「またね、青柳さん」
「あぁ、また」
その日に取っている講義が終わり、友人と別れて私は講義棟の自動ドアを潜り抜ける。携帯で時間を確認すればちょうど彰人もバイトを終えているであろう時刻。これなら彼が先に帰宅しているだろうな、と考えていると、正門の方から歩いてくる女子生徒たちが何やらヒソヒソと話しているのが見えた。幼い頃から英才教育を受け、研ぎ澄まされた私の耳は盗み聞きなどする気がなくとも、彼女らの声を拾い上げてしまう。
「ねぇ、ヤバくなかった?」
「ヤバいわ……めっちゃカッコよかった」
「生徒って感じじゃないし、やっぱ彼女待ちかなぁ……」
「でしょ……あんなイケメンが話題にならないわけないし」
「だよねー」
あー、羨ましい、と私にはあまりわからないが、おそらく女子らしいのであろう話題に花を咲かせて、彼女らは私の横を通り過ぎて行く。話の流れから察するに、正門に大学の生徒ではない男性が来ているようだ。そして、件の男性はイケメンで、様子からして恋人を待っている、と。誰がどこで恋人を待っていようとも私には関係のない話ではあるが、ヒソヒソ話されるほどとなると、もしかして正門には人が集まっているのだろうか。
(……それは、少し困る)
正門へ近づくと、やはり人の数、特に女子生徒の姿が多くなっていく。これは別のところから帰った方がいいだろうか。そう思った時だ。
「えー!LINEくらいいいじゃないですかぁ!」
「あ、もしかして、彼女さんが怒っちゃうとか!?」
「やだー!心狭ーい!」
「あはは……ごめんね」
(………えっ)
聞き間違うはずのない声が聞こえてきた。それと同時に、なるほど、と納得もした。あぁ、そう言えば、イケメンで、この大学の生徒でもない男性に彼も当たるな、と。
正門にいた件の男性は、高校から交際を始めて今は同棲している東雲彰人、その人であった。さらに近寄り見てみると、彼はバイクに跨ったまま話しかけてくる複数の女子生徒に、白石の言うところのいい人モードで対応しているようだった。
(大学に来るとは聞いていなかったが……)
何かあったのだろうか。話し込んでいるが、私が話しかけてもいいのだろうか。そう迷っていると、不意に彼がこちらを見て、冬弥、と声を上げる。
「えっ、青柳さん!?」
「か、彼女って青柳さんなの!?」
「青柳さん、彼氏いたの!?」
彰人の呼び声に女子生徒たちが一斉に私を見て、目を丸くする。あまりの驚きようにそんなに驚くことなのかと私も驚いてしまうが、それも彰人の「そういうことだから、また」の一言で締められて、彼女らはどこかに散って行った。それと同時に、ふぅ、と溜息を吐いて彰人は貼り付けていた笑顔を即座に脱ぎ捨てる。
「……よかったのか?」
「何がだ?」
「私は女性と連絡先を交換したくらいで、怒ったりはしないぞ」
先ほどの会話。彰人は曖昧に返していたが、私を気にして断っているのだとしたら、言っておいた方がいいと思った。しかし彼は私にヘルメットを被せながら、どこまでも興味なさそうに吐き捨てる。
「どうでもいい女の連絡先なんか、知りたいわけないだろ」
ほら、帰るぞ。
当たり前のように言われたその言葉に、胸がざわついた。
これらはすべて、決して彼女らの前では見せない顔、聞かせない声。そう思うと、なんとも言えない気持ちになる。それを誤魔化すように、私は彼の後ろに乗って、ギュッといつもより強く彼の腰に掴まった。