が彼女の感覚を支配する。どんな仕掛けかは分からないが、背中を貫通している訳ではないので、奇妙な感じがする。痛みはないが、侵食されるような圧迫感に吐き気を催しそうになる。胸に突っ込まれた男の頭からは、長い髪がゆらゆらと触手のように蠢き少女の肩を腕を擽る。ぞわりと皮膚が粟立つ。
    「ね……ぇ、これ、本当に……必要……なの、ねえ!」
    「おや? まだ拙僧のことが信じられぬと? こんなにも忠節を尽くしているというのに、未だに信を置かれぬとは……」
     この状況で問い掛けたことを少女は後悔した。男の大きな声が身体の中で地響きのように反響したのだ。身体の芯からこそばゆくなるような感覚に、激痛とはまた違った意味で身悶えしたくなる。
    「信じてるよ……けど、これ、まだ……かかるの? 私……気がどうか、なりそう……」
    「気を遣りそう? 我が主も卦体けったいな、失礼、良い趣味をしていらっしゃる」
    「そんなこと……言って、ない!!」
     圧迫感がどんどん増してゆく。少女はこのまま男に内側から裏返しにされてしまうのではないかという気がしてきた。ああ、早く。早く終わって――
    「やっと見つけましたぞ」
    「何……を……」
    「貴方がうちに秘めたるこころにて。では後ほど」
    「えっ……?!」

     その言葉を合図に、男の下半身は吸い込まれるように少女の胸の中へと消えてゆき、彼女の意識はそこで途絶えた。

    〈以下続〉
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