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    yumemakura2015

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    yumemakura2015

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    クラナガとメユリの話。エピソード1。
    大体こんな感じで出会ったよってやつ。デ本編1話時点(なっちゃんと組長が出会う頃)より3ヶ月ほど前の話。
    考えた当初はここまで険悪になるとは思わんかった。

    暗がりの緑色 疲れた。もう、何もしたくない。
    決して素体の筋肉に疲労が溜まっているからでは無い。仕事のストレスに疲弊しているからでは無い。
    疲れてしまった。体ではなく、心が。もう、何かに期待するのは、知らない誰かに縋るのはもう嫌なのだ。このどうしようも無い孤独を、満たすものなど何も無いと分かっているというのに。

    サイボーグから熱狂的な人気を博する体験型ゲーム、デカダンス。その目玉はやはりガドルとの戦闘だが、一方、本体では決して見ることの出来ない絶滅危惧種タンカーと、気軽に触れ合えて、彼らが住むタンク街の中でその生活を体験出来ることも魅力のうちのひとつであった。
    そんなゲームに参加しているサイボーグの一人、メユリもまたそこでタンカーとの触れ合いを楽しんでいた。
    彼女はまだ新しいサイボーグで、正式に稼働してから一ヶ月三週間五日しか経ってない。配属された矯正施設で職場の仲間たちに誘われ、二週間ほど前からスタッフとしてだけではなくプレイヤーとしてもデカダンスに参加するようになった。今日初めてイベント戦闘を体験した後で、とても気持ちが高揚していた。大迫力のデカダンスキャノンを間近に捉え、ダイラントの吹き飛ぶ様をしっかりと録画して何度も再生しては楽しんでいたところ、友人たちからタンクの街で買い物してみようかと提案されたのであった。これまでは戦場か近場のかの力フロアにしか行ったことがなく、メユリにとってまだ見ぬタンク街は持ち前の好奇心がそそられる場所であった。二つ返事で同行し、古代感の溢れるタンカー達の街並みを見物したり屋台で素朴だが物珍しい物品をひやかしてみたり、ギアに黄色い声を上げて駆け寄る子供たちにヒーロー気分で手を振ったりなどしていた。
    「ギアのお嬢ちゃん、綺麗な髪してるね。これ頭に結ってみるかい?きっと似合うよ」
    出店の主人が鮮やかな緑色のリボンを目の前に垂らした。髪飾りを扱う店のようだ。
    「わーっ綺麗!じゃあ試しに結んでみよっかな」
    メユリはオキソンのような緑に目を奪われ、勧められるままリボンを受け取った。頭にくるっと巻き付け、友人たちから結び方の手本データを受信しながら右側頭部に大きな蝶結びを作った。友人のひとりから送られてきた視覚データで自分の姿を確認すると、燃えるようなタンジャリンオレンジの髪にクロームグリーンのリボンが爽やかなコントラストを生み出し、自分の顔がとても華やかに見えた。言われた通りとても似合っている。ひと目で気に入り、うきうきとした気分で主人の掌にコインを乗せた。
    そんな折、ふと下腹部あたりに違和感を覚えた。素体ならではの尿意というもので、友人たちに近くにある公衆便所を教えてもらい、慌てて駆け込んだ。素体は色々な感覚を味わえるのが魅力だが、排泄という機能はとても不便だ。これが無い素体は開発されないだろうかなどと思いながら手を洗ってドアを開けると、どっと人波に押し流された。似たような建物が無秩序にボコボコと並んだ街の片隅に建てられた公衆便所は、手前の道が酷く狭い上に入り組んでいる。しかも今日がガドルの中でも一段大きいダイラント退治の日とあって街中もお祭り騒ぎで人通りが多く、背の低いメユリは人波に押され友人たちの姿はおろか元の道を見つけることまでも不可能になってしまった。
    『みんなどこ?今出てきたとこだけど人が多くて見つからないのよ』
    メユリは友人に通信を送った。すぐ応答が来た。
    『ごめん、私らもちょっと人混みでわやくちゃになっちゃってて…ギアも今一番タンク街に来てる時間帯だしこれから酒盛りの始まるタイミングだから人通りが多いのかも』
    メユリは下唇を噛んだ。ガドル退治は大捕物になればなるほどその後の祝祭も大袈裟になる。クリア後イベントは派手なほど盛り上がるが、それを知らずに便乗するタンカーの商人達が新たに出し物を展開していくので騒ぎは更に増幅されていく。結果、ギアもタンカーも問わず祭り好きな輩どもが無駄に街中へ繰り出していくのだ。最初こそ賑やかでいいと思ってはいたが、こうなると邪魔以外の何でもない。
    メユリはもみくちゃにされながらも人の壁をなんとか抜けようともがいた。しかし抵抗虚しく、小柄な素体はどんどんと濁流に押し流され、しまいには細い路地裏の道へほぼ押し出される形で避難する羽目となった。仕方がない、祭りが収まって人が減るのを待とう。友人にも通信でその旨を伝え待ち合わせ場所を相談する。攪拌翼のエレベーター昇降口B地点近くに決まり、マップも使いながらそこまでの道程を現地点から算出する。ここからだとやや遠い。路地裏の奥を見やると、薄暗いが行き止まりではなく道が続いていた。路地裏を通るルートでさらに詳しく検索すると、すぐに出た。入り組んだ複雑な道を通るが遠回りな大通りに比べて意外と近道なようだ。人混みの収まるのを待つのも手持ち無沙汰になるし、なるべく早い方がいい。タンク街では治安の悪い場所もあり、女こどもが狙われる事件も多いという噂を聞いていたのは不安になったが、戦闘時以外でも常に携帯しているナイフの存在を思い出し、進むことにした。いざとなったらこれで応戦すればいいし、もしもの事があったとしても最悪まだ素体をロストするだけなのでどうとでもなる。メユリは薄暗い細道を歩き始めた。
    ゴミが散らかり、蜘蛛の巣もそこらじゅうに張っていて薄汚い道だが、通過する分には問題ない。買ったばかりのリボンが汚れないようにだけ気をつけてメユリは進んだ。中心街の喧騒と違い、ここは音が吸い込まれたかのように静かだ。自分の足音と、ゴミと混ざったまま干からびたオキソンの塊が転がる音だけが小さく聞こえる。すると。
    「ハァ…」
    低い男のため息のような声が前方から響いた。メユリは体を強ばらせた。声の主は丁度曲がり角の向こうに位置しており、姿を確認することが出来ない。もしかすると、女こどもを狙うというならず者かもしれない。噂によると「刺激」を過剰に求めるギアがタンカーの女性や子供に暴行を働くという事件が頻発しており、時にはギアの女性素体にもそれを行う者もいるという。そういったサイボーグはバグとして通報されスクラップにされるのが通常だ。しかし、何体捕まって処理されても、秩序を乱す「バグ」は何度でも何体でも無尽蔵に発生するのだ。それが、バグ矯正施設員として製造されたメユリに最初にインストールされた知識であった。ナイフを構え、ゆっくりと歩を進める。子供と間違えられやすい一四五センチの体軀だが、一応は十九歳の素体であり、戦闘ではそれなりに好成績を上げ、体術も一通り身につけていた。たとえ反撃できなかったとしても相手の素体の映像だけでも残せれば通報は可能だ。上部にデータを送信し、素体の特徴からID検索をかければ本体を始末できる。もし仮にタンカーだったとしてもチップに信号を送ってもらえば同じことだ。とにかく自分が今すべきことはその男の姿をこの目で見ることだ。素体の心臓が大きく脈を打つ。背筋と額に冷たい汗を滲ませながらも息を整え、メユリは曲がり角の向こうへナイフを両手に飛び出した。が、すぐにその手をゆるりと下ろした。
    そこに居たのは、壁を背に体育座りでしゃがみこむ痩せた男性素体のギアであった。両耳の上に渦巻く二つの旋毛を中心にくせ毛が踊る短い金髪、おどおどと丸く見開いた紫の垂れ目、痩身を纏う木賊色の肌、メユリが想定していた攻撃性のありそうな特徴は全くない。座ったポーズからの身長は目測一七十センチと割り出せる。それなりに大きいようだが、とても強そうにも、野蛮そうにも見えなかった。女を襲うどころか虫にも負けそうである。捨てられた子供のように角度を傾けて下がった眉の下で、怯えたような双眸が上目遣いでこちらを見ていた。むしろこの状況ではこちらが襲ってくるようにしか見えない。メユリはナイフを鞘に戻し、懐にしまった。
    「ごめんね、びっくりさせて。ここ治安が悪いって聞いたから。これ護身用。ね。」
    タンカーの子供にしたような優しい声掛けをして、とりあえず敵対意識がないことを表明すると、男はほっとした面持ちで顔を上げた。メユリは再び話しかける。
    「あなた、もしかして迷子?元の場所に戻れなくて困ってるの?」
    もしかしたら彼も人の波に押し出されたクチかもしれない。こんなヒョロヒョロでは人混みの中であっという間に潰されそうだし。しかし、男はゆっくりとかぶりを振って答えた。細く、弱々しい声だった。
    「違う……、俺は、何度も、タンク街に来てるから、ここの地理は、インストールできてる、全部。ちょっと、疲れたから、休んでるだけ」
    ぽつりぽつりと途切れ途切れに話す男を見て一瞬オキソン切れを疑ったが、それならもっと切迫した顔をしているだろう。男の表情に見えるのは、ただ深い悲壮感のみだった。

    人に疲れて避難してきたというのに、何やらやかましそうなのが来てしまった。自分には一人で落ち込む時間すら与えられないのか。しゃがみ込んだクラナガは、眉尻を下げて己の不運を呪った。
    彼はガドル工場に勤務するサイボーグである。稼働年数は二十一年。現在使用している二十三歳の素体年齢とほぼ変わらない。目立つことも争いごとも好まず、ひっそりと平穏に生きてきた。だが彼の人生は平穏であると同時に孤独でもあった。
    その理由にはまず、対人を苦手とする性格があった。うまい話運びができず、相槌もうまくとれず、自らの意思伝達表現をできないまま人と話すことにについて怖気付いてしまい避け続けるようになっていた。しかしこういうことは一部のギアやタンカーにもよくあることで、その点だけでは彼はそこまで苦しんでいたわけではなかった。
    問題は、ガドル工場の従業員でありながら、「殺される」ために生み出されたガドルに対して強く感情移入し、同情の意識を持ってしまうことであった。ガドル工場職員の中にはガドルに愛着を持って可愛がる者は何名か存在する。しかし、最終的には皆その運命を受けいれ、戦場へ赴くガドルを見送るのである。クラナガにはそれができなかった。ガドルに対して人間で言うところの「家族」に近い感情を持ち、毎日大事に可愛がって世話をし、最後には毎回行くな行くな戦場に出るな死んじゃうぞと大泣きして引き止め、その度仲間の従業員達に咎められてきた。そうやって何匹も何十匹も何百匹も見送ってきた。「大事にしていたのはわかるけど……」と声をかけられるものの、誰にもその深い部分には共感してもらえなかった。「戦場で殺されることがガドルの在り方」だという考えに疑いを持つものは一人もいなかった。今日の戦闘でも、立派に大きく育ったダイラントがデカダンスキャノンに散り散りにされる様を、他のギアもタンカーも大喜びする中で、独り立ち尽くして見ていた。誰しもが歓喜に湧いていた。自分だけが悲しんでいた。間違っているのが皆なのか、自分なのか、分からなくなってしまった。感情をぶつける先も、腹を割って相談する相手も見つからないまま、フラフラとこんな外れに来た。誰とも話したくなかった。誰にも見つかりたくなかった。それなのに。
    クラナガは目の前に仁王立ちになる小柄な女を見上げた。
    その小さな姿から一瞬タンカーの子供かと思ったが、明らかに人工的なグレーの肌はどう見てもギア素体の肌色だった。炎のように揺らめくオレンジの髪にオキソンを垂らしたような緑のリボンを巻き付け、猫のように大きな黄色の瞳は挑戦的に輝いている。ナイフを持って現れた時は心底驚いたし怖かったが、護身用だと言っていたのはどうも本当らしく、攻撃するつもりは無いようだ。ただ依然眉根を寄せて口をへの字に曲げているところを見ると、こちらに好印象を抱いているわけでも無さそうなのは明白だった。確かにこんな路地裏で膝を抱えて蹲っている男がいれば不審に思うのも無理はない。だがそれならさっさと立ち去ればいいものを、女はまだクラナガの前に立ちはだかり、話しかけてきさえした。こちらは暫く人と話はしたくないのに。女はふむと呟きながら顎に手を添えた。
    「何度も来て地理も一通りインストール済み……ここの土地勘はあるってことなのね?」
    まだ話しかけてくる。何なんだ一体。
    「そうだけど……」
    気だるげに答えると、女は突拍子もないことを言い出した。
    「じゃあちょっと道案内してよ。目的地は攪拌翼昇降口B地点。あたしタンク街初めてだからさ。ルートはわかるんだけどこの辺入り組んでるし、わりと物騒らしいし。ひとりでいるより二人のが安心じゃん?」
    じゃん?と同意を求めてくるが、どう考えてもメリットはそちらにしかない。どうやら自分を案内人兼暴漢に襲われた時の盾にするつもりらしい。断ろうかと思ったが、相手は武器を所持しているのに対してこちらは丸腰。動きも相手の方が機敏だった。育成したガドルの調査観察のために度々戦場には赴くもののガドルを倒したくなくて物陰から静かに見守るだけのCランクギアの自分には到底勝ち目はなさそうだった。あと女の子一人で危ない場所を歩かせるのは普通に心配だし、ただそれを見送るというのも後味が悪い。クラナガは溜息をつきながら立ち上がった。
    「わかった。B地点だっけ」
    「そう!お願いね。あ、そうだ、あたしメユリ、よろしく!」
    道案内するだけの相手に自己紹介する意味が分からなかったが、満面の笑みで差し出された手に無反応なのは流石によくない気がする。戸惑いながらも自分より一回り小さな手を握り返した。
    「……クラナガ。……よろしく……」
    「クラナガね、オッケー!じゃあ行こう!」
    ぶん、と大きく振った後メユリは手を離した。見た目の割に力強いし乱暴だ。身長差のせいで外れそうになった肩を押さえつつクラナガは先導した。
    歩き始めてからはしばらく黙々と進んでいた。こういう時、どういう風に話をすればいいのか分からない。しかも相手は初対面の女子だ。どういう話題が適切か検討がつかない。それともこういうタイプは自分が何か話しかけること自体嫌なんだろうか。今の二人の図は、例えるなら、というよりそのまま、陽キャと陰キャが二人きりにされて気まずい状態であった。沈黙に耐えかね、ここは右、とかここを曲がる、とかボソボソ喋ってみるも、相手はマップを把握しているのでルートをいちいち説明する必要はそもそも無いのだ。己のコミュニケーション能力の低さを痛感する地獄を味わうクラナガはひたすらB地点に着いたら終了、B地点に着いたら終了、と回路内で唱えながら歩いていた。
    メユリは分かりきったルート説明に逐一うんうん頷いていたが、半分を過ぎたところでついに口を開いた。
    「ねぇねぇ、クラナガっていつもタンク街に何しに来てるの?まさかここで座り込むためじゃないでしょ?」
    クラナガと違って沈黙に耐えきれず、という感じではなく、自然に思いついたことをそのまま口に出したような感じだった。
    「……なんで」
    「だってこんな足元の様子にまで詳しいってことはかなり頻繁に来てて歩き回ってるわけでしょ?戦闘終わったら即ログアウトするギアも多いのに、結構入り浸ってるみたいじゃん」
    クラナガはそこで自分の気のきかなさに改めて気がついた。彼女は自分が足元の穴とか配管を先んじて避けて歩いてるのを注意深く見ていたのだ。そして自分は彼女と足の長さが違うことを意識に入れてなかったのだ。ここで足が引っかかるから気をつけてくらいは言うべきだったのに。案内人としての失態に眉間を押さえ、後ろめたさをごまかすように質問に答えた。
    「なんというか……タンカーと話してみようかと」
    「タンカーと?」
    「うん……タンカーってさ……ギアと考え方違うんだろうなと思って」
    「考え方?」
    「うん……タンカーって、この世界がゲームとして作られてるってこと知らないだろ?ガドルのことも、ギアからしたら……作り物の、おもちゃなんだろうけど………タンカーにとっては敵で、それでいて、自分達と同じ生き物だって思ってるみたいでさ。仕事でタンク街でのガドルの消費について調べる時、……あ、俺ガドル工場で働いてるんだけど……タンカーの親子がさ、ガドルの肉を食べる時にいただきます、っていうのはなんでかって話をしてるのを聞いたんだ。命を長らえるために、命をいただく、っていう意味で……、それ聞いて、タンカーにとってはガドルも同じ命なんだなって、……大事だと思ってるんだなって……」
    自分の回路内で記録映像を再生しながらクラナガはぽつぽつと話す。ギアからしたら武器を当てる的でしかないガドルも、彼らにとっては尊い命なのだ。殺されるだけでなく、自らの命を支える命なのだ。もしかしたら、サイボーグよりも、タンカーの方が自分と分かり合えるかもしれない。共感できるかもしれない。希望に縋りながらタンク街に足を運ぶ自分の視界映像を見返す。
    「ふぅん、それで興味持ったんだ。で、どんな話が聞けた?」
    メユリはどうやら仕事の参考か単なる知識欲として解釈したらしい。後ろから聞こえる間延びした声に温度差を感じてムッとしつつも、律儀に答えた。
    「それが……タンカーはギアとあまりプライベートな話はしたがらないらしくて、ギアもタンカーに対してそんな深く関わる人は多くないから、壁が……あるんだ。だから全然、話せなくて」
    「え、そう?あたし今日初めて来たけど結構タンカーの人と話したよ?買い物以外でも、ちっちゃいの、子供ってヤツ、あぁいうのともおうちの話とか将来の夢の話とか結構聞いたしさ。40代以降の女のタンカーとかはよく喋るね、ちょっと世間話したらこの辺の近所の家庭事情とか延々と詳らかに話し出したよ。面白かったからいいけど。アンタの喋る努力が足りないんじゃない?会話下手?」
    ……………初対面でズケズケ言う女だ。しかし確かに正論ではある。クラナガはタンカーにも上手く話しかけられなかった。確かにギアは元々タンカーと一定の距離はあったが、それを差し引いてもなおクラナガの会話レベルの低さは惨憺たるものであった。街中を歩いていても、出店の店員や酒場の客になかなか話しかけられず、たまに「兄ちゃん飲んでるか?」と話しかけられて、あ、はいと小さく答えることが多かった。だが、話したがりの者や気のいい常連客に話をしてもらい、会話のようなものの中で「ガドルのこと、どう思ってますか?」と聞いてみたことは幾度かあったのだ。
    「……でも、それでも答えてくれる人は一応何人かいた」
    「あ、いたんだ。なんて言ってた?」
    クラナガは一瞬詰まり、聞いたことをそのまま言った。答えは、一様にこうだった。

    『あんなもの、いなくなった方がいい』

    「……辛かった。悲しかった。分かってたさ、分かってたけど、俺が大事に育てて可愛がってきたガドル達は、ギアには面白がって殺されて、タンカーには憎まれて殺されて……いなくなった方がいいって……誰からも愛してはもらえないんだ、あいつらは……そんなことのために、あいつらは生まれてこなきゃいけなかったのか!?そんなことのためにしか、生まれちゃいけない意味って何だよ!なんでみんなそれを疑問に思わないんだ!俺の気持ちなんか、誰も分かってくれないっていうのかよ!」
    過去の記録から鬱憤が吹き出し、思わず声を荒らげた。しまった、怯えさせただろうか、と振り返ると、メユリは怯えた様子など一切なく腕を組んで金の目を釣り上げこちらを睨みあげていた。
    「アンタがガドル大好きだってのはわかった。でもさ、なんでそんな雑な街中アンケート程度で全部わかったつもりになるわけ?誰かに共感してほしいくせに、ちょっと触っただけで自分の欲しかった答えが返ってこなかったくらいで何世界は僕の味方じゃないんだみたいになってるわけ?マジ意味わかんない。そういうのちゃんと分かり合える相手欲しいならもっとちゃんと向き合いなよ。アンタ、ただの自分の主張否定されたくないだけの独りよがりのさびしんぼちゃんだよ」
    歯に衣着せぬ言葉に、頭に血が上るのを感じた。
    「……それこそなんでお前みたいな初対面にそこまで言われなくちゃいけないんだよ……!俺の何を知ってるって言うんだ!決めつけるな!俺はもう、誰とも話したくないんだ!皆自分のことばかりで、可哀想なガドルのことなんか本当はどうでもいいって思ってる!そのくせ表面では命への感謝とかこの生き方がガドルにとっても幸せなんだとか言ってるんだ!皆嘘つきで、皆自分勝手だ!疲れた、もう疲れきってるんだ俺は!誰かと分かり合うことなんか、出来やしないんだ!」
    思い起こされるのは、愛情を込めて可愛がってきたガドル。喜び勇んでガドルへ針を突き立てるギア。街で青筋を立てながらガドルへの文句を語るタンカー。工場でガドルを送り出す同僚の笑顔。記録映像が嵐のように流れる。血圧が上昇するのを感じる。行き場のない怒りと悲しみと無力感で胸が潰れそうになる。感情のままに喚き立てる。
    普段出さない大声でひととおり叫んで、ぜぇぜぇと肩で息を切らした。目頭が熱くなる。涙腺機能が不調をきたしたのか勝手に涙が溢れてくる。
    「アンタが一番自分勝手じゃん」
    メユリは短く吐き捨て、壁とクラナガの間をすり抜けて進んだ。
    「もうこの先は普通に一本道っぽいし、だいぶ光も差してきてるから。道案内どうもね」
    コツコツと、靴音が遠くに響いた。
    ひとりにされたクラナガは、そのまま膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。誰も、誰にも、分からない。同業者にも分からなかった。タンカーなら分かってくれるわけでもなかった。なのになんで、見ず知らずの小娘なんかを相手に感情をぶつけて何もかもぶちまけたのか。誰とも話したくない。ただ、ガドルを助けてほしいだけなのに。自分と同じようにガドルを愛する者が、自分と分かり合える相手が欲しいだけなのに。誰にも、自分を分からない。

    B地点がだいぶ見えてきた。メユリはいつの間にか靴を踏み鳴らすように加速していた足を意識的に緩め、大きく伸びをしながらゆっくり歩を進めた。
    「つっかれた……テキトーに流しときゃ良かったのに」
    先刻の、コミュ障情緒不安定サイボーグのことを考えていた。ああいう手合いは、とりあえずそっかそっかと同調して軽く流してしまうに限る。なのに、それができなかった。腹立たしかったのだ。
    メユリはまだ配属されて一週間もしてなかった頃、たまたま施設を見回りしていた時一人で寂しくしていたバグに好奇心と同情で話しかけて愚痴を聞いてやったところ、好意と勘違いされてしつこくつけ回されたことがある。上層部にスクラップ要請をかけようかと書類を作成し始めた矢先にそのバグは天井から降ってきたガドルの糞に押しつぶされた。その一件はそれで一応は解決したが、あれ以来メユリは、独りよがりで自分の考え方に固執し周りに自分の気持ちを押し付けるタイプを蛇蝎のごとく嫌っていた。他者の考えを受け入れないくせに、自分の感情は受け入れられると思っている甘ちゃんは全員ガドルの糞に潰されてしまえばいいと思っている。今日は久々にそんな奴に会って、当時のログが引き出されてしまったこともあり怒りが最高潮に達していた。自分も感情的になってしまったという反省半分、アイツもアレで懲りればいいんだという憤怒も半分で、せっかくの勝利の喜びも戦闘の興奮も初めてのタンク街の楽しさも全部台無しになってしまった。
    ふと頭に手をやると、緑色のリボンが揺れていた。あの泣き虫ギアの肌と同じ色なのが忌々しく感じられ、むしり取ろうとした瞬間、
    「メユリ―――!!!」
    反対側から手を振りながら歩いてくる友人たちの姿が見え、手を止めた。
    リボンに罪はない。初めて自分で買った装飾品だし、これ自体はお気に入りなのだ。あのギアの記録を削除してしまった方が早いだろうか。メユリは大きく手を振りながら友人達の方へ駆け寄っていった。

    「ま、いっか。あんな奴二度と会わないだろうし」

    メユリがデータ削除することすら意識外に追いやって、一ヶ月後ガドル工場への用事で出掛けた時に入口で再びクラナガと鉢合わせることになるとは、この当時夢にも思っていなかったのである。サイボーグは、そもそも夢を見ないのだが。
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