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    おたぬ

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    おたぬ

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    記憶が消えていく❄(1日1彰冬再掲)
    1日1彰冬の5日目〜7日目くらいに書いたやつ。

    それは、小さな違和感から始まった。

    例えば、携帯を置いた場所。
    例えば、次の仕事の合間に読もうと思っていた文庫本のタイトル。

    ふとした時に、それらがわからなくなる。そんな些細な物忘れ。彰人は「珍しいな」なんて笑いながら「疲れてるんじゃないか?」と心配をしてくれたが、それでも、ありがたいことにテレビや雑誌の仕事も増えて睡眠時間が減っていたから、そのせいだろうとその時は軽く見ていた。

    事態が急変したのは、彰人と別々に仕事をしたとある日の帰り道。その頃はちょうど、少々過激なファンの狂気によって住まいを移さなければならなく、引っ越しをしたばかりだった。撮影が押してしまい、すっかり遅い時間の帰宅にマネージャーは新居まで送ると言ってくれたのだが、その直前に新人が不手際をしてしまっていたらしく呼び出しの電話が鳴っていたので、俺は近くまででいい、と言って車を降りた。申し訳なさそうにするマネージャーの車を見送って、恋人と2人で暮らしている我が家に帰ろうと足を踏み出し、1歩、2歩……そこで、俺の足はピタリと止まる。

    昨日までは何気なく歩いていた道。考えずとも動いて、目的の家に辿り着けていたはずのルート。なのに。

    (どっち、だったろうか……?)

    目の前には直進する道と、左に曲がる道。
    まるで消しゴムで消したように、記憶を掘り返そうとしても自宅までの道順がわからない。キョロキョロと辺りを見回しても、見覚えはどことなくある気がするだけで手掛かりにはなりそうもない。どうして。なぜ。そんな疑問ばかりが、浮かんでは消える。物忘れですませるにはあまりにも酷いそれに、冷や汗が頬を伝った。

    (……そうだ、彰人に連絡を……)

    先に帰宅し、休んでいるところを邪魔したくはないが、もっと頼れと普段から怒られていたため、こういう時こそ彼に助けを求めるべきだろう。そう判断し電話をかけると、2コール目が鳴り終わるよりも早く彼は電話に出てくれた。

    『冬弥?電話なんて珍しいな?』
    「あ、彰人……その、少し困ったことになってしまって……」
    『困ったこと?どうかしたのか?』
    「道が……」
    『道?』

    こんなこと、普通ではあり得ない。他の誰かに言えば、ふざけていると思われるかもしれない。そんなことでも口にできるのは、彼を心から信じているから。

    「家までの道が、わからなくて」

    電話の向こう側から返ってきたのは、数秒の沈黙。それが何となく耐え難くて、俺は彼の名を呼ぶ。すると彼は戸惑ったような声を上げながらも、俺に周囲の景色や目立つ物を聞いて、そこで待ってろ、と残して電話を切った。どうやら迎えに来てくれるらしい。

    道を教えてくれるだけで大丈夫なのに、と思う反面、少し喜んでいる自分もいて、状況と不釣り合いだとわかりつつも、己の単純さに笑みが零れた。

    (……だが、どうして)

    なぜ、思い出せないのだろうか。昨日どころか今日家を出た時には、この辺りの地理は完璧に覚えていたはずなのに。自身の体で何かよくないことが起きている。目には見えない何かに侵食されているような感覚にぶるりと震える体を、俺は自身で抱き締めた。

    「冬弥!」

    その声にハッとして、無意識に俯いていた顔を上げる。家から俺がいる場所はそう離れてはいなかったようで、5分も経たずに彰人はこちらに駆けてきた。テレビ出演が増えて世間に顔を知られているというのにマスクもせず、部屋着のままなところを見るとかなり急いで来てくれたらしい。

    「わざわざすまない………あ、彰人?」

    彰人は両手で俺の肩を掴むと、真っ直ぐに目を見て口を開く。

    「冬弥、病院行くぞ」
    「…………えっ……」

    その日は雲に覆われて、星の見えない夜だった。まるで、何もかもを隠してしまうような、そんな空だった。この夜を境に、俺の記憶は徐々に、けれど確実に消えていくことになる。

    明くる日、脳を中心に隅々まで調べてもらったが、どこにも異常は見られなかった。



    とある番組にゲストとして呼ばれ、彰人と共に局のスタジオでの収録を終えた俺は、少し用事があるから、と荷物を置いたまま宛てがわれた楽屋を出て行った彰人を待つ間、コーヒーでも飲もうと自販機までの道を歩いていた。その途中、怒鳴るような声が俺の耳朶を叩き、ただならぬ空気に思わず足が止まる。

    「申し訳ございません」
    「本人に悪気があった訳ではないのですが、よく言っておきますので、何卒……」

    (………彰人と、マネージャー……?)
    聞こえてきたのは、彰人とマネージャーの声。盗み聞きなどいけないとわかりつつもそっと聞き耳を立てる。

    「次同じようなことがあれば、今後一切、NGにさせてもらう!」
    「……そんなっ!」

    謝罪する2人を聞き覚えのない初老と思われる男性が怒鳴りつけ、次いで、バタン、と荒々しく閉められるドアの音。彰人の用事というのはこれのことなのか。しかしいったい何事だと、俺は首を傾げる。

    (それに、あの男性は……?)

    酷く怒っていたようだが、彰人と何が?
    疑問符が踊り狂う俺の思考はマネージャーの不安げな声によって遮られた。

    「彰人さん……さすがに、これ以上は……」

    彰人は、あぁ、と重苦しく頷いて、俺の中に浮かんでいた疑問に対しての答えを口にする。

    「事前に出演者について覚えさせても、それごと忘れちまうんじゃ、対策のしようもねぇよな……」
    (………俺、なのか?)

    主語はない。けれど、わかってしまう。

    (俺は、また何かを忘れているのか……?)

    その事実に、まるで当たり前のようにあった地面が突如として消えたような、そんな不安感に襲われる。
    あの怒っていた初老の男性。記憶にはないが、今回の収録にいたのだろうか。そして、忘れてしまった俺は男性に何か失礼を働いたのだろうか。

    (いや、そう……なんだろうな)

    それで、彰人とマネージャーが頭を下げていたのだろう。俺が2人にそうさせた。

    (………俺は……俺は、もう……)

    彰人の力にはなれないのかもしれない。いや、力になるどころではない。今の俺ではただ、彼の足を引っ張るだけだ。

    ライブは段取りや連携が重要であり、テレビの収録とは違って編集もできない。常に目の前の観客と共に作り上げていくものだ。だが、今の俺はセトリも覚えていられない。歌詞だって、メロディだって、いつまで覚えていられるかわかったものではない。

    (彰人の隣にいる資格など……今の俺には……)

    ありはしない。



    彰人とマネージャーが謝罪しているところを見かけてから、数日が経った。すぐにでも彰人と話をしたかったのだが、なかなか時間が上手く合わずに時間だけが過ぎていってしまった。

    (今日こそは、話さなければ)

    久しぶりの彰人が作った夕飯に舌鼓を打ち、2人並んで後片付けをした食後。隣同士でソファに座り、ぼんやりとテレビを見るでもなく、眺めている彰人に俺は意を決して切り出した。

    「彰人、少し話が……」
    「…………嫌だ」

    しかし、俺が何も言わないうちに彰人はそう切り捨て、睨みつけるようにこちらを見て、もう一度。

    「嫌だ。断る」
    「彰人?」

    戸惑う俺に彼は眉を寄せて溜息を吐いた。

    「………どうせ別れるとか、そういう話だろ」

    ずっと、なんか悩んでたもんな。
    見透かされていたことに息を飲む。その様子に、自分の推測が当たったのだと確信したのだろう。こちらを見る彰人の目が、初めて喧嘩をしたあの時よりも鋭いものに変わった。

    「絶対に……嫌だからな」
    「し、しかし、彰人……俺はもう……」
    「歌も忘れるかもしれないから、歌えないって?」
    「そうだ……お前の相棒として、俺はもう歌えない」

    覚悟したことなのに、改めて口に出すと胸が引き裂かれるように痛んだ。彰人の相棒として歌えない。彼の隣という唯一の居場所を失うということ。それは俺にとって、死刑宣告に近いものだった。それでも、使えない人間を相棒にし続けるのは彼にとってメリットはない。ならば、彰人が前に進むために俺は身を引くべきだろう。

    けれど、そんな俺の言い分を聞いた彰人は歯を食いしばり、僅かに俯いて吐き出すように言った。

    「……だったら、なんだよ」
    「彰人?」
    「歌えないくらいで、今さらオレにお前を捨てろって……?」
    「……彰人」
    「オレに、お前なしで生きていけって、そう言うつもりか、冬弥」
    「…………っ、あき、と……」

    怒りと悲しみに震える彰人の声が、俺の胸を突き刺してその奥にある心を掻き乱す。俯いた彼の表情は直接見えないが、見なくともわかってしまう。そんな声だった。

    「……クソっ……」
    「……彰……っ!?」

    胸倉を掴まれ、そのままソファに押し倒される。ドンッと背中を強く打って息が詰まったが、同時に、ポタリと冷たい何かが降ってきて、そのまま頬を滑り落ちていった。反射的に閉じていた瞼を持ち上げ、俺は覆いかぶさってきた彼を見上げた。

    「…………彰人……」
    「……ふざっ、けんな……」

    彰人の青朽葉からポロポロと零れ落ちるそれが俺の頬を濡らしていく。

    「……んだよ……ここまで人を、惚れさせっ、といて……っ、……捨てろ、とか……」

    ふざけんなよ。
    そう繰り返して、彰人は泣いていた。俺を想って、俺を愛して、泣いていた。

    (……あぁ、また……)

    彰人のためだと言いながら、初めて喧嘩したあの時のように、また俺は彼を酷く傷つけてしまった。いや、違う。本当は彰人のため、などではない。自分のためだ。
    歌を忘れてしまったら歌えないから、別れたい。それもたしかにそうだが、俺が最も恐れているのは歌えなくなることではない。

    俺が本当に怖いのは、彰人を忘れてしまうことだ。
    あの男性の存在を忘れ、俺は忘れたことにすら気づけなかった。
    もしも、それが彰人だったなら……?
    愛しい彼との記憶をなくし、自身が何を失ったのかも自覚できずに生きていく。

    (……そんなもの、耐えられない)

    だから、彰人の手で捨ててほしかった。歌えないのならいらないと、手酷く振ってほしかった。これは、そんな俺の身勝手な我儘。そんなもので、彼を泣かせてしまった。

    「すまない、彰人……ごめ、なさ……んッ……」

    黙れ、と言うように唇を塞がれ、両の手首を掴まれてソファに縫い付けられる。噛み付くようなそれは、けれども愛に満ちていた。するりと差し込まれる彼の舌に己のそれを差し出すと、熱を分け合うように絡められる。舐め合って、溶け合って、そうしてひとつになれたらいいのに。

    (そうすれば、忘れたりはしないのに)

    怖い。忘れてしまうのが。いつか、いや、もしかしたら次の瞬間にはこの幸せなキスだって忘れてしまうかもしれない。彰人への愛が自分の中から消えてしまうかもしれない。そう思うと、怖くてたまらないのだ。

    「……あき、と……」
    「冬弥」

    角度を変えて、また唇を合わせる。何度も、何度も、何度も。1日でもいい。1時間でも、1分でも、1秒でも構わない。彰人を彰人だと認識できるうちに少しでも長く、深く、彰人を感じていたかった。

    「愛してる」
    「………ん、おれ、も……あいしてる、あきと」

    度重なる口付けで酸欠になり、ぼやける思考の中必死に彼の言葉に応える。気づけば俺も彰人もみっともないほどに泣き腫らした顔になっていたが、そんなことは気にならないほどに互いが愛おしかった。

    彰人に出会ってから、今まで。ひたすらに前だけを見て進んできたけれど、俺はこの時、生まれて初めて時が止まればいいと、本気で思った。



    チチチ、という雀の声に意識が覚醒した。寝起き特有の瞼の重さに目を擦り、妙にだるさの残った体を起こす。そうして上半身を起こして座ったままゆっくりと目を開いた俺は、飛び込んできた光景に、はて、と首を傾げた。

    (……ここ、どこだ?)

    部屋を見渡すが、部屋の中にある物はどれも見覚えのない物ばかりで知らない場所のようだった。そんな部屋のベッドで、どうして俺は呑気に寝ていたのだろうか。

    (……ん?)

    身を起こしたことで外気に触れた自身の体を、信じらない思いで見下ろす。何がどうしてこの状態になったのかはわからないが、なぜか俺は服を身に着けておらず一糸まとわぬ姿であった。さらに体中に鬱血痕と思われる赤い斑点が散りばめられていて、昨夜、俺の身に何かが起きたのだとわかる。それはわかる。なのに、原因を頭の中で探し回っても俺の記憶にはその一切がなかった。

    「……う、んん……」
    「……っ!」

    1人きりだと勝手に思い込んでいたがどうも違っていたらしく、隣から声がしてそちらに目を向ける。隣で眠っていたのは1人の見知らぬ男性。オレンジの髪に黄色のメッシュが入ったその人は、俺が起き上がったことで布団に隙間が生まれて寒いのか、もぞもぞと身じろぐ。コロリとこちらを向いた彼は先ほどまで俺が寝ていた場所をポンポンと何かを探すように叩き、そこに何もないことに気がついてむにゃむにゃと寝惚けた声で言った。

    「………んー……とうやぁ?」

    睫毛が震えて薄らと開かれた瞼から、青みを帯びた朽葉色が姿を現した。目が開いてはいるもののまだ頭は寝ているのか、彼はどこを見ているでもなくボーッと『とうや』を探している。

    (とうや、というのは恋人の名前……なのだろうか)

    共に寝て、寝起きに無意識で探す相手なら、おそらくそうなんだろう。シーツの海を無意味に掻き分ける男の手に、俺は何となく手を重ねてみた。触れ合った体温に、ピクン、と反応した彼の手は迷いなく俺のそれを掴み、手の形を確認するように指を絡めてから、こちらに視線を投げる。

    (………あっ……)

    青朽葉と銀灰色が交差して、男は何がそんなに嬉しいのか、ふにゃりと柔らかく笑った。

    「……はよ、とうや」

    もう起きてたんだな、と幸せそうに言ってくる男に俺は困惑する。寝惚けながら探していた『とうや』とは、もしかして。

    「とうや、とは……俺のこと、なのか?」

    ただ、俺は当たり前に浮かんだ疑問を口にしたつもりだった。しっかりと目を合わせた上で、彼は俺をそう呼んだ。なら、人違いではないのだろう、と。けれど、優しく俺の手に触れていた彼の手は俺の言葉と同時に止まり、落ちてしまうのではないかと心配になるほどに目が見開かれて、彼の表情は驚愕に染っていく。

    「どうした?」
    「………オレの……」

    酷く震えて、ギリギリ聞き取れる程度の声量で彼は言う。

    「オレの、名前は……わかるか?」
    「名前?」

    初対面の人間の名前など知りようもないだろうに、おかしなことを聞かれ、思わず首を傾げた。それとも、彼は世間一般に知られているような有名人……なのだろうか。そう考えて見てみると、なるほど、たしかにそうだと言われても納得してしまうほどに整った容姿を彼はしている。しかし、それでもやはり彼の名前など知りはしないし、見覚えもまた同様になかった。

    「すまない、その……」
    「いや、いい……わかった、変なこと聞いて悪かった」

    言葉の上では明るく言いながら、その音とは真逆に今にも泣きそうな、涙が出ていないことが不思議に思えてしまうような悲しげな顔を男はしていた。

    あぁ、さっきまでは見ているこちらの胸が温かくなるような幸せな顔をしていたのに。その顔が陰ってしまったことに胸がチクリと痛む。会ったばかりなのに。彼のことなど何も知らないのに。

    笑ってほしいと思った。

    「………冬弥?」
    「……………えっ」

    俺と思われる名を呼ばれ、思考から引きずりあげられる。俺はいつの間にか見えない涙を拭うように、彼の顔に触れていた。

    「あ、す……すまない、いきなり」
    「ん、気にすんな」

    俺の手に彼の手が重ねられる。ずっと視線が合わさっているのに、彼は俺を見ながらも一度どこか遠くを見つめてから、笑顔で告げた。

    「はじめまして。オレは彰人、東雲彰人だ」

    これが、俺と彰人の出会い。



    オレは忘れない。
    徐々に消えていく記憶に怯え、震える冬弥を。
    オレは忘れない。
    彰人を忘れたくないと、泣きじゃくる冬弥を。
    オレは忘れない。
    2人で愛し合った、あの日々を。
    オレがすべて覚えている。

    だからもしも、これが神様ってやつの仕業なら、よく覚えておけ。
    お前がどれだけ多くのものを奪おうと、冬弥からオレの愛は決して奪えはしない。

    オレからすればもう何度目かの初めての夜を越えて、腕の中で眠る再び結ばれたばかりの恋人に、オレは口付ける。

    冬弥がオレを忘れてしまうというのなら。
    2人の思い出が消えてしまうというのなら。
    そのたびに何度だって、また惚れさせてやる。
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