ハロウィン・ナイト in ピドナ まだ日が完全に沈んでない時分、外に出てすぐにサラは小さいランタンを二つ取り出し、火を付けた。
「仮装してもランタンを持ってないと参加ができないんですって」
先に火を付けたランタンを手渡されて、トーマスはなるほど頷いた。
「これで参加者を判別するのか」
「そうみたい。さぁ準備ができたわ!」
もう一つのランタンにも火が灯り、二人は広場に向けて歩きだした。
「夜のピドナなんて出かけたことないから楽しみね!」
「そうだな。こっちに来てからは明るいうちにしか活動してないもんなぁ」
足を進めるうちに、最初は自分たちだけだったランタンの灯りが次第に集まってくる。広場に着く頃には灯りの道ができあがっていた。参加者たちはみんな思い思いの仮装をしていて、そこかしこに楽しそうな声が聞こえて賑やかだ。
広場の前で列をなしている集団を見つけ、二人もそれに加わる。集団の先ではイベントの受付が行われていた。
「どうやらランタンと引き換えにバスケットを受け取るみたいだな」
列の後ろからトーマスは遠目で確認をした。
「じゃあこれがチケットの代わりになるのね」
そう言ってサラはランタンを揺らすと、中の火がちらちらと動いた。
順番を待ち、受付でバスケットを受け取り広場に入ると、たくさんの仮装した人たちで広場は溢れかえっていた。
「わー……すごい、いつものピドナじゃないみたいね」
「この広場だけ別の世界にいるみたいだな」
異様な景色なのだが不思議とわくわくする高揚感にサラは耐えきれなかった。
「行こう、トム! 楽しまなきゃもったいないよ」
「だな。どこから行こうか?」
「あっちの美味しそうなとこから行きたい!」
目を光らせたサラが指差した方向には、トリック・オア・トリートの合言葉でお菓子を貰う人たちがいた。
実にサラらしい選択が微笑ましく、思わずトーマスはフフッと笑う。
「よし! じゃあ、バスケットがいっぱいになるまでお菓子を貰いに行こうか」
「おーー!」
二人は拳を振り上げて意気込み、甘い匂いがする方へと向かったのでした。
「はぁ〜…夢みたいな場所だったね」
あれから数分後――サラとトーマスは重たくなったバスケットを片手に提げて、お菓子エリアを後にした。
「はは、確かにピドナで有名なお菓子専門店が勢ぞろいしていたもんなぁ」
「すごかったもんねぇ、どのお店もハロウィン限定スイーツが気合入ってたし」
「サラはどれにするか真剣に選んでいたっけな」
「だってどこのお店もすっごく美味しそうなんだよ? でも、やっぱりこれが一番ね!」
サラはバスケットの中をかき分けて紙袋を取り出す。そして鼻を近づけて匂いをかいだ。
「ん~~美味しそうな匂い! このパンプキンパイ、明日のおやつに食べようね!」
キラキラの笑顔でそう断言したサラにトーマスはそうだなと笑った。
「さて、次はどうする?」
「そうねぇ……」
紙袋をバスケットにしまい込んで考えていると、どこからか軽快な音楽が聞こえてきた。
「楽しそうな曲だな、この先で何かやっているのか?」
「もしかしたら、ショーでもやっているのかも?」
行ってみよう! と音楽に誘われて足を向けた時だった――誰かが背後からサラの肩をトントンと叩いた。
「え?」
誰かに話しかけられたと思いサラが振り向くと、白く大きいオバケがもぞもぞと体を動かしていた。そして……
『ばぁーーーー‼』
「きゃーーーー‼」
いきなり脅かされ、オバケが苦手な彼女は思わずトーマスに抱きつく。
「オバケ……だよな?大丈夫だ、サラ。これは仮装のひとつだから」
トーマスは努めて冷静に言うが、オバケの体の中の不気味な動きに若干引きつった顔をした。
しかしオバケは驚かしてきただけで、それ以降はゆらゆらと動くばかり。二人は声をかけず様子を見ているとオバケの中からぼそぼそと人の声が聞こえてきた。
「ダメだ、ゴン。脅かすようなことはするな」
「えー? だってサラねーちゃん、おれたちの仮装知ってるはずだよー?」
「そうかもしれませんが、いきなり驚かすのはダメよ、ゴン」
聞き覚えある声にトーマスはピンときた。
「もしや……ミューズ様にシャールさん、ですか?」
探りを入れるようにして彼が聞くと、オバケの体の一部がめくれて令嬢が顔を見せる。
「うふふ、そうですわ。ごめんなさい、サラ様。驚かしてしまって…」
大丈夫ですか? と令嬢が聞くと、サラはホッとした表情を見せてトーマスから体を離した。
「ミューズ様たちで良かった〜、びっくりしました」
「しかし、随分大きいオバケになりましたね……」
トーマスは自分よりも背の高いオバケを見上げてそう言うと、今度はシャールが姿を見せて種明かしをする。
「凝った作りにはなっていない、ただ大きい布の下でそれぞれ好きに動いているだけだ」
背が高い理由はちびっ子を肩車をしてると知り、トーマスはなるほどと頷いた。
「驚かせて悪かった。ほら、ゴン謝るんだ」
シャールに促されて顔を出したゴンは頭を下げる。
「ごめんなさい、サラねーちゃん」
「大丈夫よ、正体がわかったから。でも知らなかったわ、オバケの仮装だったなんて…」
「あれ? サラはミューズ様と一緒に作ってたんじゃないのか?」
「そういえばお互い衣装作りのアドバイスはしましたが、何を作ってるかは当日まで秘密にしてましたわね」
ミューズは改めてトーマスとサラを見てにっこりと微笑む。
「お二人とも、揃いの黒マントをお召になってとてもお似合いですわ」
ゴンを含めて他の子どもたちも顔を出して、似合うー! かわいいー! と口々に二人を褒めた。
「そんなに褒められちゃうと……」
「なんだかとても照れてしまうな」
「サラねーちゃん、がんばって作ってたもんなー! おれ知ってるよ、そういうのがラ…ぶぁ」
ミューズはゴンの台詞を最後まで言わせないように、両手で彼の口を優しく覆った。
「さて、そろそろ帰りましょうか。子供たちも疲れたでしょうし」
令嬢は後ろにいたシャールに目で合図すると、彼は頷き白く大きな布をバサリと叩いた。
シャールが子供らを再び布の下に集めている間、令嬢はトーマスとサラに挨拶を済ます。
「お引き止めしてしまってごめんなさいね。サラ様、また今度お茶にいらしてね」
「あ、はい。またお伺いします!」
ぺこりとお辞儀をしたミューズは布の下に入り、大きなオバケは二人の前から去っていった。
「俺たちも音楽が鳴り止まないうちに行こうか」
「そうね」
ミューズ様御一行に手を振って見送ったトーマスとサラは、今度こそ楽しい音楽が聞こえる方へと歩きだす。
「そういえばサラ…」
向かう途中、トーマスがサラに何かを話そうとしたが…
「ねぇトム! あそこじゃない? みんなが集まってるところ!」
音楽の出どころを見つけたサラの声によって遮られた。
彼女が指差す方向を見ると、陽気な音楽を囲むように人集りができていた。
「確かにあそこから聞こえるな」
「だいぶ賑わってるわね。拍手してる人もいるけど、何かやっているのかな?」
近くで見たくてうずうずしたサラは、とうとう走り出してしまった。
「あ、ちょっと! まったく……仕方がないなぁ」
早くー! と呼びかける彼女に追いつくように、トーマスも足を速めたのだった。
――あれからだいぶ時間が経ち、ランタンと重たくなったバスケットを腕にぶら下げて、二人は帰路につく。
「今日は、ありがとね。付き合ってくれて」
「いいや、こちらこそ。楽しい夜だったよ」
「ほんと楽しかったね! さっきのも面白かったよねー! カボチャの被り物をした五人組が縦に並んで回っているの!」
「あーあれなぁ…シュールでちょっと怖くもあったけどな」
旅芸人の一座による音楽に合わせたパフォーマンスを、二人は手を叩いて楽しんだのだ。
「仮想して、いつもよく知ってる場所が全然知らない雰囲気で……なんだかまだふわふわした気分だわ」
サラの言葉にトーマスはうんうんと頷いて聞く。
「不思議だよなぁ。今日は昼に仕事もあったのに、疲れが吹っ飛んでしまったものな」
「ふふ、それは良かったわね。来年も参加できるといいなーなんて」
「いいなぁ、それ。来年は俺も一緒に考えるよ」
早くも来年の予定が決まり、サラは驚いてトーマスを見る。
「え? 一緒に考えるって、もしかして仮装のこと?」
「ゴンの話を聞いて、やっぱり作るの大変だったろうなって思ってさ…」
さっきお礼を言おうとして言いそびれてしまったんだと、トーマスは笑う。
「うぅん、そんなお礼なんて! 私が好きで作ったんだし、気にしないでよ」
「今年はサラが頑張ったんだから、来年は俺も手伝うよ」
どうやらトーマスはこのイベントがだいぶお気に召したらしい。やる気になってる彼にサラはフフッと笑う。
「じゃあ…今度はお互いの仮装を選んでみるのは、どう?」
「面白そうだな。よし、来年はそれにしよう」
二人はそんな談笑をしながら、はとこの家にたどり着いたのでした。