Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    おたぬ

    @wtnk_twst

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍁 ❄ 🍰 🍪
    POIPOI 122

    おたぬ

    ☆quiet follow

    ライブに行って彰冬にハマるモブ

    毎朝満員電車に揺られ、人混みに揉まれて出社し、上司に怒鳴られながら仕事をこなして、また電車に揺られて誰もいない家に帰る。楽しみもなく、喜びを感じる瞬間と言えば自宅マンションの外に出て猫に会えた時くらいで、ここ数週間は唯一と言っても差支えのない趣味である神々が送り出す作品達のチェックすらまともにできていない始末。何度「ーーーー、推し達がえっちに絡むところが見たいよーー!!」と職場で叫びそうになったことか。そんな「あれ、私って何のために生きてるんだっけ?」と本気で悩んでしまうような日々の繰り返しに私が本格的に疲れ果てた頃、「いい息抜きになると思うよ」と言って友人は1枚の紙切れを渡してきた。それはおそらく何かのライブと思われるもののチケット。

    歌というもの自体にそこまで興味がある訳ではないので断ろうとしたのだが、友人が「せめてこの2人!この2人だけでも聞いて!!」と鬼気迫る顔でグループ名と思われる単語と共に言ってきたため、そこまで言うのならと私は渋々首を縦に振った。

    そして死んだように息をして迎えた週末。

    「絶対あんたの推しになるから!」

    そう出処不明の確信を持って私を人生初のライブハウスに送り出す友人へ「いやぁ……ナマモノはちょっと……」なんて、そう返していた時期が私にもありました。正直に言おう。私は即落ち2コマをカマした、と。

    友人が推ししてきた彼等BAD DOGSはそれほどまでに凄まじい2人であった。彼等が出てくるまでのグループもとても歌は上手かった。テレビに出ている下手なアイドル歌手よりずっと上手いのではないかと思える子達もいた。けれど、BAD DOGSはそんな彼等を遥かに凌駕してきたのだ。

    ふわふわと癖のある明るい橙の髪にメッシュの入った垂れ目の子と、さらさらと指通りの良さそうな癖のないツートンカラーの髪にツリ目の子。そんな正反対の見た目をした2人なのに、曲が始まって歌い始めると、まるでパズルのピースが合わさったように2人の声がひとつの音となり会場を満たす。先に歌ったグループが作った空気が、一瞬にして彼等の色に変わったのがライブ初心者の私にもわかってしまうほどの圧倒的存在感と歌唱力。息を忘れ、日々の疲れを忘れ、私は彼等のメロディに、いや、世界に引き込まれていた。

    何曲かが終わり、垂れ目の彼、周囲の会話を聞くに彰人くんが「次でラストだ」と曲名を告げる。名残惜しく思いながら、次のライブはいつなんだろうか、などと呑気に思っていると、突然、彰人くんの声がプツリと切れた。

    (……え?)

    なんだなんだと私の周囲が少しザワつく。ステージ上では彰人くんが目を見開き、確認するように舞台袖の方へ視線を送っていた。どうやらマイクの音が出なくなってしまったらしい。盛り上がっていた会場の空気がトラブルによって雲行き怪しくなる。けれどその間も無情に曲は進み、そして、事件は起きた。

    止まってしまった彰人くんのマイクとは違って正常に動いているマイクを手に、残された冬弥くんが引き継ぐように1人で歌い、場を繋ぎながら彰人くんの方へ駆け寄ると、自身のマイクをそっと差し出す。彼の意図を瞬時に理解したらしい彰人くんは迷いなく冬弥くんの手の上からマイクを握ると、口を開き、力強く勢いのある歌声を響かせた。そのまま彰人くんのパートから2人のパートへと移り、冬弥くんが歌うために彰人くんへ身を寄せる。

    ワァアアアっと冷め始めていた会場が歓声に包まれる。その割れんばかりの声の中に、女性の歓声ではなく明らかな断末魔が混ざっていた気がしたのは、私だけだろうか。いや、気のせいではない。なぜ言いきれるのか?それは簡単だ。叫びを上げた女の1人は私なのだから。

    突如トラブルに見舞われたパートナーを支え、身を寄せ合い、手を握り合って歌う2人のイケメン。たしかに、自身の体が沼に落ちる音を私は聞いた。

    ところで冬弥くんの表情が先ほどより柔らかく、嬉しそうに見えるのは私の幻覚か何かだろうか。私が我が目を信じられずにいる中、2人はひとつのマイクを共有し、曲を歌い上げていく。状況として仕方がないのかもしれないが、顔が触れ合うほどの近さで時おりタイミングを計るように目配せをしながらのそれに、見ているこっちの頬が熱くなってしまう。

    (………何を……見せられているんだろう……)

    いや、ただのライブなんだけども。歌なんだけれども。そのはずなのに、何かいかがわしく見えるのは、私の目が腐っているからなんだろうか。

    (というか顔近すぎだし、これ、見る位置によってはキスにしか見えないやつでは……)

    それまでとは違った意味で呼吸が浅くなるのを感じながら、頭の片隅で友人が「ほらね」と笑った気がした。

    私がこの日からBAD DOGSのファンになったのは言うまでもなく、そして、この日のライブはBAD DOGSの一部女性ファンの間で「伝説のライブ」として語り継がれていくのもまた、言うまでもないことである。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🇪🇱😭👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator