祭りの前に ハロウィン当日の夕方、自室にて仕事を終えたトーマスはサラから手渡された紙袋を開けた。
「中は黒いマントと……これはつけ耳か?」
いつも使ってるものよりも丈の短い黒いマントと、市販のパーティーグッズだろうとがったつけ耳……仮装するのは狼男だろうか?
他にメモも入っており、それにはサラの字で衣装についての説明書きと、ありがとう! のひとことが書かれていた。
「お礼なんて、そこまで気を遣わなくていいのにな」
それはひと月前のこと、サラは終業後に一枚のチラシをおずおずとトーマスに見せてきた。
「あのね、この日の夕方のイベントにトムと一緒に行きたいんだけど……」
ピドナでハロウィン・ナイトが開催されると書かれたチラシを読んだトーマスは大きく頷く。
「いいんじゃないか? 俺は構わないよ」
快く返事したものも、なぜか彼女は難しい顔をしていた。
「だけど、これ……仮装することが条件なんだけど、大丈夫? トムはそういうことするの久しぶりでしょ?」
シノンでのハロウィンは収穫祭と同じ日に行い、子供の行事とされていた。サラよりも六つ年上のトーマスは約十年ぶりの仮装になる。
「まぁ、確かにこういうのは久しぶりだが、その土地に慣れるには習慣に従うのが筋だろ? 気にしてないよ。それよりも仮装はどうするんだ?」
「実はこのイベントを教えてくれたのはミューズ様なの。だから一緒に作らないかって誘われてるんだけど……トムのも作っていい?」
遠慮がちに上目遣いで聞いてきた彼女にトーマスはにっこりと微笑んだ。
「楽しみにしてるよ」
――そう返事をして喜んだサラの顔を思い出したトーマスは小さく笑った後、メモを閉じて彼女が用意してくれた衣装に着替えることにした。
着替えを終えてサラを待っていると、コンコンとドアをノックする音がして、どうぞとトーマスは返事をした。
「トム、準備できた?」
大きなとんがり帽子を被ったサラがひょっこりと顔を出す。
「あぁ、できたよ。サラは魔女の仮装かな?」
「ふふ、そうよ! 魔女っ子サラよ! ハッピー☆ハロウィーーン ……えへへ、なんちゃってね」
部屋に入ると同時にサラは杖を振り上げ決めポーズまで決めておどけたが、相手はぽかんと口を半開きして呆気に取られていた。
帽子から下のサラの格好は、リボンタイで袖が広がった黒のブラウスと腰までの丈の同色のマントに、カボチャを思わせるようなオレンジのバルーンスカート、そしてピンストライプのタイツにブーツという装いだった。
しかし彼の見せた反応に、嬉しい言葉をかけてくれると期待していたサラの気持ちがすぼみ、後から恥ずかしさでかあっと彼女の顔が赤くなる。
「……着替えてきます」
踵を返して部屋を出ていこうとした時、トーマスがハッと我に返り――
「え、ちょっとサラ、待っ……」
慌てた彼は咄嗟にサラの手首を握り、逃さないよう相手の進路を断つためにドアに手を置いた。
ドアに押し当てられたサラは身をすくませ、杖を取り落とす。
目を見開き少し怯えたような表情の彼女に、トーマスはひどく後悔した。
「悪い…ただ引き留めようとしただけなんだ、すまない」
「うぅん。こっちこそ話を聞かず出ていこうとしてごめんなさい」
掴んでいた手を離して謝ると、強張っていたサラの頬が緩んだ。
二人とも少し落ち着いたところで、トーマスは一つ咳払いをして話し出す。
「まず、今のサラの格好は似合ってるし充分可愛いから、それは心配しないでくれ」
自信持って大丈夫だとも言われて、サラは戸惑いながらも頷く。
「ただ……サラが部屋に入ってきた時に何か術をかけられたような、ビリっとしたものが背中を走ってな」
「え⁉ でも私、術なんて一個も使えないし、棍棒の技だって何も……あ、もしかして杖?」
「杖ってこれのことか?」
トーマスは足元に落ちていたサラの杖を拾い、あれ?と訝しむ。
「サラ、この杖ってもしかして…ルーンの杖か?」
「最初は棍棒に飾り付けしようと思ったんだけど手に入らなくて、手持ちにあったルーンの杖を使ったんだけど……ダメだった?」
キラキラと派手な飾り付けをされたルーンの杖を触って見てトーマスは、眉根を寄せた。
「これは……杖が混乱したかもな」
「こんらん…? え、杖が?」
なんで? と頭の上にたくさんのハテナマークが浮かぶサラに、トーマスは説明をする。
「まず、特殊な力を秘めた武器や防具は作った者の想いや使用者の念が宿りやすいんだ。だから扱いが難しいものも多くある。」
ここまでわかるか? と聞くと、なんとなくは…と彼女は答えた。
「そしてそういった物は意図と違う行動を使用者がした時、予想外なことが起きやすいんだよ」
「なるほど! じゃあルーンの杖もそれで……ごめんなさい、私のせいね」
説明に納得してサラは笑顔になったものの、過ちに気づいてすぐにしゅんとしてしまった。
「まぁ外に出る前に気づいて良かったよ、とりあえずこれは置いていこう」
帰ってきたら飾りを取ってあげればいいからと、サラに返すと彼女は杖にごめんなさいと謝り、手近にあった机の上に置いて部屋を出た。
二人並んで廊下を歩いていると、サラが、あ! と声を出した。
「そういえばトム、体は大丈夫なの?」
「ん? 特になんともないけども…どうしてだい?」
「だって私が杖で攻撃したようなものでしょ? ケガさせたかもしれないし!」
心配なのよ! とそう言ってサラは些細なことでも見逃さないよう、慎重に彼の周りをぐるっと回って確認する。
「そんなことしなくても平気だって」
トーマスは苦笑して、また一周しようとした彼女の両手を掴み、動きを止めた。
「じゃあ、さっき様子がおかしかったのは、どうして?」
「それはだな……」
トーマスは少しむくれた顔をしたサラから視線を外した。
「……魅了されたんだ」
「…ん? え、魅了ってあの、フェロモン受けたときにぽわぽわ〜ってなる、あれのこと?」
サラは目をパチパチさせて聞くと、あぁとトーマスは頷く。彼の目元に少し照れが見えて、つられてサラも頬をポッと赤くした。
「そ、そうなの……なんか、ごめんね」
そのまま照れて黙り込んでしまった二人の後ろからウォッホンと大きな咳払いがして、振り返るとベント家の執事がしかめ面をして立っていた。
「いつまで廊下の真ん中で突っ立っておられるのですか? 祭りに参加しないお積もりで?」
すみません、ごめんなさいと謝る二人に近づいた執事は、ふんと鼻息を鳴らす。
「まったく! 二人の世界に入るのは勝手ですが、ご自分たちが候している身のことは忘れないでいただきたいですな」
そう言って通り過ぎた執事の背中をぽかんとした顔で見送った後、トーマスとサラは顔を見合わせて吹き出した。
「執事さんの言うとおりだな、行こうかサラ」
「そうね、時間に遅れちゃうものね」
やっと二人は夜のピドナに繰り出したのであった。