モチョモチョ「お前はベイクドモチョモチョなる菓子を知っているか?」
「なんて?」
放課後、帰り道。姉妹校の生徒会長2人が並ぶバス亭で、カルナの口から意味不明な単語が飛び出て来た。
あまりにも突拍子のない問いかけに、アルジュナは酷くマヌケな声を出してしまう。何だ、そのナントカモチョモチョとは。
「最近、話題になっている菓子のようだ。食道楽に現を抜かす兄がいるお前ならば、知っているかと思ったが」
「トゥンカロンも生ドーナツも真っ先に買って来た兄がいるのは確かだが、そんなの聞いたことないぞ。ちなみに、誰から聞いた?」
「ドゥリーヨダナだ」
『あいつ……!』
買って来た次の日には、自分流にアレンジした流行りのスイーツを作り上げた料理好きの兄の口からもきいたことがない。そもそも、情報源が怪しい。
その、ナントカ……ベイクドモチョモチョなる単語をスマートフォンに打ち込んで調べてみれば、アッサリとその正体は分かった。馴染みのお菓子に妙な名前が付けられ、それがネットミームと化して拡散されて流行り出したようである。
「その……ベイクドナントカというお菓子は、今川焼きのことです。妙ちくりんな名前が付けられて、それを信じ込まされただけのようだな」
「今川焼きとは?」
「今川焼きは今川焼きだ。駅の通りでも売っているでしょう、ほら」
「む、回転焼きを「今川焼き」と呼ぶのか」
「え?」
アルジュナのスマートフォンの画面に映る今川焼ききを、カルナは回転焼ききと呼んだ。そうだ、このお菓子は、どうしてだか地域によって呼称が異なるということを。料理が趣味の兄が雑学として語っていたのを思い出した。
アルジュナの家族はみんな「今川焼き」と呼んでいたが、カルナの周囲は「回転焼き」と呼んでいたのだろう。しかし、何故に「ベイクドモチョモチョ」なる名前が出て来たのかは謎である。
ことある毎にいらぬ面白おかしい無駄知識をカルナに植え付ける、あの傍迷惑な親戚には困ったものだ。
「駅の通りに売っていると言ったな。アルジュナ、買いに行くぞ。食べたくなった」
「え?」
またマヌケな声が出たタイミングで、駅へ向かうバスが到着した。
2人はバスに乗って駅で降り、そのまま駅前のメインストリートの店舗群の中にある小さな店へと向かう。駅から徒歩3分、学校帰りの学生で賑わうそこでは、たこ焼きや焼きそばなどの軽食やアイスなどを売っている、絶好の寄り道スポットである。
そして、お目当てのそれはメニューの中にあった。あるにはあった。
「……「大判焼き」と書いてあるな」
「まさかここでも呼び名が違ったとは」
「いらっしゃい、焼立てだよ」
老店主が熟練の技術でくるくる回して、こんがり狐色に焼き上げた「大判焼き」「回転焼き」「今川焼き」「ベイクドモチョモチョ」がお披露目される。焼立ての名に恥じず、熱々を証明する白い湯気が立ち上っていた。
「大判焼のあんこを一つ。アルジュナ、お前は?」
「結構、私は粒あん派だ」
大判焼きのあんこがこしあんだったので、遠慮しておく……という体で、カルナの誘いを断った。買い食いには忌避感があるからだ。
アルジュナの家は、母が所謂手作り至上主義であり、一時期はオーガニック食材や食品添加物なし生活に凝ってもいた。今では流石に疲れたのか、そこまでギチギチに子供たちを縛っている訳ではないが、買い食い禁止令も出されていた時もある。アルジュナが小学生の頃の話だ。
兄たちは、友人との付き合いでほどほどにジャンクフード体験はしているようだが、アルジュナは特に買い食いしたいと思ったことはない。ぶっちゃけると、こうして寄り道の買い食いをしたことがないのである。
「こしあんが食いたくないのならば、カスタードはどうだ」
「カスタード?」
「二種類ある」
大判焼きはあんことカスタードの二種類ある。あんこの隣の鉄板で、カスタードも焼き上がった。
カルナがこしあんなら自分は粒あん。一緒は嫌……と言うか、気恥ずかしい。しかし、カルナが買った大判焼きとは違う味があるなら、この建前は使えなくなる。高校生にもなって買い食いは駄目です!なんて言うことも、アルジュナのプライドが許さない。
結局、カスタードの大判焼きを買ってしまった。ほかほかの大判焼きが2人の手に収まっている。
「焼立てだ……焼立てだ、熱々だ。オレは実に運がいい。焼立ては初めてだ。いただきます」
焼立ての大判焼きに目をキラキラさせるカルナは、熱々なのにも関わらず大きく口を開けて頬張った。
アルジュナは、二つに割ってから食べようとしたが、カルナに触発されてか同じように大判焼きに齧り付く。ふわふわの生地の中から熱々のカスタードがとろりと溢れ、卵の優しい甘味が口の中に広がった。
「美味い、美味い」
「美味いな、焼立ては」
人目をはばからず、店先で大判焼きを立ち食いする。ちょっと行儀が悪いと感じるが、これが高校生の放課後である。
アルジュナはこっそり視線を移して隣のカルナを見ると、カルナもこちらを振り向いた。が、視線はアルジュナではなく、彼の手にあるカスタードの大判焼きにある。
カスタードも美味そうだな。と、澄んだ色をした目が語っていた。
「食べるか、一口」
「良いのか……良いのか? では、オレのも一口やろう。食え」
「お気になさらずに。言っただろう、私は粒あん派だ」
「こしあんも美味いぞ。借りは作る気はない」
一口くれるならこっちも一口あげる。実際に文字に起こすと幼い子供のようなやり取りをして、カルナは自分のこしあんの大判焼きをアルジュナに差し出し、アルジュナはカスタードを手渡した。
こしあんの大判焼き。カルナに半分食べられている。
『っ……これは、間接キスに、なってしまうのでは……? いや、こいつはそんなこと考えてもいないはず』
「……間接キスだな」
「っ!!?」
カルナが大判焼きに口を付けた。「美味い」と一言呟いた唇の端に、カスタードが付いているが、それ以上に色白の頬がほんのり赤く染まっている。
「あ……ば、馬鹿なこと、言う……な……」
語尾がどんどん小さくなって、アルジュナの口から言葉が出ずにモチョモチョと言い淀む。
微かな沈黙に耐えられなくなり、アルジュナも思い切ってこしあんの大判焼きを一口食べた。これでお相子だ。どっちも仲良く、特に意識もしていない間接キスだ!
「次は、粒あんを売っている店に行こう」
「勝手にしなさい!」
それから、2人で一緒に帰る日は、寄り道して買い食いをするのがお決まりの放課後となったのだった。