幼なじみと約束放浪の旅でふらりと立ち寄った街。
やけに混みあった雑貨店で必需品を買い物かごに放り込んでいると、街の人たちの噂話が嫌でも耳に入る。
「二つ隣の町が蛮族に襲われたらしい」
「蛮族に襲われたので村を捨てて逃げてきた」
「街道で商人が襲われて品物が届かない」など。
近頃は蛮族の噂を聞かない日はない。この街に滞在して1週間程だが、いよいよ身近に危機が迫っているらしい。
村を出た幼馴染に憧れ、自分も人を救いたいという気持ちで住んでいた村を飛び出してきたはいいものの、神官がひとりで出来ることは少なく、傷ついた冒険者を見かけては手当をして回る日々が続いていた。
このままではダメだ。
元を絶たねばまた人は襲われる。
回復が出来る範囲ならいい。けれど死んでしまった人は治せない。
日に日に焦りは募っていくが、うまく行動を起こせないまま日付だけが進んでいく日々を過ごしていた。
「もしかして……、ルーフェン?」
買い物を済ませて雑貨店を出ると、聞き覚えのある声に呼び止められる。夕陽に照らされて眩しいほど輝く金糸のような髪に、鮮やかなマゼンタの瞳。細長く尖った特徴的な帽子は、故郷にいた頃から幾度となく見ており間違えるはずもない。
「え……、メイリス?」
故郷を出た彼と最後に会ったのは村に帰って来た時だろうか。実に30年ぶりの再会になる。私は思わず顔が綻ぶ。
「君とこんなところで会えるなんて! 本当に久しぶりだね! 30年ぶりくらいかな?」
メイリスは紙袋を抱えたままの私に抱きつくと、子供のように無邪気な顔で笑う。
30年の時が流れていても、私たちエルフはあの頃と何ひとつ変わらない姿を保っている。間近で見たメイリスの顔は陶器のように白く美しく、中性的な顔立ちをしている。彼の長い睫毛の影がかんばせに落ちる。まるで人形のようだ、と思う。
「先日故郷に帰ったら、ルーフェンも村を出たと聞いて驚いたよ。確かに以前から外の世界を見てみたいと君は言っていたけど。」
「メイリスの手紙はいつも楽しそうだったから……。」
私は素直に旅に出た理由を話す。メイリスが旅に出てからは彼の使い魔を通じて文通をしていた。
「新たな出会いはいいものだ。」
お決まりの一文から始まる彼の手紙はどれも面白おかしい冒険譚が語られており、村から出ずに質素な暮らしを続けていた私の心を踊らせるには十分すぎた。彼から送られた何百通もの手紙は夢のような驚きに溢れていたのだ。
「……そうか。じゃあ、僕のせいで……。」
「メイリス?」
メイリスは表情を曇らせて俯いた後に、ハッと我に返ったように顔を上げてぎこちなく笑った。
「なーんて、僕の手紙で君が希望を見つけられたのなら、夜な夜な手紙を認めた甲斐があったというものだよ!
ささ、せっかくだからそこのお店で積もる話でもしよう! 奢るから♪」
「わっ、行くから押さないでっ。」
不自然にテンションの高い様子のメイリスに背中を押されて入った先は、見たことの無い植物とたくさんの花に囲まれた小さな喫茶店だった。大きなガラス張りのサンルームからは暖かな光が溢れている。決して広くはないが、素人目で見ても分かるほどの骨董物の家具が置かれているのは店主のこだわりだろうか。落ち着いた内装に居心地の良さを感じる。
他に客はおらず、店に入るとすぐにルーンフォークの店員が窓の近くの席へと案内してくれる。促されるまま座ると、メイリスが慣れた様子で「いつもの」と注文をする。
「メイリスはよくここに来るの?」
「うん。知り合いがここのマスターをやっていてね。魔法に使う薬草や素材を分けてもらってるんだ。」
メイリスは通い慣れた場所にリラックスしているのか、先ほどより落ち着いてにんまりと笑った。
しばらくすると食器の心地よい音と共にティーセットが運ばれてくる。店員がハーブティーを注ぐとふわりと爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
丁度良い温度のハーブティーを口に運ぶと、メイリスはさて、と切り出してくる。
「偶然にもまた君と出会えて……、本当に嬉しい。」
私もだよ、と返すとメイリスは少し困った顔をした。彼とはなかなか長い付き合いなので、これはどういう表情をすればいいか分からないときの顔だ、と予想がついた。
「まさか村の外で君と会うとは思わなかったな。」
「……メイリスは私が旅に出るのは嫌だった?」
彼は驚き、やはりルーフェンには敵わないな、と呟く。
「うん。正直、嫌だよ。
こうして出会えたのは嬉しい、それは本音だよ。
でも旅には危険が付き物じゃないか。
君は直接戦う力もないし、蛮族に襲われたら逃げるしかないだろう?」
「それは……、そうだね。」
自分が神官の家で育てられたことはもちろん幼馴染であるメイリスは知っている。神聖魔法は使えるが、まだ攻撃用の魔法は習得していない。そもそも神聖魔法は攻撃より支援を得意とする魔法だ。
武器は護身用に持ち歩いているが、まともに扱えない。もし蛮族との戦闘になった場合は、間違いなく追い詰められる。
今までの旅路は「守りの剣」がある街道を選んでいた。けれどもすべての道に「守りの剣」が敷かれていると言う訳ではないし、「守りの剣」も万能ではない。恐れを知らぬ蛮族が襲ってくる可能性が無いわけではないのだ。
今の自分では1匹の蛮族すら倒すのは難しい。旅慣れたメイリスには見抜かれてしまっている。
言葉に詰まり、沈黙が訪れる。
何を言っても言い訳になるだろう。もちろん人を救いたいという思いはあるが、実際に自分を突き動かしたのは好奇心だ。打算で行動した訳ではない。
ただあの村で一生を過ごすのはなんだか違う、とぼんやり思っただけに過ぎないのだ。
長い沈黙を破ったのはメイリスだった。
小さく穏やかな声で話し始める。
「……僕との約束は、覚えてる?」
顔を上げてもちろん、と微笑んで返す。
自分とメイリスが初めて出会った頃のこと。
メイリスが旅に出るきっかけになったこと。
あの日の約束。
まぶたを閉じれば今でも鮮明に思い出が蘇る。
◆
物心がついたとき、自分はひとりだった。
薄暗い森の中で枯れ葉に埋もれながら横たわっていたのが一番古い記憶だ。
いつからそうしていたかは分からない。自分にわかるのは、頼れるものは何もなく、このままだと遠くないうちに限界が来るということだけだった。
かすかな虫の声しか聞こえない森の中にどこからか足音が近づいてくる。危険を感じるも身動きが取れずにいると、目の前に灯りが現れて顔を照らされる。
眩しさに目を顰めていると、獣のような毛に覆われた何かが近づいてくる。
「君は、エルフかな? 何故、こんなところに……。」
「……。」
口が乾いていてうまく声を出すことが出来ないままでいると、どこからかエルフの子供が駆け寄ってくる。
「わあっ、おとうさん! ぼくとおんなじエルフの子どもだ!
男の子かな? 女の子かな?」
目をまんまるにしてはしゃぐ子供に気圧される毛むくじゃらの男、もといタビットの男は私を抱えて近くの村に連れ帰った。
エルフの子供ーーメイリスとその父に出会ったのはこの日だった。
メイリスの父はタビットだが、血が繋がった家族ではない。メイリスも自分と同じように森を歩いていた際に見つけて拾ったのだと言う。
メイリスの父は変わり者で、近くの村からは少し離れた森の側で暮らしており、日夜魔法や錬金術の研究に明け暮れていた。そういうわけなのでメイリスを拾ったときは村の人に面倒を見て貰えないかと頼んだが、メイリスが懐いてしまいそのまま引き取ることになったのだそう。
まるで本当の親子のようなふたりを、村の人も優しく見守っていた。
私は村に住む神官の家に引き取られることになった。人間の家族と暮らすようになり、言葉やマナー、勉強の他にも神への信仰の大切さを学んだ。
自然と自分も神官を志すようになり、毎朝の祈りは欠かさず行った。
メイリスとは毎日のように一緒に過ごした。森を駆け回って木の実を拾ったり、湖を泳いで競争したり、メイリスの父の研究を手伝って薬草を集めたり、難しい魔法書を引っ張り出して一緒に読んだり。
自分の正確な歳は分からなかったから、メイリスの父に誕生日を付けてもらった。同じように付けてもらったメイリスとは3つ程の歳の差で、村にエルフはふたりだけしかいなかったこともあり、まるで兄弟のように仲良く過ごしていた。
「っ、父さん、父さんっ!!」
自分が12歳、メイリスが15歳のある日、いつものようにメイリスの家に遊びに行くと、メイリスの父が肌身離さず付けている帽子が床に落ちていた。これは只事ではないと急いで研究室に向かうと、メイリスの父は床に倒れていた。
原因はすぐに分かった。衰弱だ。
彼は今年で58歳だった。タビットの平均寿命は50歳ほどと本で読んだので、長生きしたと言える年齢であるように思える。
その日からのメイリスは人が変わったようだった。
彼は数年前から本格的に錬金術の研究を手伝っていたが、その日から連日朝から晩まで錬金術の研究に明け暮れていた。
心配になって何度も様子を見に行ったが、忙しいからと追い返され自分は無力だと感じた。
彼が何を研究しているかは何となく気付いていた。それが自然の摂理を捻じ曲げる行いであるだろうことも。
それでも鬼気迫る様子で必死に研究を続けるメイリスを自分では止められなかった。彼を説得できるだけの言葉を私は持ち合わせていなかった。
自分に出来ることは、毎日神に祈りを捧げることだけだった。
どうかメイリスが、大切な友人が道を踏み外してしまわないように、と。
半年後、メイリスの研究の成果は日の目を見ることも無いまま彼の父は他界した。
彼の研究はたくさんの人を救っていたようで、葬儀には村の外からも大勢参列していた。
私自身も命の恩人が亡くなったことは深い悲しみを覚えたが、毎日のように神に祈ることで心の傷を少しずつ癒すことが出来るような気がした。
父が亡くなってからのメイリスは、研究に明け暮れていた日々とは別人のように変わっていた。笑うことが多くなり、まるで何かを悟ったように元の明るい性格に戻ったのだ。
私はメイリスが自暴自棄になってしまったのかと思ったが、彼はそうじゃないんだと穏やかに話し始める。
「父さんが倒れてからの僕は、短命の種族の寿命を伸ばす薬を作る研究をしていたんだ。
だってさあ、信じられるかい?
僕たちエルフは500年生きるのに、タビットはその10分の1しか生きられないんだ。
あまりにも理不尽だ。生きたいという気持ちは誰だって同じはずなのに!
……だから、そのためならなんでもしてやるって思ったんだ。」
「それは、事実だ。でもそれは……。」
メイリスは顔を伏せるが、顔を上げてまっすぐと私の瞳を見つめる。
「分かってる。
すぐに無理だと気付いた。それに、父さんの研究を読んだらそれはしてはいけないことだと思った。
父さんは自分が長生きするための研究なんてひとつもしていなかった。
村の人は父さんのことを変わり者だって言うけど、いつだって困っている誰かのために研究をしてた。
寿命が短い分、僕には考えられないほどの情熱があった。
そこにはちゃんと、父さんの人生があったんだ。」
メイリスはニコリと微笑む。彼の泣き腫れて赤く染まった目尻には涙が輝いていた。
個人差はあれど、エルフは穏やかに生きる者が多い。一生を森から出ずに暮らす者もいる。だって人生は長い。慌てていたら身が持たない。私たちはそういうスケールでこの世界を生きている。
私たちにとっての50年と、タビットにとっての50年は価値が違うのだ。
でもそれは、分かり合えないわけじゃない。
私たちは言葉も通じるし、同じ世界に住んでいる。
「ルーフェン、僕は父さんの研究を引き継ごうと思う。
エルフの寿命ならずっと長く研究できるし、街を渡り歩いて広めることもできる。
父さんのように、僕だって名前を知らない種族も違う、誰かのためになりたいんだ。」
メイリスの真摯な言葉に、私は涙ぐんでしまう。
「うん。素敵なことだと思う。」
でも、とメイリスは続ける。
「誰かが死ぬのはもう見たくないかな。
この村は人間ばかりだ。いつかみんな僕を置いて行ってしまう。
ルーフェンを残していくのは気がかりだけど、いずれ僕は村を出るよ。」
旅に出たらちゃんと手紙を送るよ、とメイリスが満面の笑みを零す。
彼が立ち直ることが出来たのは、彼自身が持つ強さだろう。
自分の祈りが神に届いたわけではないのかもしれない。
けれど、もし祈りを聞き届けてくれたのなら、これほど嬉しいことはないだろう。
彼にとって父が誰よりも大切だったように、私はメイリスと過ごした日々が何よりも輝かしい思い出なのだ。
無力だと感じても、私は誰よりもメイリスを信じて無事を祈ったのだから。
だから。
これは神官を目指す私にはあるまじき感情で、本当は自分の中に押し込めておくべきなのだろう。
でも彼の救う「誰か」には自分が含まれていると気付いてしまったから。
「……メイリス。」
「ん? なあに? ルーフェン。」
「約束をしてもいいかな」
ぱちくり、とメイリスは目を見開きながら首を傾げる。
私は意を決して正直な想いを言葉にする。
「君は思うまま、この先も誰かのための研究を続けるのだろう。」
「……うん? そうだね……?」
「そして、君のその優しさでたくさんの人を救うのだろう。」
「ふふふ、そうなれたらいいな。」
なら、と私は続ける。
「君が誰かのために生き続ける限り、
私は君を置いていかないと誓う。
……絶対に、君をひとりにはさせないから。」
へぇぁっ、と情けない声が聞こえる。
メイリスの顔はりんごのように真っ赤になる。
「ルーフェンってたまにとんでもないこと言うよな……。
それってプロポーズだったりする……?」
見当違いの返答にぽかんと口が空いてしまうが、自分自身が口に出した言葉を思い返して途端に恥ずかしくなる。
もしかして、自分は口に出してはいけないことを言ってしまったのではないか。
でも、これは本心なのだ。
神官はすべての人にあまねく手を差し伸べよと教わる。生まれや経歴で判断せず、目の前の困っている人を救いなさいと。
誰かを贔屓するのはルール違反だ。だからこれは神官としてではなく、「ルーフェン」としての衝動だ。今回だけと胸にしまう。
神とは別の、私の心を照らすもうひとつの光。
「ちがっ……!!
これからもずっと友だちでいよう、っていう約束!
……いつか私たちが死ぬそのときまで、
君の旅路をちゃんと見届けるから。」
メイリスは私の慌てふためく様子を見て笑っていたが、真剣な言葉を聞いて穏やかに頷く。
父の帽子を目深に被って、少しだけ恥ずかしそうにはにかむ。
「もちろん。僕たちはずっと友だちだ。」
◆
「そんなこともあったね。
ふふふ。いや、僕だってちゃんと覚えてるよ?」
メイリスはあの時と同じように、照れながら帽子を目深に被り直す。
その顔は嬉しさを隠せない様子で、頬が赤く染まっている。
「約束だからね! 私はまだまだ死ぬつもりはないよ。」
私は胸を張りながら手のひらで叩く。
メイリスは髪の毛を弄りながらその様子をどことなく呆れたような顔で眺めている。
「うーん。でもどうするの? 身体を鍛えてファイターに転職でもする?
それとも……」
「それなんだけど!」
食い気味で叫びながら、私は買い物が詰まった紙袋の中からしわしわになってしまった紙を取り出す。
丁寧に紙を広げると、大きく「冒険者募集!」の文字が書かれている。
「……ふむ。これ冒険者ギルドのチラシ?」
「そう。ここなら仲間を見つけることが出来るんじゃないかなって。」
期待に満ちた視線をメイリスに送ると、彼はむぅと顎に手を当てて悩んでいる。しばらく真剣な様子でチラシを見つめているが、諦めたようにため息を吐くと頭をガシッと掴まれそのまま撫でられる。
「?! なっ、……?」
「ルーフェンがちゃんと自分で決めたんだと思ってね。」
メイリスはニコニコと微笑みながら頭を撫で続けてくる。
こういうときに兄貴面をしてくるところが鬱陶しいと思うこともあるけれど、久しぶりに頭を撫でられる感覚に少しだけ嬉しくなる。
「私もう138歳なのでそういうのはちょっと……。」
「年齢のことは言いっこなしだろう〜?」
メイリスは頭を撫でていた手を離すとハーブティーをちびちびと飲み始めるが、その視線は不自然に泳いでいる。
「そのさ、……仲間は僕でも良かった訳じゃん? ……なんでギルドなの?」
メイリスは言いづらいのか窓の外を眺めながら、チラチラと問い詰めるような視線を投げかける。
私は珍しいメイリスの表情にクスリと微笑む。
「メイリスが何処にいるのか分からなかったのもあるけれど、100年以上前に村を出たメイリスと違って、私はまだまだ新米で弱いでしょ。
君の自由な旅を邪魔してしまうかな、と。」
「君の分まで僕が頑張るよ。こう見えても結構強いんだよ?」
軽口のような声色とは裏腹に真剣な顔つきで見つめられる。
彼が本気でそう言ってくれていることが伝わる。
それでも、自分で決めたことだから。
「それじゃダメなんだ。私が納得できない。
……だから、いつか私がもっと強くなったら一緒に旅をしましょう。
護られるだけじゃなく私もあなたの隣に並ぶために。
それに、なんだかもうすぐ気のいい仲間に出会える気がするんだ……。」
私の言葉を聞いて、観念したようにメイリスは両手を挙げる。
どこか嬉しそうにニヤリと笑いながら。
「あーはいはい。ルーフェンは言い出したら聞かないからな。
うん。分かった。
じゃあお互い、まだまだ長生きできそうだね?」
新たな出会いはいいものだ。
それはメイリスの手紙にいつも書かれていたことだ。
種族の垣根を超え、名前も知らない誰かのために冒険者は戦うのだ。
だからこの日、私は仲間を探しに。
おわり
next酒場へGO~~
こんな話書いといてルーフェンが死んだら最悪なので頼むからRP中に死なないでくれという思いでいっぱいです