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    risya0705

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    risya0705

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    ケーキバース柏真の冒頭部分

    がじ、と俺の指先を真島の八重歯が齧る。

    「……ほんまにええんか?」

    指を咥えながら、最後の確認というかのようにこちらを見上げて尋ねてくる。

    ああ、と答えて指先でその尖った歯を撫でてやる。目を伏せて滲んだ血を舐めとるその表情がやけに扇情的に感じて、ひそかに生唾を飲み込んだ。



    とろける心臓




    1990年代 神室町


    ネオンと喧騒の街は今日も賑やかしく夜更かしをしている。

    中道通りの裏路地で、退屈そうに子分を小突く真島を見つけて焼肉屋に誘った。水面下では対立する直系組織の若頭二人だが、不思議と馬が合い、いつしかこうやって食事や酒を共にする機会が増えてきた。昔、殴り合った記憶も懐かしい。組を持つ身分が上の彼を弟のように思うのはおこがましいが、ただの同業者というよりかは親しくしている。年下の友人、と呼ぶには、少し面映ゆい。

    「アンタ、相変わらずよう食うのぉ」
    「そうか?」
    「さっき米も大盛り食っとらんかったか?」
    「あれとこれとは別だろ、別」

    食後の冷麺を啜りながら、テーブルの真島側の方を見遣る。いつも通り、食事はつまむ程度で酒ばかり進んでいるようだ。

    「ま、見てて気持ちのええ食いっぷりやけどなぁ」
    「お前はよくそれだけであんなに動けるもんだな」
    「ヒヒ、燃費ええねんワシ」
    「らしいな……。まぁだが、少し意外だったな」
    「ん?」

    ちまちまと杏仁豆腐を口に運びながら首を傾げる姿には、とても狂犬の渾名は似つかわしくなくて思わずふっと笑ってしまう。懐いてみれば可愛いもんだ、とは流石に口が裂けても言えないが。

    「お前は、もっと飯の好き嫌いあるかと思ってたから」
    「桐生チャンと一緒にすなや。ええ大人なんやからわりかし何でも食えるで。まぁ、いうても量はそんなに食えんけどなァ」
    「タッパの割に細ぇもんな」
    「いやん、どこ見てんねん、柏木さんのえっち〜」
    「おめぇなあ……」

    眉をしかめてみせるが、けたけたと笑う真島にいなされる。

    「アンタは、食ったぶんちゃんと筋肉乗っとるもんな」

    つい、とスプーンの先で行儀悪くこちらの身体を指す真島を「こら」と叱る。

    「まぁ、下っ腹の出たおっさんにはなりたくねぇしな……」
    「そこはワシに「えっち!」て返すトコやろが!真面目か!」

    真島が八重歯を見せて笑う。今日もご機嫌で何よりだ、と思ってしまうのは、既に相当あてられているのかもしれない。

    二人で同じ煙草を吸い、組や仕事の話をするでもなく、他愛もないやりとりをするのは肩肘を張らなくて心地良い。今度はどこに連れて行ってやろうか、何を飲ませてやろうか。そんな気持ちにさせるのが上手い奴だった。つい、世話を焼きたがる自分の性癖が出てしまう。

    うっかりしていると、少しずつ、確実に、「かわいい」が「好き」になってしまいそうなほどに、人懐っこい狂犬だった。しっかりしろ、年下とはいえ髭面の男だぞ、とハイボールを呷る。


    気がつくと結構な長居をしてしまっている。もう帰るか、それとも二軒目行くか、と誘いをかけようとしたが、真島は店の隅に掛けられているテレビをぼうっと見ていた。煙草の先が白くなっているのに、灰皿を押し付けてやると「おお、すまんな」と灰を落とす。

    夜のワイドショーでは、昨今話題になっているニュースが「狂気!連続猟奇殺人事件の謎を追う!」とおどろおどろしい字体のテロップで流れていた。

    「最近、この話題ばっかりだな」
    「せやなぁ」

    被害者の年齢や性別などに類似性の無い、通り魔的な殺人事件のニュースだった。被害者の特徴として、首筋に噛みちぎられたような痕跡があり、発見された時には干からびた遺体になっている、というのが異常性を持って話題に上っていた。人間の歯型のようではあるらしい。容疑者は未だ捕らえられていない。犯行現場も東京都内とあまり絞られておらず、引き続き目撃情報等を求めている、とのことだった。

    「そういやサツの旦那がた、神室町でもよう見かけるな」
    「ああ。向こうもメンツがあるからな。今のところ、事件は俺らのシマでは起こってないが……もし万一のことがあれば、かなり面倒になるな」
    「歯型やらDNA鑑定やらで、さっさと分からんモンかのお」
    「そうだな……」

    短くなった煙草を真島は揉み消す。

    『やっぱり、フォークの仕業に間違いありませんよ』

    テレビの中のコメンテーターが、大仰な身振りをつけて発言した。

    『日本ではまだまだ認知度が低く、こうして事件になる以外はあまり話題にされません。しかし、フォークやケーキの属性は日本にも確かに存在するんですよ!医学界でも研究が進められている分野なんです!』

    どん、と用意されたパネルには、『フォーク』『ケーキ』『一般の人間』と書かれている。

    「フォークにケーキか。結構前、殺人事件で話題になったよな」
    「……せやな」

    真島が新たに煙草を取り出すのを見て、こちらももう一本取り出して火をつける。そのまま何の気なしにテレビを見上げた。

    そのコメンテーターが説明するには、こうだ。

    この世の中には3種類の人間が存在する。
    その大多数が普通の人間だが、稀に『フォーク』と呼ばれる味覚及び嗅覚障害者、そしてフォークにとって唯一美味しい食物として感じられる『ケーキ』という人間の属性が生まれるというのだ。

    『ケーキ』はほとんどが先天的な属性であり、ケーキであるかどうかは捕食者のフォークにしか判断できず、本人すら自分がケーキであると知らずに一生を終えるケースもある。

    『フォーク』はほとんどが後天的な属性であり、何かをきっかけに、あるいは何の予兆も無く、突如味覚と嗅覚を失う。ただ唯一ケーキの人間に対してだけは味覚と嗅覚が働き、フォークにとってケーキの人間の皮膚や血肉、体液は甘く、枯れた砂漠のオアシス、至上のご馳走と認識される。

    フォークがケーキと自然に出会える確率は低く、またフォークはその性質上常にケーキを求めて飢えている。食人衝動のあるカニバリストとして、フォークはフォークであるというだけで犯罪者予備軍として既に総人口の多い諸国では忌避されている──のだという。

    昔、多くの人間を老若男女問わず文字通り食い殺した死刑囚が監獄で綴った告解が原典だという。それ以来、猟奇的な事件が起こると時折こうしてB級ホラーのエンタメの類のように報道されるが、自分や周りが『大多数の一般人』である以上、現実としての実感はあまり無かった。

    『とある国では、入院中のケーキの患者から採取した血液がフォーク向けに闇ルートで売買されるという事件も起こっており……』

    テレビではケーキとフォークの事情についての説明が続けられているが、今回の都内の殺人事件との関連性は報道するだけの根拠は無いようだった。

    「……アンタは、どう思う?」
    「ん?」
    「フォークの犯行やと思うか?それとも、そもそもそんなモンくだらん都市伝説やと思う?」
    「俺は……そうだな。歴史に類を見るに、カニバリストの性癖を持つ奴はいるにはいるんだろう。ケーキだのフォークだのは一旦置いといて、な」
    「うん」
    「一連の事件、噛み跡だけでそれを判断するのはどうかと思うがな……それに見せかけた犯行、ってこともある。ま、捜査資料も見てねぇんだから、知ったような事は言えねえけどよ」
    「噛み跡だけやないで。カラッカラのホトケさんもや」

    煙を吐き出した真島が、ちら、とこちらを見遣る。

    「吸血鬼よろしく、血ィ吸われた後の抜け殻やったりして」
    「凶器がナイフであれ自分の歯であれ、やってることは殺人で変わりねえだろ」
    「……それもそうやな!」

    ヒヒヒ、と何が面白いのか真島は笑う。

    「第一、お前が好きで見てるゾンビ映画だって噛んだり食ったりしてるだろ」
    「あはは!あれは作りモンやないか!ま、リアルでゾンビと殺り合うンもごっつ楽しそうやけどなぁ!」
    「お前ならやりかねねえな……」

    こちらも苦笑して煙草を消す。テレビ番組は気付けば芸能人の不倫騒動に話題が移っていた。

    「さ、行くぞ」
    「おう。……ほい」

    真島が尻ポケットから財布を取り出すのを制止するが、向こうは構わず万札をポイッと机に寄越す。

    「いらねえよ。お前、たいして食ってねえだろ」
    「いや、こないだも柏木さんの奢りやったし。毎回それやと気ぃ悪いわ」
    「でもよ……」
    「ほんなら、次の酒はアンタの奢りで。……な?」

    にっ、と首を傾げて笑う姿に負けて、渋々頷いて札を受け取る。

    「とりあえず、出よか」
    「ああ」

    二人で席を立つ。後ろ髪を引かれるようにもう一度テレビを振り返った真島が、なんとなく気がかりだった。



    「おい、ちゃんと歩けよ」
    「あるいとるやろ〜」
    「こら、クソ、重てえな……」

    バーで強い酒ばかりを飲んで千鳥足になった真島に肩を貸してやる。何が楽しいのか、酔っ払いはヒッヒッヒッと笑っていた。遠慮なく体重をかけられて、こちらもかなり酒が入っているので時折ふらついて押し合うような形になる。視線がふらついて揺れるたびに真島はケタケタと無邪気に笑った。

    「あー、たのし」

    タクシーに乗り込み、頭を肩口に擦り付けられながら言われた。その言葉尻のイントネーションが普段のそれと違い、おや、と顔を覗き込む。

    「ん?」
    「……いや」

    真島は気付いていない様子で首を傾げた。珍しいモンが聞けた、とこちらもなんだか良い気分になる。緩む口を隠すように咳払いをしてから煙草を取り出し火を付けた。

    「俺なんかといてそんなに楽しいか?」

    照れ隠しで出た言葉だったが、卑屈だったかな、と言ったそばから後悔する。だが面白い話ができるわけでも洒落た趣味を持っているわけでもない自分に真島がどうしてこれほど懐いてくれているのかは知りたかった。

    「楽しいで。なんかな……おもろいっちゅうか、楽しい、って感じやねん」
    「……分からねえな」
    「じゃあ、アンタは?」

    ずいっと顔を近付けられて反射的に仰け反る。煙草の先を当たらないようにしたのだが、それに真島は拗ねたような顔をしてみせた。

    「アンタは?」
    「……そうじゃなかったら、こんなに何度も何軒も誘わねえよ」

    眉根を寄せて答えると、真島はニヤニヤと笑って俺の咥えていた煙草を盗んだ。

    「おい」
    「ええやろ、俺の丁度切らしてまったし」

    そのまま真島が吸いさしを唇にあてがう。何故か直視できずに不自然に視線を窓の外へ逸らしてしまった。

    「…………?」

    やけに真島が静かだ。まさか急に眠ってしまったのかと隣を見れば、煙草を咥えたまま目を見開いて微動だにしない。肩を軽く揺すると大袈裟にその身体が跳ねた。

    「真島?どうした?」
    「……っあ、……いや……え……?」

    何かに狼狽えた様子の真島は、煙草を咥えたり離したりと落ち着きがない。先程までの酔って浮かれたようなテンションとは打って変わってもはや顔色が悪いようにさえ見えた。

    「……なあ、これ……」
    「なんだ?お前と同じ銘柄だろ?」
    「あ……いや、うん、せやな……」
    「一体どうしたってんだ?」
    「いや……ちょっとな。すまんすまん。何でもあらへん」
    「……飲ませすぎたか?」
    「そんなん……いや、そうかもしれんわ。ちぃと夜風に当たって帰ろかな。……運ちゃん!俺ここで降りるわ」
    「おい、どうしたってんだ」
    「なんもないって、また次も誘ってや。……あ」
    「ん?」

    路肩に停めたタクシーから降りる間際、真島がずいっと顔をこちらに寄せてくる。臍を曲げられても何だと今度は避けずにいた。

    「柏木さん、白髪発見や」
    「……は?いてっ」

    言い捨てて、こちらの髪の毛をぷちっと抜いていく。なんなんだよ、と睨めつけるが真島はヒラヒラと手を振って夜道を駆けて行ってしまっていた。
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