始まりからの贈り物 ずっと昔、ゼットは文字を書いてもらったことがある。
上下に横線が引かれて、袈裟懸けの斜めの線が上下の棒を繋いでいる。不思議そうに見上げた時、大きな手がゼットのトサカに振ってきた。
あたたかな手から、しっかりとした圧を感じた。筋肉質で肉厚な手は、こうしていつも力がこもっていた。
もう撫でられることもないだろうが、ゼットはそうやって頭を撫でてもらうのが大好きだった。
一際大きな黄色の瞳が淡くゼットのことを照らす。
そうして紡がれた言葉を、ずっとゼットは覚えている。
大きな背中、銀の手袋、銀の靴。
ずっと憧れて、近づきたいその姿が、いつしかゼットの目標になっていた。
宇宙警備隊の訓練校への入学通知を受け取った時、ゼットは室内なのにも関わらず文字通り舞い上がって天井に頭を打つけて、周りから説教を食らった。
入学が決まったことを一番初めに伝えたのは、エースだった。
通信で送った連絡にすぐに返答が返ってきた。
祝いの言葉と、ちょうど光の国に帰還する用事があるので会いたいとのことだった。その知らせにさらに喜んでまた舞い上がろうとしたところで、周りから肩を抑えられて飛び上がることができなかった。
宇宙警備隊の訓練校にはウルトラの星以外の異星人も大勢いるため、寮が併設されている。入学と同時にゼットはその訓練校の寮に入ることが決まった。
ゼットが住んでいた場所は、ゼットと同じような境遇のウルトラ族がたくさん住んでいた。大人たちにも子供たちにもとてもよくしてもらった。面倒を見てくれた大人達は全員ゼットとの別れを惜しんで、それ以上にその門出を祝ってくれた。ゼットの憧れのウルトラマンのように、立派な戦士となるんだぞ、とまだ頼り気もない細く小さな肩を叩いてくれた。
訓練校は宇宙警備隊の本部と併設されている。近くにはコロセウムや議会などの光の国の主要機関が揃っていた。
訓練校の寮は宇宙警備隊の本部からは離れた場所に設置されていた。
寮へと向かう道すがら、ウルトラクリニック78から大勢のウルトラ族の行列が見えた。
ウルトラ族には病気という概念はない。老化あるものの、それも他種族に比べれば全くと言っていいほどなかった。何かがあっただろうか、とゼットが足を止めてみた時、その理由に気付いた
ゼットと年が変わらない年頃の少年や少女と、その隣にその親なのだろうか年嵩のウルトラ族が並んでいた。
その少年少女の顔はどれも笑って、頬が紅潮している。どこか浮かれているような顔だ。対する親の顔は、それぞれだった。
笑っている者、浮ついた子供を叱る者、笑いながらもどこかその瞳に愁いを携えている者ーそして彼らの手にはカラータイマーがある。
彼らから流れてくる会話はウルトラ族の聴力を持って聞こえたが、会話を聞かなくてもどういうものかはすぐに理解した。
きっと少年少女達は、ゼットと同じ新しい候補生なのだろう。訓練校への入学祝いとしてーあるいは、無事であるようにという親心として。
寮に着いたゼットに与えられた部屋は、他にブルー族のウルトラ族の少年が二人詰め込まれていた。
ウルトラマンヒカリがウルトラ兄弟になってからというもの、宇宙警備隊の所属となったブルー族のウルトラマンが増えたということはゼットも知識程度で知っていた。だが、それでもブルー族は珍しい。
同じことを同室になった少年たちも思ったのか、珍しいな、と笑ってすぐに三人は意気投合した。
「俺、胸のカラータイマーどこにつけようかな」
「やっぱ真ん中だろ!ウルトラマンって言えばさ!」
「でも俺、模様的に真ん中じゃなくてもカッコ良くない?差別化でさ!」
カラータイマーは心臓と強く結びつく。そのため胸の中心か左側にしかつけられないという制限があった。
「ゼットはいいよな、模様的にもう真ん中!って決まってるもんな」
ゼットは話を聞きながらそうだなぁと頷いた。
ゼットの体の模様は左右対称で胸の上部は模様がポッカリと空いている。
「どんなのつけたい?俺ちょっと変な形のつけたいなぁ」
「お前個性的なの好きだなぁ。俺はやっぱり丸いやつかな。緑でさ、これぞウルトラマンって感じの!」
少年たちは目を輝かせた。それから、はぁ、とため息を吐いた。
「みんないいよなぁ。俺さカラータイマー付けたいって言ったら、まだ宇宙警備隊になれるか分からないだろってこのまっさらな胸よ」
「分かるー俺なんか外星出身だからウラー用意するのも大変だしって宇宙警備隊になってから自分で買えって言われたわ。ブルー族に宇宙警備隊なんて勤まるかー!って」
「めっちゃ辛辣じゃん!ゼットは?」
「オレはそこらへん非公開でやらせてもらってるんで…でもほんと買うのは高いんだよなぁ。貯金全部使ってもカラータイマーの半分にもならないからなぁ」
青が多い体には緑の色は目立つだろうか。それとも、青の方が締まって見えるだろうか。
憧れの勇者のように、丸い形もいいかもしれない。だが、もっとゼットしか持っていないような形でもいいだろう。
そして、ゼットの名をみんなが口にする。その時にカラータイマーの大きな光がゼットの顔を下から照らす。
妄想に耽る三人はまたため息を吐いた。カラータイマーが着いた自身の姿を創造するのは、自由である。
隣の部屋に入ってきたウルトラ族の候補生はすでにカラータイマーが着いていた。
他にも周りを見ると既にカラータイマーが付いている候補生の方が多かった。
宇宙警備隊に入隊してウルトラマンとなった時、カラータイマーなど自身の体力を測ることができる何かしらを身につけることが義務付けられている。ウルトラセブンのようにつけないこともできたが、代わりにビームランプのような器官が備わっていることが条件となっていた。
ウルトラ族が学ぶ技の中には、カラータイマーにエネルギーを集める技なども多く存在する。仮に宇宙警備隊に入隊できずとも、外星を征く際にはカラータイマーは重要な器官となりうるため、付けていて損はない事から、子供の頃からカラータイマーを付けている家庭も少なくない。
だが、ゼットにはその心配をする家族もいなかった。あるいは、節制するように言い詰める家族もいない。
ゼットのことを大切に思ってくれる大人たちは大勢いたが、彼らがゼットのことを無条件で面倒を見てくれたことはないだろう。
その理由もわかっていたが、無条件さをうらやんでも願っても叶うものではないので嫉むことはなかった。
会話も止んで、寮の窓から見える光景をゼットは眺めた。
宇宙警備隊の候補生が集う寮から、いくつかの少年が二人組や三人組で出ていく姿が見えた。
そのいずれもが、年若いウルトラ族の青少年とその横にはどこか誇らしそうで、重い足取りの妙齢のウルトラ族がいる。
きっと入寮のために両親が見送りに来ているのだろう。同じ少年であるゼットが一番理解していた。
今もまだ、クリニックの先には長い列ができているのだろう。宇宙警備隊の候補生が入学する時期と、宇宙警備隊の入隊式の時期は毎回そうなる。
年若い候補生が列を成すときは親を伴っているが、新任警備隊が列を成す時は伴っていなかった。
候補生はそのほとんどが未成年である。宇宙警備隊になり次第、その身分は成人と同様に扱うために、親の同意を必要とはしない。
エースが光の国に帰ってきたのは、入校式の二日前だった。
待ち合わせはエースが指定してくれた。子供の頃よく連れて行ってもらった喫茶店だった。
待ち合わせ場所に先に着いたのはゼットだった。
中にはウルトラ族が1名しかいなかった。ゼットの体はその中でも一等目立っていた。エースもすぐにゼットを見つけられるだろう。
地球の文化を模したその場所は、エース曰く面白い場所だった。地球の喫茶店には椅子があるらしいが、ここの喫茶店では机しかない。提供するのも、カレーとハヤシライス、パンとコーヒーにサイダーだけだった。
喫茶店の中は人が少ない。地球へ行った経験のあるウルトラマンには好評だったが、その価値観をウルトラ族が全員持ち合わせている訳ではない。ウルトラ族が食事という文化を持ち合わせていないからだ。
ー故に、エースとゼットはこの場所で逢瀬を繰り返すことができた。
「ゼット」
声をかけられて、ゼットは振り返った。
「エース兄さん!」
ゼットが人目もはばからずに叫んだ。エースは笑ってゼットの前へとやってきてくれた。
「また身長が伸びたなぁ」
「はい!」
胸を張れば、これから楽しみだなぁ、とエースはつぶやいた。
以前に会った時はゼットは頭一つ分、エースより小さかった。今はエースと同じ目線で、じっと彼を見てる。
その瞳に充てられて、ゼットはなんだかずっとエースを見るのが恥ずかしいような、どこか不思議な気持ちになった。
その気恥ずかしい気持ちに気付いているのかいないのか、エースは笑った。
「入学おめでとう、ゼット」
エースはそう言ってゼットの肩を叩いた。
「すべてはここからだ。ゼット、しっかりやるんだぞ」
「はい!」
強く頷けば、エースは頷いてもう一度ゼットの肩を叩いた。
エースはこうして、いつもゼットに勇気をくれる。
エースとの逢瀬は時間が限られていた。
忙しい宇宙警備隊の仕事の合間に抜け出してくれたのは分かっている。それでも、ゼットはエースに話したいことがいっぱいで、それ以上に胸につかえて言葉にならなかった。
エースはゼットの話を終始笑って頷いて、聞いてくれた。
そうして別れの時間になる頃には、光の国で夜と称される時間に差し掛かっていた。
光の国は人工太陽の光によって夜でも明るかったが、日中のように外を行く者たちは少なくなっている。
喫茶店を出て、寮へ帰る途中まで、エースは送ってくれた。
寮までエースが来てしまえば、大きな騒ぎになるのは分かっていた。寮にいるのはそのほとんどがウルトラマンに憧れを抱いている。そんな中にウルトラ兄弟の5番目がやってきたらと思うとゼットでもどうなるのか分かっていた。
別れ際、エースがゼットに両手を出すように言った
「入学祝いだ。受け取ってもらえるか?」
「これは…?」
エースに渡されたそれは開いた掌ほどの大きさだった。包みに入れられて、ずしりと重い。
包みを開けば、手に収まったのは文字のようなものだった。青く描かれた文字は、幼い頃に地球の文字でゼットと書くのだとエースに教えてもらった文字、そのものだった。
青いそれは、ゼットの瞳の光を反射した。わずかな輝きの中にその形と同じ文字がいくつも並んでいる。
「カラータイマーだ。地球の文字でゼットと書く」
上下に横線が引かれて、袈裟懸けの斜めの線が上下の棒を繋いでいる。
エースから授かった、ゼットをたらしめる名前。
それだけで、十分だった。
カラータイマーはエネルギー残量を図るものだが、宇宙にゼットの名前を響かせるように、光るだろう。
エースの銀色の手が、ゼットの肩に置かれた。ずしりと重く、圧がある。豆がところどころにある筋肉質で、肉厚な手がゼットの肩を包んでいる。
「お前が立派なウルトラマンになることを願っている」
ウルトラマン達の雄姿を、ゼットはずっと見てきた。
それはアーカイブで、本で、光の国で誰もが目にしてきた姿だった。
その先の中心に、ウルトラマンエースがいた。
一際小さくて、一際力強い姿をしているウルトラマンの姿が、ゼットの唯一だった。
昔はずっと下から見上げていた。
それが、今は同じ目線で顔を合わせている。子供の頃は、エースの瞳はとても大きく感じた。
年を経るごとにゼットの青白い瞳も大きくなっていった。だが、こうして対してようやく分かった。エースの黄色い瞳は、本当に一際大きかった。
こんなに近いのに、あまりに大きいのだ。
はい、と頷くゼットに応えるように、エースも大きく頷いた。
ーこれから、始まるのだ。
宇宙警備隊になることは、すでに憧れや夢ではない。
その一歩をかみしめるように、ゼットは急いで駆け出した。
その日、ウルトラクリニック78から連なる行列の最期に、青いウルトラ族の少年が並んだ。
その手の中に納まるものに込められた願いを知るまで、あと千年。