sweet dreams ピドナに来て初めての年末…トーマスカンパニーの仕事納めをして、居候しているベント家で、トーマスとサラはパーティーを楽しんだ。
そんな忙しい一日を終えて、パーティーの後片付けをしている時のこと――
「片付けまで手伝ってもらってありがとう、トーマス君」
「いえ、ここに置かせてもらっている身として、当然のことをしたまでです」
食器の片付けから大テーブルの拭き掃除までこなし一段落ついて、トーマスと彼のハトコはお互いを労う。
「できれば彼女にも感謝の意を伝えたかったのだが、今は夢の中みたいだね」
サラは途中まで彼らと一緒に片付けの手伝いをしていたが、少しソファーで休むと座ったきり、彼女は眠ってしまった。
トーマスはサラを起こそうとソファーに近づき体を屈め、彼女の肩に触れる。
「サラ、起きるんだ。片付けは終わったぞ?」
何度か肩を揺らすも深く寝入っているのか、彼女が目を覚ます気配はなかった。
「そのままにしてあげなさい。朝から動いて疲れているのだろう」
わかりましたと頷いたトーマスは、肩から手を引いて姿勢を戻した。
「しかしまぁ、彼女はよく頑張っているよ。初めて来た地で、故郷とは習慣が違う我が家に馴染むのは大変だったろう」
「そうですね。俺の仕事にもよく手伝ってくれましたし、サラからしたらこの一年はとても忙しないものだったでしょうね」
うんうんとハトコは深く頷いて、笑った。
だがサラをこのままにしておけず、今度はソファーの前でトーマスは膝をつく。
「俺、彼女を部屋へ連れていきますね。風邪を引いたら困りますし」
そう言って彼は起こさないように、サラの体をそっと持ち上げる。
「そのほうがいいだろうね。よろしく頼むよ」
彼の代わりにハトコが広間のドアを開けると、トーマスは彼女を抱き上げたまま、彼に小さく頭を下げた。
「では失礼いたします」
「君もきちんと体を休めるんだよ」
はいと頷いたトーマスはハトコに就寝の挨拶をした後、ゆっくりとした足取りでサラの部屋に向かった。
サラを彼女が使っている部屋まで運んだトーマスは、ドアを開ける前に態勢をかえる。少しだけ背を後ろに反り、サラの頭を自分の左胸に預け、彼女の上半身を支えた。その状態で足を持ち上げてた右腕をゆっくりと下ろして、空いた手でドアノブを回す。ドアを開け、また彼女を支えようと腕を動かすと、サラがもぞもぞと動きだして目を覚ました。
「あれぇ? トムぅ?」
どうしてここに? とでも言うように腕の中から彼女はトロンとした目で、彼を見上げた。
「あぁ、悪いな。起こしてしまったか」
立てるか? とトーマスが聞くと、サラはコクリと頷いたので、彼は彼女を解放して立たせてあげる。しかし彼女は足元がふらつき、倒れる前に彼は後ろからサラの肩を掴んで支えた。
「起きたばかりで、足に力が入らないだろう ベッドまで手伝うよ」
「うん…ありがとう、トム…」
サラは顔をトーマスに向けて、ヘラっと笑った。
部屋の入口からベッドまでたいした距離はない。だけど二人はゆっくりと歩き、辿り着くと彼女はベッドに入った。素直にベッドに潜る彼女を見て、これでひと安心だと彼はホッと息をつく。
「疲れているだろ? ゆっくり寝るといい」
おやすみと優しく声をかけて離れようとすると、くいっと服の裾を掴まれた。
「ん? どうした?」
何か忘れたことでもあったか? と聞こうとしてトーマスは彼女に近づくと、サラはふにゃっとした柔らかい笑顔を見せた。
「最後にお礼をしたくて……」
そう言ったかと思うと、サラはトーマスに顔を近づけて……頬にちゅっとキスをした。
「今日はありがとう。とても楽しかったわ」
それから彼女はふわぁと一つ欠伸をし、おやすみなさいと言い残して布団を被り寝てしまった。
だがしかしトーマスは目が点になり、そこから一歩も動けなくなった。
「……え?」
状況を把握する頃にはもう、彼の顔に熱が集まっていた。理由を聞こうにも、彼女はすでに夢の中。すやすやと眠る彼女を起こすのも忍びなく、さらに言えば彼女の部屋に長く留まることは、屋敷の人たちに変な誤解を与えかねない……
そこまで考えたトーマスは、もんもんとした気持ちを抱えて部屋を出て、自室のベッドに入っても、なかなか寝付けなかったのでした。
そして翌朝、普段と変わらない様子でトーマスは部屋を出て、食堂へと向かう。少し寝不足ではあるが、この程度ならそう問題ない――そんなことを考えて廊下を歩いていると、サラが部屋から出てきた。
「おはよう、トム!」
彼女はとても元気よくトーマスに声をかけた。
「おはよう、サラ。今日はとても機嫌がいいみたいだな?」
「えへへ…やっぱりわかっちゃう? 実は昨日ね、夢を見て……」
サラが見た夢――それはおとぎ話のような世界で、彼女は王子様に出会った。
「素敵な場所に行って、ダンスしたり…」
トーマスは微笑ましく思いながら話を聞く。どうやら彼女は夢の中でも、楽しんでいたようだ。
「それでね、彼に部屋まで送ってもらっちゃってね…とても幸せな気分だったのよ!」
少し赤くなった頬に片手を添え、うふふと笑うサラの横で、トーマスは、あれ? と頭に疑問符を浮かべる。
(もしやサラは昨夜の出来事に対して、全く覚えていないどころか、夢だと思っているのか)
確かに今朝の彼女の様子に、トーマスは違和感を覚えていた。あんなことをしたのなら、いつもの彼女なら恥ずかしさで顔を合わそうとしないはずだ。なのに現実は、そんな素振りもなく、彼女は幸せそうに昨夜の夢を語った……つまり昨夜のサラの行動は、現実と夢が混じったゆえの寝ぼけた行動である――
(理由がわかって良かったが、何かこう…釈然としないな……)
ここまで一気に考えを巡らせたトーマスは愕然としていると、横にいるサラは不思議そうな顔をして彼を見ていた。
「ねぇ、トム。難しい顔をして大丈夫? 食堂に入らないの?」
どうやら彼は考えに没頭するあまり、食堂に入る手前で足を止めてしまったようだ。
「あ、悪い…実は仕事のことで悩んでいて…」
咄嗟についた嘘にサラは一瞬だけキョトンとし、眉を下げて苦笑した。
「トムって本当に真面目ね〜。今年の仕事は、昨日でキリのいいところで締めたのだから、今日は考えなくてもいいのに」
「そういえば、そうだったよな…つい、いつもの癖で…」
やってしまったなと彼は少し大げさに言って、頭の後ろを掻く。
「もう〜…トムったら、働きすぎよ! 仕事始めの日まで、ひとまず忘れましょ!」
「そうだな…今日は好きなことでもして、リフレッシュした方がいいかもな」
それがいいわね! とサラは腰に手を置き大きく頷く。しかし、まさか彼の悩みの原因が自分であると、彼女は全く思っていないだろう。
トーマスは小さくため息をしてから、昨日キスされた方の頬を少し残念そうに指で掻いた。
「なぁ、サラ。今日は俺に付き合ってくれるか?」
彼からの誘いにサラは満面の笑みで答えた。
「もちろん、いいわ」
今日の予定を朝食の席で決めようと、二人は喋りながら食堂へ入ったのでした。