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    takami_mhyk

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    takami_mhyk

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    夜の散歩に誘うだけの話

    #フィガ晶♂

    『お手をどうぞ、賢者様』 魔法舎に灯る明かりのひとつに、フィガロは音を立てずにそっと近づく。
     カーテンに遮られていない窓からは、部屋の中で賢者の書に何か書き込む晶の姿が見えた。
     よく考えながら記しているのだろう。フィガロには読めない彼の世界の文字を書く手を時折止めて、考え込むように顎に手を添え本を見つめる。そして書き込む内容を決めると、すっかり扱いが上手くなった羽ペンにインクをつけて、滑らかに紙面を走らせた。
     しばし真剣なその様子を眺めていたフィガロは、ふう、と晶が一息つこうとしたところで窓を軽く叩く。
    「こんばんは、賢者様」
     すぐに音に気がつき窓に振り返った晶に、ひらりと手を振り声をかける。しかし返ってきた反応は何度か瞬くばかりで、姿が見えていないのかとフィガロは小さく首を傾げた。
    「賢者様?」
     もう一度名を呼んだところで、やや遅れてようやく状況を理解したらしい晶の顔色が変わった。
     さっと顔を強ばらせると、握っていた羽ペンを放り出して慌てた様子で窓に駆け寄る。
    「フィガロ!? ここ二階ですよ!?」
     飛び込んだ勢いのまま窓を開けた晶は、フィガロの全容を見て箒の存在を見つけると、ゆるゆると肩の力を抜いていく。
     安堵に包まれたその顔には、そういえばフィガロは魔法使いだった、とわかりやすく書いてある。
     動揺を取り繕うように、こほんと咳払いをひとつして、晶は照れ隠しのぎこちない笑顔を浮かべた。
    「こんばんは、フィガロ。こんな時間に箒に乗って、どこか行くんですか?」
    「夜風にでもあたりたろうかと思ってね。まだ行き先は決まってないんだ」
     陽が落ちて久しく、子供たちならすっかり眠りについている時間。
     月明かりがあるとはいえ、昼間のように辺りを照らす強い光はない。けれどもフィガロは魔法使いだ。明かりがなくてもこの身ひとつで呼び寄せることができるし、箒に跨れば月明かりの下どこまでだって飛んで行ける。空高く飛べば遮るものも、邪魔する者もいない静寂を支配できるのだ。
     夜は部屋でゆっくり酒を舐めるのもいいし、バーに顔を出して誰かと談笑混じりに酌み交わすのも好きだ。けれども時折こうして夜の世界に入り込むのも悪くない。そういうときはいつも一人で宛てもなく箒を流してさすらうのだが、今日はほの暗い世界の中に光を見つけてしまった。
    「賢者様もどうだい? 息抜きも必要だよ」
     真面目な賢者様は"こんな時間"ですら、せっかくの一人の時間をくつろぐことなく、この世界と向き合っている。それはこの世界の住人として、<大いなる厄災>と対峙する魔法使いとしてはありがたいことなのだろう。
     けれども懸命に賢者をする晶を見ていると、邪魔をしたいわけではないのに、こちらを向かせたくなる。
     賢者の書など放っておいて、今のひとときくらいは、目の前の自分を意識して欲しかった。
     先程、二階の窓に現れたフィガロに驚き咄嗟に心配してくれたのことに思いのほか心地よさを覚えたからかもしれない。唐突に芽生えた我儘とも言える気持ちを、彼を労わるもっともらしい言葉に変える。
     フィガロの提案に、晶はそう迷うことなく頷いた。
    「ぜひ、ご一緒させてください。……あ、ちょっと待ってくださいね」
     踵返した晶は、床に落ちた羽ペンを拾い丁寧に机に置いた。書きかけの賢者の書に栞を挟み、本を閉じる。
     椅子に掛けていた上着を羽織り、再び窓の傍に寄ってきた。
    「お待たせしました」
     窓台に膝を置き、窓枠に手をかけたまま身を乗り出す。
     ふわりと漂う風が晶の髪を優しく撫でると、二階の高さを意識したのか、少し不安げな顔になった。
     安定した地面が遠い場所から箒に乗るのに勇気がいるのだろう。
     フィガロは箒を窓の近くに寄せて、晶に手を差し出す。
    「賢者様、お手をどうぞ」
    「――ありがとうございます」
     差し出されたフィガガロの手に、そっと晶の手が重なる。それをしっかりと掴み、晶が箒に足を伸ばす前に口に馴染んだ呪文を唱えた。
    「≪ポッシデオ≫」
    「え、わっ」
     魔法で晶の体は重力を無視してふわりと浮き上がり、そのままフィガロの後ろに跨った。
     完全に箒に体重がのったところで、ちょっとしたフィガロの悪戯に咄嗟に力が入った手を緩めて、晶は詰めていた息もそっと吐き出す。
    「……手を貸してくれる必要、あったんでしょうか」
    「まあ、あったんじゃないかな」
     繋いだままの手をにぎにぎと遊ぶように握り、真っ赤になった晶に満足して、その手を自分の腰に回させた。
    「さあ、しっかり掴まっていてね。賢者様」
     箒は滑らかに上昇していく。
     昼間は豊かな緑がわかる自然の景色はなく、近づくほどに熱を感じる光もない。鳥たちもどこかで羽を休めていて、生き物の気配も感じられない。
     ゆるやかに風が流れる音と、重なった体から互いの息遣いと体温が感じられるだけ。
    「静かですね」
    「そうだね。賢者様の世界はどんな夜なの?」
    「俺のいた世界は、夜も明るいんですよ。魔法はないですけど、その代わり電気などを使った科学が発展していて、どこにでも灯りがついていました。そうそう、眠らない街、何て言われる場所があって――」
     適当に箒を走らせながら、この世界の大半を知るフィガロでさえまったく知らない世界を語る晶の言葉に耳を傾ける。
     たとえ楽しむ景色もなく、行き先も目的もないただ穏やかなだけの時間。
     思い出を語る楽しげな晶の声は自分にだけ向けられているものだ。他の誰もいない、フィガロだけのもの。
     それを聞きながら、時折疑問や質問を口を挟みつつ、フィガロは賢者とふたりきりの夜のひとときに満たされ微笑んだ。
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    Ukue

    DONE11/14【月よりのエトランゼ】展示作品です。
    PWはおしながきに貼っているリンク先に記載しています。
    自分の住む世界にフィガロが来てもまだ「好き」を素直に伝えられない晶♂と
    「好き」と言われていることに気づかないフィガロのお話。

    I love youは聞こえない→フィガロの話
    I love youは届かない→晶♂の話
    になっています。
    I love youは聞こえない / I love youは届かないあの世界の月――≪大いなる厄災≫は綺麗ではなかった。
    たくさんの生物を殺し、大地を壊し、賢者の魔法使いたちに傷を与えた。
    血に染まった、醜い存在。
    だけど、この世界に来てからはどうだろう。
    この世界の月は俺たちに危害を加えることはないし、何かを壊すこともない。
    毎晩暗くなった街を照らし、人々に希望を与えている。
    「あの世界で『月が綺麗だ』って言ったら、フィガロは不謹慎だと怒りましたよね」
    「そりゃそうだよ。賢者様は殺人鬼を美しいと思うのってあの時も聞いたはずだけど」
    「俺はそんな変わった人じゃないです」
    賢者様はたまに意味不明なことを言う。
    蒸し暑い時に「今日は少し肌寒いですね」とか、晴れているのに「雨、止みませんね」とか言っていた。俺が「風邪引いたの?」「大丈夫?」と声をかける度、悲しそうな顔をしていた。
    1357

    りう_

    DONE11/14逆トリオンリー「月よりのエトランゼ」で展示していた作品です。
    逆トリで晶くんの世界にやって来たフィガロと晶くんが買い物デートして二人でダーツをしています。
    ご都合主義なので、厄災がどうにかなって、二人はお互いの世界を行き来出来るようになっている…という想定です。
    ※ちょっとだけフィガロ親愛ストのネタバレがあります。
    勝者の願い そこそこ人の多い、昼下がりの商店街。自分と同じく買い物に出ている人や外食に来ている人が多いのだろう。
     彼と連れ立って歩くとちらちらとすれ違う人たちの視線を感じた。その視線は、俺では無く隣を歩く人へと一心に向けられている。それはそうだろう、俺の横にはこの国では見かけない珍しい色彩と、頭一つ飛びぬけた長身、それに整った顔立ちを持った麗人が居るのだから。
     そっと斜め上を見遣ると、彼は珍しそうに立ち並ぶ建物たちを眺めているようだった。色とりどりの看板がひしめき合うように集まり、その身を光らせ主張している。建物の入り口には所々のぼりがあるのも見えた。
     その一つ一つに書かれた文字を確認するように、時折フィガロの唇が開いては、音もなく動く。どうやら看板に書かれた文字を読み取っているようだ。
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