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    yomo_IV

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    yomo_IV

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    カシスとシードル
    ED後

    ◆◆◆

     西日の差し込む美術室の、準備室に続くドアの隣に置かれた古いイーゼルと、長い年月の染み込んだ角いす。用事のない放課後、いつもシードルはそこにいた。誰もいない美術室を満たす画材たちの香りが好きだった。
     今日もまた、シードルはイーゼルの前に座っていた。立てかけたカンバスに筆を走らせていたシードルの耳に、ふと扉が開く音が届いた。絵を描くことに没頭しすぎて、マドレーヌ先生が下校を促しに来ることがままある。またやってしまっただろうか。シードルは窓へ一瞥を向けて、おや、と思った。まだ、夜の帳は下りていない。
     であれば、なにか別の用事だろうか。絵筆を転がらない場所に置き、振り返る。
    「よう」
    「カシス!?」
     青天の霹靂。彼の扱う魔法からするに、窓から槍の方が的確だろうか。何はともあれ、予想だにしていなかった来訪者に、シードルはひどく驚いた。
     当の本人はそんなシードルを気にもせず、適当な角椅子を下ろして座った。シードルにとってはちょうどいい角いすも、カシスが腰掛けると随分と窮屈そうに見えた。
     すっかり筆を止めてしまったシードルに、カシスがゆっくりと瞬く。
    「なんだよ、描かないの?」
    「……勝手だなぁ。何しに来たのさ」
    「見学。邪魔はしないよ。いいだろ?」
    「どういう風の吹き回し? キミ、絵に興味なんてあったっけ?」
    「あんまりねぇかなぁ」
    「……」
     セサミではないが、バカにされたような気分だ。不毛な会話を続けて、時間を費やすのは勿体ない。返事の代わりに肩をすくめて、シードルはカンバスに向き直った。
     作業を再開しても、カシスは何も言わず、物音すらもほとんど立てなかった。どうやら、本当に見学しにきたらしい。

    「なあ、シードル」
     再び静寂を取り戻した美術室で、頭の中身を描き写すことに傾倒しかけていたところを、突然カシスが現実に引き戻した。返事をするのが億劫で、シードルは横目にカシスを見る。カシスは、神妙な顔でこちらを見ていた。
    「オレが死んだら、絵に描いてよ」
     手にしていた筆が止まるのに、そう時間は要さなかった。
     突拍子もないことを、あたかも「カエルグミを獲るならオレの分も」のような軽い調子で言うものだから、うまく言葉の意味を理解できずに筆を置く。取り落とさなかっただけ、褒めてもらいたいものだ。
    「……あのねえ、キミ。縁起でもないことを言わないでよ」
    「別に死ぬ予定があるとか、死にたいとかじゃないぜ」
    「そんなことを言った日には、キミとはもう口を利かないよ」
    「言わないって。たださぁ」
    「ただ?」
    「オヤジの命日だったんだ」
     いよいよカンバスに向き合っていられなくなって、シードルは体をカシスの方に向けた。膝の上で手を組んでいたカシスと目が合って、シードルは無意識に背筋を伸ばす。さみしさだとか、かなしさだとか、そういった色を探したのに、青みがかった紫色の瞳には何の色も乗っていなかった。
     感傷を煽られているのなら、少し不愉快だ。
    「ボクにそういう話するの? 慰めろってこと? さすがに無神経じゃないかな」
     露骨に棘のある語調で刺すと、面食らったように身じろいだ。カシスはすぐに目を伏せて、頭を振った。夕日に焼かれた銀の髪が、きらきら揺れた。
    「そう聞こえてもしょうがないな」
    「他にどういう……」
     カシスが途中で手を挙げて、言葉を遮った。中途半端にこぼれた吐息ごと感情を呑み込み、シードルは非難の意を込めて睨め付ける。カシスは、首をすくめただけだった。
    「顔は覚えてるのに、どんな顔で笑うのか思い出せないんだよ。シードルはオフクロのこと、ちゃんと覚えてる?」
    「………………覚えてるよ。笑ったママも、怒ったママも、何回も描いた。忘れたくなくって」
    「オレはそういうこと、できないからさ。シードルに描いてもらいたいんだ」
     納得はできないが、言わんとすることは何となくわかった。行きずりの画家より、臨海学校を共に乗り越えた自分を選んだ方が、彼らしい肖像画を描くことはできるだろう。
    「描いたとして、誰に渡すのさ。まさか、棺に入れてくれ、とか言わないよね?」
     肩から少しだけ力を抜いて、シードルは持ったままだったパレットを近くの机に置く。
    「オフクロに渡してほしい」
    「キミのママより先に死ぬ気なの!?」
     予想だにしていなかった言葉に、シードルは立ち上がった。勢いが良かったせいで、せっかく置いたパレットが床に落ちた。大して動じた風でもなく、カシスは困ったように笑う。
    「死ぬ気はねぇって。ただ、卒業したら旅に出たいんだ。もしかしたら、死ぬかもしれないだろ」
    「呆れたなぁ。カエルの子はカエルってこと? ママを大事にしないの? ママは、ちゃんと生きてるのに?」
    「……」
     答えに詰まることのなかったカシスが、言葉を失った。口をついて出てしまった言葉に、シードルはハッとする。彼が母親のために家事をしていることを知っている。買い物かごに、自分の好きではないものを入れている背中を見たこともある。
     母親がいることの羨望を妬みにすり替えてしまったことに、シードルは恥じ入って身を縮めた。カシスから見れば、父親のいるシードルだって羨ましいはずだ。
    「…………言い過ぎちゃった。ごめん」
    「いや、いいよ。オマエの言い分も、もっともだ。変なこと頼んだオレが悪い。忘れてくれ」
     立ち上がったカシスがいつも通りに笑った。話を切り上げられたのだと察して、シードルは床を蹴った。角いすを片付け始めるその腕を掴んで、動作を止めさせる。これには、カシスも目を白黒とさせた。
    「シードル?」
    「描くよ」
    「え?」
    「描くって言ったの。でも、キミだけを特別に描くんじゃないよ。元から、みんなのことを描くつもりだったんだ。……あと、キミが死んだあと、さめざめ描くのなんてイヤだ。キミが生きてる間に描くから、欲しいなら取りに来て。自分でママに渡して」
     一方的に言いたいことを叩きつけて、シードルは腕を離した。それとほとんど同時に扉が開く音が聞こえて、シードルはそちらに目を向けた。今度こそ、想像通りの来訪者だった。
    「シードル、まだ描いてるの~? もう完全下校時間だぞー。って、カシスもいる。珍しいわね、どうしたの?」
    「見学に来たんですって。もう片付けて帰ります」
    「見学? カシスが? 先生も見学して行こうかな」
    「……先生、下校を促しにきたんじゃないの?」
     マドレーヌに目を向けたあと、一度だけ視線がかち合って、カシスとシードルはどちらともなく視線を逸らした。角いすを定位置に戻したカシスが、マドレーヌと当たりさわりのない話を始める。それを聞きながら、シードルは落としてしまったパレットを拾った。床を汚した絵の具をぞうきんで拭いて、画材たちを定位置に眠らせていく。マドレーヌの来訪によって、張り詰めていた空気がやわらかく丸まっていくのがわかる。

     二人とも、シードルの片付けが終わるまで待っていてくれた。

    ◆◆◆

    「二人とも、気を付けて帰るのよ。また明日ね」
    「はい。さようなら」
    「じゃあね、先生」
     ウィル・オ・ウィスプを出たころには、辺りはもうすっかり暗くなっていた。二人で並んで校門を出て、同じところまで足を揃えて帰った。話題はといえば、もう冬が近いだとか、明日の授業が憂鬱だとか、そんなものばかりだった。
    「シードル」
     二人の進む道が変わる三叉路で、カシスは足を止めた。先程まで浮かべていた人好きするような笑顔は消えていて、街灯に照らされた横顔が大人のようだった。胸の奥が少し冷えた。
    「なに?」
    「絵、楽しみにしてる」
    「高くつくよ」
    「どれくらい?」
    「200ブラー」
    「ははは。そりゃ高いな」
     それじゃあ、と手を掲げたカシスに、シードルも手を挙げて応えた。別れたきり振り返らずに、マントを風になびかせながら、シードルは歩く。歩いて、歩いて、段々走りたくなって、足を弾ませて、息を切らせる。まちのあかりが、ペインティングオイルをたっぷり含んだ絵の具のように、景色に伸びていく。
     叫びたくなる衝動を、爪先に乗せる。転びそうになって体勢を立て直し、がむしゃらに走った。
     体を突き動かす気持ちが、シードルにはなんだかわからなかった。
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    Replies from the creator

    yomo_IV

    DOODLEシードルとガナッシュ
    ED後/尻切れ
    ◆◆◆
     ボク、キミを知りたいと思ったんだ。
     シードルと向き合うように置かれたカンバスの奥に置かれたスツールへ腰掛けて早々、そんな言葉が飛んできた。予想だにしていなかった言葉だったものだから、ガナッシュは驚いて「そうなんだ」と素っ気ない返事しかできなかった。
     一呼吸おいてから、カンバスに姿を切り取られたシードルの様子を窺う。別段気を悪くした様子はなかった。琥珀色の絵筆がするするとカンバスの上を泳いでいくのが、たまにガナッシュの方からも見えた。
     知りたいとは、どういうことか。
     臨海学校を終えてから、以前にも増して芸術一辺倒となったシードルのことを、ガナッシュは理解できない時がある。知りたいのならば、膝を突き合わせて話した方がいい思うのだが、どうやら彼にとって語らうことは知ることではないらしい。

     選んだ授業を終えて、さあ帰るかとガナッシュが荷物をまとめていると、別の授業を選択していたはずのシードルがガナッシュの元にやってきた。絵のモデルになってほしいのだと言う。
     オレでいいのかと聞くと、キミがいいんだよ、と何故だか笑われてしまった。そう言われては、断る理由がない。カバンに荷物 1305

    yomo_IV

    TRAININGカシスとシードル
    ED後
    ◆◆◆

     西日の差し込む美術室の、準備室に続くドアの隣に置かれた古いイーゼルと、長い年月の染み込んだ角いす。用事のない放課後、いつもシードルはそこにいた。誰もいない美術室を満たす画材たちの香りが好きだった。
     今日もまた、シードルはイーゼルの前に座っていた。立てかけたカンバスに筆を走らせていたシードルの耳に、ふと扉が開く音が届いた。絵を描くことに没頭しすぎて、マドレーヌ先生が下校を促しに来ることがままある。またやってしまっただろうか。シードルは窓へ一瞥を向けて、おや、と思った。まだ、夜の帳は下りていない。
     であれば、なにか別の用事だろうか。絵筆を転がらない場所に置き、振り返る。
    「よう」
    「カシス!?」
     青天の霹靂。彼の扱う魔法からするに、窓から槍の方が的確だろうか。何はともあれ、予想だにしていなかった来訪者に、シードルはひどく驚いた。
     当の本人はそんなシードルを気にもせず、適当な角椅子を下ろして座った。シードルにとってはちょうどいい角いすも、カシスが腰掛けると随分と窮屈そうに見えた。
     すっかり筆を止めてしまったシードルに、カシスがゆっくりと瞬く。
    「なんだよ、描かないの?」 3398

    yomo_IV

    TRAININGカシスとガナッシュ
    ED後。大学みたいな場所というのを失念してました。大学なら……みんな一緒に卒業だよな……。
    くたびれた靴で踏みしめた砂利が、レンガと揉まれてざりざり悲鳴を上げている。日中の喧騒であれば取るに足らないその音も、深夜ともなれば街並みによく響いた。時間さえも眠ってしまったのではないか。そう錯覚するほど静かな暗い道の先に、最低限のあかりを灯したウィル・オ・ウィスプが静かに佇んでいる。

     ここまで足を運んだのは、ただの好奇心だった。夜間に学ぶ人々がいると聞いたから、なんとなく夜に浮かぶ学校を見てみたかった。
     いざ目の当たりにしてみると、もっと早くに訪ねたらよかったな、と思った。よく知った建物の、知らない空気を歩いてみたかった。先日、晴れて卒業生となったばかりのカシスには、学び舎に立ち入る用事がない。
     不意に街並みを嘗めた風に煽られて、カシスは肩を震わせる。インバネスを羽織っていても、冬の風は刺さるように冷たい。
     明日から、カシスは旅に出るつもりだ。それなのに体調を崩すのはまずい。寒さに縮んでしまった背筋を伸ばして、踵を返そうとした。その時だった。
    「こんな時間に、遠くまで買い物?」
     誰もいないと思っていた場所に、聞き馴染みのある声が響いた。驚きこそしたものの、知っている声であ 1693