ガラス越しにもバタバタと激しい雨。時折稲光が走る空からは大型獣が喉を鳴らして威嚇しているような音がしている。窓を打つ水滴を眺めていると、外に出る勇気がどんどん削られていく気がした。それでも今日は一限から、必修の授業が入っている。
「この天気じゃ電車も難儀だろう。学校まで送るぜ」
窓辺から天を睨む僕を見かねたのか、車のキーを片手に雨彦さんが声をかけてくる。朝から送ってもらうだなんて、雨彦さんの家に泊まったという証拠のようで気が引けるけれど、傘も役に立たなそうな雨足を見ていると提案に甘えてしまおうかという思いに天秤が傾く。
「稲妻にペタリ萎れる矜持かな…。悪いけどお願いしようかなー…」
カッ ドォン!!
一瞬の閃光と足元まで揺れるような轟音。僕の声がかき消されるのと同時に、フツリと部屋の照明が消えた。停電だ。
「びっくりしたー。すごい音だったねー」
「ああ。近くに落ちたらしいな」
朝だから真っ暗にはならなくて、視界の確保は容易だった。窓から入る薄明かりは曇天を透かして、室内を淡いブルーグレーに染める。僕たちのユニットカラーみたいな色だ、と状況にそぐわない感想が浮かんだ。
「ねえ雨彦さ、ん……」
この思いつきを共感してくれるだろうかと、呼びかけた口が塞がれた。いつの間にかすぐ側に来ていた雨彦さんが、ブルーグレーの視界を奪うように僕を抱き寄せてキスをする。唇が離れるタイミングで、パッと部屋に明かりが戻った。
「………なんで今ー…?」
「………なんでだろうな」
雨彦さんは本当に自分でもわからないみたいに少し驚いた顔をしていた。さっきまで間近で聞こえていた雷は、遠くでゴロゴロと甘えた猫のように鳴くばかりで、どこか間の抜けたムードの中僕らは見つめ合う。
「…したかったから、じゃ理由にならないかい」
「……そっかー…」
したかったのなら、しかたないねー。
理由にもなっていないようなそれにすっかり満足してしまって、僕はひとつ頷くと雨彦さんの肩にもたれかかった。触れた場所からあたたかな体温がじんわりと広がっていく。肩越しに見える窓の向こうは忙しない土砂降りの雨で烟っていて、この部屋の中だけ時間の流れが違うみたいだ。
「…そろそろ出ないとな」
「…そうだねー」
実際にはそんなことは有り得なくて、一限の始業時間は刻一刻と迫っている。今日ばかりは授業があることを残念に思いながら、まだ少しだけ雨彦さんといられる車内へと急ぎ足で乗り込んだ。