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    Tonya

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    Tonya

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    「破竹の夢」
    APH 菊耀

    おいでおいでと白い手が招いている。青々としたさざ波に垣間見える色染めの裾が手招きするたびゆらゆらする。天上から光が燦々と差し込み、緑の葉が擦れてさらさら鳴る。
    私は嬉しくなって招かれた方へ駆け出す。あの人が隠れていた場所まで着いて、周囲を見回したが誰もいない。はてと首を傾げていると先の方でまたさらさら竹が鳴る。ずっと先の方でまたあの手が揺れている。細い手首が陽に透けてぼんやり輝いている。私はまた駆け出す。さっきよりも随分走って、もうよかろうと立ち止まったらまた竹林の奥から手招きするのが見えた。
    周囲には足跡のひとつもなく細長い葉ばかりが繁っている。翠緑を透かした向こうであの人がからから笑っているような気がして、気恥ずかしいと同時に悔しくなった。今度こそと私は湿った土を蹴る。息が切れるまで行っても着いた所はやはり伽藍としている。奥の方では相変わらず白い手がゆらゆらしている。
     何度も駆け出し、立ち止まっては失望するのを繰り返した。私の狭い歩幅ではあまりに遅々として追いつけない。自分の小さな体躯が嫌になった。まっすぐ延びた竹さえ羨みながら、諦めることはできずにまた走る。
     そのうち日が傾きはじめる。瑞々しい透光はなりを潜め、斜陽が鋭く降ってくる。額を流れる汗を冷やしてくれる風も止んだ。もういちいち立ち止まることさえやめて、私はひたすら走り続ける。細長い陰から招く手の、甲に伝う薄青い筋から爪の輪郭まではっきり見えるのにそれでもまだ遠い。遠い遠いと焦るたび、うるさい呼吸の合間に葉擦れの音がさらさら誘う。
    太陽がいよいよ傾き、世界が色を失うごとに私の背丈は伸びていった。成長はあの人よりも少し低いくらいで止まった。随分伸びたと思ったが、それでもまだ追いつかない。視界を遮る影が鬱陶しくなり、私は刀を振り回して八方の竹を片っ端から切り落としていく。一閃するたび黒い半身が耳障りな音を立てて倒れ、啜り泣きに似た余韻を残して土に横たわる。
     もうすぐのところまで来た。しかしまだ届かない。斬っても斬っても無数の影があの人の姿を覆い隠す。こんな場所はいっそすべて燃やしてしまおうと思った。あの手を掴めるのなら何だっていい。私は躊躇なく火を放った。
     夕焼けよりなお盛んな炎が周囲を焼き尽くしていく。火に巻かれた竹が断末魔を上げて爆ぜる。熱気にむせ返りそうになりながら、私は昼間のごとく明るい中を歩いた。
     一本だけ残った後ろから覗くあの人の手もまた煌々と照らされていた。やっと追いついた。喜びに逸る胸を抑えながら竹を切り捨て、その手を掴んだ。
     象牙紅の袖と白絹の手。その先は黒炭に塗り潰され空間に溶けている。私は宙に浮いた手首を握っていた。あっと声を上げる間もなく肉の感触が失せて土塊に変わり、ぼろぼろと崩れた。いつの間にか背後の炎も止んでいる。私はただ一人、とこしえに広がる夜の闇に立ち竦んでいた。
     私を導いてくれる調べはもう聴こえない。すべてこの手で切り捨て、焼き落としてしまった。その自覚が芽生えた瞬間、破竹のような悲鳴が頭蓋を突き破らんばかりに反響した。
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