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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #Bloodborne

    過去ログ18血を吸った革靴がひどく重たい。中に海水が潜り込んだせいで一層重たく、さらには不快な冷たさがつま先を痺れさせている。悪夢は潮が引くように静かに終わったはずだった。ビルゲンワースの冒涜の果てに悪夢に潜み、子を産み落とした母の憎悪。母も亡くして生まれ落ちた子の嘆き。それらの命を絶って海に沈め、すべてに終止符を打ったはずだというのに悪夢は消えることはなかった。
    館の主人を失っても館ごと消えるわけではないということなのだろうか。
    人の気配もない。獣もいない。静謐と呼ぶには血腥さだけが残る悪夢の残留を一人の狩人は歩いていた。
    実験棟の下に構えられた地下牢の石で作られた冷たい壁を手袋越しに撫でる。ここで幾ばくの命が失われたのだろうか。そして無念の死を遂げたのだろうか。正気を失った、ヴァルトールの同胞もまたここで正気は果てていた。医療教会が産み落とした負の産物に指で触れ、鼻腔で血の上に芽吹いた黴の匂いを確かめる。そこにあるのは確かな狂気と悲壮だけだった。
    悲鳴のような軋みが反響する。低く重く響くその湿った音は無念のうちに果てた狩人たちの咆哮のように耳に届いた。その先にまだ、呼気が聞こえた。
    血の濁流に呑みこまれた教会だ。ヤーナムに同じものが果たして存在していたのか、全貌がわからない程に血塗られ荒廃したそこに英雄がただ身を横たえていた。かつての姿は見る影もない悍しく醜い獣となり、その首を落とされた姿だ。彼の首を切り落とした張本人である狩人でさえ、彼を哀れだと思った。

    深い呼気は眠っているためかひどく規則正しく穏やかだ。しかしその命は永くはないだろう。断末魔のような痙攣で時折その表情はひきつり、断裂を見せる首の筋肉が震えた。
    彼に吐いた嘘を狩人は後悔などしていない。だが、一つだけ彼に詫びたい事情があった。
    腰に下げた革の包みには錆びた鍵が一つ冷たく皮膚を焼いたように感じた。致命傷を負ったシモンから渡された地下牢の鍵だ。彼は漁村で望みを果たす前に死んだ。もしも、彼と共に教会の生み出した悪夢を暴くことができれば、ここに共に戻ることができたのだろう。だがそれも叶わなかった夢の一つに過ぎない。
    夢に囚われず深く眠っているのだろう。悪夢から解放された英雄の成れの果てを起こすような無粋さは持ち合わせてはいない。
    潮風で錆が浮いた鋸鉈を奮う。無骨な音を響かせながら火花が散った。
    悪夢はこれで終わるのだろう。確信を抱いたか、願ったかそのどちらでもいい。血を吸って黒く染まった刃を打ち込まんと構えた最中のことだ。悪夢はまだ狩人の道を妨げることを望んでいたらしい。
    不意に開かれたその瞳と目が合ってしまった。静かな水面のような瞳の瞳孔は崩れている。ヤーナムの悲壮さ全てを瞳で見届けたかのようにドロドロに蕩けて砕け散った瞳を見て、なお冷徹を装い刃を打ち込むことはできなかった。
    急激な疲労感に襲われてその場に膝をついた。重たい腐った血が教会の装束に染み込んでいく。冷たい死血が肌を濡らしても立ち上がれないほどに辟易していた。

    「全て……終わったのかね」

    首だけとは言え、到底まともに言葉を介しそうにない獣の首が問うた。それに相槌を一つ返事を返せば、満足そうに深いため息が漏れた。
    言葉一つ発することも困難だろうに、発せられる言葉一つ一つに感謝が滲んでいるかのようだった。

    狩人は感謝されるようなことをしたとは思ってもいなかった。そこに悪夢があった。悪夢の中で血に溺れた狩人たちを狩り、追いかけては殺し、その先にあった秘匿に興味を持っただけの話だ。シモンのように他者を救おうなど微塵も考えずにここに至った。そんな血に酔うことを悦んだ狩人だと、英雄ともあろう男が気がついてもいないのだろうか。
    質の悪い酒を呑んだように舌に残る後味の悪さを噛み殺し、問いかけようかとした言葉にかぶせるように続けられる。

    「正直なところ……、もう誰でもよかったのだよ」

    血が滲む咳を繰り返しながら譫言のように言葉を続く。その言葉に口を閉ざした。

    「悪夢を終わらせてくれるのであれば、誰でも……構わなかった」

    悲しみも虚しさもない。あるのは全てが終わることへの安堵か。瞳に膜がかかっていくのを見つめながら狩人はそっとその頬に触れた。骨が見えるほど深く抉られた傷は乾き、ひどく肌は冷たかった。

    「君が、教会の狩人ではなくとも……ね……」

    乾いた咳に血が混じる。心臓を挽き潰したような血反吐は腐ったように黒くネバついている。喉に血反吐が絡みついたのだろう。気管支を患った末期患者のような咳が喉からこぼれ出てゆく。
    もういい、と苦痛を和らげるように冷たい硬い頬を摩る。いくら掌で包んでもその温もりが戻ることはなく、狩人の体温を奪っていく一方だった。

    彼がいつその真実に気が付いたのかは見当もつかない。
    知っていてなお、もう取り乱す様子はなかった。取り乱すほどの希望は潰えたのか、あるいは消えゆく命の灯火と共に諦念に支配されていったのか。
    腐った血を含んだため息が吐き出されれば、ゆっくりと目蓋を閉じていく。薄く膜がかかった瞳にはもう導きも見えていないのだろうか。
    もしその瞳の奥に導きが輝いたとて、畏怖と祈りを寄せたあの光は遠く、優しく瞬いても彼の心の縁になりえはしないだろう。そんな予感に小さく誰の耳にも届かないような吐息をこぼす。哀れな男だと思った。シモンが語ったように、誰よりも不憫で惨めな男だと。そう語られた男だからこそ、最後に嘯いた希望でさえ嘘であると気が付いてしまったのだろう。

    シモンの望んだ通りに狩人はもう悪夢を見ない。この男も二度と悪夢に苛まれ、得体も知れぬ何かの戯れに踊らされることもない。
    自分を含め哀れだと語られた多くの狩人たちを救うことはできたというのに、こうしてまた希望は指をすり抜けて落ちていく。

    「長く、引き止め過ぎてしまったね……」

    血の滲む咳を繰り返し酸素を求めて喘ぐ中で、そう優しく語り掛けられた。
    しかしその瞳は白く濁りだし、光が差すこともない。だがしっかりと狩人を見つめていた。かつて刃を交わし合ったときのようにまっすぐと。

    「私に構う必要はあるまいよ……。早く、ここを去るといい」

    悪夢を終わらせた狩人を祝う場に相応しくはないと続ければ、筋が連なった首の腱が震え上がる。断裂した気管から血を吸い上げたのか、多量の血を吐き出せば苦しげな呻き声を漏らした。それでもなお、とここを立ち去るよう狩人を見据える。
    そうするのは彼の残された優しさだろう。狩人の後ろ髪を引かれるような思いを断ち切るかのように、また、血が絡みつく喉で背中を押す。
    その命の灯火が消えるのを見届けるのは彼も望まないということなのだろう。しかしここでたった一人、死体が積まれた中で死にゆくまで孤独に佇むことを考えると気がおかしくなってしまいそうだった。
    自分が手掛けた狩人たち、殺してきた獣たちへの贖罪のつもりなのかと問いただすにはあまりにも時間が足りない。

    濁った瞳でもしっかり肯定が伝わるよう、分かったと狩人が声を絞り出す。その声は耳に届いたのだろう。安堵の呻き声が静かな中に響き渡る。
    狩人の夢。唯一の安寧の場に戻ろうと、青い光を放つ灯火に指を伸ばした。暖かくも冷たくもない、だが確かな感触を残すその灯火に触れた最中、囁くような願いが聞こえた。

    「最後に、君にヤーナムを……託しても、よいかね」

    狩人は夢に咲く白い花の名前を知らない。だがその花の香りは血と腐臭に満ちた現世からの離脱の度に、心を癒してくれた。
    だが、その白い清楚な花に包まれても心は穏やかさを取り戻すことはなかった。
    ヤーナムは終わりへと刻一刻へと近づいている。この獣狩りの夜が明けたとき、朝日に照らされるのは市民が一人も残らぬ凄惨な光景なのだ。
    血と肉と獣の毛がこびり付いたヤーナムに二度と穏やかな朝など訪れまい。
    それを知らずにヤーナムを託した英雄の心中を知り、どう冷静にあれと言えるのか。
    悪夢の終焉を見届けた一人の狩人は、不気味なほどに白さを誇る花を引きちぎり、行き場のない怒りに身を焦がし続けるほかなかった。
    怒りに打ち震える狩人の遥か頭上に嘲笑うかのように月が昇り、煌々とその光景を照らし上げていた。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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