ハロウィン・ナイトで待ち合わせ 一ヶ月前のこと、ハロウィン開催の文字が踊るチラシが新聞に挟まれ、街では祭りに向けての準備も始まっていた。
「ダメだな……今年は、どうしても仕事終わりとイベントが始まる時間が被る」
トーマスは手帳でスケジュールを確認をし、小さくため息をつく。
「会合相手がフルブライトさんだものね。さすがに違う日にしてとは、お願いできないわね」
残念ね、とサラは眉毛を下げて笑った。
昨年初めて仮装して楽しんだ二人だったが、今年は長い時間の参加ができそうにない。
「悪いがサラ、当日は先に行って待っていてくれるか? 少し遅れるが、必ず行くからさ」
「わかったわ。じゃあ、受付入ってすぐの待ち合わせ場所で待ってるわね」
そんな二人の会話があって一ヶ月後の当日――
会合を急ぎで終わらせたトーマスは、小走りで居候先のベント家に戻り、手早く準備を進める。
「まったくフルブライトさんは、気を抜くと話を引き延ばそうとするんだから、困ったものだ」
ワードローブから今日のイベント用の衣装を取り出す。襟から胸まであるひらひらしたひだ飾りがついたシャツに、赤黒い生地で銀色の刺繍が入ったベスト、上着と色味が合う黒いスラックスに履き替える。そして最後に闇夜のように黒いロングコート……を羽織る前に、ワードローブについてる大鏡を見て、自身の髪型の不格好さに気づいた。
「そうだった、髪もどうにかしなければ」
整髪料を手に取り、かきあげた前髪を撫でつけ、髪型をオールバックにした。
「これでよし。少しはヴァンパイアっぽく見えるといいが……」
コートを羽織って鏡の前で再度見直し、大丈夫だなと彼は頷く。そんなことをしていると、時計がボーン…と時間を告げた。
「急がないと、サラが待ってる」
トーマスは、前もって彼女から受け取っていた小さなランタンを手にして、屋敷を出た。
日が暮れたピドナの街を、ランタンの灯りだけを頼りにイベント会場へと向かう。彼は大股で歩きながら、先に待っているサラのことを考えた。
(確かサラは、今年は黒ネコの仮装をすると言っていたな…)
今年の仮装は自分たちで衣装を決めて、当日にお披露目しようと二人は約束をしていた。ただし、待ち合わせでわからなくなるといけないので、仮装するキャラクターは事前に教えあっていた。
サラは黒ネコ、トーマスはヴァンパイアである。
(黒ネコか……)
ネコ耳と肉球グローブをつけたサラがにゃお! と鳴く姿を想像して、彼は思わず頬が緩む。服装までは思い浮かばなかったが、可愛いことには間違いはない。そんな楽しみを密かに胸に抱き、トーマスは会場へと急いだ。
トーマスは会場に着いて受付を済まし、持ってきたランタンを預けて、代わりにバスケットを受け取った。仮装した人たちが行き交う中、トーマスは彼女を探す。今年も会場には様々な格好をした参加者が集まり、ここだけ異世界に入り込んだかのようであった。
「これだけ参加者が多いと、探すのもひと苦労だな。……あそこにいるのが、そうか?」
受付入ってすぐの広場で、複数のカボチャ型のランタンが飾られている枯木のような大きなツリーがあった。その近くで、サラに似た背格好の女性を見つけたトーマスは、彼女に声をかけた。
「サラ!」
彼の声に気づいたサラは手を振って応える。
「トム〜こっちー!」
トーマスが近づくと、ほの暗さでわからなかったサラの格好がランタンの灯りであらわになった。まず目に入ったのは、いつものリボンを外した髪にネコ耳のカチューシャ、肩には暖かそうなファーボレロを羽織り、ワンピースのスカート部分はふわふわのチュチュ……これらは全て黒で統一されて、首にある赤くて大きなリボン結びのチョーカーを、際立たせていた。キュートな黒猫姿の彼女に見惚れたトーマスは、思考が一瞬だけ飛ぶ。サラがニコニコしながらどうしたの? と聞いてきて、彼はハッと我に返った。そして持っていたバスケットを腕にかけたまま、トーマスは両手で彼女の両肩をしっかりと掴んだ。
「大丈夫だったか? その可愛い格好で、誰かに話かけられたりしなかったか?」
彼女の仮装を褒める前に、心配が勝ってしまった。真剣な顔をして聞いてくる彼に、サラは目をパチパチとさせながら答えた。
「え? えぇっと、そうね……さっきまでミューズ様と一緒にお喋りをしてたわ」
旧市街地に住まう令嬢とその従者、そして孤児たちの今年の仮装は、親子おばけがテーマでとても可愛かったわとサラは笑顔で語る。
「そうか…良かった…」
それを聞いたトーマスは脱力して、彼女の肩に置いた手を下ろし、ホッとため息をつく。安心した様子の彼にサラはくすりと笑い、彼女はスカートの裾を摘んで、その場でくるりと回ってみせた。
「どう? 可愛い?」
「もちろん。サラによく似合っているよ」
「ありがと、トムもステキよ。ヴァンパイアと言っていたから、どんな格好なのか楽しみにしてたの」
どうやら彼女も自分と同じことを考えてたとわかり、トーマスは目元が優しくなる。
「そろそろ行こうか。遅れた分、時間が惜しい」
手をどうぞとトーマスが差し出すと、はにかみながらサラは彼の手を取った。
「そうね。楽しみましょ!」
手を繋いで会場を回る二人の話は止まらない。
「実は俺も、サラが今日どんな格好するか楽しみにしてたよ」
「ホント? ねぇ、どんなの想像してたの?」
「う〜ん……はっきりとしたイメージじゃないけど、着ぐるみに近いもの、だったな。サラはどんな想像したんだい?」
「そうか着ぐるみかぁ。私はねー……」
そういった会話に花を咲かせ、二人はピドナ二年目のハロウィン・ナイトを心ゆくまで楽しんだのでした。