誰がために鐘は鳴る時代背景や一族の掟もあるし、可能性が高いのは許嫁、それかせいぜい村関係の筋からの紹介が関の山な気もする。
だがしかしそれはそうとしても恋愛結婚であってほしいんだよな。一族の掟の従僕であった一郎先生が自分の意思で初めて選んだのが静江さんだったなら、村と自分と、その先にある子供を掟に沈めることを受け止めてくれた静江さんだったからあれほど深く愛して同じくらい絶望したのでは、と。このあたりは人先生も同じで患者には広く、内側は狭く深くな感じがするのは父親譲りだったり。
依存先を増やすのが自立っていうけど一郎先生は静江さんだけが依存先、拠り所だったんじゃないかな。うちのK富のKはまさしく上記のそれなので骨壺部に入部待ったなし。
ーーーというところから考えた富♀と静江さんがお茶会する話。
あ、これ夢だな、と富永は断言する。何せ出されたお茶に映る自分は今より随分若く見えるし、着ている白いワンピースもその時分には持っていなかった。今だって持ってはいないのだけれど。
極めつけはこれだ。
「こちらもよろしかったらどうぞお食べになって」
目の前に座りやわらかな笑みを浮かべているのは写真でしか見たことの無い、神代一人の母その人であった。
富永が神代静江について知っている事などほとんど無い。写真を見せてもらったので辛うじて顔が分かる程度だ。まして声なんてもっと知らない。
村の外の事故で亡くなったと聞いているので一人に聞くのは躊躇われるし、村井も同様で、しかし遠くを見詰めて「優しい方でしたよ」とだけ答えてくれた。村の人達ももちろん知っているだろうし診察も受けたこともあるだろうが、ひとりに聞いたが最後、半日後には尾ひれはひれが付いて村中の人間全員に知られる事になるのは明白だった。言いたくないことは誰だってあるし、言いたくなったらその時に聞けばいい。
そう、思って居たのに。
「(……やっぱりこれって願望なんだろうなぁ……)」
促されるままに口を付けたお茶は多分紅茶で良い香りがする。おいしい、と素直に感想をこぼすと静江は「良かった、お口に合って」とにっこりと笑った。最近、食事が億劫に思えていたから美味しいと感じられた事が夢でも嬉しかった。静江も優雅な手つきでティーカップを持ち上げた。
こうして見ると一人は母親似なのだなと思う。面影が至るところに感じる。