初めての感情「カタリナ様、目線を上げて! 背筋はしゃんと!」
「はい~~っ」
ダンス講師の指導に、カタリナが目を回しながら必死に言われた通りに従う。
その様を同じく指導を受けているキースは、ハラハラと見つめていた。
物覚えのいいキースに比べ、どうにもカタリナは貴族らしい教養が苦手なようで、テーブルマナーやダンスといった嗜みに苦戦していた。
必然授業時間も大半がカタリナに割かれることになり、こうして見守ることも多かった。
「それでは今度はお二人で踊ってみましょう。キース様」
「はい」
ダンス講師の呼びかけに応えて広間に出ると、ぐったりとした義姉の手を取る。
「義姉さん、大丈夫?」
「あはは……足を踏まないよう気をつけるわ」
すでに何度とダンス講師の足を踏んでいたために先んじて詫びられ、キースは苦笑しながらリードする。
「カタリナ様、ステップ! 音楽をよく聴いて!」
「はい~っ」
「義姉さん、僕がリードするから、体の力を抜いて」
「う、うん」
真剣にやろうとし過ぎて強張っている体を指摘すれば、ふと義姉の体から力が抜けて、腰をしっかり支えながらステップを誘導する。
「キースは器用よね。私ももう少し要領よければ良かったのに……」
「そんなことはないよ。義姉さんは一生懸命やり過ぎて、無駄な力が入りすぎてるだけだから。ほら、踊れてるだろ?」
「……ほんとだ。ありがとう、キース!」
くるりと回ってカタリナに教えると、笑顔と共に感謝が返る。
いつもこうしてカタリナはキースに沢山の笑顔をむけてくれる。
そのことにどれほど幸せを感じているのか、わかっていないだろう。
「義姉さんが苦手なものは僕がカバーするよ。だから僕を頼って」
「ありがとう、キース! 頼りにしてる」
「うん」
素直に頷いてくれたカタリナに微笑むと、一瞬その動きが止まって。
同じく止まった足がもつれて、うわあ!と悲鳴を上げつつカタリナがバランスを崩す。
それを慌てて引き寄せ、転倒を免れると、腕の中から何やらブツブツと義姉の呟きが聞こえてくる。
「今のはキースルートのあのスチル……でも何で今?」
「義姉さん?」
「え!?」
「どうしたの? お腹が空いた?」
「う、ううん。何でもないの」
あははと誤魔化すように笑うカタリナをさらに問いつめようとするが、それよりも早くダンス講師の声が割って入る。
「カタリナ様、もう一度やり直しです。音楽をよく聴いてステップをと申し上げたでしょう」
「う……はい」
「キース様は問題ございません。ただカタリナ様の集中を削がれる程のお話はいけませんね」
「すみません。気をつけます」
素直に謝罪すると再びダンスの指導が始まり、カタリナが涙まじりにステップを刻む。
それを見つめながら、ふと先程の彼女の表情を思い出す。
それは自分には向けられたことのない、恥じらいの表情。
すぐに驚きが浮かんでそれは一瞬だったけれど、確かにカタリナから向けられた初めての感情で。
その表情がどうにも頭から離れず、キースは踊るカタリナを見つめ続けた。