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    #Bloodborne

    過去ログ9湯気の立つ内臓が凍った地面に打ち捨てられた。汚物のような黒い内臓が真っ白な雪を溶かしていく。まるで浄化だと、一人の男がせせら笑った。
    一人の男が立つのはヤーナムの街の片隅だ。
    獣が駆けずり回った石が張られた地面の至る場所が砕け、疎らな大きさの破片が歩くたびに蹴り上げられた。
    不意に白い息を吐き零した男が何かを呟く。歌うように響いた声は低く、くぐもった笑いを含みながら。

    「手こずらせやがって」

    喉を鳴らした嘲笑が黒く澱んだ夜の闇の中に吸い込まれ、呑まれ、やがて静まり返った。訪れた静寂は冷たく、狂気を孕んでいる。
    腐った汚泥のような血の臭い。生臭い獣の毛皮。ガスが噴き出す腐敗した内臓。
    顔を顰めたくなる獣の死体を前に、男は静かな笑みを浮かべていた。
    白い、今や血濡れた手袋で死体となった獣の首を掴み持ち上げる。まだ温かく血が滴るその獣は、ヴァルトールの背をはるかに超えていた。
    右手は獣の首を掴んだまま、左手は切り裂かれた腹部へと押し込んだ。吹き出した血どころか、腐敗ガスが破裂した異臭にすら構わず男は獣の内臓を弄る。
    低い位置にある月の明かりに照らされた一帯に粘ついた血の水音が響く。腐臭を放つ水音の中、時折混じるのは男の低い笑い声だ。
    乾いた虚ろな笑い声に耳を傾ける者は誰もいない。
    肋骨を押しのけ、腸を引きずり出し、やがて目的のものを指先で捉えればその腕の動きは止まった。
    ずぶっ……と悍ましい音を立てて引きずり出されたのは一つの内臓。
    冷たい月光に照らされたそれは、胃だった。
    丸々と膨らんだそれはヴァルトールの両手に有り余る。
    ほんのりと熱を残す胃袋は微かに蠢き、ヴァルトールの指が食い込めば胃液が揺れる音がする。
    膨らんだ胃に向けられたヴァルトールの視線が暗く揺らいだ。
    その視線も、胃の中に収まった同胞を思えば当然のことだった。苦楽を共にした仲間は今やただの肉片だ。胃液にまみれた同胞の消化が始まった頃合いだろうか。胃の壁越しに触れた肉片はひどく小さく感じられた。
    今、ヴァルトールが感じているものは辟易だった。
    官憲隊は己を除き全滅し、たった一人でその獣を殺したのだ。幾ら手負いの獣とはいえど手こずった。下手に手負いの方が獣は厄介だ。本能のまま命に固着し、それこそ手当たり次第だ。
    痛みと死への恐怖で暴れ狂う獣を一人で狩ったヴァルトールはただ疲れ果てていた。湾曲した爪で抉られた腕の血はまだ流れ続けている。同じく、爪で切り裂かれた腹部はいやに熱い脈拍を刻んでいた。
    群青色の官憲服は血を吸って重たい。吹き荒ぶ風が傷を凍らせるかのように痛む。そして何よりも問題を抱えたのは左目だ。
    爪で抉り出されまではしなかったが、きっともう左目が光を捉えることはできないだろう。深刻な傷を抱えているのは間違いなかった。
    だが、まだ右目は残っている。幸いな話だった。そのおかげで仲間の肉片程度は連れて帰ることができる。

    「なあ……同士。そこに、何が見える」

    血と粘液に塗れた指が胃袋をなぞる。残されたヴァルトールの右目に妖しい光が宿った。狂気に濡れた輝きだ。

    「俺には……」

    分厚い灰色の雲が月を覆っていた。
    一縷の光も通さぬ夜空からチラチラと銀の結晶が降り注ぎ始める一帯の寒さは、ヴァルトールにはもう感じることはできない。
    片目の視線だけは強靭な意思を持ち、不意に指に力が加わった。

    「気色の悪い“虫”が見えるぜ」

    胃袋が握り潰される音が、人気のないヤーナムの街中に響いた。
    胃液の饐えた酸っぱい臭いが鼻腔を擽ってもヴァルトールの嗤笑は消えない。
    胃酸が手袋に染み、ヴァルトールの指を焼いたがそれでも構いはしなかった。
    ヴァルトールの右目に映るのは、哀れな同士の肉片ではない。数多の虫だ。潰れた胃袋からゾロゾロと虫が這い出してきていた。
    ぬらぬらと光る胃と官憲隊の肉片の隙間を、糸を引きながら縫って這いずり廻る虫は百足とよく似ていた。虫はヴァルトールの腕を伝い、地面へ落ちる。
    だが、それがただの虫ではないことは分かっていた。
    赤錆びた硬質な胴に、縦横無尽に這い回るに適した百本の足。地面に落ちた虫はヴァルトールを目指して這い寄ってくる。
    間違いない、と確信した。
    虫は胃の中の同士たちから溢れ帰ってきているのだと。

    「淀んでいるのさ。……獣にまみれたこの夜は」

    誰に言い聞かせるでもなく呟いた言葉に突き動かされるように、右足で虫を踏み潰した。
    甲殻が砕けて弾ける虫の体液は赤い。その色は血に似ていながら、全く異なる。
    この赤さは月の色だ。

    「いいや。……人間も獣も、全てが糞にまみれて淀んでやがる」

    端からこの様子を伺う者がいれば、ヴァルトールを指差しこう叫ぶだろう。
    気狂いと。
    それが間違っていると断言できるのはたった一人、ヴァルトールだけだ。
    彼にはこの淀の化身である虫が見えていた。これが見えない者こそが異常だと。
    この夜が狂っている理由が見出せたと確信を抱きながら、何度も何度も右足で虫を踏み潰した。
    獣の胃から這い出す数多の虫が潰えるまで、その動きは続いた。

    やがて……這い出す虫が居なくなれば、肺に溜まった重たい息を吐き捨てた。
    鉛のように重い溜息はヴァルトールの安堵と辟易を物語っていた。
    すっかり形が崩れた胃袋を地面へと投げ捨てる。
    腐った肉が湿った音を立てて崩れる音がした。
    虫が這い出なくなった胃を横目に膝をつき、近づいたのはちらつく雪が積もり始めた獣の死体だ。

    「なあ、同士。安心し給えよ。同士たちの“虫”はこの通り……全て、俺が潰した」

    先ほどとは一変し、まるで子供に言い聞かせるような優しい声音だった。
    ベッドの下から覗く魔物がいると怯える我が子を宥めるような、慈愛に満ちた声は柔らかい。残された右目までもが穏やかな光を携えていた。
    胃液と血と肉片で濡れた右手が、獣の腹を掴み、持ち上げる。

    「分かるさ。不安なのだろう。 ……心配することはない。今に、俺が証明してやる」

    死体に指が食い込んだ。食い込んだ矢先から血が滴り、肉は脆く砕け、骨から肉が剥がれ落ちていく。
    腐敗臭を放つそれに躊躇いなくヴァルトールが喰らいついた。
    白い歯が脆くなった肉を裂き、骨を砕く。
    吐き気がする程の酷い香りと味だった。
    腐った肉の味が舌を痺れさせ、鼻腔は殴られたような衝撃が駆けた。
    嘔吐感に胃が痙攣する。だがそれでも、と歯で削ぎ落とした肉を咀嚼し呑み込んだ。唾液が口腔内に溢れかえるのは肉体が拒否をしているからなのだろう。胃液が迫り上がる熱さを堪え、顎へ滴った血を袖口で拭う。
    胃の痙攣が強くなり、喉奥までその痙攣は及んだ。吐き気は強くなる一方だったが、決して胃に収めた肉を地面にぶちまけるなど無様な真似はしなかった。
    震え上がる胃と喉を抑え、血で赤黒く染まった唇を抑えた。そうして嘔吐感を堪えてどれ程の時間が経っただろうか。
    依然として血と腐肉の味は舌にこびりついたままだ。だが、胃が痙攣する吐き気は潮が引くようにゆっくりと引いていった。鼻に抜ける腐臭も幾分収まった。
    もう動けると確信を抱けば、寒さと痛みと失血で軋む体に鞭打って立ち上がる。
    かなりの長い時間をこうして過ごしていたのだろう。膝に積もった雪がボロリと崩れて地面に散った。

    「巣食っていた“虫”は失せた……。これで分かっただろう。同士」

    青ざめた顔に鬱屈とした笑みがまた浮かぶ。
    その表情をぞっとする心地で見留めた男が一人。廃墟のように静まり返った住居の一角から、ヴァルトールの様子を伺っていた。
    その存在にヴァルトールが気がつくのはすぐのことだった。いいや、初めからその存在に気がついていたのかもしれない。
    寒々しい青い瞳が隠れる男へと向けられる。

    「おいおい……。盗み見とは、随分な趣味を持っているじゃあないか」

    血で乾いた声が黄土色の狩装束を纏う、一人の男へと語りかけられた。
    声をかけられ度肝を抜かれた様子で押し黙ったものの、やがて覚悟を決めたように影の中から一歩と足を踏み出した。
    黄味がかった狩装束は夜の闇には馴染めない。獣の目を欺く必要がない強者であることは間違いないだろう。狩人帽から覗くその眼光は鋭くヴァルトールを見据えていた。

    「気が触れているのは間違いないようだな。余所者か?」

    「余所者。開口一番に余所者とはなぁ……」

    何が愉しくて喉を鳴らして嘲笑を向けるのか、黄土色の狩装束を纏う男には理解ができなかった。そもそも、この男がまともだとは思ってはいない。
    獣狩りの夜の中、精神の均衡を崩し狂気に陥った哀れな狩人にしか見えなかった。男の言葉や様子から察するに、仲間を獣に喰らい殺された。
    そして一人生き残り、罪悪感や恐怖と痛みで正気を失ったのだろう。いっそ哀れみさえも感じたが、この男が何をするか分かったものではない。
    血に呑まれた狩人なら……あるいは、獣の病に冒された狩人ならまだしも、気が触れた狩人が何を考え、行動に移すかは分かったものではないのだ。

    「率直に聞こう。ここで何をしていた?」

    ゆらりと不穏な動きで立ち上がったヴァルトールから黄土色の狩装束の男が距離を置く。その手に握られているのは数本のスローイングナイフだ。
    大凡、ヴァルトールが害意を向けた瞬間にそのナイフはヴァルトールの首の頸動脈へと突き刺さるのだろう。
    それを見てもなお、ヴァルトールの笑みは収まる気配はない。

    「察した上で問う理由などあるまい。……俺は官憲隊のヴァルトール。獣狩りの夜に獣を狩っていた……」

    それ以上のことはあるまいと首を小さく傾げた。
    問いかけた以上、返答に答えない訳にもいかないと、黄土色の狩装束の男が一つ頷いた。

    「俺はヘンリック。ヤーナムの狩人だ」

    生真面目な男だとヴァルトールがせせら笑った。
    安い挑発だとヘンリックが鼻で笑えば、何とも重たげな沈黙が訪れた。その沈黙を破ったのはヘンリックだ。

    「じきに夜が明ける。その前にこの街から失せるといい。 近くの官憲隊なら聞いたことがあるだろう。ヤーナムは余所者を嫌う街だ。それに、気狂いの狩人とくれば余計に、な……」

    クツクツと喉を鳴らしてヴァルトールが潰れた目を撫でた。
    残った片目はどこまでも静かにヘンリックを見据える。

    「いいや、ヘンリック。分からないのか?この街は淀んでいる。糞に塗れ穢れているのさ……。 ああ……。だが今は、この言葉の意味がわからなくても構わない」

    何れ知ることになるのだと、ヴァルトールは語らなかったがそうなるだろうという予感がしていた。この男は魔性だ。低く落ち着いた声音のせいか、落ち着き払った瞳のせいか、妙な説得力を男は持っていた。
    それを自覚しているのか否か、またヴァルトールの含みのある低い笑い声が響いた。

    「見る限り、相当に腕の立つ狩人だな。ならばこの獣狩りの夜が明けた後にでも、必ず淀みの中に虫を見出す」

    「俺も気が触れ、お前と同じように殺した獣の肉を喰らうと?」

    やはり狂っているのだ。幾ら正気を装ったところでヴァルトールの語る言葉はとても正気ではなかった。
    ヘンリックの嘲りを含んだ言葉に顔を歪めることすらなく、そうかもしれんなと穏やかに言葉を返した。
    だが、ここには淀みが存在している。人間の欺瞞や悪意や欲望が渦巻き、この街を獣と糞で満たした。その淀みの根源には虫が潜む。それを察したヴァルトールにヘンリックの侮蔑は取るに足らなかった。
    また、確信を抱いていた。ヘンリックと名乗ったこの狩人もまた、自身と同じように街に潜んだ気色の悪い虫の存在に気がつき、淀みに戦慄を覚えることだろうと。

    「もし、お前が淀みを知り、虫を見出した暁には俺を探すといい」

    そう告げれば、寒さと失血で冷え切っているとは思えぬ流暢な仕草で立ち上がり、改めて袖口で口元を拭った。
    そして先ほど投げ捨てた胃袋から肉片を拾い上げる。
    かつての同胞の肉片を何の躊躇いもなく拾い上げたヴァルトールを見つめるヘンリックの表情が悍ましさに歪んだ。
    獣喰らいがヘンリックへ背を向ける。獣狩りの夜の街を立ち去ろうとしていた。彼が向かう先はビルゲンワースの方角。古い学び舎を守るように立ち塞ぐのは禁域の森だ。

    「淀みも虫も、俺は見出すことはない。失せろ、獣喰らいの気狂いめ」

    侮蔑の言葉を背に受けながらも、やはりヴァルトールの口元には笑みを携えていた。
    東の空が白ばみ始めている。濃厚な闇が蕩け、光で満ちようとしていた。
    獣狩りの夜は殊更、夜明けの気配に安堵を感じたものだった。
    だが今宵の獣狩りの夜に限っては不穏なものをヘンリックは感じていた。緊張で乾いた口の中のかすかな唾液を呑むと、深く溜息を漏らした。
    自分が予想していた以上に男の口調は正気で、語る内容は狂っていた。そして覗き見た一部始終の行いも狂っていた。
    この獣狩りの夜が明けても、ヴァルトールの思考に取り憑いた狂気の霧が晴れることはないのだろう。いつの間にか止んでいた雪も、地面に積もったそれも朝日が登ればきっと溶けてしまう。
    ヘンリックが見たこの一夜もまた日常の中に霞むのだ。そう思いこむことでしか、心を蝕む不穏な気配を拭うことはできなかった。
    不意に、教会の鐘が夜明けの空に響き渡る。
    獣狩りの夜が終わったこと啓示の鐘の音ばかりが、虚しくヘンリックの鼓膜を揺さぶった。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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    過去ログ10ここは地獄だ。そう独り言ちたのは帰る家を何年も前に無くしたような襤褸を纏った一人の男だ。目元は古びた包帯に巻かれ塞がれているが、不思議と視界に問題はなく岩場をゆっくりと降っていく。降る途中、目についたのは青白い肌をした巨人だ。その巨体に釣り合いの取れた大砲のような銃を構えている。
    こちらに気がついていないのを幸いに、シモンは静かに弓を引いて狙いを定めた。毛髪のない巨人の頭だ。狙いを定める時間は短いにも関わらず、矢の切先は巨人の頭部を貫き脳漿をぶちまけた。巨人の命を刈り取ったのを見届ければ、またゴツゴツとした足場の悪い岩場を降る。
    鼻につく血腥さはべっとりと張り付き、吐き気を誘った。
    シモンは口と鼻を覆うように襟を立て、袖口で顔の半分を抑える。血の川が流れるのは一際目立つ、壮大な教会だった。地面を埋めつく夥しい量の血は教会から流れている。本来であれば救い手になる為の聖域だ。そこから穢らわしい血が溢れかえっているのだ。その悍ましさに身の毛がよだつのを堪え、慎重にその足を進めていった。べちゃりべちゃりと靴底を鳴らすのは血だけではない。砕けた肉片までもがへばり付いているのだ。
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    過去ログ21血を吸って湿った砂塵が靴底でじゃりじゃりと鳴る。乾いた空気はひどく冷え、気が緩めば足が竦んでしまいそうだった。見慣れたヤーナムの街はひしゃげて歪み、整地された道は木の根のようにねじれて小山のように盛り上がっている。岩場を登るように、ときには這うように進んでも見えてくるのは見慣れた筈の聖堂街だ。
    そこに人の影はあった。しかし正気を失い、生ける屍のように血を求めて彷徨う狩人がいるだけだ。かつては自分と同じように狩人だったであろう獣を狩り、肉を裂いて浴びる血に喜びを見出していた。妙に明るい街並みを見渡し、霞む瞳を手で拭う。

    罹患者の症状の一つである、蕩けて崩れた瞳孔のような太陽が不気味に明るい。なんの温かみのない光が崩れたヤーナムを照らしていた。がり、と硬質な地面を爪でかく。腕の力で這い上がれば見えたのは異様な風景だった。ほとんどの道も家も崩れ切ってしまっているのに聖堂街だけはそのままの姿を保っているのだ。また、がりと音を立てて岩のように凹凸が目立つ地面に爪を立てる。見れば爪を立てた場所には深い爪痕が残されていた。背中の産毛が逆立つような不安を感じてルドウイークは装束の手袋を外した。手袋の下には割れた爪が並んでいた。割れた爪の間からは血が滲んでいる。それなのにもはや痛みらしいものさえ感じることもなかった。ルドウイークはここ数ヶ月前から痛みを感じることも少なくなっていた。痛みどころか肉体で感じ得る感覚全てが鈍くなり、体を薄い膜が包んでいるように現実味が薄くなっていた。
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