たわむれ「ごちそうさまでした!」
ラズベリーのカップケーキの最後の一口を食べたサラは、頬に手を当てて幸せそうにほぉ…とため息をつく。
「せっかくトムが買ってきてくれたのに、もっと味わって食べれば良かったわ」
先ほど途中まで急いで食べてしまったことを、サラは少し悔やんでいた。それを聞いたトーマスは、自分のケーキを食べようとしたが手を止め、あることを思いつき口角を上げた。
「俺のを半分食べるか?」
「え! 大丈夫よ、トム。私、そんなつもりで言ったんじゃなくて…」
わがままに聞こえてしまったかとサラは慌てて訂正する。だが、トーマスは笑って首を横に振った。
「いいよ、俺は半分で。これはサラが喜ぶだろうと思って、買ってきたものだしさ」
遠慮しないでいいからとまで言われてしまい、サラは彼の厚意を受け取ることにした。
「わかったわ。じゃあ、お言葉に甘えて…」
おずおずとサラは小皿を彼の前に出すが、いくら待ってもケーキは皿に乗らない。
「あの、トム…?」
空っぽの皿からトーマスへとサラは視線を移すと、彼はサラの前にフォークで刺したケーキを笑顔で差し出した。
「はい。どうぞ、サラ」
「え? ……えっ」
ケーキと彼の顔を交互に見て、サラは目を白黒させる。これって、つまりは――
(この状態でケーキを食べるってこと??)
いつも品行方正な彼が、まさかそんな行儀の悪いことをするとは思えず、サラは恐る恐る聞く。
「あの……これは、このまま食べないといけないのかな?」
「そうだけど、なにか?」
なにか問題があるとでも? という態度で、トーマスはさっきよりもにっこりと微笑む。
彼の返答にサラは口をぽかんと開けた。
「えぇっと……」
(トムはいったい何を考えているの)
らしくない行動にサラは戸惑いを隠せない。
(だってこれ、お口を開けてあーん♪ ってやつでしょ それに フォークはトムのだから、間接キスにもなっちゃう)
付き合い始めてそれなりに恋人らしい行動も重ねてきたが、こういった戯れに彼女はいまだ慣れずにいた。答えはひとつ。目の前のケーキをパクリと食べるだけなのだが、羞恥心ですぐに行動に移せず、顔にかぁっと熱が集まる。ケーキは食べたい、でもとても恥ずかしいとサラが葛藤して悩んでいると……
――かわいいなぁ…
この状況に、目の前にいる恋人は目を細めて彼女を眺めていた。出張から帰ってきたばかりの彼が一番やりたかったこと、それはサラと一緒に過ごすティータイムである。トーマスの至福の時間であり、例え今の態勢で腕が少し痺れようとも、まったく厭わなかった。ころころと表情が変わって飽きないなと、トーマスはフフッと小さな笑い声を漏らすと、サラは頬を膨らませた。
「もう! トムったら、私のことからかって楽しんでるんでしょ?」
「さぁ? それはどうだろうな」
笑顔を崩さず否定も肯定でもない返事をすると、ムッとしたサラは席を立つ。
「トムのイジワル…! 食・べ・ま・す・よ!」
意地になり大声で宣言したサラは、フォークを握る彼の手を掴んで固定し、大きく口を開けてケーキを食べた。よく噛んで飲み込んだ後、手を離してソファーにすとんと座り、下を向いた。
一連の彼女の行動に目を瞬かせたトーマスは、表情が見えなくなった彼女が気になり、覗き込むように窺う。
「……で、どうだった?」
「美味しい…おいしいんだけど…」
「だけど?」
ぽつりと溢した返答をトーマスに聞き返されたサラは、わなわなと肩を震わせ、勢いよく顔を上げた。
「恥ずかしくって、味が全然わからないわ」
彼女は耳まで真っ赤にして、そう叫んだのだった……
――翌日、二人はまた同じ店に出向き、改めてラズベリーのカップケーキを買うことになったのでした☆