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    yomo_IV

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    yomo_IV

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    カシスとガナッシュ
    ED後。大学みたいな場所というのを失念してました。大学なら……みんな一緒に卒業だよな……。

    くたびれた靴で踏みしめた砂利が、レンガと揉まれてざりざり悲鳴を上げている。日中の喧騒であれば取るに足らないその音も、深夜ともなれば街並みによく響いた。時間さえも眠ってしまったのではないか。そう錯覚するほど静かな暗い道の先に、最低限のあかりを灯したウィル・オ・ウィスプが静かに佇んでいる。

     ここまで足を運んだのは、ただの好奇心だった。夜間に学ぶ人々がいると聞いたから、なんとなく夜に浮かぶ学校を見てみたかった。
     いざ目の当たりにしてみると、もっと早くに訪ねたらよかったな、と思った。よく知った建物の、知らない空気を歩いてみたかった。先日、晴れて卒業生となったばかりのカシスには、学び舎に立ち入る用事がない。
     不意に街並みを嘗めた風に煽られて、カシスは肩を震わせる。インバネスを羽織っていても、冬の風は刺さるように冷たい。
     明日から、カシスは旅に出るつもりだ。それなのに体調を崩すのはまずい。寒さに縮んでしまった背筋を伸ばして、踵を返そうとした。その時だった。
    「こんな時間に、遠くまで買い物?」
     誰もいないと思っていた場所に、聞き馴染みのある声が響いた。驚きこそしたものの、知っている声であれば警戒する必要はない。のんびりと、声が聞こえた方角へ視線を迷わせる。その先で、カシスは夜空と似た色の外套が揺れているのを見つけた。
    「ガナッシュ。なんだ、いたの。声をかければいいのに」
    「かけただろ」
    「もっと早くにだよ」
    「そんなに前からいなかったよ」
     単調な言葉の中には、もう他人を遠ざけるような棘がない。暗がりであるのをいいことに、カシスは小さく笑った。見えないだろうと踏んでのことだったのだが、残念ながら彼にはしっかりと見えたらしい。砂利が擦れる音が近づくのに伴って、不思議そうに眉を寄せている顔が見えてくる。
    「何か変なことでも言った?」
    「いいや。昔なら、オマエは声なんてかけなかっただろうな、って思っただけ。嬉しいんだよ」
     カシスは片手に提げていたビニールの袋から、缶ジュースを一本取り出す。買った時よりも冷たくなっていた。
    「餞別」
    「‥‥それは、オレが送る方なんじゃないか」
    「年下から何かもらう趣味はねぇなぁ」
    「1コしか違わないだろ」
     放り投げられた缶を受け取ったガナッシュが、それを両のてのひらで揉むように転がしている。どうすればよいのか、決めかねているように見えた。カシスは同じ種類の缶を取り出して、プルタブを開けた。小気味よい音がはじけて、すぐにぱちぱちと炭酸が遊び始める。一口飲んで、ガナッシュの目の前で缶を揺らしてみせた。
    「美味いよ」
     少しの逡巡を経て、ガナッシュはならって缶を開けた。先程まで転がしていたせいで、飲み口から少し泡があふれたのが見えた。
     柑橘系の香りが、糸を張ったような空気に混ざる。しばらく、二人で肩を並べて、何も言わずに学校のあかりを見ながら冷えたジュースを飲んだ。たまに頭の芯が痛むような冷たさをしていたけれど、ガナッシュは何も文句は言わなかった。
     カシスの飲んでいた炭酸が元気を失ったころ、ウィル・オ・ウィスプからフッとあかりが消えた。
    「あ」
     カシスの口から、思わず声が溢れる。それに弾かれるようにして、じっと立っていたガナッシュがカシスに目を向けた。
    「まだ帰らなくていいのか?」
    「帰るよ。明日、早いんだ」
    「‥‥‥‥ごめん」
    「何でだよ。いいじゃん、こういうのも。青春みたいでさ」
    「そう‥‥か‥‥?」
    「じゃ、帰りますか。オマエはあと一年、がんばれよ。晴れ姿、見に来てやるからさ」
     残りの炭酸を流し込んで、カシスはインバネスを翻した。
    「カシス!」
     ガナッシュの唇から、思わず呼び止める声が出た。カシスは手を挙げて応えただけで、もう振り返ることはなかった。それ以上は何も言えずに、ガナッシュはただ夜に溶ける背中を見送った。
     何が言いたかったわけでもなかった。ただ、なにか言葉になり損なった吐息が白くにごって、夜空に吸い込まれていく。
     飲み終わっていない炭酸が、またひとつ手の内で弾けた音がした。
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    yomo_IV

    DOODLEシードルとガナッシュ
    ED後/尻切れ
    ◆◆◆
     ボク、キミを知りたいと思ったんだ。
     シードルと向き合うように置かれたカンバスの奥に置かれたスツールへ腰掛けて早々、そんな言葉が飛んできた。予想だにしていなかった言葉だったものだから、ガナッシュは驚いて「そうなんだ」と素っ気ない返事しかできなかった。
     一呼吸おいてから、カンバスに姿を切り取られたシードルの様子を窺う。別段気を悪くした様子はなかった。琥珀色の絵筆がするするとカンバスの上を泳いでいくのが、たまにガナッシュの方からも見えた。
     知りたいとは、どういうことか。
     臨海学校を終えてから、以前にも増して芸術一辺倒となったシードルのことを、ガナッシュは理解できない時がある。知りたいのならば、膝を突き合わせて話した方がいい思うのだが、どうやら彼にとって語らうことは知ることではないらしい。

     選んだ授業を終えて、さあ帰るかとガナッシュが荷物をまとめていると、別の授業を選択していたはずのシードルがガナッシュの元にやってきた。絵のモデルになってほしいのだと言う。
     オレでいいのかと聞くと、キミがいいんだよ、と何故だか笑われてしまった。そう言われては、断る理由がない。カバンに荷物 1305

    yomo_IV

    TRAININGカシスとシードル
    ED後
    ◆◆◆

     西日の差し込む美術室の、準備室に続くドアの隣に置かれた古いイーゼルと、長い年月の染み込んだ角いす。用事のない放課後、いつもシードルはそこにいた。誰もいない美術室を満たす画材たちの香りが好きだった。
     今日もまた、シードルはイーゼルの前に座っていた。立てかけたカンバスに筆を走らせていたシードルの耳に、ふと扉が開く音が届いた。絵を描くことに没頭しすぎて、マドレーヌ先生が下校を促しに来ることがままある。またやってしまっただろうか。シードルは窓へ一瞥を向けて、おや、と思った。まだ、夜の帳は下りていない。
     であれば、なにか別の用事だろうか。絵筆を転がらない場所に置き、振り返る。
    「よう」
    「カシス!?」
     青天の霹靂。彼の扱う魔法からするに、窓から槍の方が的確だろうか。何はともあれ、予想だにしていなかった来訪者に、シードルはひどく驚いた。
     当の本人はそんなシードルを気にもせず、適当な角椅子を下ろして座った。シードルにとってはちょうどいい角いすも、カシスが腰掛けると随分と窮屈そうに見えた。
     すっかり筆を止めてしまったシードルに、カシスがゆっくりと瞬く。
    「なんだよ、描かないの?」 3398

    yomo_IV

    TRAININGカシスとガナッシュ
    ED後。大学みたいな場所というのを失念してました。大学なら……みんな一緒に卒業だよな……。
    くたびれた靴で踏みしめた砂利が、レンガと揉まれてざりざり悲鳴を上げている。日中の喧騒であれば取るに足らないその音も、深夜ともなれば街並みによく響いた。時間さえも眠ってしまったのではないか。そう錯覚するほど静かな暗い道の先に、最低限のあかりを灯したウィル・オ・ウィスプが静かに佇んでいる。

     ここまで足を運んだのは、ただの好奇心だった。夜間に学ぶ人々がいると聞いたから、なんとなく夜に浮かぶ学校を見てみたかった。
     いざ目の当たりにしてみると、もっと早くに訪ねたらよかったな、と思った。よく知った建物の、知らない空気を歩いてみたかった。先日、晴れて卒業生となったばかりのカシスには、学び舎に立ち入る用事がない。
     不意に街並みを嘗めた風に煽られて、カシスは肩を震わせる。インバネスを羽織っていても、冬の風は刺さるように冷たい。
     明日から、カシスは旅に出るつもりだ。それなのに体調を崩すのはまずい。寒さに縮んでしまった背筋を伸ばして、踵を返そうとした。その時だった。
    「こんな時間に、遠くまで買い物?」
     誰もいないと思っていた場所に、聞き馴染みのある声が響いた。驚きこそしたものの、知っている声であ 1693