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    shishiri

    @shishi04149290

    マリビ 果物SS

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    物騒な仕事をする檸蜜

    #果物
    fruit

    午前零時のキス スラックスのポケットから取り出した煙草は、パッケージごと少し折り曲がっている。興ざめしたのか下唇を突き出した檸檬は、一本摘み出した煙草を指先で撫で伸ばすようにしてから、それを口に咥えた。ガスの減った百円ライターの着火レバーをカチカチと押し下げ、ようやく点いた安っぽい火を煙草の先にあてがうと、ジリっと葉が焼けた微かな匂いを合図に、檸檬はゆっくりと煙を吸い込んだ。
     埃と古い機械油の匂いが交じる暗がりで、背中を向けて立つ蜜柑の向こうには、体を拘束され錆びついたパイプ椅子に座らされている男が三人いる。檸檬から見て右端の男は、先程までは地鳴りを思わせる不穏な呻き声をあげていたのだが。今はそれも静かになって、椅子にもたれて上を向いたまま、ピクリとも動かなくなっていた。

     二人に連れ去られ、ここで目を覚ました男たちは敵対する組事務所の名を聞くなり、これから拷問される理由をすぐさま理解した。そしてそれを執行するのは、長く伸びた前髪の間から知的な色をおびた視線を静かに向ける蜜柑ではなく、鋭く尖ったナイフのように細めた一重で睨みつけてくる檸檬の方であろう、と思ったに違いない。しかし、そんな予想を一蹴するように、蜜柑はいきなり右端の男の片目を至近距離から撃ち抜いたのだ。
     三人の中で年嵩であるその男は、組ではそれなりの地位にいて、持つ情報も多いだろうと、纏う雰囲気からも十分に察せられた。しかし、それだけにガードが硬く、拷問したところで口を割らせるにはそれなりの時間と労力が必要になりそうだと、二人は予めそう踏んでいた。だから「先制パンチ代りに真っ先に黙らせる」と、ここに来る車の中で打ち合わせていたのだ。
     残りの二人の男にしてみれば、頼りとしていた兄貴を真っ先に潰され、ド肝を抜かれたことだろう。蜜柑が男を即死させなかったのは、言葉にならない呻き声を上げながら徐々に弱っていくさまを見せつけて他の二人の出鼻を挫き、抵抗する意力を失わせるため。白兵戦でのセオリーは、複数人相手の拷問にも有効、というわけだ。

     その様子を、後ろから眺めていた檸檬が煙草を咥えたときの蜜柑はというと、真ん中に座る男に一瞥をくれながら、左端で震えている男の頬に無言でスパナを振り下ろしていた。無惨な叫び声と真っ赤な血が吹き出す姿を細めた目で見下ろしながら、蜜柑は再びスパナを振り被り、その手をすばやく振り抜いた。殴られた男の顔から流れ出た血は、薄汚れたコンクリートの床にぼたぼたと垂れ落ちて、そこに欠けた歯がいくつか散らばる。今は使われなくなった工場の、がらんと空虚な建物の中で、檸檬は涙と呻きが混ざり合う男の哀れな声を聴きながら唇から煙草を離すと、無感動に煙を吐き出した。
     血まみれのスパナを左手に持ったまま、蜜柑は命乞いをする男の足の甲を銃で撃ち抜く。そしてすかさず、シューズのヒールでそこを踏み付けた。
    「喋る気になったか?」
     獲物を狙って砂地をゆっくりと這う蛇を思わせる、低くよく響く声で蜜柑がそう訊いたのは、真ん中に座らされている無傷の男にだった。左端の、三人の中で一番若く、明らかに組の機密など知らされていないと思われる男を蜜柑が散々に痛めつけたのは、そいつを生贄役に決めたからで、ぎゃあぎゃあピィピィと泣き喚くだけしか能がない男の有効な使い道というわけだ。連れ去る直前に檸檬が間近で見たその男の顔は、頬の線や口元に、まだ十代らしい稚さが見て取れた。スタンガンを押し当てられ、驚きで見開かれた男の黒目がちなくっきりとした二重の目を見ながら、テレビCMに出てくる男性アイドルの〇〇に似ているな、と檸檬は思ったものだ。しかし、そんな甘いマスクも、今では地面に叩き付けられ中身が飛び出たスイカを想像させた。「人間一皮剥けば、どいつも同じだ」と。以前に仕事で潜入した、着飾る金持ちが集まるパーティ会場で、さもつまらなさそうに蜜柑が言っていたのを思い出した檸檬は、なるほどこれの事かと呑気に感心した。
    (そろそろ、か……)と煙草の煙を吐き出しながら、檸檬が見やった男はというと、蜜柑の問いに肩を小刻みに振るわせながら、足元の一点を見つめているだけだ。こんな拷問など、これまで嫌というほどしてきただろうに、いざ我が身の事となるとそんな事は忘れてしまったのか、この凄惨な場に明らかに動揺し、狼狽している。ヤクザ者としての意地を通す気概など、男の力ない両肩から今にも滑り落ちていくのが見えるようだった。
     蜜柑はその長い脚を伸ばしたかと思うと、もはや人の頭だか割れたスイカだか区別がつかない若い男の顔面に、ものも言わずに鋭い蹴りを入れた。椅子に縛り付けられている男は当然、受け身など取れるはずもなく、コンクリートの床にグシャリと後頭部を打ち付ける。今度こそ本当に割れたスイカのように中身が飛び散り、遠目から見ても生温い体液がそこからジワリと流れ出ていくのが分かり、檸檬は「あーあ!」と声を上げると、大仰に目を見開き、顔を顰めてみせた。


     先月の半ば、ある組の若頭が飲み屋から出てきたところを襲われ、命を落とした。犯人はその場から逃亡するも、翌日になって地元の警察署に自首してきたのは、敵対する組に属する駆け出しの男だった。
    「功を焦ったか、組に対する狂信じみた忠誠心からか。今回の件はその若い衆が抜け駆けをしたのであり、組はそれに関与していない。それなりの詫びは入れさせてもらう」と、幹部自らが頭を下げて来たことで、一応は大事に至らず手打ちとなったのだが――。若頭を襲った時の手際の良さから、これは手慣れた別の人間がしたことであり。「下っ端ごときにタマを取られた半端者」との汚名を若頭に着せるためではないのか、と。やられた方の疑念は拭えなかったようだ。そこで蜜柑と檸檬が雇われて、真に若頭を殺った奴を見つけ出せ。という話になったわけだ。

     その読みは、どうやら当たっていたようだ。実際に若頭を襲った人間は今ここで、蜜柑の鋭い眼光に晒され項垂れている、この男で十中八九間違いないだろう。「ムショ生活で箔をつけてこい」と言いくるめた若い衆を身代わりにし、事を丸く収めた振りをして、その裏で舌を出して相手を蔑み嗤う。近年マル暴の取締りが強化され、どこも組同士の派手なドンパチは避けている一方で、水面下ではこんな陰険な小競り合いが後を絶たない。
    「なあ、あんたなんだろう? 向こうの若頭を殺ったのは」
     聞かずとも知れたことをその口から訊き出すために、二人は血生臭さい大掛かりな芝居を打っている。檸檬は煙草をくゆらせながら、蜜柑の背後に近付いた。そしてその肩を抱き寄せ耳元に顔を寄せると、項垂れている男の後頭部を見下ろしながら、ニヤリと不敵に笑った。
     拷問は一方的に痛めつけるよりも、その緩急が肝心だ。城を攻めるにしても、全て塞いで追い込むよりも、一箇所だけ逃げ道を作ってやる。そうすれば、案外人の心など脆いもので、どんなに気張っていたとしても容易く崩れる。それと同じだ。
    「それにしても、派手にやったなあ! まあ、これでも吸って落ち着けよ、蜜柑ちゃん」
     一口吸って濡れた煙草のフィルターを蜜柑の唇に宛てがうと、「うるさい」と文句を垂れた蜜柑がそれを吸う。その言葉とは裏腹に、檸檬の指先は柔らかに持ち上がる蜜柑の唇の感触を捉えた。
    「俺は気が長い方だが、こいつ。蜜柑はそうじゃねえ。あんたもよーく、分かったはずだ」
    「これ以上、俺の手を煩わせるなよ。訊くのはこれで最後だ」
     蜜柑は気怠そうに煙を吐き、その唇を歪める。
    「お前だろ。もし、そうでないなら、殺った奴を今すぐここに連れて来い」
     凄む蜜柑に男は何も答えられず、ただ肩を震わせながら項垂れているだけ。時々漏れ出るわななく声は、否とも応とも判別できないほどに乱れている。
    「ま、それが答えってことでいいよな。俺たちの仕事はあんたの口を割らせるまでで、後始末は向こうの組がしてくれるってよ」
     今から呼んでやるから、大人しく待ってろよ、と。檸檬は煙草を踏み付け火を消すと、空いたその手で携帯のリダイアルボタンを押した。


     十五分もしないうちにガラの悪い男共がやって来て、二人は生き残りの一人を引き渡した。依頼主である初老の男は辺りに漂う血生臭さに眉を顰めながら、埃だらけの機械の上に足を投げ出し座っていた蜜柑と檸檬に報酬を手渡すと、不気味なものでも見たような視線を投げかけてきた。けれども二人は何事もなかったかのように飄々と肩を竦め、軽い会釈を返しただけだった。そして、「後はよろしく」と片手を上げて、二人は肩を並べてその場を後にした。
    「今日の働きは八対ニ、ってところだな」
     蜜柑は新たな煙草に火を付け、それをくゆらせながら歩く。
    「おい、そりゃ無いぜ! 連れて行くまでは俺の方が働いただろ? いつも通り折半だ」
    「冗談はそのくらいにしておけよ。俺は疲れているからな、腹の虫の居所が悪い」
     蜜柑は煙を吐き出すと、口を尖らせている檸檬をジロリと睨む。
    「それじゃあよ。帰ったら、うんとサービスしてやるよ。 六、四。それでいいだろ?」
    「おい、檸檬」
     砂利を蹴り上げ足を止めると、蜜柑は乾いた血の色が残る左手で跳ねた檸檬の髪を鷲掴むようにして、自分の方へと顔を引き寄せた。そして唇を重ね、煙草臭いキスをする。
    「そのサービスってヤツの内容によっては、タダ働きになるかもしれないぜ? 覚悟できているんだろうな? 」
     そう凄んで見せる蜜柑の唇は、三日月のように笑っていた。
    (終わり)

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