その感情が生まれたのは中学。彼に出会ったその時で、それに名前を付けたのは高校に上がってすぐ。それから相棒の肩書きに恋人という文字が加わったのは、2人の音が4人の音へと変わった頃だった。そして今、またそこに2人を表す新たなる関係を彰人は築こうとしている。
迷いはあった。
まだまだ背伸びをするばかりの子供だった時から2人で育ててきた愛は、応援してくれるファンにも、世間にもあまり受け入れてもらえるものではない。だからもしかしたら自分の行動は、なんでも考え込んでしまう彼にとって精神的負担になるかもしれない、と。
けれど、彰人はどうしてもそれを彼に、愛する冬弥に渡したかった。
これからもずっと、共に生きていくという誓い。
その証を。
月だけが見ているマンションの寝室を、つい先刻、体の奥底まで愛したばかりの恋人が腕の中で楽しそうに、彰人の胸へと痕を残すリップ音が満たしていた。彰人ばかり狡い、と言って付け始めたそれが余程楽しいのか、ちゅ、ちゅ、と吸い付いては赤く色付いたそれを満足そうに指で撫でる。その可愛い姿にそっと青い髪に指を潜らせれば、銀色がこちらを向いて首を傾げた。
あぁ、やっぱり、冬弥しかいない。いるはずがない。
自身のすべてを、生涯を捧げられるのは。
込み上げてくる愛情に、彰人は改めてそう確信する。
本当なら休みを取れる日にデートにでも連れ出して、雰囲気のいい場所で告げるつもりだった。だが、待てない。今すぐに彼を自分のモノにしたい。
ベッドから上半身を起こし、サイドボードの引き出しから事前に作っておいたそれを取り出す。突然離れた彼に、冬弥はまた首を傾げつつ静かにそれを見守っていた。
想いを込めたそれを守る小さな箱を持つ手が、僅かに震える。もしも、断られてしまったらどうしようか。今まで積み上げてきた信頼のその先を、彰人は望んだ。けれど、冬弥は違うかもしれない。彼は今のままを望むかもしれない。
ひょっこりと胸の中で顔を覗かせた不安を、彰人は鼻で笑う。
(……これじゃ、冬弥のこと言えねぇな)
こうやって悩むのはいつも冬弥だった。ケースをひと撫でし、深く息を吸って気持ちを落ち着かせる。冬弥がそれを望まないとしたら、それは仕方がない。これから、してもいい、と彼に思わせる男に自身がなるしかない。
彰人は覚悟を決めた。
*
情事の間、快感でいっぱいいっぱいになり何もできない人の肌を好き勝手舐めて吸ってくる恋人が狡く思えて、相手が許してくれるのをいいことにキスマークを付けていたら、突然彰人が起き上がったまま動かなくなってしまった。
(……い、いくらなんでもやりすぎただろうか……)
情事後の甘い時とはいえ、数回達した彰人の興奮はすでに冷めている。興奮が最高潮で付けられている冬弥とは状況が違うのだから、連続でいくつも付けられるのはさすがに煩わしかっただろうか。
座ったまま動かなくなった彰人が心配になって冬弥はおそるおそる起き上がり、どうかしたかと問おうとするが、それを遮って彼は冬弥の名を呼んだ。
「冬弥」
「……っ、なんだ?」
月の光を受けて輝く青朽葉が、冬弥の白銀をとらえる。そこにあったのは怒りではない。いや、ひと言で言い表せる単純な感情などではなかった。
スーッと、大きく息を吸って、吐いて。彰人はゆっくりと口を開いた。
「結婚してくれ」
高校で想いを告げられた時を軽く超えるような真剣な音に、冬弥は息を飲んだ。彼の手にある開かれた箱の中には冬弥の瞳と同じ銀の輪に、煌めく金剛石。自分なんかがその相手に選んでもらえるなど、思っていなかった。愛してもらえるだけで、それだけで充分すぎるほど幸せなのに。
その先を受け取ってしまって、いいのか。
くれるというのか、彰人は。
自分なんかで彼は幸せになれるのか。
様々な思考が浮かんでは即座に消えていく。これまでの彰人との思い出が、冬弥の中に生まれた不安に対しての回答だった。ならば、迷う必要はないだろう。
彼が今の関係のその先を望むのなら。
今まで通り、共に歩むだけ。
怖くないかと言われれば、もちろん怖い。だが、同時に確信がある。彼と2人でなら、どんな困難が待ち受けていようとも絶対に乗り越えられると。
「必ず、大切にする」
だから、どうか受け取ってほしい。
その真摯な瞳と言葉にドキンと胸が高鳴る。
けれど、惜しい。
「……65点だ」
「は?」
ポカンとする恋人に、思わずクスリと笑う。
「その気持ちはとても嬉しいが、俺は大切にしてほしいなんて、彰人に求めたことはない」
宝石のように家というケースにしまいこまれて大切にされるのは、彰人に出会う前にやめている。もう随分と昔のことだ。そんな愛を彼に求めたことはなく、冬弥が望む愛はまた別にある。
「俺は例え傷付いて、ボロボロになって、血を流したとしても、大切にしまわれているより、お前の隣に立っていたいと思う」
青朽葉が大きく見開かれる。その中に自分が写っているのが見えた。今も昔も、しっかりとその瞳は冬弥を見ていてくれる。それが、どれだけ多くの生きる希望をくれただろうか。そんな彼だからこそ、守られるのではなく支え合っていたい。対等でありたい。
「だからその資格を、俺にくれないか、彰人」
左手を、そっと彰人へと差し出す。
グッと歯を食いしばり、頬を赤らめた彼はどこか悔しそうな顔で言った。
「んだよ、それ……反則だろ……オレがプロポーズしたってのに……」
「ぅ……それは、すまない」
「謝んなよ、逆に恥ずいだろ」
「そ、そうか……」
気を取り直すようにひと息ついた彰人は、ケースからそれを取り出して冬弥の手を取り、ゆっくりと愛の絆を表すその指へと誓いの輪を嵌めた。小さな金剛石が月明かりに輝く。
それは、国にも、世間にも認められぬ2人だけの秘めた誓い。